上 下
50 / 60

仄暗い影 3

しおりを挟む

「破産解散の経緯ですが、教団の代表役員である大原 光洋氏の息子夫妻が亡くなっていますね。後継者を失ったことでの、銀行の貸し剥がしが破産に拍車をかけたのですか」
 新見の問いに、

「バブル崩壊後の御光の家の台所事情は、年をおう毎に悪化しておりました。教団は当座貸越の利息を払うのに不動産の一部を売却したり、信者に無理な布施料を要求したりと自転車操業が続いて……当時、筆頭債権者である銀行は、火事以前から債権の回収に動いておりました。代表役員である光洋氏は、失意の末、火災保険金及び息子夫婦の生命保険金受け取り確定前に、私どもに破産相談をしております」
 誠司が答える。

「保険金支払い確定までに、だいぶ時間がかかったのでしょうか」

「火元は厨房からで、夕食後の火の後始末の不備からとなっています。放火等の犯罪の痕跡は無かったと。死亡保険金に至っては受け取り側である教団の代表役員の大怪我もありましたから、犯罪の可能性は薄いと判断されました」

「この火災死亡事故で得をするのは、筆頭債権者である銀行ということですか、それでも賄《まかな》いきれていないが……」

「火災保険生命保険ともに、もともとは銀行が融資の際に加入させたものです。保険会社は銀行系列ですからね、支払いにはそれほど時間は掛かりませんでした。故に、破産申請から決定迄が早かったのです」

「息子夫婦とともに、12使徒の一人、加茂川 勝氏も責任役員になっていますが、どのような方なのですか」

「亡くなった愛明氏の妻、大原 美也子さんのお父様です。火傷により入院した光洋氏に代わり、破産手続きの一切を加茂川氏が執行しております」

「御光の家に、常駐していたのですか」

「いえ、執行役員に名を列ねていただけです。産婦人科医をなさっておりました」
 芳郎が答えた。

「はぁ、なるほど。美也子さんの実家は産婦人科病院なんですか……加茂川氏はご健在なのですか」
 新見は視線を芳郎に向け、話を続ける。

「今は廃業して……。奥様と共に甲府の介護付きマンションに移住されました。立派な方でした、破産解散業務にお一人で奔走されていて。まるで、一人娘を失った悲しみから逃れたいかのように……」

「そうでしたか……。光洋氏は酷い火傷を負ったとのことですが、今はどうされているのでしょうか」

 芳郎は視線を下げながら、
「破産した大原氏は生活保護を受けながら、退院後は火傷の後遺症もあり、老人福祉施設に入所されていましたが……3年前に亡くなっております」
 と、答えた。
 誠司に目をやると頷いている。

「お話し中に失礼します」
 原田が応接室に戻る。
「警部、所轄から片桐 浩一の実家に連絡を入れましたが、留守電になっていて繋がりませんでした。河口湖町に向かいますか」

 新見が腕時計を見ると21時を回っていた。
「いや、もう遅いですから明日伺いましょう。古田さん、こちらの滞在信者名簿の写真を撮らせて頂けますか」
 新見が内ポケットからスマホを取り出すと、

「名簿だけでよいのならコピーをとりましょう。少々お待ち下さい」
 と、誠司はファイルを持って事務所に向かった。

「芳郎弁護士、本日は貴重なお時間をありがとうございました」
 新見は原田と共に頭を下げる。

「いえ、こちらこそ。昔の案件を思い出すのも、脳トレになりますから」
 ハッハーと、屈託なく笑う芳郎に、新見はあらためて深々と頭《こうべ》を垂れた。

 帰り際、誠司は名簿のコピーを手渡しながら、
「今夜は驚きました。これ程快活に話している親父を見たのは久しぶりです」
 と笑った。
「新見警部、不明な点がありましたら何時でもお越し下さい。健闘を祈っております」

「ありがとうございます」


 朝7時前、宿泊先のビジネスホテルに原田からの連絡が入った。窓の外に目をやると、どんよりとした低い空で、昨晩からの細い雨は続いていた。

「おはようございます警部、お休みのところすみません。今、大丈夫ですか」

「原田さんおはようございます、早いですね。これから富士吉田署にお伺いしようかと、どうしました……」

「先程、片桐 浩一の実家と連絡がとれました」

「それは良かった。で、彼はこちらに住んでいるんですか」

「いいえ、それが、18年前に亡くなっていて……自殺だそうです。当事は川崎に住んでいたようで、そのアパートで首を吊ったと」

 新見の脳裏に、御光の家時代の礼子の写真が甦る。
(MA-1ジャンパー……礼子の隣に写っていた男性信者)

「そうですか……それで、礼子とは一緒だったんですか、彼女は確か、好きな男に騙されて保証人になったと……片桐がその相手では」

「さすがですね、その通りです。ヤミ金に手を出して、にっちもさっちもいかなくなったようです。当事、天野 礼子と一緒に暮らしていたと、亡骸《なきがら》を引き取りに行った父親が話してくれました」

「……川崎の、魔窟……」
 マンションでの、斎藤の供述を思い出した。

「警部、そうなると、今日は長野から当たりますか、吉田 雅子の実家に……」

(斎藤の供述……遠い昔、若い頃の出産……相手は片桐なのか、だとしたら私生児、いや、卵巣摘出したとなると死産だったのか……)
「その前に甲府、加茂川氏の居る老人福祉施設を訪ねましょう。少し気になることがある」

「承知しました。吉田 雅子の実家の電話番号は調べてあります。警部が来るまでに在宅を確認しておきます」

「警察だとは言わずに、在宅の有無だけを確認してください」

「承知しました。では後ほど」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

処理中です...