舞姫【中編】

友秋

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津田商事

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 丸の内のオフィス街の一角にある一際巨大なビル、津田商事の社屋の最上階でエレベーターを下りた御幸を、スーツ姿の男達が待ち構えていた。

「御幸専務、おはようございます! お待ちしておりました!
今朝早くに中東から帰国された会長が成田からこちらに直行されまして、先ほどから、右京はまだか、と」

 慌てる社員達に御幸は笑顔で「おはよう」と歩きながら応える。

「聞いてます。車の中で会長の秘書から電話を貰いました。早く来てください、と泣きつかれましたよ」

 相変わらず傲慢だ、と苦笑いする。

 廊下の突き当たりにある会長室の方から罵倒するような怒鳴り声が聞こえた。

 歩みを一瞬止めた御幸は、今しがたエレベーターホールで自分を出迎えた男に小声で聞く。

「今はどなたが会長室にお見に?」
「総警の津田武様が……」

 御幸は「そうですか」とだけ答えた。

 先日の、武明の言葉が御幸の脳裏に蘇る。

『あの2人は永遠に解け合う事はありません』

 なるほど巧い表現だ。

 津田商事会長・津田恵三は、血縁者以外に重役等の役職を与えたりは決してしない。グループ企業の社長等といった地位は当然の如く子息に与えられる。

 それを、津田武という男は覆したのだ。とある功績を認められた為に。
 
 その〝功績〟というのが、御幸の従兄であり親友であった、津田恵太を嵌め、陥れた事により手に入れる事が出来た功績だった。



 会長室が静かになり、その重厚な一枚板の木扉が開く。

 1人の男が恭しく頭を下げ、部屋から出てきた。

 細身で背の高い、口髭の男。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた津田武だ。

 廊下で御幸と顔を合わせた武は、軽く会釈だけを交わした。

 会話も無くそれだけで終わると思われた時、すれ違い様、御幸が小声で武に囁いた。

「津田みちる、という名を覚えておいででしょう」

 双方の歩みが止まった。

 目を合わせる事はなく、互いの顔を見る事も無かったが、明らかに空気が変わった。
 
 ヒリヒリするような〝気〟を肌で感じながら、御幸は続ける。

「ああ、返事はしなくてよろしいですよ。貴方の反応は想像に難くないのでね」

 その時初めて2人は振り向き、互いの表情を確認した。

 背の高い武は、御幸を俯瞰するかたちになる。しかし、見上げる御幸は、少しも気圧される事なく堂々と武を見上げていた。

 武はクックと笑い出した。

「貴方は、いつも面白い事を言い出す」

 言葉は穏やかだったが目は鋭い光を放っていた。御幸は優雅に微笑み返す。

「そうですね。面白いついでに、もう1つ」

 御幸は人差し指を立てた。
 
「貴方は〝寝首を掻かれる〟いう言葉をよく覚えておくと良いでしょう」





 津田武は、御幸が「では失礼」と、消えたドアを暫くの間睨み付けていた。

 この……腐れ血族が!

 見ていろ、全て、この一族も財産も全て俺のものにしてみせる!

 拳を握りしめた武に「社長?」と傍にいた秘書が声をかけた。

「ああ、何でもない」

 固い表情のまま歩き出した武を見た秘書は、慌てて先にエレベーターホールまで行き、ボタンを押していた。

 ホールでエレベーターを待つ武は腕を組み、それにしても、と思案を始めた。

〝津田みちる〟だと?

 何故、今更この名前を御幸右京が。

 秘書が開いたエレベーターの扉を押さえ、武に乗るよう促していた。

 東京にいるのか?

 いや、まさかな。

 エレベーターに乗り込んだ武は腕を組んだまま奥で壁にもたれかかった。

 あと――、やはり邪魔だな、あの男。御幸右京。

「ちょっと調べて貰いたい事がある」

 静かに話し始めた武に、階数ボタンの前にいた秘書が振り返った。



†††


 
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