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スピンオフ① ~新しい未来~
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1914年、世界中を巻き込む第一次世界大戦が勃発した。イギリスを含む連合国とドイツ帝国を含む4か国の中央同盟国との戦いが繰り広げられた。
侯爵の位をもつダニエルも例外なく戦いに加わった。
とは言っても、立場的に軍を率いる司令官側としての参戦だ。
4年間に渡る世界大戦は連合国側の勝利で幕を閉じた。と同時に、軍人・民間人共に多くの犠牲者が出てしまった。
終戦後、意気揚々と街の大通りに凱旋してくる兵士達。喜び、歓声を上げる多くの人々。
そして、その陰で2度と帰ってこない家族を想い涙す者…。
そんな情景をダニエルは、ただ黙って眺めていた。
それから幾日かの間、ダニエルはずっと何かを考えているようだった。
思い詰めていると言うほどではないが、ただ1人で黙っていることが多くなった。ロジィはただ静かに何も言わずその様子を見守っていた。
その日もいつものようにロジィはダニエルに例の独特な香りのする紅茶を淹れた。
しばらく黙ってその紅茶に口を付けていたダニエルが、ふいに独り言のように呟いた。
「…侯爵の地位を退こうかと思う」
「よろしいのではないですか」
間を入れず、そうロジィが答えた。
あまりにもあっさりと返答をされ、ダニエルはしばらく言葉を失った。
「…やけにあっさりと言うな」
「ダニエル様が何を考えていらっしゃったかぐらい分かりますよ」
ロジィは目を細めた。
ダニエルは自分自身が戦地に行き、敵と戦ったわけではない。自分は安全な場所から命令を出していただけ…。そのやるせなさに苦しんでいたのだ。
ダニエルは、まだその心の奥の方に重くのしかかるものを吐き出すように言った。
「…これは、ただの逃げだと思うか?」
「確かにそう思われる方がいるかもしれません。…けれど、もう争いに関与せず平和を求める意思表示として、私は捉えております」
そう言うロジィの答えにダニエルは少し心が軽くなった気がした。
「爵位をダンに譲る事も考えたが、それではあいつに同じ思いをさせてしまうかも知れない。それならいっそうのこと…てな」
「はい」
ロジィが頷く。
「さて、リリーが何と言うか…」
ダニエルはリリーに自分の決心を告げると、意外にもリリーはあっさりとそれを受け入れてくれた。
皆、ダニエルの想いをしっかりと感じ取っていたのだろう。
一方、反対をしたのは王族や他の貴族達だった。
しっかりとした己の意志を持ち、それでいて思いやりのあるダニエルは、他の上流階級の者からも一目置かれていた。
しかし、ダニエルの意思は固い。かなり説得をされたようだが、その思いは変わることはなかった。
何よりもロジィやリリーが見方にいたからだ。ることはなかった
こうして、ダニエルは侯爵の位から退いた。
それに当たって、ダニエルは多くの使用人達の次の働き場を工面した。
彼らは今までこの屋敷で皆働いてくれた大切な家族のようなものだ。
いいかげんなところを紹介するわけにはいかない。
一人一人、徐々に次の職場が決まっていく。
ダニエルはロジィを呼んだ。
「ロジィ、お前はマシューの所に行くといい。あいつなら安心してお前を任せられる」
ロジィはそれを聞いて、黙ったまま動かない。
「ロジィ…」
「嫌です」
続けて何か言おうとしたダニエルの言葉をロジィが遮った。
「多くの方々からはとても評価の高いダニエル様ですが、実際は…。私がいないとダメでしょう?誰がそんな方のお世話をするのですか?」
ダニエルに言い返す隙を与えずロジィは続ける。
「それに、ダニエル様もおっしゃってくださったではありませんか。『お前は僕の横に立っていればいい』と」
ダニエルは少し驚きつつ、そして困ったような表情もみせた。
「もうこれからは、お前に給金が払えなくなる」
「分かっています。…そうですね、でしたら一緒に畑を耕して野菜を作りましょう」
ロジィは満面の笑みで答えた。
ダニエルは大きなため息をつき、肩を揺らして笑い始めた。
「全くっ。一番お前の行き先をどうするかで悩まされたのに…。」
ロジィはそれを聞いて黙って笑う。
ダニエル達はその後、ローレン卿の邸宅で共に暮らすことになった。
元々、もうかなりの年を重ねたローレン夫妻のことが気になっていたのだ。
イーサンも健在だが、色々と年には勝てないことも多いらしい。
数週間後、、ダニエル達はいくらかの荷物と共に、あの滝のそばにある小さな時計塔の邸宅の門の前に立っていた。
ロジィがドアノッカーを叩くと、しばらくしてゆっくりと扉が開いた。
その向こうからシワと白髪の増えたイーサンが現れた。そのいでたちは昔も今も変わらず背筋をすっと伸ばし変わらない迫力がある。
イーサンがダニエル達を中へ向かえる。
そのイーサンの後姿を見ながらロジィが口を開く。
「ダニエル様、私はイーサン様に憧れているのです。旦那様とイーサン様のようになりたいと思っています」
そういつの日かリリーに言った言葉を、今度はもう一度ダニエルに向かって笑って言った。
-end-
侯爵の位をもつダニエルも例外なく戦いに加わった。
とは言っても、立場的に軍を率いる司令官側としての参戦だ。
4年間に渡る世界大戦は連合国側の勝利で幕を閉じた。と同時に、軍人・民間人共に多くの犠牲者が出てしまった。
終戦後、意気揚々と街の大通りに凱旋してくる兵士達。喜び、歓声を上げる多くの人々。
そして、その陰で2度と帰ってこない家族を想い涙す者…。
そんな情景をダニエルは、ただ黙って眺めていた。
それから幾日かの間、ダニエルはずっと何かを考えているようだった。
思い詰めていると言うほどではないが、ただ1人で黙っていることが多くなった。ロジィはただ静かに何も言わずその様子を見守っていた。
その日もいつものようにロジィはダニエルに例の独特な香りのする紅茶を淹れた。
しばらく黙ってその紅茶に口を付けていたダニエルが、ふいに独り言のように呟いた。
「…侯爵の地位を退こうかと思う」
「よろしいのではないですか」
間を入れず、そうロジィが答えた。
あまりにもあっさりと返答をされ、ダニエルはしばらく言葉を失った。
「…やけにあっさりと言うな」
「ダニエル様が何を考えていらっしゃったかぐらい分かりますよ」
ロジィは目を細めた。
ダニエルは自分自身が戦地に行き、敵と戦ったわけではない。自分は安全な場所から命令を出していただけ…。そのやるせなさに苦しんでいたのだ。
ダニエルは、まだその心の奥の方に重くのしかかるものを吐き出すように言った。
「…これは、ただの逃げだと思うか?」
「確かにそう思われる方がいるかもしれません。…けれど、もう争いに関与せず平和を求める意思表示として、私は捉えております」
そう言うロジィの答えにダニエルは少し心が軽くなった気がした。
「爵位をダンに譲る事も考えたが、それではあいつに同じ思いをさせてしまうかも知れない。それならいっそうのこと…てな」
「はい」
ロジィが頷く。
「さて、リリーが何と言うか…」
ダニエルはリリーに自分の決心を告げると、意外にもリリーはあっさりとそれを受け入れてくれた。
皆、ダニエルの想いをしっかりと感じ取っていたのだろう。
一方、反対をしたのは王族や他の貴族達だった。
しっかりとした己の意志を持ち、それでいて思いやりのあるダニエルは、他の上流階級の者からも一目置かれていた。
しかし、ダニエルの意思は固い。かなり説得をされたようだが、その思いは変わることはなかった。
何よりもロジィやリリーが見方にいたからだ。ることはなかった
こうして、ダニエルは侯爵の位から退いた。
それに当たって、ダニエルは多くの使用人達の次の働き場を工面した。
彼らは今までこの屋敷で皆働いてくれた大切な家族のようなものだ。
いいかげんなところを紹介するわけにはいかない。
一人一人、徐々に次の職場が決まっていく。
ダニエルはロジィを呼んだ。
「ロジィ、お前はマシューの所に行くといい。あいつなら安心してお前を任せられる」
ロジィはそれを聞いて、黙ったまま動かない。
「ロジィ…」
「嫌です」
続けて何か言おうとしたダニエルの言葉をロジィが遮った。
「多くの方々からはとても評価の高いダニエル様ですが、実際は…。私がいないとダメでしょう?誰がそんな方のお世話をするのですか?」
ダニエルに言い返す隙を与えずロジィは続ける。
「それに、ダニエル様もおっしゃってくださったではありませんか。『お前は僕の横に立っていればいい』と」
ダニエルは少し驚きつつ、そして困ったような表情もみせた。
「もうこれからは、お前に給金が払えなくなる」
「分かっています。…そうですね、でしたら一緒に畑を耕して野菜を作りましょう」
ロジィは満面の笑みで答えた。
ダニエルは大きなため息をつき、肩を揺らして笑い始めた。
「全くっ。一番お前の行き先をどうするかで悩まされたのに…。」
ロジィはそれを聞いて黙って笑う。
ダニエル達はその後、ローレン卿の邸宅で共に暮らすことになった。
元々、もうかなりの年を重ねたローレン夫妻のことが気になっていたのだ。
イーサンも健在だが、色々と年には勝てないことも多いらしい。
数週間後、、ダニエル達はいくらかの荷物と共に、あの滝のそばにある小さな時計塔の邸宅の門の前に立っていた。
ロジィがドアノッカーを叩くと、しばらくしてゆっくりと扉が開いた。
その向こうからシワと白髪の増えたイーサンが現れた。そのいでたちは昔も今も変わらず背筋をすっと伸ばし変わらない迫力がある。
イーサンがダニエル達を中へ向かえる。
そのイーサンの後姿を見ながらロジィが口を開く。
「ダニエル様、私はイーサン様に憧れているのです。旦那様とイーサン様のようになりたいと思っています」
そういつの日かリリーに言った言葉を、今度はもう一度ダニエルに向かって笑って言った。
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