舞姫【中編】

友秋

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屋形船

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 バックに、デカイのが。

 佐々木の言葉を反芻する保の中で勘のような何かが閃いた。

「デカイの、って、ソッチ筋のか?」
「いや」

 佐々木は箸に持ちかえるのがまどろっこしくなったのか、肉を焼くトングで食べ始めた。

 おいおい、と眉をひそめる保にはお構い無く彼は天井を仰ぎ口を開け肉を放り込む。頬張りながら佐々木は先を続けた。

「さすがにこれは捜査段階だから何処とは言えねーんだけどさ。中央省庁との太いパイプを持つカタギの企業だ。田崎んとこの主な裏金流通ルートは、その会社とみて間違いねぇ」

 中央省庁とのパイプを持つ企業。そんなの山ほどあるぜ。

 全部当たってたら見つける前に潰される。

 マズイな、と保が箸を噛んだ時、クククと佐々木が笑った。

「お前、俺相手に駆け引きするつもりだったろ」

 保はボロッと口から箸を落とした。開いた口が塞がらなかった。

「マルボウのデカをナメんじゃねーぞ」

 ドスの効いた声音。その顔でその口調。

 セリフの内容は置いといて、これはもう紛れもなくヤクザの姿だ。保は怯みはしないが、観念する。

「参りました」

 肩を竦め、落ちた箸を拾わずに両手を上げる仕草をした。佐々木はキシシと笑う。

「分かればいいさ、なんて偉そうに言う気はねぇよ。ただな、水くせーじゃねぇか。俺はお前を信用してる。お前は俺がリークした情報を悪ぃようには使わねぇと信じてる。田崎の事は分かれば直ぐに教えてやるよ」

 保はフッと笑った。

「恩に着る」

 佐々木は強面の顔でニッと笑いジョッキを持つとテーブルの上の保のジョッキにぶつけてガチンと鳴らした。

「田崎、潰してみせてくれよ、お前と剣崎でさ。その為の協力は惜しまねーからよ」

 保の顔が明るくなる。

「ああ、頼む」

 この四課の佐々木は、自身の昇進に伴い、保達の絶体的な協力者となってゆく。

†††

 隅田川に浮かぶ、一艘の屋形船。灯りが川面に反射していた。

「屋形船に男2人で貸し切りとはな」

 座敷で胡座をかき、酒を呑む男が言った。

「芸者の一人も呼べば酒も旨くなるんだがな」

 彼はそう付け足しクククと笑った。

「他人に聞かれたくない話しをするからここを選んだ。芸者は陸に上がったら呼べばいい」

 男の言葉にフンと笑った津田武は猪口に口を付け続ける。

「例の件は進んでいるのか」
「慌てるなよ。今しっかり根回ししてんだからよ」

 高級ブランドスーツに身を包む男の指では太いシルバーリングの宝石が光っていた。

 年の頃は、津田と同じ。煙草を咥えると屋形船の名前が書かれたマッチを取った。

「あのヤローには煮え湯を飲まされてんだよ」

 男はシュッとマッチを擦ると煙草に火を点け空を睨んだ。

「アッサリ潰しちゃつまんねぇ。じっくりいたぶってやる」
「好きにしろ。俺は別にあの男とその相棒を消してくれりゃそれでいい」

 津田は手酌で自分の猪口に酒を注ぐ。

「しかし、アンタの依頼がアイツらとはな。どんな経緯があんだか知らねーが」

 男がクックと笑い出した。
 
「自分の過去に関わる者は全て消したいだけだ。お前の過去も随分綺麗にしてやっただろう?」

 津田が口角を上げて笑うと、男の顔から笑いが消えた。それを見て、津田は言う。

「俺達の利害は常に一致してるんだよ。
しくじるなよ、田崎――」

 煙を吐き出した男、田崎が静かに口を開いた。

「俺を誰だと思っている。しくじった事など、一度もないだろうが」

 2人の鋭い眼光が互いを牽制するかのように行き交う。

 フッとその視線を外した津田が胸ポケットから1枚の写真を出し田崎の前に置いた。

 1人の女性が写っていた。

「あの2人の傍にいる女だ。この女も一緒に始末して欲しい」

 写真を手にし、そこに映る女性を見た田崎の目に卑猥な色が浮かんだ。
 
「ただ始末するだけ、じゃないとダメか?」

 ニヤリと笑う田崎を津田は鼻で笑った。

「商品として扱うような事をしなけりゃ、煮るなり焼くなり好きにしろ」

 ほぉ、と探るような視線を向けた田崎に津田は吐き捨てるように言う。

「その女は俺の過去の〝汚点〟だ。世に出してもらっちゃ困るんだよ。始末しないなら右も左も分からなくなるくらいクスリ漬けにしてダッチワイフにでもしろ」
「相変わらず、ヤクザより怖ぇ」

 田崎は煙草を指に挟んだままククと笑い、続けた。

「反応のない女をヤる程薄気味の悪ぃもんはないぜ」
「お前の性癖など俺の知る範疇じゃない。それが嫌ならヤりたいだけヤって海にでも沈めるんだな」

 おおこえぇ、とわざとらしい薄笑いを浮かべ肩を竦めた田崎は煙草を灰皿に押し付け、写真を眺め再び卑猥な表情を浮かべた。
 
「過去の〝汚点〟か。アンタの過去も随分とイロイロありそうだ」

 田崎を津田は睨み付けた。

「詮索と他言は無用だ。とにかく、ソイツらを〝存在していなかった人間〟にしてくれ」

†††

「ひぁ……っん」

 ビクンッと大きく震えたみちるの躰を逃さないように固く抱き締めた保が、その胸に顔を埋めた。

「たもつ……さん……っ……はぁ……ぁっ、んん」

 肩で息をするみちるが悦楽の熱を吐息で逃そうとした時、その唇は星児によって塞がれた。

 も……だめ……ぇ。

 でも。

 私は溺れたままで、いいの?

 白くなるみちるの意識の深淵に、不安と戸惑い。

 波瀾の予兆が影となり、三人を覆い尽くそうとしていた。








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