40 / 57
屋形船
しおりを挟む
バックに、デカイのが。
佐々木の言葉を反芻する保の中で勘のような何かが閃いた。
「デカイの、って、ソッチ筋のか?」
「いや」
佐々木は箸に持ちかえるのがまどろっこしくなったのか、肉を焼くトングで食べ始めた。
おいおい、と眉をひそめる保にはお構い無く彼は天井を仰ぎ口を開け肉を放り込む。頬張りながら佐々木は先を続けた。
「さすがにこれは捜査段階だから何処とは言えねーんだけどさ。中央省庁との太いパイプを持つカタギの企業だ。田崎んとこの主な裏金流通ルートは、その会社とみて間違いねぇ」
中央省庁とのパイプを持つ企業。そんなの山ほどあるぜ。
全部当たってたら見つける前に潰される。
マズイな、と保が箸を噛んだ時、クククと佐々木が笑った。
「お前、俺相手に駆け引きするつもりだったろ」
保はボロッと口から箸を落とした。開いた口が塞がらなかった。
「マルボウのデカをナメんじゃねーぞ」
ドスの効いた声音。その顔でその口調。
セリフの内容は置いといて、これはもう紛れもなくヤクザの姿だ。保は怯みはしないが、観念する。
「参りました」
肩を竦め、落ちた箸を拾わずに両手を上げる仕草をした。佐々木はキシシと笑う。
「分かればいいさ、なんて偉そうに言う気はねぇよ。ただな、水くせーじゃねぇか。俺はお前を信用してる。お前は俺がリークした情報を悪ぃようには使わねぇと信じてる。田崎の事は分かれば直ぐに教えてやるよ」
保はフッと笑った。
「恩に着る」
佐々木は強面の顔でニッと笑いジョッキを持つとテーブルの上の保のジョッキにぶつけてガチンと鳴らした。
「田崎、潰してみせてくれよ、お前と剣崎でさ。その為の協力は惜しまねーからよ」
保の顔が明るくなる。
「ああ、頼む」
この四課の佐々木は、自身の昇進に伴い、保達の絶体的な協力者となってゆく。
†††
隅田川に浮かぶ、一艘の屋形船。灯りが川面に反射していた。
「屋形船に男2人で貸し切りとはな」
座敷で胡座をかき、酒を呑む男が言った。
「芸者の一人も呼べば酒も旨くなるんだがな」
彼はそう付け足しクククと笑った。
「他人に聞かれたくない話しをするからここを選んだ。芸者は陸に上がったら呼べばいい」
男の言葉にフンと笑った津田武は猪口に口を付け続ける。
「例の件は進んでいるのか」
「慌てるなよ。今しっかり根回ししてんだからよ」
高級ブランドスーツに身を包む男の指では太いシルバーリングの宝石が光っていた。
年の頃は、津田と同じ。煙草を咥えると屋形船の名前が書かれたマッチを取った。
「あのヤローには煮え湯を飲まされてんだよ」
男はシュッとマッチを擦ると煙草に火を点け空を睨んだ。
「アッサリ潰しちゃつまんねぇ。じっくりいたぶってやる」
「好きにしろ。俺は別にあの男とその相棒を消してくれりゃそれでいい」
津田は手酌で自分の猪口に酒を注ぐ。
「しかし、アンタの依頼がアイツらとはな。どんな経緯があんだか知らねーが」
男がクックと笑い出した。
「自分の過去に関わる者は全て消したいだけだ。お前の過去も随分綺麗にしてやっただろう?」
津田が口角を上げて笑うと、男の顔から笑いが消えた。それを見て、津田は言う。
「俺達の利害は常に一致してるんだよ。
しくじるなよ、田崎――」
煙を吐き出した男、田崎が静かに口を開いた。
「俺を誰だと思っている。しくじった事など、一度もないだろうが」
2人の鋭い眼光が互いを牽制するかのように行き交う。
フッとその視線を外した津田が胸ポケットから1枚の写真を出し田崎の前に置いた。
1人の女性が写っていた。
「あの2人の傍にいる女だ。この女も一緒に始末して欲しい」
写真を手にし、そこに映る女性を見た田崎の目に卑猥な色が浮かんだ。
「ただ始末するだけ、じゃないとダメか?」
ニヤリと笑う田崎を津田は鼻で笑った。
「商品として扱うような事をしなけりゃ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
ほぉ、と探るような視線を向けた田崎に津田は吐き捨てるように言う。
「その女は俺の過去の〝汚点〟だ。世に出してもらっちゃ困るんだよ。始末しないなら右も左も分からなくなるくらいクスリ漬けにしてダッチワイフにでもしろ」
「相変わらず、ヤクザより怖ぇ」
田崎は煙草を指に挟んだままククと笑い、続けた。
「反応のない女をヤる程薄気味の悪ぃもんはないぜ」
「お前の性癖など俺の知る範疇じゃない。それが嫌ならヤりたいだけヤって海にでも沈めるんだな」
おおこえぇ、とわざとらしい薄笑いを浮かべ肩を竦めた田崎は煙草を灰皿に押し付け、写真を眺め再び卑猥な表情を浮かべた。
「過去の〝汚点〟か。アンタの過去も随分とイロイロありそうだ」
田崎を津田は睨み付けた。
「詮索と他言は無用だ。とにかく、ソイツらを〝存在していなかった人間〟にしてくれ」
†††
「ひぁ……っん」
ビクンッと大きく震えたみちるの躰を逃さないように固く抱き締めた保が、その胸に顔を埋めた。
「たもつ……さん……っ……はぁ……ぁっ、んん」
肩で息をするみちるが悦楽の熱を吐息で逃そうとした時、その唇は星児によって塞がれた。
も……だめ……ぇ。
でも。
私は溺れたままで、いいの?
白くなるみちるの意識の深淵に、不安と戸惑い。
波瀾の予兆が影となり、三人を覆い尽くそうとしていた。
佐々木の言葉を反芻する保の中で勘のような何かが閃いた。
「デカイの、って、ソッチ筋のか?」
「いや」
佐々木は箸に持ちかえるのがまどろっこしくなったのか、肉を焼くトングで食べ始めた。
おいおい、と眉をひそめる保にはお構い無く彼は天井を仰ぎ口を開け肉を放り込む。頬張りながら佐々木は先を続けた。
「さすがにこれは捜査段階だから何処とは言えねーんだけどさ。中央省庁との太いパイプを持つカタギの企業だ。田崎んとこの主な裏金流通ルートは、その会社とみて間違いねぇ」
中央省庁とのパイプを持つ企業。そんなの山ほどあるぜ。
全部当たってたら見つける前に潰される。
マズイな、と保が箸を噛んだ時、クククと佐々木が笑った。
「お前、俺相手に駆け引きするつもりだったろ」
保はボロッと口から箸を落とした。開いた口が塞がらなかった。
「マルボウのデカをナメんじゃねーぞ」
ドスの効いた声音。その顔でその口調。
セリフの内容は置いといて、これはもう紛れもなくヤクザの姿だ。保は怯みはしないが、観念する。
「参りました」
肩を竦め、落ちた箸を拾わずに両手を上げる仕草をした。佐々木はキシシと笑う。
「分かればいいさ、なんて偉そうに言う気はねぇよ。ただな、水くせーじゃねぇか。俺はお前を信用してる。お前は俺がリークした情報を悪ぃようには使わねぇと信じてる。田崎の事は分かれば直ぐに教えてやるよ」
保はフッと笑った。
「恩に着る」
佐々木は強面の顔でニッと笑いジョッキを持つとテーブルの上の保のジョッキにぶつけてガチンと鳴らした。
「田崎、潰してみせてくれよ、お前と剣崎でさ。その為の協力は惜しまねーからよ」
保の顔が明るくなる。
「ああ、頼む」
この四課の佐々木は、自身の昇進に伴い、保達の絶体的な協力者となってゆく。
†††
隅田川に浮かぶ、一艘の屋形船。灯りが川面に反射していた。
「屋形船に男2人で貸し切りとはな」
座敷で胡座をかき、酒を呑む男が言った。
「芸者の一人も呼べば酒も旨くなるんだがな」
彼はそう付け足しクククと笑った。
「他人に聞かれたくない話しをするからここを選んだ。芸者は陸に上がったら呼べばいい」
男の言葉にフンと笑った津田武は猪口に口を付け続ける。
「例の件は進んでいるのか」
「慌てるなよ。今しっかり根回ししてんだからよ」
高級ブランドスーツに身を包む男の指では太いシルバーリングの宝石が光っていた。
年の頃は、津田と同じ。煙草を咥えると屋形船の名前が書かれたマッチを取った。
「あのヤローには煮え湯を飲まされてんだよ」
男はシュッとマッチを擦ると煙草に火を点け空を睨んだ。
「アッサリ潰しちゃつまんねぇ。じっくりいたぶってやる」
「好きにしろ。俺は別にあの男とその相棒を消してくれりゃそれでいい」
津田は手酌で自分の猪口に酒を注ぐ。
「しかし、アンタの依頼がアイツらとはな。どんな経緯があんだか知らねーが」
男がクックと笑い出した。
「自分の過去に関わる者は全て消したいだけだ。お前の過去も随分綺麗にしてやっただろう?」
津田が口角を上げて笑うと、男の顔から笑いが消えた。それを見て、津田は言う。
「俺達の利害は常に一致してるんだよ。
しくじるなよ、田崎――」
煙を吐き出した男、田崎が静かに口を開いた。
「俺を誰だと思っている。しくじった事など、一度もないだろうが」
2人の鋭い眼光が互いを牽制するかのように行き交う。
フッとその視線を外した津田が胸ポケットから1枚の写真を出し田崎の前に置いた。
1人の女性が写っていた。
「あの2人の傍にいる女だ。この女も一緒に始末して欲しい」
写真を手にし、そこに映る女性を見た田崎の目に卑猥な色が浮かんだ。
「ただ始末するだけ、じゃないとダメか?」
ニヤリと笑う田崎を津田は鼻で笑った。
「商品として扱うような事をしなけりゃ、煮るなり焼くなり好きにしろ」
ほぉ、と探るような視線を向けた田崎に津田は吐き捨てるように言う。
「その女は俺の過去の〝汚点〟だ。世に出してもらっちゃ困るんだよ。始末しないなら右も左も分からなくなるくらいクスリ漬けにしてダッチワイフにでもしろ」
「相変わらず、ヤクザより怖ぇ」
田崎は煙草を指に挟んだままククと笑い、続けた。
「反応のない女をヤる程薄気味の悪ぃもんはないぜ」
「お前の性癖など俺の知る範疇じゃない。それが嫌ならヤりたいだけヤって海にでも沈めるんだな」
おおこえぇ、とわざとらしい薄笑いを浮かべ肩を竦めた田崎は煙草を灰皿に押し付け、写真を眺め再び卑猥な表情を浮かべた。
「過去の〝汚点〟か。アンタの過去も随分とイロイロありそうだ」
田崎を津田は睨み付けた。
「詮索と他言は無用だ。とにかく、ソイツらを〝存在していなかった人間〟にしてくれ」
†††
「ひぁ……っん」
ビクンッと大きく震えたみちるの躰を逃さないように固く抱き締めた保が、その胸に顔を埋めた。
「たもつ……さん……っ……はぁ……ぁっ、んん」
肩で息をするみちるが悦楽の熱を吐息で逃そうとした時、その唇は星児によって塞がれた。
も……だめ……ぇ。
でも。
私は溺れたままで、いいの?
白くなるみちるの意識の深淵に、不安と戸惑い。
波瀾の予兆が影となり、三人を覆い尽くそうとしていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
彼女が愛した彼は
朝飛
ミステリー
美しく妖艶な妻の朱海(あけみ)と幸せな結婚生活を送るはずだった真也(しんや)だが、ある時を堺に朱海が精神を病んでしまい、苦痛に満ちた結婚生活へと変わってしまった。
朱海が病んでしまった理由は何なのか。真相に迫ろうとする度に謎が深まり、、、。
【毎日更新】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】
めんつゆ
ミステリー
ーー「それ」がわかった時、物語はひっくり返る……。
真実に近づく為の伏線が張り巡らされています。
あなたは何章で気づけますか?ーー
舞台はとある田舎町の中学校。
平和だったはずのクラスは
裏サイトの「なりすまし」によって支配されていた。
容疑者はたった7人のクラスメイト。
いじめを生み出す黒幕は誰なのか?
その目的は……?
「2人で犯人を見つけましょう」
そんな提案を持ちかけて来たのは
よりによって1番怪しい転校生。
黒幕を追う中で明らかになる、クラスメイトの過去と罪。
それぞれのトラウマは交差し、思いもよらぬ「真相」に繋がっていく……。
中学生たちの繊細で歪な人間関係を描く青春ミステリー。

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる