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誰?
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パンツスタイルがその足の長さを強調していたが、よく見ると、モデル、というよりもアスリート系の体型だった。顔は、目鼻立ちのハッキリとした誰が見ても美しいと思える女に見えたが。
彼女は肩を竦めてウインクすると低いハスキーな声で男達に言い放った。
「アイアム オ・カ・マ」
what's? という空気が男達の間に拡がり〝彼女〟はみちるを指差し続けた。
「シーイズ オ・カ・マ トゥー! マイフレンドね」
次の瞬間、掴まれていたみちるの腕が解放された。
「ノー――ッ!」
悲鳴に近い声を一斉に上げた男達はそそくさとその場から居なくなった。みちるは茫然とそこに立ち尽くし、今どんな形であれ自分を助けてくれた〝彼女〟を見た。
お、おかまさんって。
〝彼女〟は立ち去った男達の背中を見ながら忌々しそうにフンッと鼻を鳴らした。
「失礼なヤツら。オカマなんて言い方、ホントは嫌いなんだけどね。アタシ達の良さを知らないなんて人生損してるわ! 下手な女より男の悦ばせ方知ってんのヨ!」
ぶつくさ言っていた彼女はみちるに向き直った。ニッコリと微笑むとゆっくり近付き、自分が差していた傘にみちるを入れた。
「大丈夫だった? ダメよ、アナタみたいなカワイイ子がこんな時間にこんなとこにいたら。雨降ってるのに傘も差さないで」
みちるの顔を覗き込んだニューハーフとおぼしき彼女は息を呑んだ。凍り付いた表情に、お礼を言おうとしたみちるは急に不安になる。
「あの……、」
身動ぎし伺う様子を見せたみちるに、ニューハーフの彼女は「ごめんなさい、何でもないの」と言いかけて目を見張る。視線が、みちるの胸元に光るペンダントに釘付けになっていた。
「それは……」
「あ、これ」
大きな目を見開いたままの彼女はみちるの両肩を掴んだ。傘が、地面に落ちる。
「アナタは、誰?」
え?
互いに瞬きも忘れ、視線を交えたまま時の流れが止まったかのような空気に包まれた時だった。
「みちるさ――んっ」
遠くから聞こえた龍吾の声が、時が止まる空間を崩した。
〝みちる〟と呼ばれた女性を、駆け寄り迎えに来た少年に引き渡したスミ子は、何度も頭を下げる彼等に軽く手を振り停めてあったタクシーに乗り込んだ。
「お待たせ、運転手サン。出してください。目的地は変わらず、ネ」
運転手である中年の男は、はい、と答え車を発進させるとスミ子に話しかけた。
「あの外国人達に絡まれてる女のコ助けなきゃ、なんて貴女が降りて行って、ケンカが始まったらどうしようかと思いましたよ」
スミ子はウフフと笑う。
「いくら〝元男〟でもケンカは出来ないワ。腕っぷしには自信ないもの。やられそうになったら運転手サン助けてくれると思ったし」
「それはどうかなぁ」と運転手は笑った。
「ヒドーイ」
大袈裟な反応をしてみせたスミ子と暫し笑い合っていた運転手は伺うように聞いた。
「助けてみたら知り合いだった、みたいに見えましたけど?」
スミ子の返答には僅かな間があった。指を口元に置き、少し思案しながらスミ子は答える。
「知り合い、かな、と思ったの」
意味を量りかねる言葉に運転手は「そうなんですか?」とだけ答え、車内には沈黙が訪れた。
スミ子は車窓に流れる夜の街を眺めて口を開く。
「事故の渋滞はもう解消したかしら?」
車はいつしか首都高の下り線に入っていた。
「そうですね、上り線はまだ滞り気味ですけど下りはもうこんな時間ですし流れてるみたいです」
そう、とだけ答えまた黙り込んだスミ子の脳裏に、少し前に出会ったあの娘が浮かぶ。
手掛かりは、あの容姿と名前と、天使。
偶然? ちゃんと聞けばよかった。でも今はそんな時間ない。
バッグの中で携帯が鳴っている事に気付いたスミ子はそれを取り出した。
「ああ、エミー。今そっちに向かってるから、泣かないで。え? 泣いてない? ……相変わらず素直じゃないのネ」
娘に先立たれてしまった時に泣かないでいつ泣くんだこの女は、とスミ子は内心ため息を吐いた。
少しでも涙を見せりゃ可愛いげがあるのに。そんなだから大事な男に逃げられて。
でも、とスミ子は親友を想う。
女一人であの戦場を勝ち抜き這い上がる為には、本当の涙を流す感情まで捨てなければいけなかったのか。
スミ子は複雑な胸中をしまい込み、気丈に話す親友の言葉を聞いていた。
電話の相手は胡蝶のエミコママ。
絶縁状態だった彼女達の関係は、一人の男の粋な計らいによって復縁した。空白の時間を埋めるには多少の時間を要したが、寄り添うように生きて来た二人にとって互いは無くてはならない存在だったのだ。
『姫花が危篤なの』
昼前、エミコからスミ子に電話があった。
やっと、絶縁の発端となった娘達の事を話題に出来るようになり、姫花に関する衝撃の真実を聞かされた矢先の事だった。
これから姫花がいる病院に行く、と言うエミコにスミ子は迷わず言った。
『私も行くワ!』
結局、夜までは持ちそうだから、とエミコに聞いたスミ子は、お店で働くコ達の事を想い、臨時休業は避け、早じまいして病院に向かう事にしたのだった。
スミ子は、雨の滴が流れる窓ガラスの向こうに映る街を見ながらエミコの話を黙って聞く。
「そう、渋滞に阻まれちゃって姫花の最期には間に合わなかったのね。ああ、事故のね。知ってる。ニュースで観たワ」
事故のニュースには大きなショックを受けた。もう意識の戻る見込みのない姫花を身請けした男の〝死〟。
スミ子の胸が押し潰されそうな痛みに悲鳴をあげていた。
「皮肉ね、神様なんていないんだワ。彼だってきっと姫花を看取りたかったでしょうに。え、違う?」
シートに深く身体を預けてエミコの話を聞いていたスミ子は思わずその身を起こした。
携帯をバッグに戻したスミ子に運転手が然り気無さを装いながら話しかけた。
「昼間にあった事故、随分と死傷者が出たみたいですが、もしかして被害者にお知り合いがいらしたんですか?」
「そうなの、直接の知り合いではないんですケドネ」
大きな声で話してしまったからな、とスミ子は苦笑いし適当に濁した。
スミ子は窓の外に視線を移し、エミコの言葉を反芻する。
『姫花の容態が急変した時刻と事故が起きた時刻がほぼ同じなのよ。彼が姫花を迎えに来たんじゃないかしら?』
彼が、姫花を迎えに来た。
シートに深くもたれ掛かかったスミ子は目を閉じた。
『良かったのよ、これで。私はそう思ってる』
エミコの言葉からは重く深い意味が酌み取れた。
彼女は、自分には娘の死に涙を流して悲しむ資格はない、そう思っているのだろう。スミ子はエミコに、さっきの〝出会い〟を伝えようか迷い、今は止めよう、と決めた。
ネオンの街で助けた女性の胸元で光っていたプラチナにルビーの天使のペンダントは特注品だった。この世界に立った二つしかない代物だ。
エミコの娘である舞花と姫花しか持ち得ないものを身につけていた、彼女達にそっくりな容姿の娘。あれは舞花のだった、とスミ子は思い返す。
舞花にはプラチナ、姫花にはゴールドのものをプレゼントしていたのだ。
ゆっくりと目を開けたスミ子の視界には、夜の闇が拡がっていた。
エミコとは今度ゆっくり話しをしよう。今日の、もしかすると姫花が引き合わせてくれたかもしれないあの出会いを。
†††
「みちる!」
龍吾から、みちるを見つけた、という連絡を受け劇場の前で待っていた保は持っていた傘を放り投げ、人目も憚らずに彼女を力一杯抱き締めた。みちるはその腕の中で、目を瞑る。
「ごめんなさい、保さん、ごめんなさい」
小さく呟く彼女に、保は優しく囁く。
「いいんだ、無事だったから。それに、今朝、謝るなって言ったろ。それよりも」
傍で保を見つめる龍吾は、彼の「もう二度と居なくならないでくれ」という悲痛な呟きを聞いていた。
傘を差して待ってはいたが、その仕立ての良い高級スーツはずぶ濡れだ。自分が捜し回るのは当然だが、保もまた雨の中必死で捜して回っていたのだ。
本当に、彼女の為だけに。
龍吾は、男が一人の女を心底愛する姿勢を、知った。
彼女は肩を竦めてウインクすると低いハスキーな声で男達に言い放った。
「アイアム オ・カ・マ」
what's? という空気が男達の間に拡がり〝彼女〟はみちるを指差し続けた。
「シーイズ オ・カ・マ トゥー! マイフレンドね」
次の瞬間、掴まれていたみちるの腕が解放された。
「ノー――ッ!」
悲鳴に近い声を一斉に上げた男達はそそくさとその場から居なくなった。みちるは茫然とそこに立ち尽くし、今どんな形であれ自分を助けてくれた〝彼女〟を見た。
お、おかまさんって。
〝彼女〟は立ち去った男達の背中を見ながら忌々しそうにフンッと鼻を鳴らした。
「失礼なヤツら。オカマなんて言い方、ホントは嫌いなんだけどね。アタシ達の良さを知らないなんて人生損してるわ! 下手な女より男の悦ばせ方知ってんのヨ!」
ぶつくさ言っていた彼女はみちるに向き直った。ニッコリと微笑むとゆっくり近付き、自分が差していた傘にみちるを入れた。
「大丈夫だった? ダメよ、アナタみたいなカワイイ子がこんな時間にこんなとこにいたら。雨降ってるのに傘も差さないで」
みちるの顔を覗き込んだニューハーフとおぼしき彼女は息を呑んだ。凍り付いた表情に、お礼を言おうとしたみちるは急に不安になる。
「あの……、」
身動ぎし伺う様子を見せたみちるに、ニューハーフの彼女は「ごめんなさい、何でもないの」と言いかけて目を見張る。視線が、みちるの胸元に光るペンダントに釘付けになっていた。
「それは……」
「あ、これ」
大きな目を見開いたままの彼女はみちるの両肩を掴んだ。傘が、地面に落ちる。
「アナタは、誰?」
え?
互いに瞬きも忘れ、視線を交えたまま時の流れが止まったかのような空気に包まれた時だった。
「みちるさ――んっ」
遠くから聞こえた龍吾の声が、時が止まる空間を崩した。
〝みちる〟と呼ばれた女性を、駆け寄り迎えに来た少年に引き渡したスミ子は、何度も頭を下げる彼等に軽く手を振り停めてあったタクシーに乗り込んだ。
「お待たせ、運転手サン。出してください。目的地は変わらず、ネ」
運転手である中年の男は、はい、と答え車を発進させるとスミ子に話しかけた。
「あの外国人達に絡まれてる女のコ助けなきゃ、なんて貴女が降りて行って、ケンカが始まったらどうしようかと思いましたよ」
スミ子はウフフと笑う。
「いくら〝元男〟でもケンカは出来ないワ。腕っぷしには自信ないもの。やられそうになったら運転手サン助けてくれると思ったし」
「それはどうかなぁ」と運転手は笑った。
「ヒドーイ」
大袈裟な反応をしてみせたスミ子と暫し笑い合っていた運転手は伺うように聞いた。
「助けてみたら知り合いだった、みたいに見えましたけど?」
スミ子の返答には僅かな間があった。指を口元に置き、少し思案しながらスミ子は答える。
「知り合い、かな、と思ったの」
意味を量りかねる言葉に運転手は「そうなんですか?」とだけ答え、車内には沈黙が訪れた。
スミ子は車窓に流れる夜の街を眺めて口を開く。
「事故の渋滞はもう解消したかしら?」
車はいつしか首都高の下り線に入っていた。
「そうですね、上り線はまだ滞り気味ですけど下りはもうこんな時間ですし流れてるみたいです」
そう、とだけ答えまた黙り込んだスミ子の脳裏に、少し前に出会ったあの娘が浮かぶ。
手掛かりは、あの容姿と名前と、天使。
偶然? ちゃんと聞けばよかった。でも今はそんな時間ない。
バッグの中で携帯が鳴っている事に気付いたスミ子はそれを取り出した。
「ああ、エミー。今そっちに向かってるから、泣かないで。え? 泣いてない? ……相変わらず素直じゃないのネ」
娘に先立たれてしまった時に泣かないでいつ泣くんだこの女は、とスミ子は内心ため息を吐いた。
少しでも涙を見せりゃ可愛いげがあるのに。そんなだから大事な男に逃げられて。
でも、とスミ子は親友を想う。
女一人であの戦場を勝ち抜き這い上がる為には、本当の涙を流す感情まで捨てなければいけなかったのか。
スミ子は複雑な胸中をしまい込み、気丈に話す親友の言葉を聞いていた。
電話の相手は胡蝶のエミコママ。
絶縁状態だった彼女達の関係は、一人の男の粋な計らいによって復縁した。空白の時間を埋めるには多少の時間を要したが、寄り添うように生きて来た二人にとって互いは無くてはならない存在だったのだ。
『姫花が危篤なの』
昼前、エミコからスミ子に電話があった。
やっと、絶縁の発端となった娘達の事を話題に出来るようになり、姫花に関する衝撃の真実を聞かされた矢先の事だった。
これから姫花がいる病院に行く、と言うエミコにスミ子は迷わず言った。
『私も行くワ!』
結局、夜までは持ちそうだから、とエミコに聞いたスミ子は、お店で働くコ達の事を想い、臨時休業は避け、早じまいして病院に向かう事にしたのだった。
スミ子は、雨の滴が流れる窓ガラスの向こうに映る街を見ながらエミコの話を黙って聞く。
「そう、渋滞に阻まれちゃって姫花の最期には間に合わなかったのね。ああ、事故のね。知ってる。ニュースで観たワ」
事故のニュースには大きなショックを受けた。もう意識の戻る見込みのない姫花を身請けした男の〝死〟。
スミ子の胸が押し潰されそうな痛みに悲鳴をあげていた。
「皮肉ね、神様なんていないんだワ。彼だってきっと姫花を看取りたかったでしょうに。え、違う?」
シートに深く身体を預けてエミコの話を聞いていたスミ子は思わずその身を起こした。
携帯をバッグに戻したスミ子に運転手が然り気無さを装いながら話しかけた。
「昼間にあった事故、随分と死傷者が出たみたいですが、もしかして被害者にお知り合いがいらしたんですか?」
「そうなの、直接の知り合いではないんですケドネ」
大きな声で話してしまったからな、とスミ子は苦笑いし適当に濁した。
スミ子は窓の外に視線を移し、エミコの言葉を反芻する。
『姫花の容態が急変した時刻と事故が起きた時刻がほぼ同じなのよ。彼が姫花を迎えに来たんじゃないかしら?』
彼が、姫花を迎えに来た。
シートに深くもたれ掛かかったスミ子は目を閉じた。
『良かったのよ、これで。私はそう思ってる』
エミコの言葉からは重く深い意味が酌み取れた。
彼女は、自分には娘の死に涙を流して悲しむ資格はない、そう思っているのだろう。スミ子はエミコに、さっきの〝出会い〟を伝えようか迷い、今は止めよう、と決めた。
ネオンの街で助けた女性の胸元で光っていたプラチナにルビーの天使のペンダントは特注品だった。この世界に立った二つしかない代物だ。
エミコの娘である舞花と姫花しか持ち得ないものを身につけていた、彼女達にそっくりな容姿の娘。あれは舞花のだった、とスミ子は思い返す。
舞花にはプラチナ、姫花にはゴールドのものをプレゼントしていたのだ。
ゆっくりと目を開けたスミ子の視界には、夜の闇が拡がっていた。
エミコとは今度ゆっくり話しをしよう。今日の、もしかすると姫花が引き合わせてくれたかもしれないあの出会いを。
†††
「みちる!」
龍吾から、みちるを見つけた、という連絡を受け劇場の前で待っていた保は持っていた傘を放り投げ、人目も憚らずに彼女を力一杯抱き締めた。みちるはその腕の中で、目を瞑る。
「ごめんなさい、保さん、ごめんなさい」
小さく呟く彼女に、保は優しく囁く。
「いいんだ、無事だったから。それに、今朝、謝るなって言ったろ。それよりも」
傍で保を見つめる龍吾は、彼の「もう二度と居なくならないでくれ」という悲痛な呟きを聞いていた。
傘を差して待ってはいたが、その仕立ての良い高級スーツはずぶ濡れだ。自分が捜し回るのは当然だが、保もまた雨の中必死で捜して回っていたのだ。
本当に、彼女の為だけに。
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