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生と死の欲動 2

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・・・・・・

「礼子、お呼びよ。あんたねぇ、天子様の御寵愛を享けたからって図に乗るんじゃないわよ」
 お局様が礼子を叱りつける。
 御光の家の女性信者には、教祖、天子の身の周りの世話をする役職があり、それぞれの指名により一年毎2名ずつ任命される。女性信者の間では指名の隠語として「御寵愛」が使われていた。指名を享けることにより箔がつき女性信者の中では優位な立場となるが、16歳の礼子にとっては余り関係がないようである。逆に若年がたたり年長信者からはいじめにあっていた。
 世話係りと言っても一日中教祖や天子についているわけではなく、朝晩の祝詞《のりと》や祭礼の際に、祭壇の準備や、着付けを手伝ったりするのが主な業務である。しかし天子 愛明は、何かといえば礼子を呼び出して身の周りの世話を言い渡す。他の世話係りから見ればひとり特別扱いされているようで、やっかみの対象ともなっていた。
 愛明の妻 美也子は、結婚後[後天性筋強直性ジストロフィー症]という難病を患い、筋強直や筋萎縮による筋力低下で特に両下肢に症状が強くみられた。その為、最近では自力で立ち上がることもままならず、車椅子での生活を余儀無くされていた。ふたりのあいだに子どもは期待出来なかった。
 美也子の父親は産婦人科医で12使徒のひとりである。教祖大原 光洋にはそのことで離縁にならぬよう手を尽くしていた。光洋の、布施料をはじめとした無理な要求にも応じている。

 お局様から意味無く叱られた礼子は急いで愛明のもとに向かった。
「こほっ……」
 いつもの馴染めないお香に噎《む》せながら本堂に入ると、祭壇前で愛明が瞑想に耽けていた。座禅を組み半眼恍惚の表情で前後左右に体を揺らしながら、時折低い嗚咽のような呻《うめ》きを発したかと思うと、一寸カッと目を見開き御本尊に向かい声の無い言葉で話し掛け、それが終わるとまた半眼恍惚の表情に戻る。傍《はた》から見るとなんとも不気味な光景である。
  礼子は2メートルほど後ろで正座をし終わるのを待った。

「礼子さん、お待たせ。忙しいところ悪かったですね」
 10分程してから愛明が声を掛けた。

「……いいえ、呼ばれましたが、なんでしょうか」

 正座する礼子の全身をなめ回す様に見た後、
「いえね、最近悪い噂を聞いたものですから。あなたが女性信者から煙たがれているとね」
 と話し始めた。

「…………」

「ここではなんでしょうから、夕べの説教が終わった後に離れにいらっしゃい。相談に乗りますよ」

「……大丈夫です。そんなことはありません」

「うそおっしゃい、私は知っていますよ。このままでは修行にも支障をきたします。とにかく今晩、離れに来てくださいな」

「…………」

「良いですね」

「……はい、わかりました」
 その時の天子の言葉に、何かしら得体の知れない邪心が見え隠れしていたのを察したが、礼子には、そう答えるのが精一杯であった。

・・・・・・
 
 朝8時に署に着くと川村が待ち構えていた。
「警部、ご心配をかけて申し訳ありませんでした」

「川村さん大丈夫ですか、退院は9時過ぎだと思ってましたが、早いですね」

「担当医に無理を言って、7時にしてもらいました」

「…………」
 病み上がりには見えない程の笑みを湛えている。

「早川からはメールで引き継ぎを済ませてあります。昨日一日で相当進展したようで驚きました。いやぁ、皆よくやっている。容疑者の山本が送られたら、私が取り調べをしましょうか」

「いいえ、川村さんは私と視聴室でお願いします。大木に担当させます」

「そうですか、大木は今、鑑識課に持ち込んだパソコンのブルートフォースの進捗を確認に行っております。早く開きたいものですな」

「半日以上はかかりそうですね」
 新見は昨晩の七海とのことで、川村の顔を直視出来ずにいた。

「警部もお疲れのようだ。今日はデスクで構えていてください」

「…………」
 なんだか心を見透かされたようで、返す言葉が見つからない。

「おはようございます」
 会議室の入口から声がした。

「あぁ、原田さんおはようございます。昨晩は連絡出来ずにすみませんでした」
 新見は原田の登場に感謝した。
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