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第1話 黒騎士と魔王
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「はぁはぁはぁ」
魔界奥深くで3人の男女が森を駆けていた。
当代最高の女魔法使いカーナ。
当代最強の戦士ラミアス。
そして歴史上初の女性勇者となった勇者ルナティア。
歴史上でも最強の勇者パーティーとして魔界に送り出されたルナティア達はかつてないほどまでに魔王がいると言われる魔王城へと接近する事に成功していた。
だが、今現在ルナティア達は魔王城がある場所とは真逆の方向へと駆けていた。
「なんなのよ! あの化け物は!」
「はぁはぁ、名乗っていただろう」
「それはそうだけど聞いてないわよ! あんなに強いなんて!」
ルナティアの苦情に戦士ラミアスが正論で返すと、彼女は更にそれを苦情で返した。
2人にはまだ喋る余裕があったが、2人とは違い体力が低いカーナはただ走るだけで精一杯だった。
端的に言えばルナティア達は逃げていた。
魔界で初めて遭遇した圧倒的強者から。
魔界でこれまで遭遇してきた魔獣や魔人を何度も打ち倒してきた自信もあってか、ルナティアは自分達の力を合わせれば魔王を打ち倒すこともできるとそう信じていた。
だが、彼女はそんな自信を粉々に打ち砕かされてしまう強者に出会ってしまった。
まだここに来るには早かった。
そう思ってももう遅かった。
あの化け物はもうすぐそこまで迫っているのだから。
(これ以上は……)
凄まじい速度で追ってくる魔力を察知したルナティアは逃げきれない事を悟り、足を止めた。
それに気づいたラミアスとカーナもルナティアに続き、足を止める。
「……ルナ? なんで止まるの? もしかして戦う気?」
足を止めたルナティアを見たカーナが疑問の声を上げた。
カーナにとってルナティアの行動が理解できないモノだったからだ。
ここで3人の力を合わせたとしても、今、迫っている者に勝利できる確率はほぼ無いに等しいことなど分かりきっていた。
ルナティアは小さく深呼吸した後、決意の言葉を口にした。
「2人は逃げて。私がここで奴を足止めするわ」
それがルナティアが導いた最善の手段だった。
今、ルナティア達を追ってきている化け物を足止めできる可能性があるのは自分しかいないと理解してしまったのだ。
とはいってもあくまで可能性の話で、ルナティア自身確実に2人を逃がす程の時間を稼ぐことができるかは分からなかった。
だが、カーナは首を縦に振る事はなかった。
「私達も戦う。あなた一人を置いてはいけない!」
「これは命令よ!」
「嫌よ!」
普段はそうでもないが、こういう話になるとカーナは頑固だった。
だがそれでもルナティアはカーナの提案を受け入れることはできない。
ルナティアにはカーナとラミアスをこんな所まで連れてきてしまった責任がある。
確かに冒険者協会から魔王討伐の指示があったのは確かだが、最終的に魔界行きを決めたのは勇者パーティーのリーダーであるルナティアなのだから。
ルナティアはカーナの後ろにいたラミアスに視線を送ると、それだけでルナティアの考えを理解したラミアスは小さく頷いた。
そして、ルナティアはゆっくりとカーナに近づいていく。
「……ごめん、カーナ」
「ルナ、何を……」
ルナティアが謝罪の言葉を口にしながらカーナの腹を殴りつけるとカーナはそのまま意識を失った。
ルナティアが崩れ落ちそうになるカーナを優しく抱き留めると笑みを浮かべながらラミアスに視線を送る。
「ラミアス、カーナを頼むわ。幸せにしなさいよ」
「気付いていたのか?」
「そりゃ、気づくわよ。あなたはともかくカーナは幼馴染だからね。泣かせたら承知しないから」
ルナティアは溜息を吐きながら言うが、2人が恋仲だと気付いた主な要因はカーナにある。
カーナは隠しているつもりだったのだろうが、ラミアスの事を話すカーナの表情は正に恋人に対するそれだった。
アレでは恋愛経験皆無に等しいルナティアでも気づかないわけがなかった。
「そうか、承知した。……すまない、できれば生きて王都で会おう」
「えぇ、そのつもりよ」
ルナティアはラミアスに力一杯の笑顔を向けるが、ルナティアにもラミアスにもそれは微かな希望ですらない事は分かっていた。
この場に残ってあの化け物を相手に戦って生き残る事などほぼ不可能なのだから。
短い別れの挨拶を済ませるとラミアスはカーナを肩に担ぎ、森の奥へと消えていった。
ラミアスたちを逃がし、時間を稼ぐためにその場に残ったルナティアは迫りくる脅威をただ待ち受ける。
そして、ラミアスたちがいなくなった、数十秒ほど経ったその時だった。
それはルナティアの前に姿を現した。
「勇ましいな、勇者。俺を相手に一人残るとは」
「魔王軍四天王シュトライゼン……」
重厚な漆黒の鎧でその身を包み、人間界で【黒騎士】の異名で怖れられる魔王軍四天王にして魔王を除けば最強の魔人。
魔王討伐に打って出たルナティア達の前に立ちはだかったのがこの魔人シュトライゼンだった。
魔王城にいる魔王に勝負を挑むどころかその側近であるシュトライゼンにすらルナティア達3人は手も足も出ず、ここまで逃げることになった。
ルナティアも今更単独でシュトライゼンに勝てるとは思っていない。
それでもルナティアは勝てないと分かっている戦いに打って出なければいけなかった。
ラミアスとカーナの逃げる時間を稼ぐために。
ルナティアは覚悟を決め、聖剣を片手に突進を仕掛ける。
そんなルナティアにシュトライゼンはその場で足を止め、ルナティアの攻撃をただ待ち受けている。
「舐めるなぁー!!」
ルナティアは声を上げシュトライゼンに斬りかかったが、漆黒の鎧の中から覗く視線がルナティアを冷たく見下ろす。
「遅いな、話にならない」
ルナティアは突進により得た速度を殺すことなくシュトライゼンに連撃を放つが、その全ての斬撃をシュトライゼンは紙一重で避け続ける。何の種も仕掛けもなく、その圧倒的な身体能力と動体視力をもって。
普通の魔獣相手であればその全てが必中必殺であるはずのルナティアの斬撃だが、そんなことが嘘かのようにシュトライゼンに一撃も加えられなかった。
明らかに重厚な黒鎧のはずなのに、シュトライゼンの動きからはそんなことを一切感じさせない凄まじい回避速度だった。
徐々に回避に徹していたシュトライゼンが、時折反撃を返してくるようになった。
その一撃一撃が全てルナティアの身体に吸い込まれるようにヒットする。
ルナティアの攻撃がまだ1つも直撃していないというのに、気まぐれにシュトライゼンが放った斬撃がルナティナの鎧を徐々に破壊していく。
言われるまでもなくルナティアが装備している鎧は強靭な魔獣の攻撃でさえ防ぐ、人間界最高峰の強度と軽さを併せ持つ一級品だ。
そんな人間界最高峰の鎧でさえ、シュトライゼンのたった数回の攻撃で修復が困難と思えるまでに破壊されつつあった。
そんな凄まじい攻撃のはずなのにシュトライゼンは全く本気を出しているようには見えない。
仮に本気のシュトライゼンの攻撃を受けていたら、鎧ごとルナティアの身体は破壊されていた。
ルナティアにはそんな確信があった。
更に一方的な戦闘は数分ほど続き、ルナティアはもう立っているのがやっとの状態までシュトライゼンに追い詰められていた。
「この程度か、勇者、残念だ」
既にルナティアへの興味が失せたのか、シュトライゼンはゆっくりとルナティアに近づいていく。
ルナティアはそれでもなんとかシュトライゼンに剣を向けようとするが、もう体が思うように動かない。
(……これまでね。ラミアス、カーナ。後の事は任せるわ)
ルナティアは敗北を悟り、目を閉じて最後の時を静かに待ったが——。
…………。
シュトライゼンの剣はいつまで経ってもルナティアに迫る様子はない。
(なぜ攻撃してこないの? この男はいつでも私を殺せるはず)
ルナティアはシュトライゼンの様子を確認するため、閉じていた目を恐る恐る開くとそこには、地に膝をついているシュトライゼンの姿があった。
(な、何をして……!)
訳が分からないルナティアはシュトライゼンの視線の先を追うと、そこにはシュトライゼンを見下ろす一体の魔人の姿があった。
2本角に漆黒の肌。3mを越える魔人もいる中で魔人としてはそこまで高くない体躯の魔人。
ルナティアがこの男を見るのは初めてだった。
それでもルナティアにはこの男の正体がすぐに分かった。
ルナティア達が探し求めていた敵。全人類を脅かす存在。
(——こいつが魔王!!)
説明など必要なかった。
仮に目の前でシュトライゼンが膝をついていなかったとしてもルナティアはそれに気づいただろう。
圧倒的存在感、ただ立っているだけだというのに、漏れ出る超高濃度の魔力。
それが目の前のこの男が魔王だという証明に他ならなかった。
ルナティアが呆然と見ている中、魔王は膝をつくシュトライゼンを見下ろしていた。
「シュトライゼン、貴様こんな所で何をしている?」
「はっ! 魔王陛下の領土に無断で侵入したこの愚かな勇者を始末しようとしていた所でございます」
シュトライゼンがやや緊張した声で魔王の問いに答えた。
絶対強者であるはずのシュトライゼンが主君と仰ぐ存在。
それが魔王だ。
シュトライゼンの返答を聞いた魔王はゆっくりとルナティアに視線を移すと、目を見開き一瞬固まったかのようにルナティアには見えた。
(え、なに? 何を驚いているの? でもこれはチャンス? どうせ死ぬなら魔王に一矢報いて!)
不思議と先程まではほとんど動かなかったはずの身体が動いた。
咄嗟の判断だったが、気づくと今出せる渾身の突きをルナティアは魔王に向けて放っていた。
「ま、魔王陛下!」
本来であれば魔王の身を案じる事すら不敬に値するのだが、シュトライゼンから見ても今の魔王は油断しきっていた。
シュトライゼンも咄嗟に魔王に攻撃を仕掛けていたルナティアに先程の戦闘で見せた動きとは比べ物にならない恐るべき速度で斬りかかっていた。
(やっぱり無理か……)
明らかに満身創痍のルナティアの突きが魔王に届くよりも早くシュトライゼンの剣がルナティアに到達するのは目に見えていた。
目ですら追えないそれほどまでの速度。
やはりシュトライゼンは先程の戦いでまったく本気など出してはいなかったとルナティアは悟る。
だが、ゆっくりとした時が流れる中、シュトライゼンの剣がルナティアの命を奪うよりも早く状況が一変した。
「やめろ! シュトライゼン! この者に手出しすることは俺が許さん!」
殺気にも似た魔王の魔力の波動が周囲に重く響き、シュトライゼンの剣はルナティアの首を刎ね飛ばすギリギリの所で停止した。
そして、魔王の圧倒的な魔力に当てられた満身創痍のルナティアはその場で気を失ったのだった。
魔界奥深くで3人の男女が森を駆けていた。
当代最高の女魔法使いカーナ。
当代最強の戦士ラミアス。
そして歴史上初の女性勇者となった勇者ルナティア。
歴史上でも最強の勇者パーティーとして魔界に送り出されたルナティア達はかつてないほどまでに魔王がいると言われる魔王城へと接近する事に成功していた。
だが、今現在ルナティア達は魔王城がある場所とは真逆の方向へと駆けていた。
「なんなのよ! あの化け物は!」
「はぁはぁ、名乗っていただろう」
「それはそうだけど聞いてないわよ! あんなに強いなんて!」
ルナティアの苦情に戦士ラミアスが正論で返すと、彼女は更にそれを苦情で返した。
2人にはまだ喋る余裕があったが、2人とは違い体力が低いカーナはただ走るだけで精一杯だった。
端的に言えばルナティア達は逃げていた。
魔界で初めて遭遇した圧倒的強者から。
魔界でこれまで遭遇してきた魔獣や魔人を何度も打ち倒してきた自信もあってか、ルナティアは自分達の力を合わせれば魔王を打ち倒すこともできるとそう信じていた。
だが、彼女はそんな自信を粉々に打ち砕かされてしまう強者に出会ってしまった。
まだここに来るには早かった。
そう思ってももう遅かった。
あの化け物はもうすぐそこまで迫っているのだから。
(これ以上は……)
凄まじい速度で追ってくる魔力を察知したルナティアは逃げきれない事を悟り、足を止めた。
それに気づいたラミアスとカーナもルナティアに続き、足を止める。
「……ルナ? なんで止まるの? もしかして戦う気?」
足を止めたルナティアを見たカーナが疑問の声を上げた。
カーナにとってルナティアの行動が理解できないモノだったからだ。
ここで3人の力を合わせたとしても、今、迫っている者に勝利できる確率はほぼ無いに等しいことなど分かりきっていた。
ルナティアは小さく深呼吸した後、決意の言葉を口にした。
「2人は逃げて。私がここで奴を足止めするわ」
それがルナティアが導いた最善の手段だった。
今、ルナティア達を追ってきている化け物を足止めできる可能性があるのは自分しかいないと理解してしまったのだ。
とはいってもあくまで可能性の話で、ルナティア自身確実に2人を逃がす程の時間を稼ぐことができるかは分からなかった。
だが、カーナは首を縦に振る事はなかった。
「私達も戦う。あなた一人を置いてはいけない!」
「これは命令よ!」
「嫌よ!」
普段はそうでもないが、こういう話になるとカーナは頑固だった。
だがそれでもルナティアはカーナの提案を受け入れることはできない。
ルナティアにはカーナとラミアスをこんな所まで連れてきてしまった責任がある。
確かに冒険者協会から魔王討伐の指示があったのは確かだが、最終的に魔界行きを決めたのは勇者パーティーのリーダーであるルナティアなのだから。
ルナティアはカーナの後ろにいたラミアスに視線を送ると、それだけでルナティアの考えを理解したラミアスは小さく頷いた。
そして、ルナティアはゆっくりとカーナに近づいていく。
「……ごめん、カーナ」
「ルナ、何を……」
ルナティアが謝罪の言葉を口にしながらカーナの腹を殴りつけるとカーナはそのまま意識を失った。
ルナティアが崩れ落ちそうになるカーナを優しく抱き留めると笑みを浮かべながらラミアスに視線を送る。
「ラミアス、カーナを頼むわ。幸せにしなさいよ」
「気付いていたのか?」
「そりゃ、気づくわよ。あなたはともかくカーナは幼馴染だからね。泣かせたら承知しないから」
ルナティアは溜息を吐きながら言うが、2人が恋仲だと気付いた主な要因はカーナにある。
カーナは隠しているつもりだったのだろうが、ラミアスの事を話すカーナの表情は正に恋人に対するそれだった。
アレでは恋愛経験皆無に等しいルナティアでも気づかないわけがなかった。
「そうか、承知した。……すまない、できれば生きて王都で会おう」
「えぇ、そのつもりよ」
ルナティアはラミアスに力一杯の笑顔を向けるが、ルナティアにもラミアスにもそれは微かな希望ですらない事は分かっていた。
この場に残ってあの化け物を相手に戦って生き残る事などほぼ不可能なのだから。
短い別れの挨拶を済ませるとラミアスはカーナを肩に担ぎ、森の奥へと消えていった。
ラミアスたちを逃がし、時間を稼ぐためにその場に残ったルナティアは迫りくる脅威をただ待ち受ける。
そして、ラミアスたちがいなくなった、数十秒ほど経ったその時だった。
それはルナティアの前に姿を現した。
「勇ましいな、勇者。俺を相手に一人残るとは」
「魔王軍四天王シュトライゼン……」
重厚な漆黒の鎧でその身を包み、人間界で【黒騎士】の異名で怖れられる魔王軍四天王にして魔王を除けば最強の魔人。
魔王討伐に打って出たルナティア達の前に立ちはだかったのがこの魔人シュトライゼンだった。
魔王城にいる魔王に勝負を挑むどころかその側近であるシュトライゼンにすらルナティア達3人は手も足も出ず、ここまで逃げることになった。
ルナティアも今更単独でシュトライゼンに勝てるとは思っていない。
それでもルナティアは勝てないと分かっている戦いに打って出なければいけなかった。
ラミアスとカーナの逃げる時間を稼ぐために。
ルナティアは覚悟を決め、聖剣を片手に突進を仕掛ける。
そんなルナティアにシュトライゼンはその場で足を止め、ルナティアの攻撃をただ待ち受けている。
「舐めるなぁー!!」
ルナティアは声を上げシュトライゼンに斬りかかったが、漆黒の鎧の中から覗く視線がルナティアを冷たく見下ろす。
「遅いな、話にならない」
ルナティアは突進により得た速度を殺すことなくシュトライゼンに連撃を放つが、その全ての斬撃をシュトライゼンは紙一重で避け続ける。何の種も仕掛けもなく、その圧倒的な身体能力と動体視力をもって。
普通の魔獣相手であればその全てが必中必殺であるはずのルナティアの斬撃だが、そんなことが嘘かのようにシュトライゼンに一撃も加えられなかった。
明らかに重厚な黒鎧のはずなのに、シュトライゼンの動きからはそんなことを一切感じさせない凄まじい回避速度だった。
徐々に回避に徹していたシュトライゼンが、時折反撃を返してくるようになった。
その一撃一撃が全てルナティアの身体に吸い込まれるようにヒットする。
ルナティアの攻撃がまだ1つも直撃していないというのに、気まぐれにシュトライゼンが放った斬撃がルナティナの鎧を徐々に破壊していく。
言われるまでもなくルナティアが装備している鎧は強靭な魔獣の攻撃でさえ防ぐ、人間界最高峰の強度と軽さを併せ持つ一級品だ。
そんな人間界最高峰の鎧でさえ、シュトライゼンのたった数回の攻撃で修復が困難と思えるまでに破壊されつつあった。
そんな凄まじい攻撃のはずなのにシュトライゼンは全く本気を出しているようには見えない。
仮に本気のシュトライゼンの攻撃を受けていたら、鎧ごとルナティアの身体は破壊されていた。
ルナティアにはそんな確信があった。
更に一方的な戦闘は数分ほど続き、ルナティアはもう立っているのがやっとの状態までシュトライゼンに追い詰められていた。
「この程度か、勇者、残念だ」
既にルナティアへの興味が失せたのか、シュトライゼンはゆっくりとルナティアに近づいていく。
ルナティアはそれでもなんとかシュトライゼンに剣を向けようとするが、もう体が思うように動かない。
(……これまでね。ラミアス、カーナ。後の事は任せるわ)
ルナティアは敗北を悟り、目を閉じて最後の時を静かに待ったが——。
…………。
シュトライゼンの剣はいつまで経ってもルナティアに迫る様子はない。
(なぜ攻撃してこないの? この男はいつでも私を殺せるはず)
ルナティアはシュトライゼンの様子を確認するため、閉じていた目を恐る恐る開くとそこには、地に膝をついているシュトライゼンの姿があった。
(な、何をして……!)
訳が分からないルナティアはシュトライゼンの視線の先を追うと、そこにはシュトライゼンを見下ろす一体の魔人の姿があった。
2本角に漆黒の肌。3mを越える魔人もいる中で魔人としてはそこまで高くない体躯の魔人。
ルナティアがこの男を見るのは初めてだった。
それでもルナティアにはこの男の正体がすぐに分かった。
ルナティア達が探し求めていた敵。全人類を脅かす存在。
(——こいつが魔王!!)
説明など必要なかった。
仮に目の前でシュトライゼンが膝をついていなかったとしてもルナティアはそれに気づいただろう。
圧倒的存在感、ただ立っているだけだというのに、漏れ出る超高濃度の魔力。
それが目の前のこの男が魔王だという証明に他ならなかった。
ルナティアが呆然と見ている中、魔王は膝をつくシュトライゼンを見下ろしていた。
「シュトライゼン、貴様こんな所で何をしている?」
「はっ! 魔王陛下の領土に無断で侵入したこの愚かな勇者を始末しようとしていた所でございます」
シュトライゼンがやや緊張した声で魔王の問いに答えた。
絶対強者であるはずのシュトライゼンが主君と仰ぐ存在。
それが魔王だ。
シュトライゼンの返答を聞いた魔王はゆっくりとルナティアに視線を移すと、目を見開き一瞬固まったかのようにルナティアには見えた。
(え、なに? 何を驚いているの? でもこれはチャンス? どうせ死ぬなら魔王に一矢報いて!)
不思議と先程まではほとんど動かなかったはずの身体が動いた。
咄嗟の判断だったが、気づくと今出せる渾身の突きをルナティアは魔王に向けて放っていた。
「ま、魔王陛下!」
本来であれば魔王の身を案じる事すら不敬に値するのだが、シュトライゼンから見ても今の魔王は油断しきっていた。
シュトライゼンも咄嗟に魔王に攻撃を仕掛けていたルナティアに先程の戦闘で見せた動きとは比べ物にならない恐るべき速度で斬りかかっていた。
(やっぱり無理か……)
明らかに満身創痍のルナティアの突きが魔王に届くよりも早くシュトライゼンの剣がルナティアに到達するのは目に見えていた。
目ですら追えないそれほどまでの速度。
やはりシュトライゼンは先程の戦いでまったく本気など出してはいなかったとルナティアは悟る。
だが、ゆっくりとした時が流れる中、シュトライゼンの剣がルナティアの命を奪うよりも早く状況が一変した。
「やめろ! シュトライゼン! この者に手出しすることは俺が許さん!」
殺気にも似た魔王の魔力の波動が周囲に重く響き、シュトライゼンの剣はルナティアの首を刎ね飛ばすギリギリの所で停止した。
そして、魔王の圧倒的な魔力に当てられた満身創痍のルナティアはその場で気を失ったのだった。
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