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Chapter 2 とりあえず、トレモするんで。

scene 8

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 大介がサラモンドの召喚を解除したのを見て、クレールはピストを引っ込めた。
 二人が木製の帽子を脱ぎ、城門の脇の小さな出入口から外に出ると、一人の女性がすぐそこにいた。

「……アデラ!」

「クレール! 魔王の手先が!」

「分かってる! アンタ、怪我は?」

「大丈夫! ……使者様は、こちらに?」

「ああ、いるぞ」

「ご一緒なんですね! ではやはり、あなたは啓示どうりのお方ということで!」

「論理が飛躍がいちじるしいが、まあそういうことだ、としておくよ」

「すみません。私はこれから聖堂へ戻って報告をしますので、二人は魔王軍の足止めを!」

「端からそのつもりよ。任せなさい」

 クレールが力強く返すと、アデラは胸の前で手を組み、小さく祈った。

「じゃ私行きます! クレール、また後で会おうね!」

「当然。アンタには言いたいことがやまほどあるんだから」

「……?」

「ホラ、首傾げてないで行きなさい。急ぐんでしょ」

「あ、そうそう!」

 クレールの促しを受けて、アデラは飛ぶように城門の中へ入っていった。

「城門が開いているな」

「お前も早く行け。敵が魔族なら、そっちの方が安全だ」

 クレールに促されるまま、大介は城門の内側へ入る。
 刹那、

「ついでに、コレも通してもらってよろしいですかな?」

「!?」

 何かが地面にぶつかるような音を聞き、大介は振り返る。そこには白髪を真っすぐに伸ばした老人が立っていた。大介が着ているスウェットよりもさらに暗い色合いの灰色をしたローブは、老人の雰囲気によく合っている。髭は一切生やしておらず、数の多い皺が目立っていた。彼の隣には、ゆったりした茶色いズボンと上着をまとった、黒い肌の女性型の幻獣が寄り添うように立っている。
 二人いた衛兵はすでにやられていて、彼の目の前で揃って伏している。
 そしてクレールは一体の小悪魔に足元を掴まれ、その場に倒れていた。彼女はまだ、城門の外だ。
 老人は言った。

「これ以上の手荒な真似は、こちらとしても気が引けますのでね。すんなり入れてもらえれば幸いというもの」

「ふざけるな! お前たちの言うことなど、信じられるはずがないだろう!」

 抵抗するクレール。やはり、この男が魔王の手先か。

「参りましたなあ。少し、中で探し物をしたいだけだというのに、この扱いですよ。ひどい話だ。そちらの方も、そう思うでしょう?」

「話を俺に振るんじゃない。そいつと同じ反応しか出来んぞ」

「そうですか……では、仕方ありませんな」

 残念そうに答えると老人風の魔の眷属は一歩下がり、代わりに黒い幻獣が前へ出た。

「あいつらの、名前分かるか?」

「魔族の名前はゴーチェ、幻獣はルーナだ」

「ゴーチェか。あいつ、強いのか?」

「私が知る魔族の中ではトップクラスだ。クソ……なんで、あんな奴がここに?」

「侮らないでいただきたいですなぁ、伺っておりますよ? なんでも、神の使者とかいう存在がこちらに現れたというではございませんか。これ以上我々にとって不利な話を押し付けられるのは勘弁してほしいと、我が主も申しております、ハイ」

「な……貴様、何故それを!」

「散々クグシボンに結界を張っておいて、何も感づかない我々だとお思いですか? それに加えて、今日のあなた方の慌ただしさを見れば、おのずと結論は出るというもの。情報などラテカ内に入らずとも、いくらでも収集出来るということですよ」

 詳細はよく分からないが、この男がやり手であることは理解が出来る。

「……弱ったな。じゃあ、爺さんの目的は俺か?」

「おや。これはさすがに予想外ですな。神の使者というからには、もう少し覇気のある者を想像しておりましたが」

 どうしても無礼を浴びてしまうのは大介の佇まい故なのか。彼としても慣れたもので、今さらつっかかったりはしない。大介はゴーチェを指差して言う。

「なるほど。俺のデビュー戦の相手は、こいつか……」

「いや、今回は私が戦おう。お前の戦い方では、こいつの相手は荷が重い」

「バカ言うな。そんな姿勢じゃ、戦うどころじゃねえだろ」

「その方のおっしゃる通りですよ」

 老人が指を鳴らす。刹那、さらに数体の小悪魔がどこからか湧いて出て来た。それらは全員クレールにしがみつき、挙動を完全に抑え込んでしまった。

「うわ! き、貴様!」

「あなたは、忌まわしき神の結界に入り損ねた。何なら今すぐに首を捻って差し上げたいところですが、今回の私の仕事はあくまでも、神の使者を駆除することですからね。しばらくそこでおとなしくしていてください。要件が済んでまだ私に魔力が残っていれば、あなたもご一緒にあの世へお送りいたしますよ」

 そうだ。幻獣バトルは、神への祈りが効果を持つラテカの域内でのみ成立する話なのだ。クレールの居場所はその範囲からギリギリはずれている。ゴーチェの準備が万端だったならば、有無を言わさず彼女は殺されていた……それは、呑気な大介の血の気を引かすには充分な現実だった。

「うるさい、ゴーチェ! こいつらを引っ込めろ!」

「ご生憎様。私としても不本意なんですよ。せっかくなので言ってしまいますが、今の私は魔族用の使役盤開発が主な仕事なんです。アレは本当に魔力を消耗しますからね。本来なら、それを暗殺に回す余裕なんて無いんですよ。まったく、面倒極まるとは、まさにこのこと」

「なんか苦労してそうだな、じいさん」

「恐れ入ります。まさかそちらから労いの言葉をいただけるとはね」

 言いながらゴーチェは、幻獣を少しずつ前進させる。

「おっと、待った! ヴニール・ピスト!」

 すかさず、大介はルーナに正対し、召喚門を二度叩いた。細長い四角形が現れ、二体の幻獣をその中に引き寄せる。今回の位置取りはゴーチェが左、大介が右側だ。

「出ましたな、忌々しい。ではあなたの幻獣を倒してこのピスト、消させてもらいますよ」

「俺が負けたら、このピスト消えるのか?」

「ほお? ……いや、失礼。その通りですよ。神の使者というわりには、なかなかの初心者様ですな」

「おかげさまでガチ初心者様だよ。こっちは時間不足でトレモさえ充分に出来てねえんだ。多少のミスは大目に見てくれな」

「トレモ、ですか。さしずめトレーニング……モード? といったところですかね。いずれにしても、準備不足は間違いない……か。なるほど、これはいい」

 大目に見てくれそうな気配は微塵もなかった。二人の視線は妙な脱力感を見せながら、油断なく相手を舐め回す。

「……これ、もう始めていいのか?」

「もちろん。いつでもどうぞ」

 余裕をみせるゴーチェ。言葉を受けて、大介の視線がピストの中へ動く。

「分かったよ。じゃあ、やるだけやってみるか」

 腰を下ろし、あぐらの上に使役盤を置く。
 不安材料が多いまま、大介の初対戦が始まった。
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