ラビリンス~悪意の迷宮~

緑ノ革

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空想の恐怖

空想の恐怖1

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 冷たい空気を感じて、空良はゆっくりと目を開けた。

(俺、生きてる?)

 背中に何かが当たり、空良は自分が座らされていることに気付く。
 そしてぼんやりとした視界が鮮明さを取り戻した時、空良は驚きのあまり、大きく目を見開いた。

 空良の目の前に広がる景色は、学校の教室だった。
 空良が座っている席の机の上には、花瓶が置かれ、百合の花が一輪だけ挿してあった。

 他の全ての席には、制服を着た生徒らしきマネキン達が座っている。
 空良から見て右側には男子のマネキン、左側には女子のマネキンが座っていた。

 教壇には教師であろうマネキンが立っていて、チョークを片手に黒板を見ている。

 その黒板には。

『空良くんは死にました』

 と、大きく書かれていた。

 途端に、空良の体が震え出す。
 喉が詰まるような感覚と、腹の底から沸き上がる冷たい感覚がして、空良の奥歯がカチカチと音を立てた。

「あ……あぁ」

 震えた声が漏れだして、空良は両手で口を塞ぐ。
 席から立ち上がろうとするが、震える体は言うことを聞いてくれず、肘が机にぶつかった。

 そのわずかな揺れで、花瓶が倒れ、水を溢しながら机から落ちてしまう。
 床に落ちた花瓶は高い音を立てて砕けた。

「……あ」

 割れた花瓶と、破片の中に横たわる百合を見つめ、空良は震えた声を漏らす。
 ふと、視線を感じた気がして、空良が顔を上げると、全てのマネキンが空良の事を見ていた。
 空良の前の方に座るマネキン達は、座ったまま首が真後ろに向いている。

 横に座るマネキン達も、空良の方に向いていた。

 そして。

「空良くんは死にました」

 と、何人もの男女の声が響く。
 その後に、クスクスという笑い声がする。
 教師らしきマネキンは、そんな状況に気付きもしていない様子で、微動だにしなかった。

 悪意に支配されたその景色を、空良は知っていた。
 しかし、この景色は、実際に目で見た景色ではない。

 全て、空良が空想で生み出した景色だった。

 ずっと耳を塞いで、目を背けていた自分の空想に、空良の全身が小刻みに震える。

(こんなのただの空想だ!  本当のことじゃない!)

 この景色は、引きこもりになった日の朝。
 いつも通りに学校に行く準備をしていた時に、突然頭に浮かんだものだった。

 きっかけは体育の授業で、バスケットボールをやったのだが、空良のミスで相手チームにボールが奪われ、点を取られてしまった時に。
 同じチームの男子が。

「ふざけんな、マジ死ねよ」

 などと呟いた事だろう。
 それがきっかけになり、頭の中で、いじめられる自分の姿を想像してしまうようになった。

 その景色が現実になるのではないかと思うと、恐ろしくて、空良はこの日から外に出られなくなってしまった。

 学校に行ったらいじめられるのではないか? などと。
 不安は大きくなり、空想も膨らんでいく日々に、空良は怯え続けていた。

 生徒がマネキンであるという違いこそあれど、その空想の中で描いた景色が、今まさに目の前にある景色だった。

(怖い、体が震える、吐きそうだ)

 込み上げるものをぐっと押さえ込みながら、空良は椅子から転げ落ちる。
 早く、この教室から逃げ出したかった。
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