3 / 56
契約
しおりを挟む
星児は、自らを自制する為に感情を切り離した。
『俺が、みちるをその男と別れさせる。ただし、交換条件を提示してもいいか』
みちるを駆け引きの道具になどしたくはなかったが、感情の波に呑み込まれない為の自己防衛本能が働いたのだ。
星児は自らの足元が今危うい事を自分自身に再認識させ、込み上げ爆発してしまいそうだった精神を押さえ込んだ。
無表情のまま探るような視線を向けていた御幸だったが、不意に表情を崩す。
『さすがだね、転んでもただでは起きない。そうだね、君はそうやってここまで這い上がって来たのだね』
御幸の物言いには、ほんの少しの皮肉が混じっていたようだが、柔らかな表情を見せて続ける。
『それならば、言ってみなさい、その交換条件というのを』
相変わらずの、余裕綽々な上から目線が多少鼻についたが、星児はそこは目を瞑り、ゆっくり噛み締めるように言った。
『津田恵三との、パイプが欲しい』
大胆不敵、とも言える提示に、御幸は、ほぅ、と微かな感嘆のような声を漏らした。
『剣崎、君が私に近付いた当初の、いや、本当の理由は、それだったのだろう』
図星を突かれ、星児は答えを詰まらせた。少し悔しそうに片頬を上げた星児に御幸は盃を持ち上げフフと笑った。
『あの叔父と、君がどう対峙するのか是非見せて欲しいね』
『じゃあ――!』
星児は微かに腰を浮かせる。
『契約成立といったところか。しかし、私はあくまで橋渡しをするだけだ。後は、叔父とのパイプを築けるかどうか、は君の腕次第だね』
御幸はそう言い、優雅に微笑んでいた。
ベンチに座る星児は携帯をジーンズのポケットに突っ込むと、持て余し気味の長い足を投げ出し車が行き交う道路を眺めた。
正直、今は津田恵三とのパイプなんてどうでもいい――いや、どうでもいい、は嘘だな。
星児は苦笑いする。今は憂慮すべき事が多すぎるのだ。
みちるが誰の娘か、なんて関係ねぇ。
みちるが生まれた意味を根底から否定してしまうような真実なんか、いらない。自分を育ててくれた、親と信じる人間から受けた無償の愛情だけを胸に、必死に生きてきたアイツが真実を知る必要など、ない!
あんなくそくらえな真実、俺が墓場まで持っていってやる――!
*
書斎にも受けられる電話はあったが、御幸は敢えて廊下の電話で剣崎と話した。
うっかり武明の前で剣崎を話しをする羽目になるところだった。
勘の鋭い武明の事だ。会話の端々から全てを見抜くだろう。
武明と剣崎を引き合わせるのは危険過ぎる。それだけは避けなければいけない。
電話を終えた御幸は何食わぬ顔で武明の待つ書斎に戻った。
「悪かったね、待たせた」
「いいえ」
武明は、書斎に戻って来た御幸をつぶさに観察する。
電話か。
ここに受けられる電話があるのに叔父はわざわざ廊下に出て行った。
ふうん、と思案しながらも武明は電話に関して今問うのはやめた。それよりも、知らなければいけない事がある。
僕はもう逃げない。目を逸らすのはやめた。父の過去を徹底的に追求する。父が本当に罪を犯したのか、暴いてみせる。
僕がみちるを想い続けていって良いのか。考えるのはそれからだ。
父の罪が明らかになってしまった暁には。暁には?
武明は微かに頭を振った。
みちるに全てを話して、僕が父を断罪する。
父、武の過去を辿る為にまず思い当たったのが御幸だった。みちるとの関係をあれほど強行に反対していた御幸は、必ず何かしらを知っている、と踏んだのだ。
武明が御幸邸に到着して間もなく、御幸は仕事から戻った。和装に着替え書斎に姿を現した御幸に促され話を始めた頃、電話が鳴ったのだ。
電話は思いの外長く、微かに漏れ聞こえる声に武明は耳を澄ませていた。何となくだが、相手の予測がついた。
僕の素性を知らないから。武明は思う。
誰も、あの街での僕を知らない。あの街で蠢く人の動きは僕には筒抜けだ。みちるの周りにいる人間も。
いずれーー。
武明は笑みを浮かべ、御幸に挨拶をする。
「おじさん、お疲れのところすみません。今夜はどうしてもおじさんに直接会ってお聞きしたい事があったので」
「夕食はまだだろう。ミキエさんに用意して貰っている。来なさい」
着物の袂に手を入れて腕を組む御幸は武明の言葉には答える事なく、廊下に出て行った。武明は「はい!」と応え後に続いた。
『俺が、みちるをその男と別れさせる。ただし、交換条件を提示してもいいか』
みちるを駆け引きの道具になどしたくはなかったが、感情の波に呑み込まれない為の自己防衛本能が働いたのだ。
星児は自らの足元が今危うい事を自分自身に再認識させ、込み上げ爆発してしまいそうだった精神を押さえ込んだ。
無表情のまま探るような視線を向けていた御幸だったが、不意に表情を崩す。
『さすがだね、転んでもただでは起きない。そうだね、君はそうやってここまで這い上がって来たのだね』
御幸の物言いには、ほんの少しの皮肉が混じっていたようだが、柔らかな表情を見せて続ける。
『それならば、言ってみなさい、その交換条件というのを』
相変わらずの、余裕綽々な上から目線が多少鼻についたが、星児はそこは目を瞑り、ゆっくり噛み締めるように言った。
『津田恵三との、パイプが欲しい』
大胆不敵、とも言える提示に、御幸は、ほぅ、と微かな感嘆のような声を漏らした。
『剣崎、君が私に近付いた当初の、いや、本当の理由は、それだったのだろう』
図星を突かれ、星児は答えを詰まらせた。少し悔しそうに片頬を上げた星児に御幸は盃を持ち上げフフと笑った。
『あの叔父と、君がどう対峙するのか是非見せて欲しいね』
『じゃあ――!』
星児は微かに腰を浮かせる。
『契約成立といったところか。しかし、私はあくまで橋渡しをするだけだ。後は、叔父とのパイプを築けるかどうか、は君の腕次第だね』
御幸はそう言い、優雅に微笑んでいた。
ベンチに座る星児は携帯をジーンズのポケットに突っ込むと、持て余し気味の長い足を投げ出し車が行き交う道路を眺めた。
正直、今は津田恵三とのパイプなんてどうでもいい――いや、どうでもいい、は嘘だな。
星児は苦笑いする。今は憂慮すべき事が多すぎるのだ。
みちるが誰の娘か、なんて関係ねぇ。
みちるが生まれた意味を根底から否定してしまうような真実なんか、いらない。自分を育ててくれた、親と信じる人間から受けた無償の愛情だけを胸に、必死に生きてきたアイツが真実を知る必要など、ない!
あんなくそくらえな真実、俺が墓場まで持っていってやる――!
*
書斎にも受けられる電話はあったが、御幸は敢えて廊下の電話で剣崎と話した。
うっかり武明の前で剣崎を話しをする羽目になるところだった。
勘の鋭い武明の事だ。会話の端々から全てを見抜くだろう。
武明と剣崎を引き合わせるのは危険過ぎる。それだけは避けなければいけない。
電話を終えた御幸は何食わぬ顔で武明の待つ書斎に戻った。
「悪かったね、待たせた」
「いいえ」
武明は、書斎に戻って来た御幸をつぶさに観察する。
電話か。
ここに受けられる電話があるのに叔父はわざわざ廊下に出て行った。
ふうん、と思案しながらも武明は電話に関して今問うのはやめた。それよりも、知らなければいけない事がある。
僕はもう逃げない。目を逸らすのはやめた。父の過去を徹底的に追求する。父が本当に罪を犯したのか、暴いてみせる。
僕がみちるを想い続けていって良いのか。考えるのはそれからだ。
父の罪が明らかになってしまった暁には。暁には?
武明は微かに頭を振った。
みちるに全てを話して、僕が父を断罪する。
父、武の過去を辿る為にまず思い当たったのが御幸だった。みちるとの関係をあれほど強行に反対していた御幸は、必ず何かしらを知っている、と踏んだのだ。
武明が御幸邸に到着して間もなく、御幸は仕事から戻った。和装に着替え書斎に姿を現した御幸に促され話を始めた頃、電話が鳴ったのだ。
電話は思いの外長く、微かに漏れ聞こえる声に武明は耳を澄ませていた。何となくだが、相手の予測がついた。
僕の素性を知らないから。武明は思う。
誰も、あの街での僕を知らない。あの街で蠢く人の動きは僕には筒抜けだ。みちるの周りにいる人間も。
いずれーー。
武明は笑みを浮かべ、御幸に挨拶をする。
「おじさん、お疲れのところすみません。今夜はどうしてもおじさんに直接会ってお聞きしたい事があったので」
「夕食はまだだろう。ミキエさんに用意して貰っている。来なさい」
着物の袂に手を入れて腕を組む御幸は武明の言葉には答える事なく、廊下に出て行った。武明は「はい!」と応え後に続いた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる