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第十八話
しおりを挟む「では、まず最初にあの日に何があったのか、透くんの視点で語ってはくれませんか?一応私も他への取材で事件の大まかな経緯は知っているのですが、詳しいことは知りません。なので本人の口から直接事件のあらましを聞いてみたいのです」
「わかりました。じゃあ、あの日に如月家で何があったのかを話します」
〇〇新聞社の斎藤記者による取材が始まった。
まず俺は、斎藤記者にあの日如月家で何があ
ったのかを話した。
如月と付き合うことになった経緯から、如月家で関係を持ち、その後レイプだと手のひらを返されて父親に殴られたことまで全てを話した。
両親は、俺と斎藤記者の取材を、傍で何かに怯えるようにしながら黙って聞いていた。
「なるほど…そんなことがあったんですね…」
話を全て聞き終えた斎藤記者は、ペンを走らせていたメモと俺を交互に見ながら深刻そうな表情を作る。
「大変なことがありましたね…お辛かったでしょう…」
「いえ…もう色々自分の中で整理がつきましたんで」
気遣ってくる斎藤記者に、俺はそう言った。
斎藤記者が、メモを見ながら考え込む。
「やはり私がここにくる前に取材で集めた話と相違はないようですね……あなたの交際相手……失礼、元交際相手である如月姫花さんは、自分からあなたを誘い、そして突然レイプだと主張した……なんの脈絡もなくいきなり態度を変えた……そうですよね?」
「はい」
「透くん自身は、その如月さんの突然の態度の豹変について何か心当たりはありますか?例えば何か、事件の前に喧嘩をしたとか、トラブルがあったとか…」
「全くないです。あの日まで俺たちは本当に順調でした」
如月が俺を裏切る日まで、俺たちの関係は本当に良好だった。
思い返してみても口喧嘩ひとつしたことはなかった。
俺は如月がいきなり裏切ってレイプだと言い出した時、あいつが何を言っているのか理解できなかったぐらいだ。
今持って俺は如月が、どうしていきなり態度を変えたのか、わかっていなかった。
俺には、付き合う前に如月の恨みを買うようなことをした覚えも全くと言っていいほどなかった。
「そうですかそうですか……」
俺の言葉を聞き、斎藤記者がメモを取る。
「「…っ」」
チラリと横を見ると、両親が俺と斎藤さんのやりとりを固唾を飲んで見守っていた。
「ちなみになんですが……警察への取材で如月姫花さんは、あなたを罠に嵌めた理由は、羨ましかったからだと話しています」
「え…」
斎藤さんがポロリと重要なことを教えてくれた。
「警察の尋問により、如月姫花さんはこれまで日常的に父親に性的虐待、および暴力を振るわれて来たと証言しています。これは容疑者である如月拓真も認めていることです」
「はい、それは知っています」
「如月姫花さんは、父親とのそんな生活に絶望し、そして周りの生徒たちを羨ましく思っていたそうです。普通に生活する普通の学生たちが。なので、誰かを自分よりも不幸な人間に落としたかった……自分より下を見て安心したかったとそう証言しているらしいんです」
「そんな……理由で……」
如月が俺を騙した理由を聞いて、俺は衝撃を受けた。
自分が不幸だから、他人をもっと不幸にしたい。
…まさにクズの思考じゃないか。
それじゃあ、俺は如月が安心感を得るために地獄に叩き落とされたのか?
如月の、自分よりも不幸な人間を見たいというそんな欲求のために、あんな責苦を受ける羽目になったのか。
「じゃあ…俺が選ばれたのって…」
「はい。おそらく如月さんの気まぐれでしょう。自分よりも幸せな人間であれば、おそらく誰でもよかったのだと思います」
「…っ」
俺はなんだかやるせ無くなって来た。
そんな理由で俺は、幸せな日常を奪われたのか。
父親に性的虐待を受けていた如月は気の毒だと思う。
でもそんなことは俺には関係ない話だ。
自分の都合で俺を貶めた如月を俺は絶対に許さない。
俺の心に、消えない傷を刻みやがったあの女は、たとえもう会うことがなかったとしても一生恨んでやる。
「…っ」
俺は悔しさを噛み締めて、必死に涙を堪えていた。
取り乱す俺を、斎藤さんは同情するような目で見つめ、俺が落ち着くまでしばらく取材を中断していた。
「落ち着きましたか?」
「…はい。取り乱してすみません」
「いえ……辛い出来事もたくさんあったでしょうから、当然のことだと思います」
しばらくして、俺がまた元の調子を取り戻したのを見て、斎藤さんは取材を再開させる。
「ちなみに…深掘りして申し訳ないんですが……透くんが如月姫花さんによって濡れ衣を着せられて、噂を広められ……一番辛い状況に追い込まれた時の周囲の反応というのはどういうものでしたか?」
「周囲の反応…?」
「ですからその……身近な人…ご家族や親友、関係の深い人たちなどは透さんをどのように扱いましたか?」
「それは…」
「「…っ!?」」
隣で両親が目に見えて動揺した。
俺がチラリとそちらを見ると、両親は縋るような目で俺を見ていた。
俺は彼らから目を逸らし、斎藤さんの方をまっすぐに見ていった。
「そうですね……家族は…俺の味方にはなってくれませんでした」
「…っ!?」
「透っ!?」
「静かに。今は透くんから話を聞いています」
何か言いかけて、俺を止めようとした両親を、斎藤さんが制止する。
俺は斎藤さんに、家族やクラスメイト、そして部員たちが俺に取った態度をありのまま、告白する。
「家族は、残念ながら俺の主張を信用してくれませんでした。犯罪者扱いされて、この家に俺の居場所はありませんでした……朝食や夕食まで、俺の分は出されなくなりました……」
「…それは」
斎藤さんがメモを取る手を止めて俺の両親を見る。
こいつらまじか、と俺の両親にドン引きしているようだった。
両親は、まるで叱られた子供のように俯いている。
「学校の生徒や、クラスメイト、そして部活の部員までもが俺を責めました。はっきり言っていじめでしたね。机に悪口書かれたり、上履きの中に画鋲が入っていたり…」
「…それはひどいな」
斎藤さんが俺が受けたいじめについて思わずそう漏らした。
俺は彼らに散々誹謗中傷されバッシングされたこと、自分のロッカーや靴箱に落書きや破壊行為をされたことなどをすべて斎藤さんに報告した。
斎藤さんは俺の話したことを真剣そうな表情でメモしていた。
「ほとんどの人間が敵でしたね……如月は学校一の美少女って扱いで、ほぼ全員が如月のいうことを信じてましたから。俺の意見なんてほとんど尊重されませんでした」
「…こういう時世間ではやはりか弱い女性の意見が通りやすいですからね。そういうバイアスもあったのでしょう?」
「そうですね……それももちろんあったと思います。やっぱり男側がどうしても悪く見えてしまうんだと思います」
「…なるほどなるほど…では本当に家族や親友、部員など含め全員があなたの敵だったと?」
「いえ……少数ですが味方をしてくれる人もいました」
「ほう」
「彼らは……小中高ってずっと同じの幼馴染たちなんですが……彼らだけが唯一俺のことを信じてくれました。周りに流されず、俺はそんなことするようなやつじゃないって、みんなに反論してくれたんです」
「なるほど…それは勇気がいりますね」
「はい……二人には本当に感謝しているんです」
「そうだったんですか……じゃあその二人が透くんの味方をしてくれたから、なんとかやっていけたと」
「そういうことになります」
「そうかそうか…」
斎藤さんは相槌を打ちながら、うまく話を引き出し、メモ帳にペンを走らせる。
気づけば俺は、一時間足らずの時間で、斎藤さんにほとんどのことを喋ってしまっていた。
「なるほど……大体わかりました。聞きたいことはほとんど聞けたと思います。この事実は、責任を持って記事にして世間に公表したいと思っています。構いませんね?」
「はい、ぜひお願いします」
「「…」」
斎藤さんが俺と、それから両親をチラリと見ながら言った。
俺は公表されて不都合なことなんてなにもないので、自信を持って頷いた。
だが、両親は俯いて、斎藤さんにやめて欲しそうな表情を向けていた。
「取材に協力してくれてありがとうございました……最後に、透くん。私は君を応援しているからね。何かあったら、この番号にかけてくるといい。出来ることなら協力させてもらうよ」
取材を終えた斎藤さんは、去り際に、そう言って電話番号の書かれた名刺を渡してきた。
そして俺を励ますように肩を叩いてくれた。
「ありがとうございます」
俺がお礼を言うと、斎藤さんは大きく頷いて笑顔を浮かべた。
「ふぅ」
斎藤さんが出て行った後、俺は玄関でため息を吐いた。
なんだか全てを誰かに語れてちょっとスッキリした気がする。
「おっとやべ…もうこんな時間か…」
チラリと時計に目を移すと、理沙との約束の時間が迫っていた。
「行くか」
俺は、未だ無言で気まずそうに二人並んで突っ立っている両親を放っておいて家を後にし、理沙と昼食を取るために待ち合わせ場所へと足早に向かったのだった。
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