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Chapter 6 『枢機卿』
scene 23
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誘いに応じ、大介はアデラとエイタム聖堂へ来ていた。エイタムはラテカからほど近く、天気に恵まれたこともあって、一時間ほどの歩行で聖堂に到着した。
「……俺、南門の近くにいなくてもいいのか?」
「今日はクレイルがお留守番してくれてるし、大丈夫ですよ」
配属された昨日の今日で現場を離れることに後ろめたさを感じつつ、ちゃっかりエイタムまで来たのには理由があった。
エイタム聖堂には現在、件の枢機卿が滞在しており、今日はその彼が公開説教をしてくれるというのである。
別段信仰を持っている訳でもなく、こちらの世界の宗教に興味もなかったが、枢機卿という人物について、アデラは看過出来ない情報を持っていた。
「枢機卿はハタナ様と同じで、元々別の世界から来た方だそうですよ」
あくまで噂の域は出ていないらしいが、同じ境遇の者がいるかも知れないという思いは、予想以上に大介の心を支配した。相手は枢機卿故、普通に会話は出来ないだろうが、顔くらいは拝んでおいて損はないだろう……という発想で、大介は聖堂の門をくぐった。
前日入りしていれば懺悔の時間もあったらしく、もしかしたらワンチャンそこで色々聞けたかも知れなかったが、それは今言っても仕方のない話であった。
(こっちの世界の流儀を知らないまま好き勝手するのもアレだからな。懺悔ってのは、てめえの罪を告白する場であって、エラい人と雑談する場所じゃねえ)
礼拝所には、すでに人で溢れかえっていた。仕方なくふたりは入り口のすぐ近くで立ち見をする。頻繁に隣の老婦人と肩が当たり、そのたびに会釈を交わす。
(ちょ……っと、めんどくせえな)
心の中で愚痴をこぼしていると、進行役らしき司祭が現れ、大声で静まるように言った。
「ただいまより、ソエジマ枢機卿から説教を賜ります。滅多にない機会ですので、是非集中して聞いてください」
ソエジマ。
その名が耳に入った瞬間、大介は自分の顔がサッと青ざめるのを感じた。
(嘘だろ……何でよりによってそんな苗字なんだよ枢機卿……)
当然、大介は字並びから日本の苗字『副島』を連想した。あまり頻繁には聞かないこの苗字は、かつて自分の天敵だった自分の上司『副島京一』と同じものであり、今でもその名を聞くだけで言動に支障が出るほど、苦手意識を刺激するものだった。
(落ち着け……いくらなんでも『彼』が枢機卿であるはずがない……そんな偶然、あって溜まるか。落ち着け、俺……)
自分に言い聞かせる大介。
司祭が頭を垂れる。それへ丁寧に一礼を返し、枢機卿は説教台の前へ立った。
「!!」
その顔を見るや否や、大介は枢機卿に背を向けた。一目散に聖堂の外へ出る。
(嘘だ……そんなの、あり得ない……)
(馬鹿な……バカな……)
表へ出ても、大介の足は止まらない。せわしなく早足で同じところを行ったり来たりしながら、定まらない言葉未満の何かを半ば無意識に垂れ流す。
「ハタナ様!?」
ただ事ではない様子が伝わったのだろう。ひどく慌てた様子のアデラが駆け足で追いかけてきた。大介を糾弾するような表情をしていなかったはずだが、彼女の親切をむげにする行為である自覚はあった上、自分の名を呼ぶその声が『彼』に聞こえるのではないかという焦りが、大介の冷静さを極限まで喪失させた。
「すみません……本当にすみません……」
「どうかなさったのですか? 顔色が悪いですよ?」
「すみません……ご迷惑を……すみません、スミマセン……」
「落ち着いて……落ち着いてください、ハタナ様! 私は何も、あなたに謝られるようなことはされていません! 落ち着いてください!」
しかし、一度堰を切った罪悪感と焦燥感は、もはや制御出来るものではなくなっていた。大介は目の前の若い女性が困惑していることを理解しながらも、延々と謝罪を続ける。
幸いにして、彼女は修道女だった。明らかに正常ではない大介の状態を飲み込むと、声を張るのをやめて優しく語りかけた。
「……分かりました、帰りましょう。ラテカまで戻って、ゆっくり休みましょう。ね?」
「スミマセン……スミマセン……」
「大丈夫ですよ、誰も怒っていません」
20歳前後の女性に手を引かれる45歳。顔はくしゃくしゃに歪み、目と鼻からはだらしなく液が漏れた。よく晴れた空は何も言わず、聖堂の佇まいは皮肉なほどに平然としていた。
誘いに応じ、大介はアデラとエイタム聖堂へ来ていた。エイタムはラテカからほど近く、天気に恵まれたこともあって、一時間ほどの歩行で聖堂に到着した。
「……俺、南門の近くにいなくてもいいのか?」
「今日はクレイルがお留守番してくれてるし、大丈夫ですよ」
配属された昨日の今日で現場を離れることに後ろめたさを感じつつ、ちゃっかりエイタムまで来たのには理由があった。
エイタム聖堂には現在、件の枢機卿が滞在しており、今日はその彼が公開説教をしてくれるというのである。
別段信仰を持っている訳でもなく、こちらの世界の宗教に興味もなかったが、枢機卿という人物について、アデラは看過出来ない情報を持っていた。
「枢機卿はハタナ様と同じで、元々別の世界から来た方だそうですよ」
あくまで噂の域は出ていないらしいが、同じ境遇の者がいるかも知れないという思いは、予想以上に大介の心を支配した。相手は枢機卿故、普通に会話は出来ないだろうが、顔くらいは拝んでおいて損はないだろう……という発想で、大介は聖堂の門をくぐった。
前日入りしていれば懺悔の時間もあったらしく、もしかしたらワンチャンそこで色々聞けたかも知れなかったが、それは今言っても仕方のない話であった。
(こっちの世界の流儀を知らないまま好き勝手するのもアレだからな。懺悔ってのは、てめえの罪を告白する場であって、エラい人と雑談する場所じゃねえ)
礼拝所には、すでに人で溢れかえっていた。仕方なくふたりは入り口のすぐ近くで立ち見をする。頻繁に隣の老婦人と肩が当たり、そのたびに会釈を交わす。
(ちょ……っと、めんどくせえな)
心の中で愚痴をこぼしていると、進行役らしき司祭が現れ、大声で静まるように言った。
「ただいまより、ソエジマ枢機卿から説教を賜ります。滅多にない機会ですので、是非集中して聞いてください」
ソエジマ。
その名が耳に入った瞬間、大介は自分の顔がサッと青ざめるのを感じた。
(嘘だろ……何でよりによってそんな苗字なんだよ枢機卿……)
当然、大介は字並びから日本の苗字『副島』を連想した。あまり頻繁には聞かないこの苗字は、かつて自分の天敵だった自分の上司『副島京一』と同じものであり、今でもその名を聞くだけで言動に支障が出るほど、苦手意識を刺激するものだった。
(落ち着け……いくらなんでも『彼』が枢機卿であるはずがない……そんな偶然、あって溜まるか。落ち着け、俺……)
自分に言い聞かせる大介。
司祭が頭を垂れる。それへ丁寧に一礼を返し、枢機卿は説教台の前へ立った。
「!!」
その顔を見るや否や、大介は枢機卿に背を向けた。一目散に聖堂の外へ出る。
(嘘だ……そんなの、あり得ない……)
(馬鹿な……バカな……)
表へ出ても、大介の足は止まらない。せわしなく早足で同じところを行ったり来たりしながら、定まらない言葉未満の何かを半ば無意識に垂れ流す。
「ハタナ様!?」
ただ事ではない様子が伝わったのだろう。ひどく慌てた様子のアデラが駆け足で追いかけてきた。大介を糾弾するような表情をしていなかったはずだが、彼女の親切をむげにする行為である自覚はあった上、自分の名を呼ぶその声が『彼』に聞こえるのではないかという焦りが、大介の冷静さを極限まで喪失させた。
「すみません……本当にすみません……」
「どうかなさったのですか? 顔色が悪いですよ?」
「すみません……ご迷惑を……すみません、スミマセン……」
「落ち着いて……落ち着いてください、ハタナ様! 私は何も、あなたに謝られるようなことはされていません! 落ち着いてください!」
しかし、一度堰を切った罪悪感と焦燥感は、もはや制御出来るものではなくなっていた。大介は目の前の若い女性が困惑していることを理解しながらも、延々と謝罪を続ける。
幸いにして、彼女は修道女だった。明らかに正常ではない大介の状態を飲み込むと、声を張るのをやめて優しく語りかけた。
「……分かりました、帰りましょう。ラテカまで戻って、ゆっくり休みましょう。ね?」
「スミマセン……スミマセン……」
「大丈夫ですよ、誰も怒っていません」
20歳前後の女性に手を引かれる45歳。顔はくしゃくしゃに歪み、目と鼻からはだらしなく液が漏れた。よく晴れた空は何も言わず、聖堂の佇まいは皮肉なほどに平然としていた。
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