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第二話

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ピピピ…ピピピ……

朝。

アラームの音で俺は目を覚ました。

「はぁ…」

意識が覚醒した途端にため息が漏れた。

体が重い。

学校に行きたくない。

出来ることならこのままずっと自室で眠ったまま学校を休みたい。

そんなことばかりを考えてしまう。

以前の俺は違った。

学校に行くのが楽しみだった。

友達と話すのが楽しかった。

部活をするのが楽しかった。

授業で新しいことを学ぶのが好きだった。

だが今は、ひたすら学校が疎ましい。

元彼女の如月に嵌められて、犯罪者のレッテルを貼られ、皆が俺を腫れ物のように扱うようになってから……俺の学生生活は180度変わってしまった。

「くそ……」

悪態をついて学校に向かう支度をする。

登校したくなんてないが、これで引きこもりになんてなったら、如月に負けたことになる。

今まで部活や勉強を頑張ってきた努力も全てが無駄になる。

それだけは絶対に嫌だった。

「いつか絶対に冤罪を知らしめてやる…」

なんのつもりで俺を陥れたのか。

絶対にそのことを問いただし、如月の本性を皆に知らせてやる。

俺から全てを奪った如月に復習してやる。

そんなドス黒い感情だけを頼りに、俺はなんとか重く感じる自室のドアを開けて今日も外に出た。

「うわ……きも…」

「…っ」

部屋を出るなり、妹と鉢合わせた。

妹は俺とばったり会うと、まるでゴミを見るような視線を向けてくる。

以前まで「お兄ちゃん」とよんで俺を慕ってくれていた妹の姿はもうどこにもない。

最近は俺のことを「犯罪者」とよんで、半径一メートル以内に絶対に近づいてこない。

「最悪……朝から犯罪者の顔を拝まなければいけないなんて…」

「違う…俺は…」

必死に言い募ろうとするが、俺はグッと我慢する。

証拠がない。

俺が、如月をレイプしていないという証拠が。

無実を証明できる材料がなければ、どんなに無実を主張したとしても言い訳にしか聞こえないだろう。

悔しいが、今は口を閉ざして耐えるしかない。

「おはよう…今朝はよく眠れたか…?」

「気持ちわる……犯罪者と一緒の家にいてよく眠れるわけないでしょ…」

「…っ」

「私に何かしたらすぐにお父さんとお母さんに言いつけるから……絶対に近づかないでね」

そう言って妹はバタンと扉を閉じて自室に戻ってしまった。

「はぁ…」

俺はため息をついて、胸を押さえた。

家族からの辛辣な言葉はより心に響く。

ズキズキとした胸の痛みを感じながら、俺は階下に降りた。

「おはよう。お父さん、お母さん」

リビングに降りると、父親はすでに食卓について新聞を読んでおり、母親は台所で洗い物をしていた。

俺は無理やり笑顔を作り、二人に挨拶をする。

「「……」」

二人は無言だった。

こちらを見ようともせずに、完全に無視を決め込んでいる。

最近の両親はずっとこんな感じだ。

俺が如月にかけられた冤罪が、PTAを通じて伝わってから、俺をいないものとして扱い出した。

俺がどんなに冤罪だと言っても、聞く耳を持たない。

そんな子に育てた覚えはない。

近所に顔向けできない、恥ずかしい。

お前はうちの子じゃない。

そんなことを平気で言ってくるようになった。

どうして今までずっと一緒に過ごしてきた俺の言葉を信じてくれないのか、俺には理解ができなかった。

家族なのだから、如月の主張よりも俺の言葉を信じて欲しかったが、彼らは俺の訴えには決して耳を傾けてはくれず、世間体ばかりを気にしていた。

「あれ…?俺の朝食は…?」

二人に無視されたことを悲しく思いながら俺は席につこうとして、ふと自分の朝食がないことに気がついた。

食卓には、父さん、母さん、そして妹の三人分の朝食があった。

俺の分だけがなかった。

俺は理由を問うように両親を交互に見るが、二人はやはり俺のことを見ようともせずに当然だというように言った。

「あなたの朝食なんてないわ」

「犯罪者に朝食なんて必要ない」

「…っ」

「自分の行いを恥じなさい。少しは反省したらどうなの?」

「透。お前の犯した罪のせいで父さんは近所を歩くのも恥ずかしいんだ。お前に食わせる飯なんてない。ここにまだ置いてやるだけありがたく思え」

「…っ」

悔しかった。

実の両親からそんなことを言われ、悔しさと悲しさで泣きそうになった。

だが、俺はグッと堪えて鞄を背負い玄関に向かった。

「行ってきます…」

そう言って、玄関から家を出る。

両親からの返事はもちろんなかった。


= = = = = = = = = =


「うわ…見て…東雲先輩だ…」

「レイプ事件の?……最悪。朝から犯罪者に出くわすなんて……」

「真面目そうに見えるけど……本質は下半身でしか物事を考えられない猿ってことだよね……」

「キモすぎ…警察はなんで早く逮捕しないの?」

「被害者の如月先輩が温情で被害届出してないんだって……本当に優しいよね。一番辛いのはレイプされた自分なのに……」

ヒソヒソとそんなふうに噂話をされながら、俺は校門をくぐった。

俺が如月をレイプしたという嘘はすでに学校全体に広まっていた。

今や学年問わず、皆が俺のことを知っていて、犯罪者だと信じて疑っていない。

登校する時、廊下を歩いている時、食堂で昼食をとっている時、常に生徒たちは俺のことを噂しており、必ずと言っていいほど「犯罪者」「気持ち悪い」「警察に捕まればいい」と言った声が聞こえてくる。

俺がどんなに違うと主張しても、信じてもらえず、ほぼ全員が如月のいうことを信じている。

やはりこういう場合、世間とは弱い存在である女性の主張を信じてしまうものらしい。

俺は肩身を狭くしながら、早足で教室へと向かった。


= = = = = = = = = =

ガラガラ……

すれ違う生徒たちにヒソヒソと噂され、時にあからさまに舌打ちをされたり暴言を吐かれたりしながらなんとか教室までたどり着いた俺は、扉を開いて中へと入る。

「うわ…東雲だ…」

「マジかよ…今日もきたのかよ…」

「くるんじゃねぇよ犯罪者が…」

「よく反省もせずに毎日毎日学校にこれるよな…」

「さっさと捕まって退学になれよ…」

「犯罪者と授業受けなくちゃいけないとか最悪なんだけど……」

俺が現れたのを認めたクラスメイトたちが、次々にそんな暴言を吐いてくる。

一つ一つがグサグサと俺の心に刺さって泣きそうになるが、俺はなんとかはを食いしばって堪えて自分の席に向かう。

「うわ、きたっ」

「きっしょ」

「近づかないで」

「お願い、ちかくにこないで」

席に向かう途中、生徒たち……特に女子たちが俺からあからさまに距離を取ろうと、机を動かしたり、体を引いたりする。

俺はもういつものことなのでいちいち反応せずに、自分の席まで歩き、荷物を下ろして腰を下ろした。

そしてホームルームが始まる時間までひたすら下を向いて周囲から聞こえてくる暴言に耐える。

「…」

気色悪い。

死んでほしい。

さっさと退学になれ。

そんな声があちこちから聞こえてくる中、俺はチラリと如月に視線を移した。

一体如月は今、どんな顔をしているのだろう。

俺を陥れて満足しているのだろうか。

それとも少しは気の毒に思っているのだろうか。

もし今の俺を見ても全く罪悪感を覚えていないんだとしたら如月は悪魔だ。

どんな面をしているのか拝んでやる。

そう思って如月の席の方をチラリと見た。

「…!」

一瞬目があった如月が俺を見てニヤリと笑った。

まるでこの状況が心底愉快でたまらないといった、下衆の笑みだった。

「…っ」

あいつはクズだ。

俺をこんな状況に陥れて、それを見て嘲笑っているんだ。

俺は席を立って殴り掛かりたい衝動に駆られる。

グッと握った拳に、爪が刺さって血が滲んだ。

「ちょっと、何如月さんを見てるの!?」

「ひょっとしたまだ如月さんを狙ってるわけ!?」

「きもいんだよ犯罪者!!!いい加減に如月ちゃんに執着するのやめなよ!!!」

俺が如月に殴り掛かりたい衝動に耐えていると、俺の視線に気づいた女子たちが口々にそんなことを言い始めた。

数人の女子たちが席を立って、如月を庇うように俺との間に立つ。

「うぅ…う…」

如月は一瞬前までの薄ら笑いを引っ込めて、すぐに泣き顔を作り、同情を誘うようにすすり泣きを始めた。

「如月さんのことを見ないで、犯罪者!!」

「如月さんに近づかないで!!レイプ魔!」

「また如月さんに何かしたら承知しないから!!!」

「姫花ちゃんはあんたにされたことがトラウマなんだよ!?あんたを見ると思い出す
の!!!もう姫花ちゃんの視界にも入らないで!!!」

「…っ」

口々にそんなことを言われ、罵られ、お前らなんでそいつのことを証拠もないのに簡単に信じられるんだ、と怒鳴りたくなる。

「ちょっと、みんな!!そんな言い方は流石に酷いよ!!如月さんと透、どっちの主張が正しいのか、わからないじゃん!!!」

冤罪の証拠を集めるまでは言い返しちゃだめだ、と俺が必死に自分の感情と戦っていると、俺の代わりに声をあげてくれる人物がいた。

「七瀬ちゃん?」

「七瀬さん?」

四面楚歌の状況の中、唯一俺を庇って声をあげてくれたのは、幼馴染の七瀬理沙だった。
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