Shapes of Light

花房こはる

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⑪ー離別ー

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 天井や壁そこかしこから、唸るような悲鳴とも聴こえる亀裂音が響き渡る。
 その音は次第に大きさが増し、それと同時に天井の破片だろうか、バラバラと頭上から降り注ぐ。その破片も徐々に音と共に大きさが増してくる。
「まずい!!壁がもうもたない!」
 悲鳴にも似たジェドの声と共に、1mほどの大きな瓦礫がいくつも容赦なく落下して来た!
 それは、魂のカケラを収めた宝石にも例外なく目掛けて堕ちて行く!
「あっ・・ダメだ」
 シンはそう呟くや否や、宝石の群の中心に飛び込み、今にも頭上に降り注がんばかりの天井の破片らを睨み上げる。
 一瞬の無音。
 周りの音が何も聞こえなくなったかのように感じ、シンを中心に空間が濃縮し全てが固まったかのように思えた。
 シンの薄紫の瞳が金色に変わった。ジェドの喉がごくりっと鳴る。
 一瞬、風が吹いたかのように空気が揺れた。
 次の瞬間、シンを中心に薄いベールの様な空気の波紋が、まるで波の様に四方八方に放射状に広がる。
 その空気の波紋が堕ちてくる瓦礫に触れる。と、触れたその端々から瓦礫はまるで元々そこに存在しなかったかのように、宙に解けるように消えていく・・。
「・・・」
 なぜだか綺麗と呟きたくなる目の前で繰り広げられる光景に、ジェドは魅入られたかのように釘付けになった。

 時間にしたらほんの数秒のことだったと思う。
 全てのその瓦礫がこの世に存在しなくなると、シンの瞳の色が金色からいつもの淡い紫色に戻った。と、同時に、ドサッっと地面に崩れる様にシンは崩れ落ちる。
「シン!!」
 急いでジェドが抱き起こそうとシンの身体に手を掛けた。
「?!・・え?」
 軽い。
 ジェドは今しがた抱き起こしたシン自身から、重さが感じられないことに困惑した。
「っ!??」
 さらにはシン自身の色が徐々に薄くなっていく。
「消えかけてる・・?」
 その時、頭上から二人を呼ぶ声がした。
「ジェド!シン!!」
 ほとんどのゴーレムを再起不能にしたカイルが二人の元に戻ってきた。
「・・何が起こったんだ?」
 ジェドの腕の中に横たわる明らかにおかしいシンの様子にカイルも戸惑う。
「・・魔力でてきた身体だから、・・力を使い過ぎて保てなくなってんのか?」
 ジェドが眉間にシワを寄せ呟く。
「何で、そんなっ!」
 そう言いながら、無傷の宝石たちと崩れ掛けた周囲の壁にカイルは目をやり、何となく状況はつかめた。
「ジェド!どうしたらいい?!」
「魔力を補えたらもしかしたら。・・でも、俺たちの魔力で何とかなるのか?」
 ジェドが最大限に思考を巡らそうとしたその時、目の前に魔法陣の描かれた小箱が差し出された。それは、シンから作られた魔石を収めた小箱だった。
「・・これ?いつの間に」
「こんなもの、あいつらが持っていて良いものじゃない。真っ先に確保に決まってるだろ」
 カイルが真顔で言う。
「ま、そりゃそうだ。カイル、ちょっと手出して」
 ジェドにそう言われ、素直にカイルは右手を差し出した。
「っ痛!」
 と、同時にその指先に痛みが走る。
 ジェドはそんなカイルを気にすること無くその血が滲む手を掴み、小箱の魔法陣にかざす。
 カイルの指先から一滴の血が滴り魔法陣に落ちる。一瞬、魔法陣がポウッと光る。
「これで、この箱はカイルにしか開けられないから、管理しっかり頼むよ」
 そう言いながら箱を開けるように催促した。
 カイルが小箱の蓋を掴み軽く力を込めると、難なく蓋が開く。
 中には1cmほどの赤い魔石が数個、鮮やかに光っている。
 カイルは無言でその中の一つをつまみ上げ、シンの口の中に押し込む。
「噛んで」
 そう呟くように言い、軽くシンの顎を押し上げる。
 カリッ!
 魔石がシンの口の中で小さく砕ける音がする。ポウッと少しの間、シンの身体の周りが魔石と同じ赤色に光ったように見えた。
 と、次第にシンの身体の輪郭がはっきりしだし、重みも感じられるようになってきた。
 カイルとジェドが互いの顔を見合わせて口元を緩める。
「・・うぇ、口の中がジャリジャリする」
 シンが苦虫を噛み潰したような顔をして、二人を見上げた。
「ハハッ、すぐに全部溶けて無くなるよ」
 ジェドがホッとして笑いかける。
 その横からカイルの手がぐいっと伸び、シンの両頬をガシッと掴んで挟み上げる。
「お・ま・え・わぁっ!!」
「痛い!痛い!痛い!」
 シンがバタつきながら悲鳴を上げる。
「怪我はすぐ治るって言って平気で何にでも突っ込むし!今回もそのノリか?!お前、自分が消えかけたの分かってるよな?!」
「ううっ・・・つい」
 涙目でシンはカイルを見る。
「『つい』じゃねえよ!」
「まあまあ、シンがいなかったら僕らだって無事じゃなかったんだし」
 漂うようにすぐそこに浮いているかのような無数の宝石たちをちらりと見て、ジェドがシンを庇う。
「・・ああ、やっぱり、シンが魂を解放してくれたってことか?・・何て言うか、ずっと抱えていた息苦しさが無くなったのは分かるよ。・・・ありがとうな」
 少し落ち着きを取り戻したカイルが、胸の辺りを押さえて言う。
「まあ、やってみたらできちゃった、みたいな?・・それに、この世界に来てからずっとカイルのお兄さんに頼まれ続けていたからね」
 ハハッと照れ隠しをしながらシンが言う。
「え?・・・兄さん?それって・・」
「この世界に来てから、時々『助けてほしい』って言う声が聞こえていたんだ。ジェドが言うには、その声はカイルのお兄さんの残留思念?だって」
 さらにカイルがシンに何かを言おうとした時、3人の動きが同時に止まる。
「来たな」
 そうカイルが呟くとジェドが黙って頷く。
 何かは感じたのだが、状況がいまいち飲み込めていないシンがキョトンとしている。
「王の近衛兵が向かって来ている。ま、これだけ派手にやって気づかない方があり得ない」
 そう、カイルは城の方を睨む。
「カイル、行きなよ。今ならまだシンを連れて逃げられる」
 ジェドはそう言いながらシンを見て言葉を続ける。
「シン、また捕まったら同じことの繰り返しだ」
「え?ジェドは?一緒に行かないのか?」
 シンがジェドの裾をぐいっと掴む。
「僕は残るよ」
「何で!?ジェドの魂のカケラも解放するよ?!」
「シン、今は力は使える?」
「う・・ん、無理かな?おもいっきり使いきったから、回復にもかなり時間がかかると思う。けど、封印を解くのは魔法式を解読したから力使わなくっても解くことはできるよ!」
 裾を掴む手にさらに力が入る。
 そんなシンの手をジェドはなだめるように裾から離させた。
「僕はここから離れるわけにはいかないんだ」
「ジェドには家族がいる。もし、ここから逃げたら家族の方が何をされる分からない」
 カイルがジェドの意思を擁護するように言う。
「それに僕は誰かさんみたいに目立つ立ち回りはしていないから、ここに居たこともバレてないと思うよ」
 ジェドは、にやっと笑いながら言い、カイルはムッと顔をしかめた。
「ほらっ!行った、行った!!」
 ジェドは二人の背中をぐいっと押す。
「・・ここから、ずっと北に行ったところにいる『テス』って言うやつを訪ねたらいい。あまり大きな声では言えないけど、反国家勢力としてやっているやつだから、その筋ならかなり有名だ。人としても出来た人間だから何かと助けになると思う。僕の名前を出せば警戒はされないはずだ」
「お前の人脈の広さは計り知れないな」
 カイルのその言葉にジェドは無言で笑い、もう一度二人の背中をさらに強く押す。
「カイル、この領地を出てからもしばらくは魔力を使うなよ。どこで感知されるか分からないからな」
「ああ、わかった。・・ジェド」
「別れを惜しんでいる暇はないよ。僕もここから離れないとな」
 再び会えるかもう分からないのに、意外にあっさりとジェドがそう言う。が、これが彼なりの別れの挨拶なのだろう。
「シン、カイルを頼むよ」
 はあ?っと顔をしかめるカイルの横で、ハハッとシンが笑って返事をする。
 カイルとシンは踵を返し、空が明るくなりかけた東雲の空の方へと駆け出した。


 半日ほど歩いた。追手は今のところ来る気配はない。
 少しは緊張の糸も緩めてもいいと思ったカイルはシンに尋ねる。
「ところでさ、さっき『この世界に来てから』って、どういう意味なんだ?『この国に』の間違いじゃないのか?」
「・・う~ん。まぁ、僕の事もう色んなことバレバレだし、今さら隠してもなんだしだよね。・・僕はね、人間じゃないんだよね」
 カイルの動きがピタッと止まる。
「ん?・・あっ、魔物とかそういう意味じゃなくて、この世界の人間じゃないってこと。・・う~ん、他の次元?って言う言葉が一番合うかな?」
 慌ててシンは言葉を続けた。
「他の次元?」
「そっ!」
「・・そうなんだ」
特に顔色を変えることなく、カイルは頷く。
「?・・以外にあっさりだね」
「ま、あれだけ規格外のお前を見たから今さらなってとこ。そう言われて、納得って言ったら納得」
 何でもない様にカイルが言う。
「だからこの世界のことは素人だから、よろしく先輩!」
 いたずらっ子のようにニヤッとシンが笑う。
「・・ああ」
 シンの頭をクシャっと撫でながらカイルは笑った。


シーズン1 End   
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