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無念の誘(いざな)い 1
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三島署に戻ると、斎藤 政志の事情聴取の準備ができていた。新見は開始を10分待つように指示を出し、その間に大木から、コンサートに同伴したランチアデルタの男の捜査状況を確認している。
ランチアデルタインテグラーレエボⅡの運輸省登録件数は、静岡県下だけでも35台。その内初年度登録から同モデルを絞り込むと、対象台数は12。県内東部では3台、中部で5台、西部で4台であった。色やラインの振り分けは無いため、1台毎調べる必要がある。
直ぐ様新見は静岡県警に連絡をとり、各地域所轄への捜査応援の要請をすると共に、改造車だった場合も考え、その後の応援も要請した。大木は重要参考人の車が県外で無いよう祈った。
斎藤の事情聴取が始まると、新見は大木と共に、取調室とは別の部屋に設置された視聴モニターを静かに見守った。
斎藤 政志は写真よりも大柄に見えた。身長は172cm、体重76kgと自己申告している。年齢は52歳。筋肉質であるが、腹の肉厚は脂肪のせいかぽっこりと膨れていた。丸1日髭を剃っていない為、表情にふてぶてしさを感じる。
事情聴取には、早川捜査主任と張り込みをした刑事一名が担当した。大きめの机に斎藤と対峙した形で二人が座っている。
「天野 礼子さんとは、どの様な関係ですか」
捜査員が尋ねた。
「調べはついてるんだろう。カラオケパブの従業員だ」
肝が据わったのか、先程よりも態度が大きい。
「昨日から自宅に帰られていませんが、なぜですか」
「…………」
斎藤は捜査員から目を逸らした。
「あなたが天野さんの首を絞めて殺害したのでは、逃げていたんではないですか?」
「俺はやってないよ」
「では、17日の夜は何をしていましたか」
礼子殺害の夜である。
「あの晩は夜釣りに行っていた」
「どちらに、誰かと一緒でしたか」
「獅子浜《ししはま》の静浦《しずうら》漁港の桟橋だ。ひとりで行った。夜の8時頃から夜中の1時迄ねばったが、釣れたのはベラばかりだよ」
「キュウセンか、高級魚じゃないか」
早川が口を出した。
「バカいってらぁ、あんた地元の人間じゃないだろう、観賞だかなんだか知らないが、こっちじゃ昔から雑魚さ。食うもんじゃねぇ」
(流石に魚介には詳しいようだ)
沼津にある静浦漁港は、静岡県内でも、青物の回遊が非常に多い堤防として有名な釣り場である。回遊情報が出回ると、朝早くから堤防が埋まるほど沢山の釣り人が訪れる、県内屈指の人気の漁港だ。
「桟橋で誰かに会ったかな。アリバイを証明出来るかね」
「朔の夜だ、釣り客は少なかった。何人かとは挨拶はしたが……でも、俺はやってないよ。アリバイの裏付けはあんた達の仕事だろ」
「それじゃあ昨日はなぜ家に帰らなかった。何か後ろめたい事でもあるんだろ。それを話してくれなくちゃ今日は帰れないよ」
「…………」
昨日の行動については頑なに話そうとしない。早川は質問を変えた。
「天野さんとは親しいようだったが、いつ頃からなんだ」
「うーん、アルカディアに来てからだから、2年位になるかな」
「カラオケパブを閉めてからはどうなんだ」
早川は、楽もみの件を伏せて斎藤の反応を探った。斎藤は早川の顔色を伺っている。
暫く沈黙が続いた。
「随分と、深い関係だったようですね……」
横から捜査員が口を出した。早川は机の下で捜査員の足をつついて言葉を制し、渋い顔をした。
「もういいだろう、とにかく俺はやっていない。もう帰るぜ」
「任意とは言え、事情聴取を拒否するとあんたは不利な立場になるよ。やっていないなら、堂々と喋ったらどうだ」
早川は少しイラつき気味で話した。
「後は会社《うち》の顧問弁護士とやってくれ!」
斎藤は怒鳴り声をあげた。
業を煮やした早川は、
「弁護士は関係ない。事情聴取でも、警察は弁護士の立ち入りを拒否出来るのだよ」
眼光鋭く斎藤を睨みつけた。
「うっ…………」
「あんたとガイ者が、ただならぬ関係だなんて事はお見通しなんだ。前日の楽もみも裏はとってある。重要参考人としてここに来たんだ。事情聴取次第では、被疑者に成りうる事を忘れてもらっては困る」
更に睨みを利かせる。
「ちょっと待ってくれ、本当にやってないんだ……」
斎藤の腰が退けた。何やら考えている様子だ。
「そ、そうだ。22時過ぎかな、タバコがきれたもんだから、近くのドラッグストアに買いに行ったよ。あと、サンドイッチとコーヒーだ。傍《そば》の釣り客が大物を釣りやがって、悔しいもんだから、気晴らしに歩いて行った」
「何と言うドラッグストアだ」
「サンライズドラッグだよ。漁港の近くだ、県道沿いにあるだろ、確か0時位迄やってる店だ」
モニターを見ていた大木が直ぐに動いた。静浦漁港から三島の現場迄は、車で早くても30分以上かかる距離だ。殺害時刻は23時前後である為アリバイはほぼ立証される。
「どうだ、これでアリバイ成立って訳だ。あんたらが調べ終わるまで、俺はもう喋らないぜ。黙秘権行使ってやつさ」
斎藤はだんまりを決め込んだ。
早川は、
「後は頼む」
と捜査員に言うと、取調室を出ていった。
「警部申し訳ありません。奴のペースにはまりました」
会議室に行くと早川は新見に謝った。
「いや主任はよくやったよ。これで一歩前進した、ひとつひとつ潰して行こう。アリバイが成立したとしても斎藤は何かを隠している。泳がしてみるのもひとつの手だ」
早川は、新見に一礼すると大木のもとに駆け寄り、今後の捜査確認をした。大木はすでに、ドラッグストアに捜査員を急行させる指示を出していた。早川はそれと共に、コンサートに同行した男の身元確認を急ぐべく捜査班に連絡をとるよう指示を出す。時間は正午を回っていた。
ランチアデルタインテグラーレエボⅡの運輸省登録件数は、静岡県下だけでも35台。その内初年度登録から同モデルを絞り込むと、対象台数は12。県内東部では3台、中部で5台、西部で4台であった。色やラインの振り分けは無いため、1台毎調べる必要がある。
直ぐ様新見は静岡県警に連絡をとり、各地域所轄への捜査応援の要請をすると共に、改造車だった場合も考え、その後の応援も要請した。大木は重要参考人の車が県外で無いよう祈った。
斎藤の事情聴取が始まると、新見は大木と共に、取調室とは別の部屋に設置された視聴モニターを静かに見守った。
斎藤 政志は写真よりも大柄に見えた。身長は172cm、体重76kgと自己申告している。年齢は52歳。筋肉質であるが、腹の肉厚は脂肪のせいかぽっこりと膨れていた。丸1日髭を剃っていない為、表情にふてぶてしさを感じる。
事情聴取には、早川捜査主任と張り込みをした刑事一名が担当した。大きめの机に斎藤と対峙した形で二人が座っている。
「天野 礼子さんとは、どの様な関係ですか」
捜査員が尋ねた。
「調べはついてるんだろう。カラオケパブの従業員だ」
肝が据わったのか、先程よりも態度が大きい。
「昨日から自宅に帰られていませんが、なぜですか」
「…………」
斎藤は捜査員から目を逸らした。
「あなたが天野さんの首を絞めて殺害したのでは、逃げていたんではないですか?」
「俺はやってないよ」
「では、17日の夜は何をしていましたか」
礼子殺害の夜である。
「あの晩は夜釣りに行っていた」
「どちらに、誰かと一緒でしたか」
「獅子浜《ししはま》の静浦《しずうら》漁港の桟橋だ。ひとりで行った。夜の8時頃から夜中の1時迄ねばったが、釣れたのはベラばかりだよ」
「キュウセンか、高級魚じゃないか」
早川が口を出した。
「バカいってらぁ、あんた地元の人間じゃないだろう、観賞だかなんだか知らないが、こっちじゃ昔から雑魚さ。食うもんじゃねぇ」
(流石に魚介には詳しいようだ)
沼津にある静浦漁港は、静岡県内でも、青物の回遊が非常に多い堤防として有名な釣り場である。回遊情報が出回ると、朝早くから堤防が埋まるほど沢山の釣り人が訪れる、県内屈指の人気の漁港だ。
「桟橋で誰かに会ったかな。アリバイを証明出来るかね」
「朔の夜だ、釣り客は少なかった。何人かとは挨拶はしたが……でも、俺はやってないよ。アリバイの裏付けはあんた達の仕事だろ」
「それじゃあ昨日はなぜ家に帰らなかった。何か後ろめたい事でもあるんだろ。それを話してくれなくちゃ今日は帰れないよ」
「…………」
昨日の行動については頑なに話そうとしない。早川は質問を変えた。
「天野さんとは親しいようだったが、いつ頃からなんだ」
「うーん、アルカディアに来てからだから、2年位になるかな」
「カラオケパブを閉めてからはどうなんだ」
早川は、楽もみの件を伏せて斎藤の反応を探った。斎藤は早川の顔色を伺っている。
暫く沈黙が続いた。
「随分と、深い関係だったようですね……」
横から捜査員が口を出した。早川は机の下で捜査員の足をつついて言葉を制し、渋い顔をした。
「もういいだろう、とにかく俺はやっていない。もう帰るぜ」
「任意とは言え、事情聴取を拒否するとあんたは不利な立場になるよ。やっていないなら、堂々と喋ったらどうだ」
早川は少しイラつき気味で話した。
「後は会社《うち》の顧問弁護士とやってくれ!」
斎藤は怒鳴り声をあげた。
業を煮やした早川は、
「弁護士は関係ない。事情聴取でも、警察は弁護士の立ち入りを拒否出来るのだよ」
眼光鋭く斎藤を睨みつけた。
「うっ…………」
「あんたとガイ者が、ただならぬ関係だなんて事はお見通しなんだ。前日の楽もみも裏はとってある。重要参考人としてここに来たんだ。事情聴取次第では、被疑者に成りうる事を忘れてもらっては困る」
更に睨みを利かせる。
「ちょっと待ってくれ、本当にやってないんだ……」
斎藤の腰が退けた。何やら考えている様子だ。
「そ、そうだ。22時過ぎかな、タバコがきれたもんだから、近くのドラッグストアに買いに行ったよ。あと、サンドイッチとコーヒーだ。傍《そば》の釣り客が大物を釣りやがって、悔しいもんだから、気晴らしに歩いて行った」
「何と言うドラッグストアだ」
「サンライズドラッグだよ。漁港の近くだ、県道沿いにあるだろ、確か0時位迄やってる店だ」
モニターを見ていた大木が直ぐに動いた。静浦漁港から三島の現場迄は、車で早くても30分以上かかる距離だ。殺害時刻は23時前後である為アリバイはほぼ立証される。
「どうだ、これでアリバイ成立って訳だ。あんたらが調べ終わるまで、俺はもう喋らないぜ。黙秘権行使ってやつさ」
斎藤はだんまりを決め込んだ。
早川は、
「後は頼む」
と捜査員に言うと、取調室を出ていった。
「警部申し訳ありません。奴のペースにはまりました」
会議室に行くと早川は新見に謝った。
「いや主任はよくやったよ。これで一歩前進した、ひとつひとつ潰して行こう。アリバイが成立したとしても斎藤は何かを隠している。泳がしてみるのもひとつの手だ」
早川は、新見に一礼すると大木のもとに駆け寄り、今後の捜査確認をした。大木はすでに、ドラッグストアに捜査員を急行させる指示を出していた。早川はそれと共に、コンサートに同行した男の身元確認を急ぐべく捜査班に連絡をとるよう指示を出す。時間は正午を回っていた。
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