4 / 60
新見啓一郎のこと 2
しおりを挟む
駅前のロータリーが混雑していたこともあり、東側駐車場にパトカーを入れたのは8時40分頃であった。駐車場に接するスクランブル交差点を渡った所に建つビルが、事件の発見現場である。
築30年以上。六階建てビルの一階には最近出来たのか、建物のわりにそこだけ華やいで見える、24時間営業のコンビニエンスストアが入っている。早朝から続いた、マスコミ関係の取材合戦は落ち着いた様子であった。
Keep Outと張られた隣ビルとの間は4尺程あり、制服警官に手帳を見せた後、腕章と白手袋をつけて路地を抜けて行くと、奥裏手には非常階段があった。階段は各階毎ビルの中央に踊場が設置され、ジグザグに屋上まで繋がっている。
二階は24時間体制の警備会社、三階は不動産会社のオフィス、四階は司法書士事務所、五階は音楽教室、六階は空き事務所で、駅側から見える窓には入居募集のポスターが貼られていた。六階まで各階の踊場に非常ドアが設置されており、内側から施錠されている為、外から入ることは出来ない。屋上のみ解放されている。
屋上に上がる頃には二人とも息を切らしていた。
「……ふたり掛かりならまだしも、一人で上げるにはキツいか。複数犯と仮定すると目撃リスクが高くなる……」
「……はい、そうですね……」
両手で膝に手をあて息を調えた後、周囲を見渡すと、北西のフェンス越しからは秋晴れの富士山が綺麗に見え、下方に目をやると、三島駅とロータリー式のバス停留所が見える。新見はその景観に息を飲んだとともに、このロケーションで六階エリアが空いていることに、少し疑念を抱いた。
被害者が倒れていた所は、人型に白く縁取りされている。
(夜景を観るには絶好の場所だな)
ふと思えた。
非常階段が設置されている南東側に隣接するビルは、地上五階建てであるため屋上の日当たりは良い。四方を見渡し視界を遮る建物はほとんど見当たらなかった。
「外からの目撃者は期待出来そうにないな。ん、これは……」
新見は、被害者が倒れていた場所から5メートル程先のフェンス脇に、小さく光る物を見つけた。
「100円玉ですね。鑑識が見落としましたか、回しておきます」
大木は念のため、スマホで写真を撮ってから100円玉を拾い上げた後、腕時計に目をやり「警部、そろそろお時間です」と、新見に声を掛けながら左手を見せた。
「おっ、いかん」
見ると9時15分を回っている。二人は足早に現場を後にした。
捜査本部会議の前に署長室に出向いた。
山崎署長は昨年の4月迄、静岡県警本部で刑事部長を務めていた。56歳、階級は警視正。新見とは2年程県警で仕事をし、彼の明晰さを高く評価するひとりである。
「新見警部、今回は私から君を指名させて頂きました。ここの大石警部は来年1月に定年を迎える。このような事件なので外れて貰いました」
「存じ上げております。ご期待に応えられるよう最善を尽くします」
二人は固く握手をし、二階の会議室に向かった。
今捜査の編成は総勢七十三名。
捜査本部長 新見 啓一郎警部を筆頭に、副本部長 川村 修警部補、事件主任 早川 洋一巡査部長、広報担当 三浦 彩美巡査長、捜査班運営主任 大木 颯人巡査長、その他に鑑識課から二名、捜査班長六名とその配下に各十名、計六十名の捜査員が就く。
川村による編成紹介の後、新見が挨拶をした。
「昨夜、38歳の女性が何者かにより殺害された、善良な市民だ。我々は皆等しく、死に向かって生きている。が、ひとりとして自身の死を願う者などいない。予期せぬ突然の死、その恐怖、その無念は被害者以外知ることは出来ない。警察官の正義とは何か、それは被害者の無念を晴らすことだ。早期解決犯人逮捕が無念への鎮魂となることを願う。捜査員全員の活躍を期待する」
「はい!」という返事が会議室に轟いた。
築30年以上。六階建てビルの一階には最近出来たのか、建物のわりにそこだけ華やいで見える、24時間営業のコンビニエンスストアが入っている。早朝から続いた、マスコミ関係の取材合戦は落ち着いた様子であった。
Keep Outと張られた隣ビルとの間は4尺程あり、制服警官に手帳を見せた後、腕章と白手袋をつけて路地を抜けて行くと、奥裏手には非常階段があった。階段は各階毎ビルの中央に踊場が設置され、ジグザグに屋上まで繋がっている。
二階は24時間体制の警備会社、三階は不動産会社のオフィス、四階は司法書士事務所、五階は音楽教室、六階は空き事務所で、駅側から見える窓には入居募集のポスターが貼られていた。六階まで各階の踊場に非常ドアが設置されており、内側から施錠されている為、外から入ることは出来ない。屋上のみ解放されている。
屋上に上がる頃には二人とも息を切らしていた。
「……ふたり掛かりならまだしも、一人で上げるにはキツいか。複数犯と仮定すると目撃リスクが高くなる……」
「……はい、そうですね……」
両手で膝に手をあて息を調えた後、周囲を見渡すと、北西のフェンス越しからは秋晴れの富士山が綺麗に見え、下方に目をやると、三島駅とロータリー式のバス停留所が見える。新見はその景観に息を飲んだとともに、このロケーションで六階エリアが空いていることに、少し疑念を抱いた。
被害者が倒れていた所は、人型に白く縁取りされている。
(夜景を観るには絶好の場所だな)
ふと思えた。
非常階段が設置されている南東側に隣接するビルは、地上五階建てであるため屋上の日当たりは良い。四方を見渡し視界を遮る建物はほとんど見当たらなかった。
「外からの目撃者は期待出来そうにないな。ん、これは……」
新見は、被害者が倒れていた場所から5メートル程先のフェンス脇に、小さく光る物を見つけた。
「100円玉ですね。鑑識が見落としましたか、回しておきます」
大木は念のため、スマホで写真を撮ってから100円玉を拾い上げた後、腕時計に目をやり「警部、そろそろお時間です」と、新見に声を掛けながら左手を見せた。
「おっ、いかん」
見ると9時15分を回っている。二人は足早に現場を後にした。
捜査本部会議の前に署長室に出向いた。
山崎署長は昨年の4月迄、静岡県警本部で刑事部長を務めていた。56歳、階級は警視正。新見とは2年程県警で仕事をし、彼の明晰さを高く評価するひとりである。
「新見警部、今回は私から君を指名させて頂きました。ここの大石警部は来年1月に定年を迎える。このような事件なので外れて貰いました」
「存じ上げております。ご期待に応えられるよう最善を尽くします」
二人は固く握手をし、二階の会議室に向かった。
今捜査の編成は総勢七十三名。
捜査本部長 新見 啓一郎警部を筆頭に、副本部長 川村 修警部補、事件主任 早川 洋一巡査部長、広報担当 三浦 彩美巡査長、捜査班運営主任 大木 颯人巡査長、その他に鑑識課から二名、捜査班長六名とその配下に各十名、計六十名の捜査員が就く。
川村による編成紹介の後、新見が挨拶をした。
「昨夜、38歳の女性が何者かにより殺害された、善良な市民だ。我々は皆等しく、死に向かって生きている。が、ひとりとして自身の死を願う者などいない。予期せぬ突然の死、その恐怖、その無念は被害者以外知ることは出来ない。警察官の正義とは何か、それは被害者の無念を晴らすことだ。早期解決犯人逮捕が無念への鎮魂となることを願う。捜査員全員の活躍を期待する」
「はい!」という返事が会議室に轟いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
警狼ゲーム
如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。
警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。
後宮生活困窮中
真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。
このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。
以下あらすじ
19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。
一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。
結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。
逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
虹の橋とその番人 〜交通総務課・中山小雪の事件簿〜
ふるは ゆう
ミステリー
交通総務課の中山小雪はひょんなことから事件に関わることになってしまう・・・無駄なイケメン、サイバーセキュリティの赤羽涼との恋模様もからんで、さて、さて、その結末やいかに?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる