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第3章 失踪と決闘

第12話 決闘

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 競技場。
 そう呼ばれる場所に連行される。

 文字通り、模擬戦をするための場所で、小さなコロシアムになっている。
 そして、仮想戦闘装置があった。

 この装置。
 魔法はもちろんのこと、武器も仮想物理として読み込んで、物体を領域内において具現化する。
 痛覚も、およそ8割を再現し、ダメージを受けた場合、行動から集中力まで、あらゆるものを痛みが制限していく。
 死亡判定が出るような攻撃が直撃すると、その一瞬前に痛覚を一時遮断し、攻撃を無効化。
 行動不能状態にさせるという代物。
 バトルロワイヤルならば、4人くらいまでは入ることが出来るだろうか。

 非常に高価なもので、壊すと大変な金額を支払うことになるだろう。

 そんなことを考えながら、メイプルは競技場に入る。

 周囲はいつの間にやら人が集まっていた。
 その視線は、お嬢様を称えるものであり、メイプルは非難の的となっている。

「あんな転入生、倒しちゃってーっ! マリアンナ様ーっ!

「頑張ってーっ! マリアンナ様ーっ!」

 どこからか聞こえてきた歓声。
 その時、メイプルは初めてお嬢様の名前を知ったのだと気づき、失笑してしまう。

「ちょっと、何がおかしくて?」

「何でもないわ。説明しても面倒だし」

「ふん……余裕でいられるのも今のうちよ。私の高速詠唱、あなたに見せつけてあげるわ」

「へぇ、ホント?」

 メイプルの声色に、侮蔑の色は無い。
 むしろ、ようやっと出てきた、好奇心丸出しの高いトーンのものだった。

「そうよ、あんたを倒してあげる。この観衆の前で、無様にね」

「高速詠唱を楽しみしてるわ」

 嫌みの色無く、本心で返すメイプル。
 ふと外に気をやると、周囲のざわめきから聞こえる声が耳に入る。

(これであの新入生も終わりね)

(あの凄い早さの詠唱、先生たちも適わないらしいわよ)

(防戦一方になるのは目に見えてるわね)

 なるほど、その高速詠唱の程は確かのようだ。
 戦いを前に、メイプルは口許を緩ませた。

「レディー……ゴー!」

 魔術師同士の戦いの場合、戦いを開始する合図は基本的に早い。
 事前に詠唱する時間を与えないためだ。
 そうでなくとも、仮想戦闘装置により制限はされるのではあるが。

 マリアンナお嬢様は、早速詠唱を開始している。

(どれどれ、お手並み拝見)

 ワクワクが止まらないメイプル。

 高速詠唱。

 先の講義にもあったが、詠唱とはすなわち、空気中にある「マナ」を取り込み、自身の持つ「魔力」と融合させ「マナエル」を作り出し、その「マナエル」を基に様々な魔法を具現化するための「自己暗示」という過程に過ぎない。

 つまり、自己暗示さえ出来ればどういった詠唱でも構わないのだ。

 それを如何に短縮するか。
 メイプルは、今現在、それを一番の課題にしている。

 一般的な魔術師の、一番基本的かつ詠唱の短い魔法、いわゆる「ボルト系」の平均詠唱時間は7秒。

 マリアンナお嬢様はどの程度のものなのか。

 そう思っていると、

「ファイアボルト!」

 突然、炎の矢が飛んできた。

(ディ)

 緊急回避魔法として最も使われるフォースシェル。
 詠唱は極めて簡単な一言で収まるため、魔術師であれば、誰もがお世話になる魔法とされる。

 メイプルは、そのフォースシェルを持って、火矢を消滅させる。

「おーっほっほっほ! どうかしら、私の高速詠唱! フォースシェルで受け止めるくらいしか出来ないのではなくて?」

「喋ってる暇があるなら、次を撃ってきたらどうかしら」

「……そう。そんな減らず口も叩けないようにしてあげるわ」

 そうして次弾を詠唱し始める。

 メイプルには見える。
 周囲のマナの動き。

 マリアンナお嬢様の身体に吸い込まれるのは、流砂の如く。
 そして、マリアンナお嬢様からの魔力が放出され、生成されるマナエル。
 そのマナエルから炎が形作られる。

 その塊は、メイプルに向かって発射されると、まるで矢の如く細長い形となり、高速で放たれ襲いかかる。

「ざっと3秒か……確かに高速詠唱と呼ぶに相応しいかもね」

(ディ)

 呟くのは心の中で。
 メイプルの目の前にある極薄い膜、フォースシェルにより、侵攻を阻まれるばかりでなく、無念にも消失してしまう。

 フォースシェルは、マナエルより作られしものを、マナと魔力に帰依させる力を持つ。
 マナエルから作られたものであればこそ通じる、魔術師必須の防御魔法。
 詠唱は基本的に共通で、「ディ」と唱えるのみ。

 だが、その特性はやはり「緊急回避」であり、決して防御力の高いものではない。
 それ故、一度魔法を受け止めたフォースシェルは自ら消滅させ、張り直すのが通常だ。

 その、メイプルの張っているフォースシェルが、先の一撃から張って今まで消えていないことに、マリアンナお嬢様は気づいていない。

「おーっほっほっほ! ほら、いい加減に降参なさい」

 喋りながらも、およそ3秒のクールタイムを置いて、コンスタントにファイアボルトを放ってくる。

「ほらほら、防戦一方じゃ負けちゃうわよ」

 詠唱は自己暗示のためのもの。
 仮に口は喋っていようとも、その自己暗示によりマナエルが生成出来れば良い。
 それを体現するかのように、喋りつつも魔法を放つマリアンナお嬢様。

「なかなか芸達者ね。高速詠唱のみならず、お喋りしながらの詠唱とか。この魔法学院の教育がいいのかしら」

「それはバカにしてるのかしら?」

「いいえ、素直に誉めていると思ってもらえれば。喋りながらの高速詠唱なんて芸当、なかなか出来るものじゃないわ。どこのサーカスも入団し放題、離してくれないわよ」

「それを……馬鹿にしてると言うのでは無くてっ?!」

 更に飛んでくるファイアボルトを、張り続けているフォースシェルで受け止める。

「あら、ごめんあそばせ。精一杯誉めたつもりだったの」

 悪い癖が出たかしら。
 表は挑発する言葉を吐き流しつつも、心の内では、実は反省している。

 実際のところ、マリアンナお嬢様のこの実力、認めざるを得ない。


 ダブルキャスト。

 詠唱を別々に行うことで、2つの魔法を同時に放つことが出来る。
 理論上可能である。
 詠唱とは、マナエルを組成し、最終的に自らが形作りたいと思う魔法を形成するための自己暗示。
 言葉に出そうが、心の中で呟こうが、それで暗示にかけることが出来ればそれで良い。

 だが、通常の詠唱は、口に出さねば出来ない。
 呟くことで、口唇の触覚と耳の聴覚、言葉を発することによる自己暗示により集中することで成立する。

 ダブルキャストは、基本的に、1つ目の魔法を口に出して喋ることで生成し、2つ目の魔法を心で呟くことで生成する。

 つまり、通常の詠唱である「呟く」という行動を制限し、それでいて心の中で呟くことにも集中しなければならない。

 メイプルは、これをやってのけている。

 学院に入る時にやたら驚かれたけれど。
 何だ、ここにも素質を持つ者がいるのではないか。

 このマリアンナお嬢様は、喋りながら詠唱している。
 つまり、心の中で詠唱を呟いているのだ。

 であれば、うまくやれば、喋る口も詠唱することで、ダブルキャストが可能になるかもしれない。

(まぁ、それをやるのは至難の業だけど)

 呟きつつ、目の前のフォースシェルを見る。
 限界が近づいているようで、ただでさえ薄い膜は、100年使ったレースのカーテンのごとくボロボロになっていた。

 さすがにいい加減張り直すべく、一度消滅させる。

「あら、とうとう防御するのも飽きたのかしら。魔力切れを狙っていると思うけど、そうは行かないことよ? 私の魔力は、ファイアボルトくらいなら500発は撃てるのですから」

「なるほど、それはすごいわ」

「……貴女から誉める言葉が出ても、皮肉にしか聞こえませんわね」

 眉をひそめつつ、それでいてファイアボルトを連発する。

(素直に誉めてるつもりなんだけどな)

 どうにも裏目にしか出ないようだ。
 そんな己の運命を呪いつつ、目の前に迫るファイアボルトを間一髪でフォースシェルを張り直し、回避する。

「そろそろ降参なさっては? 防御だけでは、私は倒せなくてよ?」

「そうね、じゃあそろそろ、あなたを降参させることにしましょうね」

「ふふん、そうこないと面白くないわ。ほら、反撃してみなさい!」

 再び放たれるファイアボルト。

 それをメイプルは。
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