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第32話 絶世の美女

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魔王軍の連絡をウォードに任せたルナティアとベンはロジィ達がいる村へと急いでいた。

急ぎ足の中、ウォードはルナティアに魔王軍の現在の状況を話し始めた。


「何から何まですいません、私たちの任務に付き合わせてしまって。魔王軍は今、最重要作戦の真っただ中で普段この辺りに配備されていたはずの兵が北に集められているのです」


「へ、へぇ~、そうなんだぁ~」


「魔王軍が今、総力を挙げて探しているのは、これからの魔界の行く末を左右するほどの要人なのだそうです。なんでも見る者全てを魅了する絶世の美女だとか。見ればすぐに分かるほどの美貌の持ち主だという事で詳しい容姿は末端の兵にまで知らされていないのです」


「へ、へぇ~」


「こんな時で申し訳ありませんが、もしそのお方をお見かけになられましたら魔王軍まで知らせてもらえませんか?」


「…………」


絶世の美女。

見ればすぐに分かるほどの美貌の持ち主。

この辺りの警備が手薄になっているのはルナティアが魔王城から逃走した所為だと思っていたのだが、それは気のせいだったのかもしれない。

仮に魔界の今後の行く末を左右し、見る者全てを魅了する美貌を持つ絶世の美女というのがルナティアの事を言っているのだとしたら、その情報だけでルナティアを見つけるのは至難の業だろう。

余程その命令を下したやつはアホ(多分魔王)なようだ。

現にベンはあんなに怪しい登場をしたルナティアを魔王城から逃げ出した重要人物だと疑いすらしていない。

まぁベンが魔王軍から通達された情報と秘密の花柄エルフ仮面を結びつけるのはかなり難しいだろうが。

咄嗟の判断でやらかした奇行だったが、結果だけを見れば成功だったようだ。


「ふふふ、はははははは!」


「ど、どうされました!? 月の涙殿……?」


突然笑い出したルナティアにベンは心配そうに尋ねる。


「なんでもないわ、見つけたら連絡するわね」


「は、はい。助かります」


怪訝そうにルナティアを見るベンと共にルナティアはロジィ達の元に急ぐのだった。

一方その頃、ルナティアがいる場所から北にある森の中で—— 


「まだか? なぜ見つからないのだ?」


魔王はルナティアの脱走が発覚してから既に半日以上が経過しているというのに未だ手掛かりの一つも見つけられない事に苛立っていた。

ガタガタと貧乏ゆすりをする魔王を見かねてか同じ天幕内にいたシュトライゼンは魔王を宥める様に言う。


「この広い魔界でたった一人の人間を捜索するには流石に時間はかかります。魔王様は魔王城にお戻りください。後は我々でお探ししますから」


シュトライゼンは魔王を自らが使える主として忠誠を誓っている。

今、言った言葉も魔王の事を心配して出した言葉ではあったが、別の側面も持っていた。


「ルナティアが見つかっていないというのにどうしてただ魔王城で待っていられるというのだ。俺はルナティアが見つかるまでは帰らないぞ」


第1に魔王は暇に見えて暇ではない。魔王城に帰ればやらなければいけない仕事などいくらでもある。

このまま何日も魔王城を開けたままでは魔王城で魔王にしかできない仕事が滞り、魔界の運営が停滞するのは間違いない。

とはいえ、これはまだどうにかなる。

シュトライゼンが問題にしていたのはもう一つの側面だった。


「魔王様、魔王軍へのルナティア様の容姿に関する伝達事項ですが、もう少し正確に行った方が良いのではないでしょうか?」


「なに? あれ以上何を伝えればよいと言うのだ」


魔王にそう言われてシュトライゼンは言葉に詰まる。

伝えなければならない内容についてははっきりとしている。

だが、言い方には気を付けなければならない。

ちなみに魔王が魔王軍に捜索の命令を出す際に言った言葉がこうだ。


見る者全てを魅了する絶世の美女。

見ればすぐに分かるほどの美貌の持ち主。


シュトライゼンは女の美醜についてあまり分からないが、シュトライゼンから見てルナティアが見る者全てを魅了する絶世の美女かと問われるとはっきりと断言できないのが正直なところである。


「魔王様、そういう抽象的な特徴ではなく赤髪である事や体格など具体的特徴を伝達した方が配下の者達には分かりやすいのではないでしょうか?」


シュトライゼンは魔王を刺激しないようにこう言うと魔王は怪訝そうな表情でシュトライゼンを見返した。


「あの体格の赤髪の女など腐るほどいるがルナティア程の美しい女は他にはいないだろう? であれば最初に言った表現の方がルナティアを特定するには最も適しているのではないか?」


確かにルナティアは人間としては高身長であるが魔人としてみてみればそれなりにありふれた身長である。加えて赤髪という点もそこまで珍しいものではない。

それでも人探しする上での手かがりとしては十分だろう。


流石にこのままでは見つかるものも見つかるわけがないので、シュトライゼンはやむなく魔王にこう提案した。


「……それではこう伝えてはいかがですか。身長170cm程の赤髪で見る者全てを魅了するほどの絶世の美女。……如何でしょう?」


シュトライゼンは魔王の希望と自身の希望の妥協点を探るために魔王に提案した。

つまりシュトライゼンが魔王を魔王城に帰らせたがっていた第2の側面とはさっさと帰ってくれればシュトライゼンの自由に捜索活動が可能になるという点だった。

魔王が帰ってくれさえすれば、分かりにくい情報を流す事もなくなる上にこんなことに時間を割く必要もなくなる。

だが、魔王がどうやっても帰るつもりがないというのならせめてルナティア捜索に有利に働くようシュトライゼンが提案していくしかなかったのである。

シュトライゼンの前で悩む素振りを見せる魔王だったが、度重なる側近の提案に魔王は遂に折れた。


「少し納得がいかないが、お前がそこまで言うのならそうしよう」


シュトライゼンは心の中でこれで少しは捜索も楽になるだろうと胸を撫でおろしたが、その情報を流すのが遅かったことに気づくのはもう少し後の事になった。
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