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第4章 魔界編
第254話 ラーの計略
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「お前達、この場から離脱しろ。俺はもう少しだけ説得を試みてみる。まぁ無理かもしれんがな」
「お待ちください! 一人では危険です!」
確かに大勢の敵を目の前に王一人を残して、配下の者が逃げるなど普通は考えられない。
常識で考えれば、ラースクルトの言っている事は少しも間違っていない。
だが、『危険か?』という一点においてはラースクルトの言葉は完全な的外れなものだった。
「ふん、あの化け物相手に戦う事を考えればこの程度の事、全く問題などない。良いから早く行け。万に一つお前達の反撃であちらに被害が出る事になれば、説得など言っていられなくなる」
「しかし……、いえ、分かりました。お前達、早々にこの場から離脱しろ」
イスヴァの意志を汲んだラースクルトは配下の魔人に指示を出し、自らも離脱の準備を始める。
「と、飛んだ!? 馬鹿な!」
ラースクルト達が撤退の為に宙に浮いたのを見て、騎士団の面々は突撃しながらも大きな声を上げた
(飛行魔法を見たこともないか。もしかすれば魔法を使える者が希少とかいう以前に彼らは魔法自体知らないのかもしれんな)
イスヴァは低く見積もっていた人間の戦闘力を更に下方修正させた。
それでも騎士達は攻撃を止める事はなかった。
ラースクルト達が魔界の方向へと飛んでいくとほぼ同時に先頭にいた騎士数人の剣による攻撃がイスヴァに届いた。
(なるほどな、やはり鉄製の武器。こちらではミスリルがあまり取れないのか、それとも精製方法を知らないのか。どちらにしても一般にそれほど流通してないようだ)
複数の騎士の剣戟を受けながらも、彼らの剣を見て、そんな考察を立てられるほどにイスヴァには余裕があった。
剣戟の合間を縫って、弓矢が複数飛んでくる。
精度は思っていたよりも悪くはない。
合間を縫うとはいえ、かなりの混戦だ。
騎士は鉄製の鎧を装着している為、最悪当たっても致命傷にはならないと考えている可能性はあるが、そのほとんどがイスヴァの体のどこかに当たる軌道を描いているので、完全な当てずっぽうだという訳ではないだろう。
ちなみにイスヴァは会談が目的だったため、鎧は着ていない。
防御力があまりない見た目重視のフェンリル製のコートを羽織っている為、彼らが鉄製の弓矢が有効だと思っても不思議ではない。
だが、防御力があまりないと言っても、それは魔界基準で言えばの話だ。
並の弓使いの鉄製の弓では貫通させることは困難な程度には強靭である上に魔法に対する耐性で言えばむしろ鉄製の鎧などより遥かに効果を発揮する防御力がある。
そしてこれがなによりだが、命中精度が高いと言っても、弓兵から放たれる矢の速度は一般的な魔人が放つよりも遥かに遅かった。
なので、当たっても大したダメージがないと分かっていても、イスヴァは持っている剣でそれらを全部薙ぎ払った。
「馬鹿な、飛んでいる弓矢を全て撃ち落としただと!?」
イスヴァにとっては簡単でも騎士達からすれば、そうではない。
振り下ろした剣ならともかく高速で飛翔する物体を重量のある剣で薙ぎ払うなど完全に達人の域だ。
そんな常軌を逸したイスヴァの技量を見て、騎士達は警戒からか一旦距離を取る。
ここまでで負傷した騎士は一人もいない。
魔人同士の斬り合いで鉄製の剣とイスヴァが持つようなアダマンタイト製の剣がぶつかり合おうものなら一発で鉄製の剣は使い物にならなくなるが、騎士の非力さと騎士にケガをさせまいと衝撃を和らげるように衝突の瞬間、イスヴァは剣を引いていた為、目に見える明らかな損傷も受けてはいなかった。
騎士達が一瞬怯んだのをイスヴァは説得を再開させる。
「すまないが、見ての通り貴方達では私に勝つことはできない。もう一度言う。私達は貴方達と話し合いに来ただけだ」
そう言って、イスヴァは騎士達に指示を飛ばしていた騎士団長を見る。
「脅すつもりはない。だが、その気になれば、私は貴方達をすぐにでも全滅させることが出来る。しかし、そんな事はしない。それは私達に貴方と敵対する意思がないからだ。同じ世界に住む者同士手を取り合い生きていきたいと私達はそう願っている」
それが彼女の願いだ。
説得を続けるイスヴァを騎士団長は無言で見つめている。
イスヴァの言葉をそのまま受け取った訳ではないのだろうが、このまま戦えば全滅する可能性があるのは騎士団長から見ても明らかだ。
そう判断したが為に対応に迷っている。そんな表情だった。
「……確かに貴方の言う通り、このまま戦えばこちらも大きな被害は免れないだろう。東へと逃れた者達がこの場に残っていたとすれば尚更だ。だが、陛下や他国の王に会わせることはできない。まずは私からこの場に使者を寄こすよう陛下に伺いを立てる。その結果どうなるかは分からないが、少しこの場で待ってもらいたい」
「「騎士団長!」」
騎士団長の決断に周囲の騎士は驚きの声を上げた。
騎士達からすれば、騎士団長の判断は驚きのものだったのだろう。
もしかすると、彼の言葉は建前で応援を呼んでくるつもりなのかもしれない。
その可能性もかなり高いが、こうまともな会話が成り立つだけでイスヴァからすれば大きな前進に違いなかった。
「私の名はイスヴァ。貴方の名を聞いても?」
「ヨークランド王国シラルーク騎士団プリゾンだ。勘違いしないでもらいたいが、あくまで陛下に伺いを立てるだけだ。ありのままを伝えるつもりだが、貴方の肩を持つわけではないので、期待はしないでもらおう」
そう言うと、騎士団長は近くにいた騎士に何か小さな声で指示を出し、門の方へと歩いて行く。
とりあえず、首の皮一枚繋がった。
イスヴァがそう思ったその時だった。
「なんだ、アレは?」
一人の騎士が何かに気付いて、そう呟いた。
それとほぼ同時にイスヴァもそれに気づき、空を見上げていた。
(アレは悪魔族? なぜこんな場所にいる? いや、本当に悪魔族か?)
悪魔族は三大魔族の一つに数えられる種族でこの世界に移り住んだ後は魔界の東部で新しく変わった族長ベリルによって、順調に統治が進められていると聞いている。
(ベリル殿も独自に人間界との融和を進めていた? 俺に何の相談もなくか?)
イスヴァは確かに魔界の王だが、人間の国ほど上下関係は強くない。
あくまでイスヴァが魔界の代表だが、他種族の統治に口を出す事はあまりなく、種族ごとに独自の統治を敷いている。
とはいえ、イスヴァに何の相談もなく、何をやってもいいという事ではない。
内政に関わる事なら、比較的に自由にやっても構わないが、こと人間界への対応に関してだけは特に魔人という大きな括りで徹底的に族長間で擦り合わせを行ってきたのだ。
決して、勝手に人間に対して敵対行動を取らない事。
彼女の言葉を知る族長間の中でそれは絶対の共通認識として共有し合ってきたのである。
それもあって、アレが悪魔族だという事にイスヴァには違和感があった。
だが、それがなくとも空を飛んでいるアレが悪魔族というには何とも言えない違和感をイスヴァは感じた。
イスヴァがそう感じている間にも上空を飛んでいた悪魔族と思わしき人物は城門を飛び越え、こちらを見る事も無く、東の空へと消えて行った。
今、思えば、この時にあの悪魔族と思しき存在を追い、なぜこのような場所にいるかを問いただしていればとイスヴァは強く後悔することになる。
そして、悪魔族と思わしき存在の姿が見えなくなったその時、事態は取り返しのつかない方向へと進むことになった。
門をくぐる一歩手前で空を見上げていたプリゾンの前へと門の中から飛び出してきた騎士が息を切らしてやってきた。
そして、騎士の男は次の瞬間、イスヴァが耳を疑う言葉を口にした。
「き、騎士団長殿に報告します。たった今、ドルシア国からいらしていたマッカーサ王が何者かに暗殺されました!」
「……な、なに?」
そう言って、一瞬の静寂の後、プリゾンと回りにいた騎士の視線が一斉にイスヴァの方へと向いた。
そして、静寂の中、プリゾンの笑い声が城門前に響き渡った。
「く、ふ、ふはははは。そうか、そういうことか。これが貴様らの手口か。納得いったよ。陛下から聞いていた者達と貴様の行動は余りにもかけ離れていたものだったからな」
「待て、何かの間違いだ! 私達は嵌められたのだ!」
慌てて、イスヴァは弁明を行おうとするが、次の言葉が出てこない。
イスヴァの中でもう答えはほぼ出ている。
今、空を飛んで行ったのは悪魔族ではない。
ラーの指示でやってきた天使が悪魔族に擬態し、ドルシア国の王を暗殺したのだ。
だが、それを証明する手段もこちらを信用してもらえる要因も何一つイスヴァは持っていなかった。
「……嵌められだと? 悔しいが、ついさっき見せてもらったような空を飛ぶ手段など私達人間は持っていない。ならば、答えは一つだろう?」
「いや、これはラーによって仕組まれた偽装工作だ! 貴方達も知っているだろう。奴は異世界からこの世界へと大人数の人間を転移させる超常の力を持つ。飛行魔法を使える天使など多数従えている。姿形を偽装する魔法も持っているはずだ!」
苦し紛れに言ったが、今イスヴァが言った言葉はほぼすべて真実だ。
強いて言うなら、この世界へと大人数の人々を転移させたのは創世神リティスリティアによる魔法だが、ラーが超常の力を持っているのは間違いないし、ラーの配下であれば飛行魔法など全員が使えると言っていい。
姿形を偽装する魔法を使える天使はかなり限られるが、一人や二人という事はない。
騎士団長であるプリゾンもラーの配下である天使であれば、そのくらいはできるだろうという知識は持っている。
だが、やろうと思えば可能かと実際そんなことをするかといえば話は別だ。
プリゾンは込み上げる怒りを抑えながら淡々とイスヴァに疑問をぶつけた。
「……言うに事欠いて、我が神ラー様の企てと抜かすか。ならば聞こう。我が神がなぜそんなことをする必要がある? そんなことをするならば、なぜ我が神は我ら人類を100年前の絶望からお救いになった? それ以前に我が神が貴様の言うように超常の力を持つならそのお力で我ら人類など瞬く間に全滅させる事など造作もない事だろう?」
「それは……」
イスヴァにもそれが分からない。
なぜラーが人間と魔人を争わそうとするのかを。
イスヴァは今日、人間の弱さを知った。
魔人相手ならともかく彼ら相手ならラーどころか配下の天使数人がいれば、すぐに絶滅の淵に追いやれるだろう。
何の苦労もない。
只一言、天使に指示を出せば、それで終わりだ。
(俺達の戦力を削ぐ為……か? 彼らにそれができるか? 仮にも騎士団長であるプリゾン殿でも魔力をほとんど感じないんだぞ?)
イスヴァの見立てではイスヴァ自身どころかその辺で捕まえた魔人一人でもこの場にいる騎士団だけならば簡単に殲滅できそうだった。
下手したら魔法を覚えて1年にも満たない子供でも勝ててしまうかもしれない。
数は力という言葉もあるが、流石にそこまで力の差があると、どれだけの数がいようと、人間相手に魔人の部隊相手が苦戦する姿がイスヴァには全く想像ができない。
どれだけ考えてもイスヴァは答えを見出せないが、時間は待ってくれそうになかった。
「クソッ」
イスヴァは説得を諦め、飛行魔法を起動した。
空から魔法で一方的に人間達を攻撃する為……ではもちろんない。
「おい、逃げたぞ!」
騎士の一人がそんな大声を上げた。
騎士の言葉通り、イスヴァは撤退を選択したのだ。
後方から無数の矢が飛んでくるが、一本たりともイスヴァに届くことはなく、たった数秒でイスヴァは彼らの攻撃圏外に脱することができた。
それだけ離れても後方からの怒号が届き、イスヴァが唇を噛みながら、西へと逃れていくのだった。
「お待ちください! 一人では危険です!」
確かに大勢の敵を目の前に王一人を残して、配下の者が逃げるなど普通は考えられない。
常識で考えれば、ラースクルトの言っている事は少しも間違っていない。
だが、『危険か?』という一点においてはラースクルトの言葉は完全な的外れなものだった。
「ふん、あの化け物相手に戦う事を考えればこの程度の事、全く問題などない。良いから早く行け。万に一つお前達の反撃であちらに被害が出る事になれば、説得など言っていられなくなる」
「しかし……、いえ、分かりました。お前達、早々にこの場から離脱しろ」
イスヴァの意志を汲んだラースクルトは配下の魔人に指示を出し、自らも離脱の準備を始める。
「と、飛んだ!? 馬鹿な!」
ラースクルト達が撤退の為に宙に浮いたのを見て、騎士団の面々は突撃しながらも大きな声を上げた
(飛行魔法を見たこともないか。もしかすれば魔法を使える者が希少とかいう以前に彼らは魔法自体知らないのかもしれんな)
イスヴァは低く見積もっていた人間の戦闘力を更に下方修正させた。
それでも騎士達は攻撃を止める事はなかった。
ラースクルト達が魔界の方向へと飛んでいくとほぼ同時に先頭にいた騎士数人の剣による攻撃がイスヴァに届いた。
(なるほどな、やはり鉄製の武器。こちらではミスリルがあまり取れないのか、それとも精製方法を知らないのか。どちらにしても一般にそれほど流通してないようだ)
複数の騎士の剣戟を受けながらも、彼らの剣を見て、そんな考察を立てられるほどにイスヴァには余裕があった。
剣戟の合間を縫って、弓矢が複数飛んでくる。
精度は思っていたよりも悪くはない。
合間を縫うとはいえ、かなりの混戦だ。
騎士は鉄製の鎧を装着している為、最悪当たっても致命傷にはならないと考えている可能性はあるが、そのほとんどがイスヴァの体のどこかに当たる軌道を描いているので、完全な当てずっぽうだという訳ではないだろう。
ちなみにイスヴァは会談が目的だったため、鎧は着ていない。
防御力があまりない見た目重視のフェンリル製のコートを羽織っている為、彼らが鉄製の弓矢が有効だと思っても不思議ではない。
だが、防御力があまりないと言っても、それは魔界基準で言えばの話だ。
並の弓使いの鉄製の弓では貫通させることは困難な程度には強靭である上に魔法に対する耐性で言えばむしろ鉄製の鎧などより遥かに効果を発揮する防御力がある。
そしてこれがなによりだが、命中精度が高いと言っても、弓兵から放たれる矢の速度は一般的な魔人が放つよりも遥かに遅かった。
なので、当たっても大したダメージがないと分かっていても、イスヴァは持っている剣でそれらを全部薙ぎ払った。
「馬鹿な、飛んでいる弓矢を全て撃ち落としただと!?」
イスヴァにとっては簡単でも騎士達からすれば、そうではない。
振り下ろした剣ならともかく高速で飛翔する物体を重量のある剣で薙ぎ払うなど完全に達人の域だ。
そんな常軌を逸したイスヴァの技量を見て、騎士達は警戒からか一旦距離を取る。
ここまでで負傷した騎士は一人もいない。
魔人同士の斬り合いで鉄製の剣とイスヴァが持つようなアダマンタイト製の剣がぶつかり合おうものなら一発で鉄製の剣は使い物にならなくなるが、騎士の非力さと騎士にケガをさせまいと衝撃を和らげるように衝突の瞬間、イスヴァは剣を引いていた為、目に見える明らかな損傷も受けてはいなかった。
騎士達が一瞬怯んだのをイスヴァは説得を再開させる。
「すまないが、見ての通り貴方達では私に勝つことはできない。もう一度言う。私達は貴方達と話し合いに来ただけだ」
そう言って、イスヴァは騎士達に指示を飛ばしていた騎士団長を見る。
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説得を続けるイスヴァを騎士団長は無言で見つめている。
イスヴァの言葉をそのまま受け取った訳ではないのだろうが、このまま戦えば全滅する可能性があるのは騎士団長から見ても明らかだ。
そう判断したが為に対応に迷っている。そんな表情だった。
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「「騎士団長!」」
騎士団長の決断に周囲の騎士は驚きの声を上げた。
騎士達からすれば、騎士団長の判断は驚きのものだったのだろう。
もしかすると、彼の言葉は建前で応援を呼んでくるつもりなのかもしれない。
その可能性もかなり高いが、こうまともな会話が成り立つだけでイスヴァからすれば大きな前進に違いなかった。
「私の名はイスヴァ。貴方の名を聞いても?」
「ヨークランド王国シラルーク騎士団プリゾンだ。勘違いしないでもらいたいが、あくまで陛下に伺いを立てるだけだ。ありのままを伝えるつもりだが、貴方の肩を持つわけではないので、期待はしないでもらおう」
そう言うと、騎士団長は近くにいた騎士に何か小さな声で指示を出し、門の方へと歩いて行く。
とりあえず、首の皮一枚繋がった。
イスヴァがそう思ったその時だった。
「なんだ、アレは?」
一人の騎士が何かに気付いて、そう呟いた。
それとほぼ同時にイスヴァもそれに気づき、空を見上げていた。
(アレは悪魔族? なぜこんな場所にいる? いや、本当に悪魔族か?)
悪魔族は三大魔族の一つに数えられる種族でこの世界に移り住んだ後は魔界の東部で新しく変わった族長ベリルによって、順調に統治が進められていると聞いている。
(ベリル殿も独自に人間界との融和を進めていた? 俺に何の相談もなくか?)
イスヴァは確かに魔界の王だが、人間の国ほど上下関係は強くない。
あくまでイスヴァが魔界の代表だが、他種族の統治に口を出す事はあまりなく、種族ごとに独自の統治を敷いている。
とはいえ、イスヴァに何の相談もなく、何をやってもいいという事ではない。
内政に関わる事なら、比較的に自由にやっても構わないが、こと人間界への対応に関してだけは特に魔人という大きな括りで徹底的に族長間で擦り合わせを行ってきたのだ。
決して、勝手に人間に対して敵対行動を取らない事。
彼女の言葉を知る族長間の中でそれは絶対の共通認識として共有し合ってきたのである。
それもあって、アレが悪魔族だという事にイスヴァには違和感があった。
だが、それがなくとも空を飛んでいるアレが悪魔族というには何とも言えない違和感をイスヴァは感じた。
イスヴァがそう感じている間にも上空を飛んでいた悪魔族と思わしき人物は城門を飛び越え、こちらを見る事も無く、東の空へと消えて行った。
今、思えば、この時にあの悪魔族と思しき存在を追い、なぜこのような場所にいるかを問いただしていればとイスヴァは強く後悔することになる。
そして、悪魔族と思わしき存在の姿が見えなくなったその時、事態は取り返しのつかない方向へと進むことになった。
門をくぐる一歩手前で空を見上げていたプリゾンの前へと門の中から飛び出してきた騎士が息を切らしてやってきた。
そして、騎士の男は次の瞬間、イスヴァが耳を疑う言葉を口にした。
「き、騎士団長殿に報告します。たった今、ドルシア国からいらしていたマッカーサ王が何者かに暗殺されました!」
「……な、なに?」
そう言って、一瞬の静寂の後、プリゾンと回りにいた騎士の視線が一斉にイスヴァの方へと向いた。
そして、静寂の中、プリゾンの笑い声が城門前に響き渡った。
「く、ふ、ふはははは。そうか、そういうことか。これが貴様らの手口か。納得いったよ。陛下から聞いていた者達と貴様の行動は余りにもかけ離れていたものだったからな」
「待て、何かの間違いだ! 私達は嵌められたのだ!」
慌てて、イスヴァは弁明を行おうとするが、次の言葉が出てこない。
イスヴァの中でもう答えはほぼ出ている。
今、空を飛んで行ったのは悪魔族ではない。
ラーの指示でやってきた天使が悪魔族に擬態し、ドルシア国の王を暗殺したのだ。
だが、それを証明する手段もこちらを信用してもらえる要因も何一つイスヴァは持っていなかった。
「……嵌められだと? 悔しいが、ついさっき見せてもらったような空を飛ぶ手段など私達人間は持っていない。ならば、答えは一つだろう?」
「いや、これはラーによって仕組まれた偽装工作だ! 貴方達も知っているだろう。奴は異世界からこの世界へと大人数の人間を転移させる超常の力を持つ。飛行魔法を使える天使など多数従えている。姿形を偽装する魔法も持っているはずだ!」
苦し紛れに言ったが、今イスヴァが言った言葉はほぼすべて真実だ。
強いて言うなら、この世界へと大人数の人々を転移させたのは創世神リティスリティアによる魔法だが、ラーが超常の力を持っているのは間違いないし、ラーの配下であれば飛行魔法など全員が使えると言っていい。
姿形を偽装する魔法を使える天使はかなり限られるが、一人や二人という事はない。
騎士団長であるプリゾンもラーの配下である天使であれば、そのくらいはできるだろうという知識は持っている。
だが、やろうと思えば可能かと実際そんなことをするかといえば話は別だ。
プリゾンは込み上げる怒りを抑えながら淡々とイスヴァに疑問をぶつけた。
「……言うに事欠いて、我が神ラー様の企てと抜かすか。ならば聞こう。我が神がなぜそんなことをする必要がある? そんなことをするならば、なぜ我が神は我ら人類を100年前の絶望からお救いになった? それ以前に我が神が貴様の言うように超常の力を持つならそのお力で我ら人類など瞬く間に全滅させる事など造作もない事だろう?」
「それは……」
イスヴァにもそれが分からない。
なぜラーが人間と魔人を争わそうとするのかを。
イスヴァは今日、人間の弱さを知った。
魔人相手ならともかく彼ら相手ならラーどころか配下の天使数人がいれば、すぐに絶滅の淵に追いやれるだろう。
何の苦労もない。
只一言、天使に指示を出せば、それで終わりだ。
(俺達の戦力を削ぐ為……か? 彼らにそれができるか? 仮にも騎士団長であるプリゾン殿でも魔力をほとんど感じないんだぞ?)
イスヴァの見立てではイスヴァ自身どころかその辺で捕まえた魔人一人でもこの場にいる騎士団だけならば簡単に殲滅できそうだった。
下手したら魔法を覚えて1年にも満たない子供でも勝ててしまうかもしれない。
数は力という言葉もあるが、流石にそこまで力の差があると、どれだけの数がいようと、人間相手に魔人の部隊相手が苦戦する姿がイスヴァには全く想像ができない。
どれだけ考えてもイスヴァは答えを見出せないが、時間は待ってくれそうになかった。
「クソッ」
イスヴァは説得を諦め、飛行魔法を起動した。
空から魔法で一方的に人間達を攻撃する為……ではもちろんない。
「おい、逃げたぞ!」
騎士の一人がそんな大声を上げた。
騎士の言葉通り、イスヴァは撤退を選択したのだ。
後方から無数の矢が飛んでくるが、一本たりともイスヴァに届くことはなく、たった数秒でイスヴァは彼らの攻撃圏外に脱することができた。
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