舞姫【中編】

友秋

文字の大きさ
上 下
53 / 57

発覚2

しおりを挟む
「要するに、俺達の知らねーとこで最恐最悪のタッグが組まれてたっつー訳だ」

 佐々木が帰った応接室で、星児は窓の外を見ながらクククと笑い出した。

「ほんっとーに、最恐のタッグだよ」

 保は、あり得ねーと手で顔を覆った。

「モノは取りようだぜ。いいじゃねぇか、潰してぇモンが一つになったんだ。手間が省けたぜ」

 羨ましいくらいポジティブだぜ。

 ため息混じりに保は内心で呟いていた。

「とにかく、潰される前に潰さねーと」


†††

「社長、おはようございます」

 社員達や秘書達の挨拶に、津田武は歩みを止める事なく軽く頭を下げる。

 TUD総合警備の自社ビル最上階。武は秘書課の部屋を通り、奥に位置する社長室へ入って行った。

 デスクに着いた椅子に腰を下ろすと武は、机上に置かれている経済雑誌を手にした。今朝発刊の物を、秘書が置いていったのだ。

 パラリと開いた武はあるページでその表情が固まった。

 〝経済界の若きリーダー〟という見出しがついた記事。良く知る男の顔写真と共に掲載されていた。

 兵藤! よくも、いけしゃあしゃあと!

 武は奥歯を噛んだ。

 あのイチカ安保は絶対に欲しかったのだ! それを、この若造が! 私に宣戦布告など百万年早い!

 田崎は何をしている! と苛立たしげに雑誌を閉じた武はそれを乱暴にゴミ箱に捨てた。

 その時、ドアがノックされ外から秘書の一人が声をかけた。

「社長、奥様からお電話です。2番でお取りください」

 由美子から?

 訝しがりながらもデスクの電話の受話器を取り、ボタンを押した。

「アナタ、お仕事中にお電話などいれて申し訳ありませんけど、武明の事で問題が起こりましたの。今晩はお早めにお帰りくださいまし」

 口を差し挟む隙も与ず一方的に話し電話を切った妻の由美子に、武は半ば呆れながら受話器を置いた。

 武明の事?

 武は長男の姿を思い浮かべたが、普段から親子関係など希薄でロクに会話もしていなかった息子に起きた問題など、心当たりが有りようもなかった。



 
「武明がストリッパーと付き合っている?」

 家に戻った武は、リビングに入るなり妻の由美子にまくし立てられ眉をひそめた。

 一人がけのソファーに座る武明は、ひじ掛けに肘を置き頬杖をつき、足を組んで座っている。

 明らかにふて腐れた態度を取っており、父が戻ったにも関わらず顔すら上げない。母との間に相当な応酬があった事が見て取れた。

「あんなに張り切っていた留学を延期する、なんて言い出したおかしいと思って調べたら」
「母さん、恥を知りなよ。興信所なんて息子に対して使うものじゃない」

 物腰の柔らかな普段の武明からは想像も出来ない険しさだった。武は心中で舌打ちする。

 武明は、弟の武弘と違い、何の波風も立てずここまで来た。

 義父である恵三がもっとも気に入る孫だ。従順な息子を意のままに操れば、津田グループ全てを手中に納める事も可能、そう目論んで来たのだ。

 それが、ストリッパーと交際など!

 ソファーに腰を下ろした武が眉根を寄せ、苦々しい表情で黙ったままである事に痺れを切らせた由美子は、武明を諭すように話し出した。

「恥ずかしいのは貴方よ、武明。津田家の跡取りがなんてこと……。ストリッパーなんて汚らわしい! 武明は騙されてるのよ。財産目当てに決まってるじゃないの」

 そっぽを向いたままだった武明が、立ち上がり声を上げた。

「みちるは、彼女はそんな子じゃない!」

 みちる……?

 顔を上げた武は目を見開き、武明を見た。

「武明、そのストリッパーは、どこの劇場にいる?」

 名を呼ばれ、何を言われるかと構えた武明だったが、父の意外なひと言に面喰らった。

「そんな事、聞いてどうするんですか、父さん」
「父親ならそのくらいは聞く権利があるだろう」

 背筋が凍る程の迫力を持つ父の目に睨まれ、武明は警戒し黙り込んだ。そんな武明に代わり、由美子が答えた。

「アナタ、香蘭劇場という劇場らしくてよ」

 由美子の表情は、口にするのも汚らわしい、というものだったが、武はそんな事は気にとめなかった。

 香蘭だと!

 一瞬ほくそ笑んだ不気味な父の表情を、武明は見逃さなかった。

 父さん?

「由美子、この事はお義父さんの耳には入っているのか」

 由美子は、とんでもない、と首を振る。

「こんな事、お父様に知られたら大変よ!」

 武は密かに胸を撫で下ろし、言った。

「由美子、少し席を外してくれ。武明と話しをする」

 人違いでなければ、そのストリッパーは、津田みちるだ。

 どうせ、いずれ田崎に始末させる女だ。今すぐに別れさせる必要はあるまい。





 武明は、自室のロッキングチェアに座り、手を頭の後ろで組み、空を睨んだまま暫く動かなかった。十数分前の父の言葉を反芻する。

『武明、私はすぐに別れろ、とは言わない』

 こちらを油断させるようなセリフの裏には必ず何かがある事など、武明はすぐに読める。黙ったまま、父の次に続く言葉を待った。

 父の言葉は意外なものだった。

『そのストリッパーは、私のかたきである男の娘だ』

 武明の表情が歪んだ。

『父さんの、敵……?』

 意味が分からなかった。武明は改めて、自分が彼女の事を何一つ知らない事を思い知らされる。

 愕然とする武明に、父は尚も続けた。

『彼女は、この津田家を根底から揺るがしかねない秘密を今持っている可能性があるんだ。
武明、今すぐに別れろとは言わない。
だが、別れないのなら、探れ。
彼女が肌身離さず身につけているような、何かがある筈だ。
いいな、武明。
津田家の命運が掛かっているんだぞ』

 やはりそれか。

 武明は内心で吐き捨てた。

 もう沢山だ。

 どうせなら、今まで犯した自らの悪事、捕まるくらいのヘマをしてやればよかった。そうすればこの父親は義父に叱られ、妻に見捨てられ、全てを失っていたかもしれない。

 そうだ、僕はそうやってこの父親をどうにかしてやろうと思っていたんだ!

 そこまで考えて武明は、いや駄目だ、と頭をふった。

 そんなくだらない事で捕まりでもしたら、みちるに会えなくなってしまう!

 激しい鼓動を抑え武明は拳を握りしめた。武はニヤリと笑う。

『津田家に波乱を巻き起こしたくはなかろう? お前は、津田家の当主になる男なのだからな』

〝自分は津田家の当主となる男〟

 父は、津田グループ総裁・津田恵三の内孫として生まれ、その命運と重責とを背負う事を当然として育てられた自分には、この言葉が一番効くと思っているのだろう。

 僕を甘くみるな。

 立ち上がった武明は、壁の時計を見た。

 今夜は会う約束はしていなかったけど、君に会いたい。

 会って君に確かめたい事がある!

 武明は身を翻し、机の上にあった愛車のキーを握りしめ部屋を飛び出した。

†††
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

舞姫【後編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。 巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。 誰が幸せを掴むのか。 •剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 •兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 •津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。 •桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 •津田(郡司)武 星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

友よ、お前は何故死んだのか?

河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」 幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。 だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。 それは洋壱の死の報せであった。 朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。 悲しみの最中、朝倉から提案をされる。 ──それは、捜査協力の要請。 ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。 ──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

眼異探偵

知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が 眼に備わっている特殊な能力を使って 親友を救うために難事件を 解決していく物語。 だが、1番の難事件である助手の謎を 解決しようとするが、助手の運命は...

雨の向こう側

サツキユキオ
ミステリー
山奥の保養所で行われるヨガの断食教室に参加した亀山佑月(かめやまゆづき)。他の参加者6人と共に独自ルールに支配された中での共同生活が始まるが────。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...