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2.new life

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 兄はその日のうちに埋葬された。
  
 今回、デイジーの住んでいる村が戦に巻き込まれたのは、本当にだった。兵の進行の道上に被ってしまい、また、その兵も柄の悪い物が多く、家々の食べ物や金品を平気で奪っていった。
 それに抵抗する者は殴る蹴るの暴行を受け、酷い者は、兄のように命まで奪われていた。
「これじゃあ、賊と変わらないじゃないか…」
 家族を亡くした誰かが呟いた…。
  
 2日後、デイジーの姉が嫁ぎ先から帰ってきた。
 混乱の中、なかなか伝える方法がなく、事の次第が姉の元に行くまで時間がかかったのだ。
  
 すでに兄は土の中で眠っている。
 姉は何時間もそこにいた。
  
 デイジーは気丈にふるまい、神官様たちと一緒に避難民の世話をしていた。何かをしていた方がまた気が紛れて良かった。
 数日後、助けた女の子の両親が現れ無事に女の子は父と母の元に帰ることができた。
 また嬉しいことに、兵たちが押し寄せてくる前に逃がした犬たちも何頭かポツリポツリと帰ってきた。
  
 そんなある夜。
 炊き出しの夕食をデイジーは一人神殿の石段に腰掛けボソボソと食べていた。そこに小さな猫がお腹を空かして現れた。
 きっと、炊き出しの匂いに引き寄せられたのだろう。
 デイジーが自分の食べる分を分けてやった。
 慌てるようにガツガツと猫は食べていた。よっぽどお腹が空いていたのだろう。
 元々少ない量の食べ物をデイジーは全部あげてしまった。
「おやおや、それじゃぁ、デイジーがお腹か空いて今晩寝られなくなるよ」
 後ろから急に声がした。神官様がパンとスープを持って立っていた。
「…ごめんなさい」
 思わずデイジーが謝ると、神官様は首を余暇に振りながら、
「なせ、謝るのです?お腹が空くのは人も動物も同じですよ。さあ、さっきの食事はあの猫さんの食べる分として。デイジーの食事は別にありますから」
 そう言って、手に持っている食べ物を渡してくれた。
  
 それからデイジーは、神殿に住み込みで働くようになった。
 神殿の清掃や催事の準備。
 再開した犬の施設の世話。
 学び舎の先生としての仕事も続けた。
  
 そんな忙しながらもやりがいも感じられる日々が幾年か過ぎ、デイジーは15才になった。
 ある日、デイジーは神官様の部屋に呼ばれた。
 そこでデイジーにある話が持ちかけられた。
 都会にある神殿の施設の子供たちに勉強を教えてやって欲しいと言うことだった。
 そこも、ここと同じように孤児や学校に行けない子たちに学ぶ機会を与えていると言うことだ。
  
 そうなると、デイジーはここを出て行き、都会で暮らす事になる。
 デイジーはきちんと部屋も与えてくれると言うことだ。
 神官様がデイジーの目を優しく見ながら言った。
「そこは私が神職を学び育ったところなんですよ。そこで今、先生を探していると言うことでね、真っ先にデイジーがうかんだよ。デイジー、君の教え方はとても素晴らしい。きっと、どこでも素晴らしい先生になれるよ。それにデイジーは勉強家だ。都会でもっともっと色んな事を学んで欲しい。ここに居るのはもったいないよ」
  
 デイジーは迷ったが、この話を受けることにした。
「デイジー、ここが君の故郷だよ。いつでも帰ってきていいのだからね」
 その神官様の言葉に送られて、デイジーは旅立った。
  
 馬車で朝出発をして、目的の都会の街に着いたのは、日もかなり傾いている頃だった。辺りが徐々に暗くなってくる。
 街の城壁をくぐると、そこはとても広い広場になっていた。
 その中央に円形の大きな噴水があり、勢いよく水を噴き出していた。
 今はもう夕刻と言う事もあって人はまばらになっているが、きっと昼間は、たくさんのマルシェが出て、にぎわっているのだろう。
 その広場を中心に放射線上に道が伸びていた。
 目的の神殿はその中の中央の道の突き当りにある。神殿らしき屋根が遠くに見えたので、デイジーは迷うことなく道を進んだ。
 神殿に着く頃にはもうかなり辺りも暗くなり、あちらこちらの街頭に火が灯されていった。
 村には該当がなかったので、夜なのに明るいことがとても不思議に思えた。
 神殿には石段があり、その先に大きな扉がある。
  
 デイジーが扉をたたく。
 しばらくすると、ゆっくりと扉が開き、30歳前後の男性が笑顔で出迎えてくれた。
「お待ちしていました。デイジーさんですね。大神官様から仰せつかっています。今日は、長旅で疲れていると思うので、もうお部屋でお休みになるよう。また、挨拶は明日ということで」
 そう言って、デイジーを中へ招き入れた。
 神殿は、派手さはなかったが、村の神殿とは比べものにならないくらい大きく広かった。
  
 デイジーは、2階にある一室に案内された。
「ゆっくり休んでくださいね」
 そう言うと男性は去っていった。
  
 ここが、デイジーだけの部屋になる。
 家にいた時も部屋なんてなかったし、村の神殿で暮らし始めた時も共同で部屋を使っていた。
 広さは、6畳ほどでベッドがあり、窓際に机が置かれ、まだ何もないからの本棚があった。働いてお金をためて好きな本がこの本棚に並ぶことを思うと何だか口元が自然とほころんだ。
 デイジーは何だか本当にこれは現実なのだろうかと言う不安と何がこれから起こるのだろうという期待で、胸の底から何かがぐっと込み上げてきた。
「私の・・・部屋かぁ」
  
 翌朝、戸を誰かが叩いた。
 いつも早起きをしていたので、デイジーはすでに身支度を整えていた。
 デイジーが返事をするとデイジーより少し年上っぽい女性が顔をのぞかせた。
「おはよう。よくねむれた?」
「はい」
「これから朝食よ。付いてきて」
 そう言われ、デイジーは一階にある食堂に案内された。
 そこには、昨日出迎えてくれた男性と他に50歳くらいの男女が一人ずつ、デイジーを案内してくれた女性と同じくらいの年の男性がテーブルについていた。
「おはようございます。デイジーと言います」
 あわてて挨拶をすると皆がにこやかに口々に挨拶をしてくれた。
 この神殿ではこの5人が住み込みで働いているようだ。
 皆、気さくでデイジーを昔から知っている仲間のように迎え入れてくれた。
  
 食事がすむと、デイジーは大神官様の部屋に案内された。大神官様は、今は業務が忙しく、みんなと一緒に食事をする暇がないようだ。
 部屋は来客もここに来るのだろう、デイジーの部屋の4倍ほどの広さだった。が、やはり質素な必要なものだけがあるような部屋だった。
「よく来たね。疲れてはないかい?」
 ストレートの黒髪を後ろで一つに束ね、丸い眼鏡が印象の大神官様だ。
 しかも年もまだ40過ぎくらいに見える。
「デイジーには、先生として子供たちに勉強を教えるのを主にやってもらうが、他のみんなと同じように合間には神殿の事もやってもらっていいかな?」
「はい!もちろんです!よろこんで!」
 こうしてデイジーの新たな日々が始まった。
  
 デイジーが勉強を教える子供たちも孤児だったり、貧困で学校にいけない者ばかりだったが、皆とても明るかった。学ぶ意欲もとても大きくデイジーによく懐いてくれた。
  
 そんなある日、デイジーを初日に衝動へ案内してくれた女性、「サラ」が、日曜日のマルシェに誘ってくれた。
 噴水の広場にはたくさんの店が並び、人でごった返していた。
 たくさんの店に目移りし、何を見て良いのかわからないくらいだ。
 そんな中、ほのかな良い香りがするのに気付いた。
 そこは小さな出店で、花を乾燥したものを売っていた。そこから爽やかないい香りがしていたのだった。
「ポプリね」
 サラが物珍しそうにポプリをのぞき込むデイジーの横から顔を出した。
「ポプリ・・・」
「植物を乾燥させて作るのよ。一つ買ってあげるわ。どれがいい?」
 デイジーは慌てて遠慮をしたがサラは半ば強引にポプリをプレゼントしてくれた。
  
 ポプリはとてもいい香りがする。
 神殿に帰ったデイジーは早速神殿の書庫からポプリの事が書かれている本を見つけ出した。
 その本を読みながら
「これ、私にも作れないかな?」
  
 デイジーがポプリに興味を持ってからは、話は早かった。
 神殿の一角にある畑を少し貸してもらうことができ、そこで何種類かの植物を育て始めた。
  
 数か月後、初めてのデイジーのお手製のポプリが完成した。
 神殿の仲間や子供たちや仲良くなった街の人にプレゼントをすると、みんなその香りのよさにとても喜んでくれた。
  
 デイジーが作ったポプリは、本当に好評だった。
「ポプリを持っていたらとても落ちつけられて、昇進試験に受かった」
「病気になってとても苦しかったけど、ポプリの香りを嗅いだらスッと息も楽になった」
 そんな声がたくさん寄せられた。
「デイジーのポプリには、魔法の力があるのでは?」
 何て、言ってくれる人もいた。
 デイジーは、嬉しくって、嬉しくって、それからも一つ一つ心を込めて作っていった。
 植物を育て収穫するところは子供たちも大喜びで手伝ってくれた。
 そして、いつしかデイジーの部屋の本棚には、ポプリの本はもちろん、多くの植物や花の本、それに昔、故郷で初めて見た動物図鑑もあった。
 また、制作中のドライフラワーや塩漬けにされた花びらも小瓶に詰められ、たくさん並べられていた。
 ポプリ作りを始めてから数年、デイジーは二十歳になっていた。
 デイジーは、ポプリのほとんどを無償で街の人々に分け与えている。
「〇〇にいいポプリが欲しい」
 など、リクエストがあると花々の効能を調べ、調合して作った。
 ただ、楽しかった。作ることもそうだが、皆の笑顔が何よりも報酬だった。
  
 そんなある日、頼まれたポプリを届けるためサラと共に町中を歩いていたときだった。
「あんたがデイジーかい?」
 いきなり、野太い男の声で呼び止められた。
「…はい」
 訝しがりながらも返事をした。
 男はニコニコしながら話し出した。
「あんたのポプリ、いい評判だって聞いたよ」
 デイジーは、なぜこの男とあまり話しをしたくない、と思った。
 ああ、そうだ。この人は目が笑っていない。
 そんなデイジーを気にすることなく、男は話し続ける。
「いい話があるんだよ。あんたのポプリもっと作らねえか?たくさん作って、それを俺が売ってやるよ。ああ、あまりたくさん作れないなら紙かなんかを切って、かさ増しすればいいさ」
「ッ!!結構です!」
 大切なポプリをバカにされたような、そして、男の欲に利用されるなんて許せない!そう思い、デイジーはきっぱりと断った。
 男の顔から偽物の笑顔が消える。
「けちくさいこと言うなよ」
 男の太い手が、デイジーの持っているポプリを奪おうと伸びてきた!
 ガシッ!!
「痛ぇ!」
 男が悲鳴を上げる。
「嫌だって言ってるだろ」
 男の腕を1人の青年が掴みひねり上げていた。
「ショーン!!」
 デイジーとサラが同時に名前を呼んだ。
 それは共に神殿で働いているサラと同じくらいの年の青年のショーンだった。
「これ以上、つきまとうと神殿側も黙っていませんよ。デイジーは、大切な仲間たからね」
 ショーンは、落ち着いてそう言ったが、言葉の響きに気迫があり、男は黙って去って行った。
  
「大丈夫?」
 ショーンが逃げていく男を見送ると振り返って言った。
「ありがとう」
 デイジーは、ホッとして微笑んでお礼を言った。
「いや、たまたま通りかかって良かったよ」
 デイジーにお礼を言われ、少し照れながらショーンが言った。
「ふーん、たまたまねぇ」
 サラがニヤニヤしながら言う。
 そして、デイジーの耳元で、
「たまたまじゃないよ。いつも、付いて来ていたの知ってた?」
 と、囁いた。
「っえ?」
 デイジーがそれを聞いて、パッとショーンの顔を見た。
 2人の会話はショーンには聞こえていなかったので、キョトンとしている。
  
 あの日以来、ショーンはデイジーが町の人にポプリを届けるときにはいつも一緒に行くようになった。
  
 それから、少しずつ少しずつ、デイジーはショーンを意識するようになった。
 とは言っても、特に何か発展するわけもなく月日は流れ、デイジーは25歳になった。
 変わったことと言えば、デイジーはポプリをあげるときにちょっとだけお礼をもらうようにしたこと。
 大神官様にこう言われたからだ。
「報酬という物は、払う側もその物の価値をしっかりと感じることができるし、貰う側も報酬が発生した事への責任感が感じられ、より良い物を提供しようと思えるからね」
 それでもデイジーは、報酬のほとんどを神殿の維持費や修繕費にまわしていた。
  
 そんな頃、また世の中の動きがどんどんきな臭い方向に動いて行った。
 また、領地の奪い合いが激化してきた。
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