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女を黙らせるにはこうするんだろ? 前編 朝乃宮千春SIDE

2/6 その五

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「他にもいろいろとあるよ。さっそく、試してみる?」

 余裕の笑顔やね。少し腹立たしいわ。
 けど、その笑顔、いつまで続くのか見物やわ。

「なら、先手を打たせてもらいます」

 ウチはスマホを取り出し、ある人物にメッセージを送る。
 すると……。

 ~~~♪ ~~♪

「!」
「電話がかかってるみたいですけど? ウチの事は気にせんと、はようとれば?」

 先ほどとは打って変わって、橘はんの顔が真っ青になる。効果覿面こうかてきめんやね。

「ねえ、冗談だよね? ……当主に何をしたの?」
「別に。ただ、二億ほどの『寄付』と橘はんのお父様が知りたがっていた情報をリークしただけです。お父様は喜んでウチに協力いただけるみたいですけど」

 橘はん、金魚みたいに口をぱくぱくさせてる。
 今回は本気やったから、これくらいのリアクションは見せて欲しかったけど、ほんま、よかったわ。

「……そこまでやる?」
「わかってますやろ? これが『朝乃宮』です。相手の弱点を見つけたら、笑顔で飛びつく、なければ、作り出すのが『朝乃宮』です」

 橘はんが絶句してもうた。
 今、橘はんのスマホに電話しているのは橘はんのお父様、もしくは関係者。
 ウチが橘はんと対立したときの切り札として、用意しておいたカード。
 失敗したときの為にまだまだある策はあるけど、これが一番有効やと思って、初手で出した。

「橘はん、どこか転校したい場所、あります? 花の都、東京? それとも、ジンギスカンやザンギの美味しい北海道? サーターアンダーギーやラフテーがある沖縄?」
「……」

 ウチがお願いすれば、橘はんのお父様は彼をどこにでも転校させることが出来る。
 どんなに内通者や藤堂はん、咲が敵になっても、頭を潰せば、ただの烏合の衆。
 そもそも橘はん本人を潰せば、ウチの勝ちやし。
 子は親には逆らえない。それは橘も朝乃宮も同じ。だって、同じ穴のムジナやから。
 これで王手飛車取り。もう一押しいこか。

「それに協力いただいてるのはお父様だけやなくて、伊藤はんもやけど」
「……伊藤さんに何をしたの?」

 橘はんの目つきが変わった。
 驚きを顔に出さないようにして、話しを進める。

「今は何も。けど、橘はんの返事次第では彼女を巻き込むことになりますな。ウチも伊藤はんの事、好きやし、もう安全な世界で生きていて欲しいんやけど、橘はんが敵対するのなら、容赦なくいきます」
「……正道が黙ってないよ」

 本気で怒っとる……。
 あの情報の裏取りが出来たけど、まさか、そこまで……。
 自分が転校させられるよりも、伊藤はんを巻き込むことの方に怒るやなんて、胸が痛むわ……。
 それでも、勝負に情けは無用。
 ウチはポーカーフェイスで更に挑発してみせる。

「だから? 最悪、藤堂はんを切ってでも、咲だけは護ります。どんな犠牲を払っても」

 ウチが藤堂はんを切る事は絶対したくない。これはブラフ。
 橘はんはウチが藤堂はんのことを慕っていることに気づいているけど、本気とは思ってない。
 それは『朝乃宮』の家柄を知っているモノなら誰だってそう思う。
 それ故のブラフ。
 けど、この話しはここまでにしておこ。藪から蛇になりかねんし、最悪、火傷やすまなくなるし。

 ウチは橘はんとにらみ合う。
 ほんま、醜い争いや。自分に嫌気がさす。
 それでも、引くわけにはいかへん。
 橘はんにも護るべきモノや立場、この青島に来た目的があるやろ。けど、ウチにも護るべき人達がいる。

 この青島で見つけた宝物。藤堂はんと咲。
 ここは絶対に譲れない。レッドアーミーなんてふざけた集団が二人を傷つけるようなら、ウチは徹底的に潰す。
 誰も何も言葉を発さない。
 その状態が五分ほど続いた後……。

「……分かったよ、降参。僕の負け。だから、勘弁してくれないかな」

 橘はんが頭を下げた。これで決着はついた。
 内心ため息をつきつつ、ウチはにっこりと笑顔を作る。

「……分かりました。今日は橘はんの顔を立てて手打ちにします。けど……」

 ウチは橘はんの目を真っ直ぐ見据えて伝える。

「これ以上、レッドアーミーがウチの大事な家族に手を出すのなら……ウチも黙っていませんから」

 これは絶対。本当は今すぐにでも潰すべきやけど、調査する必要があるかも。
 そうせえへんと取り返しのつかない事が起こる懸念がある限り、手出し出来なくなってしもうたわ。

 なんや、試合に勝って勝負に負けた気分。
 橘はんは最悪、朝乃宮に負けても、この状況に持ち込むことを想定して動いていたんやな。
 これで時間稼ぎは出来た。その間にウチの弱みを握って屈服させる手段を考えるんやろ。
 ほんま、疲れるわ、この人の相手。
 面倒ごとは桜花ちゃんとこの恋心だけにしてほしい。

「……肝に銘じるよ」

 お互い苦笑してる。
 まあ、少しくらいお互い厄介な相手がいる方が学校生活に張り合いがあるかも。
 そう思えるのは今日は勝ったから。敗者ならメッチャムカついてるわな。

「それが分かってもらえたら、嬉しいです。では、話し合いは終わりでええですね?」
「……いいよ」

 レッドアーミーはいつでも潰せるけど、橘はんに貸しを作れる機会はそうそうないし、中々有意義な時間やったわ。少し感謝してる。

「あ、あのさ、朝乃宮さん……話しがよく分からなかったんだけど、やり過ぎじゃないかな? 二億の寄付とか、高校生ならありえないでしょ?」

 確かに。
 けど、この程度は猫がじゃれ合う程度。橘と朝乃宮が争いになれば、もっと凄惨で陰湿で無関係な人間を巻き込むことになる。
 橘と朝乃宮に世間の常識は通用しない。
 
「氷室はん、誰もやらないことをやって、相手を陥れるのが『朝乃宮』の流儀です。相手に舐められたら、百代かかってもやり返せ。そんな下劣な一族なんです。氷室はん、ウチに関わるのなら、下手な幸せは諦め。利用することだけを考え。そうせえへんと……正気を保てませんえ」
「……」

 話しはここまで。これで心置きなく桜花ちゃんのお出迎え……って行きたいけど、まだ一つ、やり残したことがある。
 橘とやりあうことに比べたら何の杞憂もないけど、今日中に終わるかな……って、忘れてたわ。
 ウチは氷室はんと向き合う。

「ああっ、それと……確認ですけど……氷室はんはレッドアーミーとは関わりがないですよね?」
「勿論」
「それならよかったです。氷室はん、レッドアーミーと呼ばれるチームはあんさんに害をもたらしますので関わらへんようお願いします。百害あって一利なしですから……」
「わ、分かったよ」
「失礼します」

 ウチはそのまま視聴覚室を出た。
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