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第十七話

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満身創痍の3人の冒険者が街道を歩いていた。

リザードマンに敗走したカイルとミシェル、そしてアンリだった。

3人とも全身から血を流し、息も絶え絶えになっている。

あの後…

リザードマンが、アンリの腕を捕食するのに夢中になっているすきに、3人はなんとかあの場から逃げ出したのだった。

背後から追撃されたら間違いなく3人とも全滅だったろうが、幸いにもリザードマンは深追いはしてこなかった。

おかげで3人は逃げ延びることが出来たのだった。

「私の右腕…私の…右腕…」

亡くなった自分の腕の付け根を見ながら、呆然と呟いているアンリ。

ミシェルの回復魔法により傷口こそ塞がったものの、亡くなった腕は戻らなかった。

いかに優れた魔法使いといえど、時間が経てば、傷そのものを癒すことが出来なくなる。

リザードマンとの戦闘からかれこれ1時間は経過しており、もうすでに手遅れの時間帯。

これから治癒術師の元へ駆け込んだとて、腕が再生する見込みはほぼゼロだ。

彼女はこの先の人生を、片腕で過ごしていく以外に道がなかった。

「うぅ…うぅうう…」

もう冒険者として生きていくことはできない。

自分の惨めな運命に泣き声をあげるアンリ。

「大丈夫よ、アンリ…きっと治るから…ね、もうすぐ治癒術師のところに着くから…」

ミシェル自身、治らないことが分かっていながら、慰めの言葉をアンリにかける。

「ね、きっと治るよね…?カイルからもそう言ってよ…」

「…」

アンリを慰めるためにカイルに水を向けるミシェルだったが、カイルはカイルで、先ほどから虚な瞳で歩いており、他人の話に耳を傾ける余裕はありそうにない。

「なんだこれ…意味がわからない…なんだこれ…意味がわからない…」

ぶつぶつとそればかりを呟くカイル。

一度ならず2度までも、自分はたったいっぴきのモンスターを仕留めることもできずに敗走した。

その事実が、カイルの自尊心を粉々に打ち砕いたのだ。

結果、現在のカイルは半ば人格が分裂した状態にある。

事実を認識することを、脳が拒否しているのだ。

「これは夢だ…これは夢だ…これは夢だ…」

「…っ」

必死に現実をカイルを見て、ミシェルの表情に影がさす。

この人はもうだめだ。

こんなリーダーにこれ以上ついていくわけにはいかない。

そんな気持ちが、ミシェルの中で芽生えつつあった。



なんとか治癒術師の元へと辿り着いた3人は、大金を支払って傷を癒してもらう。

治療の途中、ショックからかアンリは気を失ってしまった。

傷の癒えたカイルとミシェルは、眠っているアンリを治癒術師の元に預け、冒険者ギルドに向かった。

クエスト失敗の報告をするためだった。

とぼとぼと受付窓口にやってきた彼らに対応したのは、前回同様、ルーナだった。

「お疲れ様ですカイルさん、ミシェルさん。あら、アンリさんの姿が見えませんが、どうしたのですか?」

「…どうでもいいだろ、そんなこと」

「いえ、どうでも良くはないですが…クエストの達成報告はなるべくパーティーメンバー全員でとお願いしていますよね?はぁ…まぁいいです。ではクエスト達成証明の、リザードマンの爪を見せてもらえますか」

「…」

クエストの達成の証明は、リザードマンから取れる武器や防具の素材、『リザードマンの爪』を提示することで行われる。

だが、当然リザードマンを1匹も倒していない彼らは、リザードマンの爪を出すことが出来ない。

「…カイルさん?どうかしました?」

いつまでも固まったまま動かないカイルに、ルーナが首を傾げる。

「リザードマンの爪をお出しください。出ないと、討伐証明ができませんよ?」

「…そ、それがだな…」

「はい」

「俺たちはクエストを…」

失敗した。

その一言を口にしようとした瞬間、猛烈な不快感がカイルを襲った。

認めたくない。

自分がクエストを失敗したことを。

リザードマンを1匹も倒せずに敗走したことを。

そんなことを認めれば、ギルドからの信用はますます失墜する。

下手すると現在の地位を失いかねない。

一瞬のうちに、そんな思考がカイルの頭を駆け巡った。

その結果。

「クエストは達成した…だが、素材は捨ててきた」

「は…?」

苦し紛れの言い訳がカイルの口から漏れたのだった。

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