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第九話
しおりを挟む~父親視点~
まさか手塩にかけて育てた息子があんなことをするとは思わなかった。
透はずっと私たちにとっていい子だった。
真面目で反抗することもなく、言われたことはなんでもやった。
勉強をしっかりして部活も続けているようだった。
将来は地元の国立に進学するつもりらしい。
透は学校の定期テストでも一桁以内、そして全国模試でもA判定のいい成績を取るため、私たちは透の将来について何も心配していなかった。
だが、ある日突然息子は信じられない罪を犯した。
「うぅ…透が…なんでこんなこと…」
「おいどうしたんだ?」
ある日仕事から家に帰ると家内が泣いていた。
事情を聞いたところ、今日PTAの集まりがあり、そこで透が同級生の女子生徒を無理やりレイプした事実を聞かされたらしい。
あの真面目な透がそんなことするなんてにわかには信じがたかったが、しかし妻はもうすでにその噂は学校中や近所にまで広まっていると言っていた。
火のないところに煙は立たぬ。
全くの嘘がこれほど広まるはずはないから、悲しいがこれはおそらく真実なのだろう。
「そうか…あの怪我して帰ってきた日に…」
そういえば心当たりがある。
少し前に透が、全身に怪我をして帰ってきた日があった。
何があったのか尋ねても透は頑なに口を閉ざしていた。
おそらくあの日、透はその被害者となった同級生の少女を無理やり組み敷いたのだろう。
そして抵抗にあって全身に傷を負った。
だからそのことを私たちに話したくなかったのだ。
「大事に育ててやったのに……くそ。なんてやつだ……俺はそんなクズに育てた覚えはないぞ!!!」
恩を仇で返されたと思った。
今まで透にはいい大人になって欲しいと、十二分に金をかけてきたつもりだった。
高くて栄養価の高いものを食べさせ、参考書や教材なども言われるままに買って与えていた。
小さい頃はいくつも習い事にだって行かせていた。
それだというのに、同級生をレイプするなんて。
「こうなったら…縁を切るしか…」
私は今回の事件で息子に完全に愛想をつかせてしまった。
性犯罪者は再犯率が高いと聞いたことがある。
今回は被害者の少女の温情で被害届は出されなかったようだが、一度性犯罪を犯した透は、またいつか必ず性犯罪を犯すだろう。
そして次はおそらく被害者は被害届を警察に提出し、透は捕まるだろう。
そうなれば、私たち家族は性犯罪者を育てた家庭として世間に晒され、何もかもが終わってしまう。
せっかく建てたこの家も、引っ越さなくてはならなくなるだろうし、私も仕事を変えなくてはならないだろう。
…そうならないうちに手を打たなくては。
「おい、透を戸籍から外すぞ…」
「本気ですか?」
透が性犯罪を犯して数日後、私は妻と相談して高校卒業と同時に透を戸籍から外すことを決めた。
「あいつはこんな状況になっても無実を主張している……きっと全く反省していないんだ。性犯罪者は再犯率が高いと聞く……このままだとあいつはまた性犯罪を犯して私たち家族を苦しめる……そうなる前に手を打つんだ」
「わかりました……そうします」
「高校を卒業するまで面倒を見れば、親としての義務を果たしたことになるだろう。それまでの辛抱だ」
「…はい」
PTAで攻め立てられ、近所を歩けば後ろ指を刺されてすっかり意気消沈している妻を説得
するのは簡単だった。
私たちは密かに透を、高校卒業と同時に戸籍から外すことに決めた。
そしてこれ以上透が増長しないように、家では飯を与えないという罰を与えた。
「犯罪者に食わせる飯はない」
「何か食いたきゃ冷蔵庫にあるものを勝手に食え」
犯罪者の分際でいつまでもこの家に居られると思われては困る。
流石に餓死されると困るため、冷蔵庫の食材を自分で勝手に食べるのは許したが、私たちは透の犯罪が発覚した日から、一切透に食事を作らなかった。
透は最初は抗議をしていたが、次第に何も言わなくなった。
無実を主張はしても、自分の中では罪を犯したことを自覚しているのだろう。
「くそ…このことが会社に伝わらないといいんだが……」
高校卒業と同時に透を家から追い出して縁を切ることを決めた今、心配なのはこのことが会社に伝わることだ。
自分の息子が性犯罪者だったなんて会社に知られたら、私はもう仕事に行けなくなってしまう。
「ふぅ…まだ噂はここまでは伝わっていないようだな…」
透が犯罪を犯して一週間、どうやら会社にはまだ私の息子が性犯罪を犯したことが伝わっていないようだった。
私はほっと胸を撫で下ろしながら、穢らわしい犯罪者になってしまった息子をさっさと家から追い出す日を待ち遠しく思うのだった。
だが、ある朝のニュースが一気に全てをひっくり返してしまった。
「おい…お前。これ……」
「嘘……透は無罪だったの…?」
ある朝のニュースで、透がレイプしたと言われていた如月姫花という同級生の実家で犯罪が起きたことが報道されていた。
それによれば、如月姫花は、長年父親に性的虐待を受けていた被害者であり、今度はその父親と共謀して、透にレイプの罪を着せたというのだ。
実際には同意の上での性行為だったのだが、行為の後にいきなりレイプだということにして父親に助けを求めたらしい。
父親は自分の娘がレイプされたと知って怒り狂い、透に暴行を加えたらしい。
透のあの日の怪我は、レイプした被害者から受けた反撃によるものではなく、被害者……いや、冤罪をかけてきた加害者の父親による不当な暴力行為によるものだったのだ。
「そうだったのか……」
「透は性犯罪を犯してなかったのね…」
事実を知った私は愕然とした。
と同時に、ほっと内心安堵の息を漏らした。
これで私が仕事をクビになることはない。
世間から後ろ指を刺されることもない。
とりあえず保身は完璧だ。
職を失うこともこれでなくなっただろう。
「え…如月…?」
私がとりあえず最悪の事態は回避できたと安心していると、背後からそんな声が聞こえた。
透が驚いたような表情でニュースを食い入るように見つめていた。
私と妻は急に気まずさを感じてお互いに顔を見合わせた。
透は犯罪者ではなかった。
透自身の主張が正しかったことが確定した。
だというのに私たちは、透に対していろんな制裁を課してしまった。
息子を犯罪者呼ばわりして、朝食や夕食を与えなかったのだ。
今更ながらに私たちの中に罪の意識が芽生え始めた。
「ど、どうするお前…透は犯罪者じゃなかったぞ…」
「こ、こんなことって…」
透が食い入るようにニュースを見つめている中、私と妻は後ろでこそこそ相談をする。
「透に謝るか…?」
「だ、大丈夫じゃないかしら……透は優しい子だから、許してくれるはずよ…とにかく透が犯罪者じゃなくてよかった…これでもうご近所さんたちに噂されることもないわ…」
「しかし透は怒っているんじゃないか…?」
「大丈夫よ…だって、あの状況じゃ誰だって透のことを犯罪者だと思うわよ…みんながそう言っていたのよ…?被害者の子も学校でずっと泣いてたって話じゃない……実際は加害者だったのだから嘘泣きだったんでしょうけど……透だって私たちの立場を理解してくれるはずよ…」
「そ、そうだよな……透は今まで育ててきた恩を忘れていないはずだ…きっと自分から今回のことは水に流すと言ってくれるはずだ…」
そんな相談をこそこそしていると、透がこちらを振り返った。
そして、私、妻、娘の顔を交互に見る。
私は気まずさを感じたが、きっと透なら今回のことは水に流すと自分から言い出してくれるはずだと思ってその時をまった。
だが、透は何も言わなかった。
「お兄ちゃん」
「触るなっ」
手を差し伸べた娘の手を払いのけて、無言で家を出て行ってしまった。
「どうしましょう…」
「まぁ、そのうち気持ちも治るだろう。怒りは一時的なものさ」
透が出て行った後、私はショックを受けた様子の妻をそう言って宥めたのだった。
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