3 / 57
女は度胸
しおりを挟む
本番前の騒がしい楽屋の中で、みちるは鏡の中の自分の姿を見つめていた。
初めての舞台化粧は麗子が施してくれた。
「みちるちゃんは、肌が白くて化粧が映えるわね。それに……彫りが深くて、なんだか欧米系の血が入っているみたいだから、あまり濃くするとケバケバしくなって、みちるちゃんの良さが消えちゃうわね」
緊張を解すように優しく語りかけながら、白粉をはたき、アイシャドウ、チーク、口紅をのせていった。最後にビューラーで睫毛を仕上げる。
「地睫毛、長いからあまりいらない気もするけど、付ければ気合いが入るからね」
鏡の中のみちるに語りかけながらを麗子は微笑み、付け睫毛にノリを付けた。
「目を閉じて」
目を閉じたみちるの瞼の際に、麗子は丁寧に睫毛を付けた。
「パピヨンちゃん、完成」
目を開けると、新しい自分がいた。
キラキラ光る髪飾りに目鼻立ちをくっきりとさせ、肌には微かなラメが光る。巧みなアイメイクが、鏡に映る女性はまるで別人のように仕上げていた。
手を挙げ、同じ動きをするか思わず確認したみちるに麗子はフフと肩を竦めた。
「そこに映るのは、みちるちゃんじゃないわよ」
「え?」
「別人。今、みちるちゃんは眠ってる。踊り子パピヨンが目を覚ましたの」
別人。
みちるはもう一度鏡を見た。
『羽化、よ』
そう話し、麗子はみちるにパピヨンという芸名を付けた。
「みんな日常を一旦閉じ込めて舞台に立っているの。成り切りなさい、パピヨンちゃんに」
今から自分が立つ舞台に想いを巡らせば、様々な葛藤が生まれてしまう。
みんな、蹴散らそう。考えない。
死ぬ気になれば、なんだって出来る。そう、あの時だってそうだった。
両親を亡くし、引き取りに来てくれる親戚もいないみちるの前に、京都から来たという紳士が現れた。年の頃は、父と同じくらいだった。
紳士は父の友人と名乗っていたが、みちるは薄っすらとしか覚えていない。何故なら、彼はみちるを引き取ってくれた訳ではなく、直ぐに別の家に預けたからだ。
ただですら、あの事故の前後の記憶が曖昧な中、彼と共にした時間はほんの僅かだ。名前どころか顔すら覚えられなかった。未だ、あの紳士が誰だったのかみちるは分からない。
それよりも、みちるの中に深く刻まれた記憶はその先だ。
預けられた家は裕福で穏やかに過ごせたが、直ぐに状況は変わった。家の主人が急死したのだ。
みちるは、家主の妻に売り飛ばされた。
山奥のひなびた温泉宿。孤児の少女に待っていたのは過酷な労働環境だった。
逃げよう。
何処に? なんて考えなかった。とにかく、こんなところで死にたくなかった。
その先の事を考えたらきっと前には進めない。
私は、私の足で!
決断したら迷わなかった。
無我夢中で真っ暗な山道を駆け抜けた。少ないお金を握りしめて、東京に来たのだ。
私はあの日から、自分の前に続く道を信じて走ってきた。
「パピヨンちゃん」
麗子がみちるの両肩を優しく叩いた。
「今夜、あなたの大事な初舞台を大切な二人が見守ってくれるわ」
みちるは、ハッと顔を上げた。
「大丈夫、あなたは一人じゃないわよ」
麗子の言葉が温かな水となってみちるの胸に染み渡る。
あの時とは決定的に違う事がある。
私は、一人じゃない。
「麗子さん」
みちるの目に芯の通った光が宿っていた。
「私は、出来るよ」
麗子は柔らかに頷いた。
初めての舞台化粧は麗子が施してくれた。
「みちるちゃんは、肌が白くて化粧が映えるわね。それに……彫りが深くて、なんだか欧米系の血が入っているみたいだから、あまり濃くするとケバケバしくなって、みちるちゃんの良さが消えちゃうわね」
緊張を解すように優しく語りかけながら、白粉をはたき、アイシャドウ、チーク、口紅をのせていった。最後にビューラーで睫毛を仕上げる。
「地睫毛、長いからあまりいらない気もするけど、付ければ気合いが入るからね」
鏡の中のみちるに語りかけながらを麗子は微笑み、付け睫毛にノリを付けた。
「目を閉じて」
目を閉じたみちるの瞼の際に、麗子は丁寧に睫毛を付けた。
「パピヨンちゃん、完成」
目を開けると、新しい自分がいた。
キラキラ光る髪飾りに目鼻立ちをくっきりとさせ、肌には微かなラメが光る。巧みなアイメイクが、鏡に映る女性はまるで別人のように仕上げていた。
手を挙げ、同じ動きをするか思わず確認したみちるに麗子はフフと肩を竦めた。
「そこに映るのは、みちるちゃんじゃないわよ」
「え?」
「別人。今、みちるちゃんは眠ってる。踊り子パピヨンが目を覚ましたの」
別人。
みちるはもう一度鏡を見た。
『羽化、よ』
そう話し、麗子はみちるにパピヨンという芸名を付けた。
「みんな日常を一旦閉じ込めて舞台に立っているの。成り切りなさい、パピヨンちゃんに」
今から自分が立つ舞台に想いを巡らせば、様々な葛藤が生まれてしまう。
みんな、蹴散らそう。考えない。
死ぬ気になれば、なんだって出来る。そう、あの時だってそうだった。
両親を亡くし、引き取りに来てくれる親戚もいないみちるの前に、京都から来たという紳士が現れた。年の頃は、父と同じくらいだった。
紳士は父の友人と名乗っていたが、みちるは薄っすらとしか覚えていない。何故なら、彼はみちるを引き取ってくれた訳ではなく、直ぐに別の家に預けたからだ。
ただですら、あの事故の前後の記憶が曖昧な中、彼と共にした時間はほんの僅かだ。名前どころか顔すら覚えられなかった。未だ、あの紳士が誰だったのかみちるは分からない。
それよりも、みちるの中に深く刻まれた記憶はその先だ。
預けられた家は裕福で穏やかに過ごせたが、直ぐに状況は変わった。家の主人が急死したのだ。
みちるは、家主の妻に売り飛ばされた。
山奥のひなびた温泉宿。孤児の少女に待っていたのは過酷な労働環境だった。
逃げよう。
何処に? なんて考えなかった。とにかく、こんなところで死にたくなかった。
その先の事を考えたらきっと前には進めない。
私は、私の足で!
決断したら迷わなかった。
無我夢中で真っ暗な山道を駆け抜けた。少ないお金を握りしめて、東京に来たのだ。
私はあの日から、自分の前に続く道を信じて走ってきた。
「パピヨンちゃん」
麗子がみちるの両肩を優しく叩いた。
「今夜、あなたの大事な初舞台を大切な二人が見守ってくれるわ」
みちるは、ハッと顔を上げた。
「大丈夫、あなたは一人じゃないわよ」
麗子の言葉が温かな水となってみちるの胸に染み渡る。
あの時とは決定的に違う事がある。
私は、一人じゃない。
「麗子さん」
みちるの目に芯の通った光が宿っていた。
「私は、出来るよ」
麗子は柔らかに頷いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
舞姫【後編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。
巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。
誰が幸せを掴むのか。
•剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
•兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
•津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。
•桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
•津田(郡司)武
星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる