ねぇ、大好きっていって

友秋

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とんでもないお約束を

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 緒方さんとお別れして、パパと茶畑の中続く道をゆっくりお家に向かって歩いていると。

「ママが」

 パパがフッと思い出し笑いを。

「ママが?」

 高い位置にあるパパのお顔を見上げると、パパ、軽く握った拳を口元に当てて笑っていた。

「ママが、仕事から帰ってみたらひよりがいないってパニックになって俺に電話してきたんだ」
「ママっったら……」

 ママ、年が明けてからおばさんのお店でパートのお仕事を始めるようになった。今夜は少し帰りが遅くなったみたい。

 それで、急いで家に帰ってきてみたら、いつもお留守番しているはずのあたしがいなくて、真っ先にパパに電話しちゃったんだね。

 あたしのスマホにママからの着信なかったもん。ママの慌てぶりが、伝わります。

 ママってば……。

「ママは幾つになってもしょうがないな」

 パパ、言葉とは裏腹に、その横顔にはママへの愛情が溢れてますよ。

 いいな、パパとママ。

 あたしだってパパとママみたいになりたいんです。なのに。

 あたしは遼ちゃんを好きで、一緒にいたいだけなのに。

 あたしと遼ちゃんが一緒にいる事は、とってもいけない事なのかな。
 
 色々悲しくなってしょんぼりしていたら、パパあたしの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「もう絶対にこんな遅くなったらだめだぞ。ひよりに何かあったら、本当にママもパパも生きてられないぞ」

 パパ……。そんな静かに言われると、怒られるより、ツライです。

 パパもママも、すごく心配性。心配、かけたくない、って思うと考えちゃうんです。

 パパを心配させない為には、あたし、遼ちゃんと離れた方がいいのかな、って。

 お家までの道が遠いです。

 ちょっとしんみりして空気が重くなってしまったから、あたしはワザとパパの言葉気にしないフリをする。

「そういえばパパ」
「ん?」

 優しく応えてくれるパパにあたしはホッとして続けた。

「パパ、緒方さんのこと、見てすぐに分かったんだね」

 緒方さんと遼ちゃんは中学の時から一緒で、野球も一緒だったから、パパもよく知ってる。遼ちゃんのお家にしょっちゅう遊びに来ていたし。

 でもそれは遼ちゃんと緒方さんが高校生の時まで。

 パパは、緒方さんとはもう五年以上会っていないと思うのだけど……、

「あの容姿、忘れると思うか?」

 たしかに、です。

 アハハ……と乾いた笑いを漏らしてしまったあたしの頭をパパがクシャッと撫でた。

「実はな、パパ、緒方君とはそんなに久しぶりじゃないんだ」
「え?」

 意味が分からなくてパパを見上げる。パパは、あたしを見ていなかった。遠くを見てるみたいな目。

 パパ?

「ニ年くらい前だったな。相談に乗って欲しいと頼まれた事があったんだ」
「緒方さんに?」
「ああ、遼太を介して、な」

 ドキッ。

 遼ちゃんの名前が不意打ちみたいに出てきて胸が鳴る。

「遼ちゃん?」

 ドキドキ鳴る胸をごまかせそうにないので、それ以上の声を出せない。たくさん聞きたいけど、聞けない。きっと声が震えちゃうから。

 すごく気になります。

 あたしのパパなのに、あたしの全然知らないところで、緒方さんと繋がってた。

「大した事じゃない」

 あたしの気持ちを読んだみたいにパパが言った。あたし、驚いてパパを見上げた。パパはあたしの頭をクシャと撫でて笑った。

「ちょっと、俺の知っている病院を紹介しただけだ」

 ますます謎は深まって、あたしは首を90度くらいに傾けてしまう。

 緒方さん? 病院? 医大生の緒方さんに、どうしてパパが病院紹介するの?

「もう昔の、終わった事だ。ひよが心配することじゃない。それよりひよ」
「え?」

 パパの声が急に厳しいものになってあたしはビクッとする。

「緒方君の前だったから詳しくは聞かなかったが、今夜はどうしてこんな事になった?」

 え、え? あの、あのですね。

「考えてみたらこんな時間に男と一緒、っておかしいだろ。ママは一言も言ってなかった。どういう事だ?」

 あ、これはヤバいでしょうか。

 気まずい沈黙の後、パパはボソッと言った。

「遼太は、ちゃんと知ってるのか?」

 え?

 あたしは立ち止まる。ゆっくり歩くパパの後ろ姿を見た。

「あの、パパ?」

 パパ、もしかしてあたしと遼ちゃんのこと、心配してくれてるの?

 パパ、振り返らない。けど、肩がちょっとだけ上がってて。

「パパ!」

 あたしはパパの腕にしがみついた。

「なんだ?」

 ビックリしたパパにあたしはニコッと笑った。

「パパ、あたしと遼ちゃんのこと、心配してくれたんだよね?」

 あたしの言葉にパパ、しまった、というお顔をした。

 パパ!

 嬉しくてパパを見上げた。

 パパはやっとあたしと遼ちゃんのこと認めてくれた、ということだよね?

「ぱーー」
「遼太、俺に約束したんだ」

 パパ、あたしの言葉遮ってため息混じりに肩を竦めた。高いところにあるパパのお顔、複雑な表情です。

 嫌な予感、しますよ?

 ジッとパパを見上げるあたしの胸が、ざわざわ。パパの次の一言で、爆発しそうになった。

「遼太が『ひよが卒業までひよに指一本触れない。その約束守ったら認めてくれ』と言い出した」

 遼ちゃん⁈ なんてこと言うの⁈

「パパ、その約束ーー」
「出来るならやってみろ、と俺は言ったらアイツ、『ああ、やってやるよ』てさ。『ひよが卒業まで、指一本どころか近づかない』って言い切りやがった」
「パパ!」

 頭の中がパニック寸前になってる。こういうの、なんて言うんだっけ。

えっとえっと。

そうだ、売り言葉い買い言葉?

ああ、そんなこと今考えてどうするの。

あたし、いやだよ。

 卒業まで遼ちゃんと〝なかよし〟どころか、会う事も我慢するの?

 遼ちゃん、遼ちゃん! 何てお約束をしちゃったの!

 茫然とするあたしにパパは。

「アイツ、単純だな」
「え」

 睨む表情になってしまったあたしの眉間をパパ、優しく伸ばしながら言う。

「心変わりとか、考えないんだな」

 パパ? 何を言ってるの?

「ひよはまだ高校一年だから先は分からないぞ、と言ってやったら自信たっぷりに『俺とひよの気持ちは変わらない』ってさ。俺としては、色んな意味で感動して、卒業した時にひよの気持ちがまだ遼太にあったら認めてやる、って約束はした」

 あたしは、たまらなくなって言った。

「好きだもん! あたし、遼ちゃん以外の人なんて好きにならないもん!」

 パパはあたしの言葉に意味深な笑みを浮かべた。

「俺は逆に、戻ってくるのもアリ、と思った」

 意味が分かりませんよ、パパ。

「分かんない! パパが言う事の意味も! 遼ちゃんの気持ちも! みんな知らない!」

 あたしは言葉をパパにぶっつけて家まで走り出した。

 心が、痛くて苦しくて、たまらない。

 遼ちゃん。

 あたしにとって遼ちゃんに触れられない時間は、長い長い、終わらない時間に感じるんだよ。

 大好きな人と、一緒にいたい、たくさんお話しして、たくさんキスをして、たくさん触れる。

 パパも遼ちゃんも、それがどんなに大事な時間か、分からないの?

 どうして?


 苦しいです。つらいです――。
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