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占い①
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……あああ、
ついてねーな、ったく。
くじいた足を引きずりながら、ノラキスはゆっくりと家路につく。
竜のヒゲ亭の特製焼きパンは人気商品だ。
前回は行きがけにスリにやられて金が無くなってしまったために買えなかった。
なので、今回は注意して店に向かった。
スリに注意し、人混みをできるだけ避け、慎重に慎重に進んでいたら……
……石遊びで転がってきた石を踏んづけ、変な方向に足を捻ってしまったのだ。
ガキどもを𠮟りつけ、痛む脚を引きずりながらようやく店についたら、パンは売り切れていた。
もう食うなってことか? ノラキスは内心穏やかでなかった。
「お、帰って来たね。焼きパンにはありつけたかい?」
家の近くまで来ると、ご近所のニアおばさんが声をかけて来た。きさくで人の良い女性だが、今は一緒におしゃべりを楽しむ気分ではなかった。
ノラキスがニアおばさんに向かって首を横に振ると、おばさんは気の毒そうに顔をしかめた。
「あれま。じゃあ、また何かあったのかい? ……て、あんた脚ひきずってるじゃないか! 何があったんだい、本当に」
いきさつを説明すると、おばさんは呆れ気味にため息をついた。
「……あんたってば、本当についてないねえ。一回、ちゃんと見てもらいなよ」
「見てもらうって……誰に?」
「占い師にだよ。赤獅子通りの端っこに、当たるって評判の占い師がいるから、そこに一辺、どうしたらいいか訊いてみたらどうだい?」
「ああ、知ってる。それ、デビーナとかいうべっぴんさんだろ? あそこ行きにくいんだよなぁ、あんな目立つところに店構えて、鼻の下伸ばしたオヤジどもがわらわらいてさ。あいつらと同じに見られるの、嫌なんだよ」
「贅沢言ってる場合じゃないよ。あんたの不運、最近特にひどいからね。下手すりゃ本当に死んじまうかもしれないじゃないか」
「大袈裟だな、おばさん」
「なにが大袈裟なもんかい。実際、今日は脚をやられてるじゃないか。それにあんた、大工が仕事だろ? ゲンは多めに担いどいた方がいいと、あたしゃ思うけどね」
その言葉には、確かに一理あった。屋根の作業中に鳥に襲われるとか、今の自分になら起こりそうな予感さえする。
占いごときで対策が見つかるなんて思っちゃいないが、それでも、まあ、運気が少しでも変わるなら……気乗りはしなかったが、この際やれることはやっておこう、と考え直すに至った。
(……まったく。あとは親方が、いつ休みをくれるか、だな……)
と、いうより。
このくじいた脚で、午後の仕事をどうしようか。昼の休みはもう終わる。やれやれ……ノラキスは何回目か分からないため息を、また吐いた。
数日後。
仕事がキリになったところで、ノラキスは一日休みをもらえた。意外と早いタイミングだ……もしかして、運の悪さは底を打ったか?
一瞬でもそう思ったノラキスは、自分の能天気さに嫌気がさしていた。当日の朝、家を出ると、まるで申し合わせたかのようなひどい雨だった。
なんだよ、まったく……。
皮製の外套を羽織り、フードを被ると、ノラキスは足早に占い師の元へ向かう。雨がフードに当たり、けたたましく鳴る。
赤獅子通りは、ノラキスの家からそれほど遠くなかった。目的の占い師は小さな屋根付きの屋台を通りの端にひっそりと展開させている。どうやら時間で料金を決めているようで、30分でいくら、1時間でいくらと書かれた料金表の看板を、屋台の傍らに立てていた。
通常だと、とりまきの中年男が何人か近くをウロウロしているのだが、今日はこんな天気というのもあり、さすがに誰もいなかった。占い師デビーナは、ノラキスと同じタイプの外套を身にまとい、屋根がまったく意味を成さない大振りの雨の中、ひっそりと屋台の中で座っていた。一応、屋台の前には椅子が一脚置いてあったが、あまりにも濡れていて座ろうという気がまったくおきない。
「……すんません。いいですか?」
彼女の前に立ち、ボソリというと、デビーナはこちらを見上げた。なるほど確かに美人である。
「勿論です。こんな足元の悪い中、お越しくださいましてありがとうございます」
にっこりと微笑むデビーナ。なるほど、これは取り巻きの男どもの気持ちも分かる。美人だが、なんというか……どうにも気だるさのあるタイプであった。
「椅子におかけください……と言いたいところですが、濡れてますよね。今は、こちらも、それを拭くものを持っていないんです。申し訳ありませんが、このままお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
拭くものを持っていない、と女は言ったが、おそらく持ってきたけど濡れてしまったのだろう。なにしろこの土砂降りだ。ノラキスはふと、後ろを振り返る。
雨は、あがっていた。
(……うわー、腹立つー……)
とにかくとことん、ツイていない。ノラキスは、最近の自分の不運エピソードを彼女に話し、どうしたらこのツイてない状況を打破できるか相談した。
ついてねーな、ったく。
くじいた足を引きずりながら、ノラキスはゆっくりと家路につく。
竜のヒゲ亭の特製焼きパンは人気商品だ。
前回は行きがけにスリにやられて金が無くなってしまったために買えなかった。
なので、今回は注意して店に向かった。
スリに注意し、人混みをできるだけ避け、慎重に慎重に進んでいたら……
……石遊びで転がってきた石を踏んづけ、変な方向に足を捻ってしまったのだ。
ガキどもを𠮟りつけ、痛む脚を引きずりながらようやく店についたら、パンは売り切れていた。
もう食うなってことか? ノラキスは内心穏やかでなかった。
「お、帰って来たね。焼きパンにはありつけたかい?」
家の近くまで来ると、ご近所のニアおばさんが声をかけて来た。きさくで人の良い女性だが、今は一緒におしゃべりを楽しむ気分ではなかった。
ノラキスがニアおばさんに向かって首を横に振ると、おばさんは気の毒そうに顔をしかめた。
「あれま。じゃあ、また何かあったのかい? ……て、あんた脚ひきずってるじゃないか! 何があったんだい、本当に」
いきさつを説明すると、おばさんは呆れ気味にため息をついた。
「……あんたってば、本当についてないねえ。一回、ちゃんと見てもらいなよ」
「見てもらうって……誰に?」
「占い師にだよ。赤獅子通りの端っこに、当たるって評判の占い師がいるから、そこに一辺、どうしたらいいか訊いてみたらどうだい?」
「ああ、知ってる。それ、デビーナとかいうべっぴんさんだろ? あそこ行きにくいんだよなぁ、あんな目立つところに店構えて、鼻の下伸ばしたオヤジどもがわらわらいてさ。あいつらと同じに見られるの、嫌なんだよ」
「贅沢言ってる場合じゃないよ。あんたの不運、最近特にひどいからね。下手すりゃ本当に死んじまうかもしれないじゃないか」
「大袈裟だな、おばさん」
「なにが大袈裟なもんかい。実際、今日は脚をやられてるじゃないか。それにあんた、大工が仕事だろ? ゲンは多めに担いどいた方がいいと、あたしゃ思うけどね」
その言葉には、確かに一理あった。屋根の作業中に鳥に襲われるとか、今の自分になら起こりそうな予感さえする。
占いごときで対策が見つかるなんて思っちゃいないが、それでも、まあ、運気が少しでも変わるなら……気乗りはしなかったが、この際やれることはやっておこう、と考え直すに至った。
(……まったく。あとは親方が、いつ休みをくれるか、だな……)
と、いうより。
このくじいた脚で、午後の仕事をどうしようか。昼の休みはもう終わる。やれやれ……ノラキスは何回目か分からないため息を、また吐いた。
数日後。
仕事がキリになったところで、ノラキスは一日休みをもらえた。意外と早いタイミングだ……もしかして、運の悪さは底を打ったか?
一瞬でもそう思ったノラキスは、自分の能天気さに嫌気がさしていた。当日の朝、家を出ると、まるで申し合わせたかのようなひどい雨だった。
なんだよ、まったく……。
皮製の外套を羽織り、フードを被ると、ノラキスは足早に占い師の元へ向かう。雨がフードに当たり、けたたましく鳴る。
赤獅子通りは、ノラキスの家からそれほど遠くなかった。目的の占い師は小さな屋根付きの屋台を通りの端にひっそりと展開させている。どうやら時間で料金を決めているようで、30分でいくら、1時間でいくらと書かれた料金表の看板を、屋台の傍らに立てていた。
通常だと、とりまきの中年男が何人か近くをウロウロしているのだが、今日はこんな天気というのもあり、さすがに誰もいなかった。占い師デビーナは、ノラキスと同じタイプの外套を身にまとい、屋根がまったく意味を成さない大振りの雨の中、ひっそりと屋台の中で座っていた。一応、屋台の前には椅子が一脚置いてあったが、あまりにも濡れていて座ろうという気がまったくおきない。
「……すんません。いいですか?」
彼女の前に立ち、ボソリというと、デビーナはこちらを見上げた。なるほど確かに美人である。
「勿論です。こんな足元の悪い中、お越しくださいましてありがとうございます」
にっこりと微笑むデビーナ。なるほど、これは取り巻きの男どもの気持ちも分かる。美人だが、なんというか……どうにも気だるさのあるタイプであった。
「椅子におかけください……と言いたいところですが、濡れてますよね。今は、こちらも、それを拭くものを持っていないんです。申し訳ありませんが、このままお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
拭くものを持っていない、と女は言ったが、おそらく持ってきたけど濡れてしまったのだろう。なにしろこの土砂降りだ。ノラキスはふと、後ろを振り返る。
雨は、あがっていた。
(……うわー、腹立つー……)
とにかくとことん、ツイていない。ノラキスは、最近の自分の不運エピソードを彼女に話し、どうしたらこのツイてない状況を打破できるか相談した。
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