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第一話 メリエス様、魔王になる

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俺の名はジレ。

世界でもっとも美しく愛らしい主人であるフェアリーメルト家当主メリエス=フェアリーメルト様に仕える配下の一人である。

そんな俺は今日もメリエス様の執務室にいるのだが、今日のメリエス様の様子はちょっとおかしかった。

先程届いた1通の書状と睨めっこしたかと思ったらその場でグルグルと回り始めたのである。


「うわーん! どうなっておる! どうなっておるのじゃー!」


突然喚き散らし始めたメリエス様を俺がじっとただ見つめていると、メリエス様は金の長髪を揺らめかせながらこちらとずんずんと迫ってきた。

むっふ、かわええ。

あまりの可愛さにむふむふしそうなのを抑えて俺は片膝を付き、メリエス様の歩みをゆっくりと待った。


「おい、ジレ! なんじゃこれは!」


メリエス様が投げつけてきた1枚の書状を俺は床に落ちる前にキャッチし、中身を確認してからメリエス様に拍手を送った。


「おめでとうございます。メリエス様。遂にご悲願を達成されましたね。このジレ、ただいまとても感動しております」


書状を見た俺が思わず感動してしまったのは無理もない。

なぜなら書状にはこう書いてあった。


『調子に乗ってすいませんでした。もう貴方様には逆らいませんし、なんでも言う事を聞くのでどうか許してください。魔王の座も返上しましたから今日からは貴方様が魔王です。  元魔王ドランゼスより』


つまりは魔王——いや元魔王からの手紙だったのだ。

内容から察するに愚かにもメリエス様に喧嘩を売ってしまった魔王ドランゼスはメリエス様にボコボコの返り討ちに遭い魔王の座を譲るから許してほしいということだろう。

数日前から魔王ドランゼスが敗れたという話が国中に響き渡っていたのだがまさかその首謀者がメリエス様だったとは驚きの一言である。

あの幼く可愛かった(今でも可愛いが)メリエス様の成長ぶりに俺は涙が堪え切れずハンカチで顔を覆う。
少しして俺がハンカチを下ろすと、なぜだが分からないがメリエス様の悪鬼の如き視線で俺を睨みつけているのが目に入った。


(なぜお怒りなのかは分からんが、かわええからおっけ)


俺がニヤニヤしているとメリエス様は身体を可愛くぷるぷるとさせながら俺に言い放った。


「……な、な、な、何が悲願じゃ! なぜ魔王様を倒したのが私という事になっておる! ……ま、まさかこれは貴様の仕業か?」


メリエス様が言っている事はよく分からないが、小さな指をわなわなと震わせながらもびしっと俺に向けてくる姿がなんとも愛らしいので俺としては万事おっけーである。


「よく分かりませんが、全てはメリエス様のお力によるものかと」


寧ろ今までが異常だったのだ。

偉大にしてこんなに可愛い俺の主メリエス=フェアリーメルトがただ地方の一領主に甘んじていたというのだから。

とりあえず俺はよく分からない話をスルーすることにしてこれからの話をすることにした。


「さて、就任パーティーを執り行わなければなりませんね。招待客は1000人ほどに致しましょうか? あぁ、パレードの準備もしなくてはいけません」


俺がそう進言するが、メリエス様はなぜか未だ納得していないのか喚きながら抵抗を続けた。


「待て! 私は魔王なんてやらないぞ! そもそも領主にもなるつもりはなかったのに魔王なんかやらん! 絶対にやらんからな!」


メリエス様は若くしてこのドランゼス国の——正確には旧ドランゼス国フェアリーメルト領の領主となった。

きっかけは前領主であったメリエス様の父君であるマルケス=フェアリーメルト様の急病だった。

マルケス様は隠居の為に引退を決め、メリエス様に家督を譲る事になったのである。

ちなみにメリエス様は兄が1人と姉が1人の3人兄妹だったので、最初は一番上の兄がフェアリーメルト家の家督を継ぐことになっていた。

だが、なぜか家督を継ぐ直前になって一番上の兄が家督継承を拒否しだしたのである。

俺には本当に、いやまったくマジで理由が分からなかったが、そうなれば次に家督継承するべきは姉であるマーシャ様となる。

だがまたも理由は分からないがなぜかマーシャ様までも辞退してしまったのである。

そうして、メリエス様に役目が回ってきたのだ。


「……そうですか、残念ですがメリエス様がそう仰られるのであればドランゼス殿にはお断りの連絡を入れておきますね」


俺は素直にメリエス様の抵抗を受け入れ、部屋を出ていこうと扉に手をかけた所でふと呟いた。


「あぁ、でも本当に残念ですね」


「な、なにがじゃ?」


去り際の俺のわざとらしい呟きにメリエス様は警戒しながらも俺に聞き返してきた。

こうなればもうこっちのもんである。


「いや、これから大きな戦争に見舞われると思いましてね、その準備や被害を考えると憂鬱になってきました」


「なんで戦争になるというのじゃ?」


「ドランゼス殿が魔王を退いた件はもう既に国内に響いております。そんな中、ドランゼス殿を破った新たな魔王候補であるメリエス様が魔王就任を辞退すればどうなりますか?」


俺は優しくそうメリエス様に問いかけると、メリエス様は「んー」と少し唸った後、俺の質問に答えた。

ちなみに考える素振りまでもが可愛すぎるのは言うまでもない。


「領主たちが集まって魔王を決める事になるのではないか?」


メリエスは可愛い顔でそんな可愛い事を言ってきた。

もうほんと可愛すぎる。もう抱きしめていいかな?

ここは魔界なのだ。

強さだけがモノ言う世界でそんなトーク力で魔王を決めるなどありえない。

平和じゃないのに平和ボケをしている人間界でさえ王位争いで兄弟で殺し合ったり、領地欲しさに隣国へ攻め入ったりしているというのに、メリエス様の可愛さときたら反則級としか言いようがない。


「残念ですがそうはならないでしょうね。魔界の長い歴史上でも真っ当な話し合いで魔王を決めた事など一度としてありません。圧倒的な個が他の領主を脅して認めさせた事はありますが、この旧ドランゼス国にはそのような者もおりませんし、確実に起きるでしょうね、戦争」


ドアノブに手を掛けながら正論をまくし立てる俺にメリエス様は負けじと可愛い抵抗を続ける。


全部無駄なのに。


「な、ならフェアリーメルト領は中立を貫くぞ。これでどこも手出しはしてこないはずじゃ!」


これぞ名案とばかりにメリエス様はない胸を張るが、スカッスカの穴だらけである。

どうしてここまで優しい子育ったのか。

マルケス様は本当にいい仕事をしたと俺は心底そう思った。


「仮にドランゼス殿を倒したのがメリエス様ではないのだとしても、このフェアリーメルト領には前魔王ドランゼスを倒した者がいるのは事実です。そして、事実はどうであれ周りの領地の者達は今回魔王に推薦されたメリエス様をその人物だと思うでしょう」


「だーかーらーそれはお前じゃろー!」


なにか聞こえた気はするが、恐らく気のせいだろう。

なので俺は気にせず話を続けることにする。


「そんなメリエス様がいる領地を周りの領地の者達が放っておくでしょうか? 私ならば最初に徒党を組んで滅ぼしにかかりますね。それはもう魔王を討つつもりで」


「な、なっ!」と明らかに狼狽えているメリエス様に対して俺は萌え心を必死に抑えながら更なる追撃にかかる。


「あー、もしかしたら更なる領地獲得を目論んだ他の魔王たちがちょっかいを掛けてくる可能性もありますねー。あの人達も一枚岩じゃありませんしー」


ちなみにだが、この世界には魔王と呼ばれる魔人達の王が6人も存在している。

6人もいらなくね? と問われれば、確かにいらん気もするが、むかーしいたという凄く偉い魔人が勝手に決めた事らしいから俺は知らんと答える他ないのである。


そんな魔王は今回の件で一時的に5人になっているがこの世界にいる6人の魔王は互いを警戒し、互いに監視し合うそんな関係性である。

一部の例外もなくはないが互いに信頼など全くしてはいない。

それは逆に監視の目を欺き、他国にちょっかいを出すのも難しいということでもあるが、可能性があるという点では別に間違いではないのだ。


「どちらにせよフェアリーメルト領は戦争の最前線コースまっしぐらでしょうね。ですので私は戦いの準備をして参ります」


そうして俺はゆっくりと部屋を去ろうとしたその時だった。


「ま、待て! 待つのじゃ!」


(ふっ、落ちたな)


俺はメリエス様の制止の声でそう確信し、ほぼ想像通りの言葉をメリエス様はプルプルと震えた後、言い放ったのだった。


「上等じゃー! 魔王じゃと? 私にかかればそんなもん朝飯前にこなしてちゃるわー!」


メリエス様は可愛い顔で鼻息をフガフガさせていた。

あぁ、ちょっとヤンチャっぽい口調もかわええな。むっふ。

こうして、メリエス様は俺の計画通り……ではなかった自主的に魔王としての道を歩むことになったのである。
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