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女を黙らせるにはこうするんだろ? 前編 朝乃宮千春SIDE

2/5 その五

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 緊急事態? 桜花ちゃんの身に何か?
 
「何かあったんですか?」
「トイレに来てくれ」
「……了解」

 緊急事態って……。
 まあ、女子トイレに藤堂はんが入れるわけないし、ウチがついていかなあかんわな。
 けど、桜花ちゃんって一人でおトイレできへんの?
 昨日はできてたんやけど……少し不安になってきた。もっと詳しく聞いておけば……って、トイレのことを詳しく聞くのも変やし……。

「何かあったの?」
「ええっ。桜花ちゃんがトイレにいますので、場所だけ教えてもらっていいですか?」
「それなら……」

 トイレの場所を教えてもらい、そこに向かうことにしたとき。

「一つ警告しておくわ。桜花ちゃん達には深く関わりにならない事ね。でないと、巻き込まれるわよ」
「巻き込まれる?」
「いかなくていいの?」
「……」

 やはり、この女……油断できへん。
 けど、今は桜花ちゃんや。

「藤堂はん」

 女子トイレ前に藤堂はんがいた。
 藤堂はんは困った顔をしている。

「すまん、朝乃宮。助けてくれ」
「助けてって……」

 どういう……。

「パパ! パパ! パパ!」
「……」

 なるほどね……。
 桜花ちゃんがずっと藤堂はんを呼んでる。
 声で泣きそうになっていることが分かる。

「頼めるか?」
「分かりました」

 トイレに入ると桜花ちゃんがその場で立ち止まっていた。

「桜花ちゃん、何かあったの?」
「……ない」
「?」
「ママのハンカチ……ママのハンカチがないの……」

 ママ? ウチのこと?
 それとも、本当のママ?
 あっ、桜花ちゃんの目に大粒の涙が……。

「うぇええええええええええええ~~~~~んんん!」

 泣いてもうた!
 ウチは桜花ちゃんを優しく抱きあげる。

「よしよし。ハンカチ、一緒に探そうな~」
「うぇええええええええええええ~~~~~んんん!」

 桜花ちゃんが泣き止むまで抱っこし、落ち着かせることにした。



「桜花ちゃん、一緒に探そうな」
「……うん」

 ほっ……。
 やっと泣き止んでくれた……けど、いつまた泣き出すか分からへん。
 とにかく、ハンカチを探さんと……。
 桜花ちゃんの手を握り、ウチが先導する。

「ハンカチ、どこに落としたか覚えてる?」

 詳しい状況を聞いて、いつからなくなったのか? なくなった直後の行動を追っていけば見つけやすいんやけど、

「わかんない……」

 思い出そうともしない。不安で思考が停止している。
 こうなったら、全部心当たりを回るしかない。
 桜花ちゃんにとって広い園内でも、高校生のウチにとって、さほど広くない。
 そう時間はかからない……そう思ってたんやけど……。

「見つからへん……」

 どこにも見当たらない。
 真っ先に職員室で落とし物がないか確認したけど、届いていない。トイレ、保育室、庭園も確認したけど、影も形もなし。
 桜花ちゃんが不安でまた泣きそうな顔してる。

「ママ……」

 マズイ……今はまだウチのことを信じて涙を堪えてるけど、いつ泣き出すか分からへん。
 こういうとき、藤堂はんにも手伝って欲しいんやけど……。

「「ドゥエル!」」
「……」

 男の子達と遊んでるし……しかも、真剣に……。
 正直、ガッカリや……。
 これって、嫁がずっと子供のおもりしてるのに、旦那様は外で遊んでいるパターン……って、誰が旦那様やねん!

「まちなさい!」

 ん?
 一人の女の子が仁王立ちになってウチらを呼び止めた。
 誰?

「あっ! しぃーちゃん!」
「わたしのなまえをよぶな!」
「ひぃ!」
「ああ~よしよし」

 また、個性的な子が現れた。怒鳴られて、桜花ちゃんはウチに抱きついてくる。
 ツインテールで猫目の女の子。
 年長組……やと思うんけど、桜花ちゃんの友達……ではなさそう?
 ちょっと、二人の関係が分からへん。
 桜花ちゃんがわんわん泣いてるから聞かれへんし。

「やっとみつけたわよ! おばさん!」

 ……いきなりパンチの効いた挨拶してくる子やね。
 ウチはしゃがみ込み、女の子と目線を合わせる。

「お姉さんって言ってくれます。それで、ウチに何か用ですか?」
「このあおしまほいくしょにせめこんできたあくじょってアナタのことでしょ!」

 ……まさか五歳児? に指をさされる日が来るとは……。
 しかも、ビシって諮問が見えそうなくらい突きつけてくるし。
 けど、こういう生意気で元気な子。ウチは好きやわ~。

「ウチは悪女ではありません。桜花ちゃんの保護者代わりです」

 ツインテールの女の子は首をかしげ……。

「ほごしゃって……パパやママってこと? うそつき!」
「嘘じゃあないです」
「だって! おうかのパパとママは!」
「ママだもん!」

 桜花ちゃん?
 桜花ちゃんがいきなり、泣きながらツインテールの子に意見する。
 けど……。

「ああん!」
「ひぃ!」

 また、しがみついてきて泣き出した。桜花ちゃん、弱虫すぎ。
 ウチはよしよしと桜花ちゃんをなだめる。

「アナタのお名前、聞かせてくれる?」
「なまえをきくときはじぶんからなのりなさい!」

 は、初めて言われたわ、そんな台詞。

「ウチは朝乃宮千春といいます」
「あっそ。せんせーがしらないひとになまえをいっちゃだめっていわれてるから」

 そう来るんや……。
 なかなか手強い子やね。

「しぃーちゃんはね、ママ! もりとも……」
「だからわたしのなまえをいうな!」
「ひぃ!」

 ほんま、個性的な子やね。
 名前を呼ばれるのが嫌いなんやろうか?
 ちょっと気になる。

「それより、おうか! そのおばちゃんはだれなの!」
「ママだもん!」
「ママって……」
「ママだもん!」

 ツインテールの子は知っとるんやろうか?
 桜花ちゃんの本当の両親を。

「おうかはそのおばちゃんのことがすきなの?」
「だいすき!」

 ……な、なんかテレるわ。
 迷いもなく言い切るんやから。

「ウチも桜花ちゃんのこと、大好きや!」

 ウチが桜花ちゃんを優しく抱きしめると、涙は止まってニコニコと笑っている。
 ほんま、コロコロ感情が変わる子や。見てて飽きひん。

「……ふうん。わるいひとじゃないみたいね。でも、どうしておうかといっしょにいるの?」
「ウチが預かることになりまして」
「あずかる? そう……」

 ツインテールの子はうつむき、何か考えている。

「わかったわ。これいじょうはきかないであげる。きっとふかいわけがあるみたいだし」

 五歳児(決めつけ)って難しい言葉知っとるな。感心するわ。
 けど、警戒は解けたみたい。
 この子と仲良うなっとくのは、これから先、桜花ちゃんの秘密を知るチャンスがうまれる。
 それなら……。

「そんなわけでよろしゅうな~」
「……いや」
「えっ?」
「おばちゃんからはいやなかんじがする。うそのにおいがする」

 ……ふうん。
 この子、感覚が鋭いというか……御堂はんと同じ野生の勘を持っているというか……。
 それなら……。

「そう……なら、分かりますよね? ウチのこと、怒らすとどうなるのか?」
「!」

 嘘を見抜けるから……本質を理解できるから分かる恐怖……。
 本能に逆らえないからこそのシンプルで効果のある一手。

「……ううっ……うぇええええええええええええ~~~~~んんん!」

 やってもうた!
 この子、御堂はんに似てるからつい、意地悪してもうた!
 これはマズイ。
 だって……。

「うぇええええええええええええ~~~~~んんん!」

 ほら! 桜花ちゃんがもらい泣きした!
 幼児を泣かせる高校生……最悪やん!
 こんな姿、絶対に藤堂はんに見られたくない! 藤堂はんでも小学生相手に本気になっても、幼児相手に本気になることはない。

 はぁ……ウチの制服、桜花ちゃんの涙と鼻水と唾ででベトベトや……。
 これは根気よく付き合っていくしかない。
 ウチは五歳児……いや、森友はんを慰めることにした。
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