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兄さんなんて大嫌いです! 朝乃宮千春SIDE

2/2 前編

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「治っとる……」

 鏡を見ると、晴れはすっかり引いていた。これなら、問題ない。
 半信半疑やったけど、あの女らしいというか、約束は守ってくれたみたい。
 そこがまた腹立つ。ドヤ顔が目に浮かぶし。
 顔の腫れがなくなったのは僥倖ぎょうこうやけど、一番の問題は何も解決していない。

 咲と藤堂はんの仲裁。
 どないしよ……。
 よくよく考えれば、ウチ、藤堂はんと喧嘩中やし……。
 でも、あれは藤堂はんが悪いって言うか……ヒドイこと言うし……。


「冗談はよせ。俺は朝乃宮を心底軽蔑していた。多少誤解していたところもあるが、それでも、アイツと仲良くなどありえない。せいぜい、お互い干渉しないのが妥協点だ」

「やってみろ。俺は絶対に負けを認めないし、お前には屈しない。お前は俺にとって……獅子身中の虫だ」


 何もあそこまで言わんでもええやん!
 ウチ……藤堂はんに嫌われとったんやな……ショックやわ……。
 あかん……目に涙が……。

 ウチが悪いところもあったけど、ウチだけのせいやない!
 藤堂はんだって悪い!
 ほんま、許せへん! 

 はぁ……なんや、疲れた……。
 悩んでてもしゃあないし、はよ朝ご飯食べよ……。
 今朝は自分のマンションに戻っていたので、ウチ一人の朝食。のんびりと自分の好きな時間に食べることが出来る。
 メニューは昨日の夜買っておいた菓子パンとケーキ。
 ウチの大好物ばかり。
 久々の甘い物食べ放題に、ウチは鼻歌交じりでミルクティーを用意する。

「いただきます」

 ……。

「んん~、甘い! 朝から生クリームたっぷりのパンケーキ! 最高やわ! なあ、咲……」

 ……。
 せやな……ここはウチのマンション。
 信吾はんもおじさまもおばさまも澪はんも強はんも咲もおらへん……藤堂はんも……。
 一人っきりの朝ご飯。

 なんやろ……静かで落ち着けるのに……おかずの取り合いもないし、嫌いなモノは食卓に出てこないし、好きなモノを好きなだけ食べられるのに……味気ない……。
 いただきますを一緒に言ってくれる人は誰もいないし、話しかけてくれる人もいない……。
 藤堂はんがいない……。
 それだけやのに……学校に行けば会えるのに……。
 寂しい……。
 藤堂はんと咲は喧嘩中やし、朝食はギスギスしてると思う。
 でも、仲直りしていつものように賑やかな朝食をとっていたら……ウチがそこにいたら……きっと……。


「おい、信吾さん! そんなにマーガリンを塗るな! すぐになくなるだろ! それにそのマーガリンを塗りたくったパンにジャムを何度も塗るな! ジャムの中にマーガリンが混じるだろ!」
「正道君、細かいよ。ねえ、咲」
「いえ、これは兄さんが正しいです」
「信吾君。私も正道に賛成だ」
「まあまあ、お父さん。そんなに信吾さんを責めなくても……」
「そうよ! ジャムも少ないんだし、使い切ったらいいでしょ!」
「そういう問題?」
「強はん、ツッコんだら負けですえ」


「あれ? どうして……」

 涙が……。
 あかん、あかん。しっかりせんと!
 たかが一日みんなと離れただけで寂しいとか、ありえへん! ウチはそんなに弱くない!
 ちゃんとせんと……藤堂はんと咲の事、ウチがなんとかせなあかんし!
 けど……。

「……ご馳走様でした」

 お腹がすいているはずやのに、全然食べる気になられへん。
 ウチはここにいたくなくて、すぐに学校にいく準備を始める。
 ここは唯一、朝乃宮家ではなく、鳥かごやけど、それでも、安息の場所やったのに……。
 朝乃宮家の誰とも会えずに済むのに……。
 ここにいたくない……。
 ウチの居場所は……ウチの居場所は……もう……。



「朝乃宮」
「……なんですの、御堂はん」
「話がある」

 はぁ……メンドイなぁ……。
 学校に着くと早々、御堂はんがウチに話しかけてきた。待ち伏せされていたみたい。
 正直、関わりたくない。御堂はんの話しなんて、どうでもええし……。
 でも……今、藤堂はんに会うの、少し憂鬱やし……。
 はぁ……。
 しゃあない。後々、面倒になりそうやし、ウチは御堂はんの後を追う。
 そんで……。

「寒ぅ!」

 なんで屋上に? この二月の寒さでわざわざ屋上とか。
 はぁ……おバカさんとなんとかは高い……。

「てめえ、今私の事、バカにしただろ?」
「……話しとは?」

 怖ぁ! 野生の勘?
 このお人、苦手やわ。
 理屈とか物証とかそんなものなしで心理を見抜くのはずるいわ。

「礼を言いたくてな」
「礼?」
「昨日、レッドアーミーがカチコミしてきたんだろ?」

 カチコミって……。
 正直、思い出したくもないんやけど……殴られたし。
 ホンマ、腹立つ。あんな雑魚に殴られたやなんて、末代までの恥やわ。
 兄様に見られでもしたら、顔合わせできへん。
 ウチ、弱くなってる?
 気、抜けすぎてるかも……。

「どうして、御堂はんがウチにお礼を言いますの?」
「お前がいなかったら、ウチのメンバーがぶつかっていた。けが人も出た。お前がやってくれたから誰もけが人はでなかった。礼を言わせてくれ」

 いや、ウチ! ウチ、怪我したし!
 そもそも、女の子殴るとかありえへんし!
 しかも、百人以上で襲ってくるとか!

「別にあっちが勝手に襲いかかってきただけで、ウチは自己防衛しただけです」
「自己防衛で百五十人以上ボコるのか、お前は」
「何か問題でも?」
「ねえよ」

 だったら、文句言わんとって。
 ウチは昔から……物心つく頃から、武道を習わされた。
 三時間の立ち切り稽古とか一対多の稽古、居着きの稽古等いろいろとやらされた。
 武道とはいえ、息をつくまもなく敵を瞬時に倒す判断力と決断力、急所を狙う技術……いろいろと体にたたき込まれたわ。

 ウチの青春は汗臭い……いや、シゴキの毎日やったわ……。
 これが朝乃宮家。
 権力を維持するため、周りから畏怖され、崇められる為、完璧であろうとする。時代錯誤だと永遠に気づかずに……。

「ただ、ナンバーズをやったことで注目されるはずだ。気をつけろよ」
「ナンバーズ?」
「……名乗ってなかったか? 喧嘩売ってきたヤツの中に?」
「さあ?」

 いたっけ? そんなお人……。
 朱雀……玄武……白虎……青龍……麒麟?
 よう覚えてない。
 最後の一人がメチャ腹立ったくらいやけど。

「……そうか……名乗る前にやられたのか? と、とにかく、ナンバーズの一人がやられたってことで、あっちは躍起になって犯人捜しをしているみたいだぜ。気をつけな」
「別に」
「別にって……」
「何か問題でも?」

 あの程度なら恐れる必要もない。
 ほんま、怖いんわ身内である朝乃宮家。
 あのおぞましい一族……特に御館様が一番怖い。
 それに比べたら、粋がっている男など何の脅威も感じない。

「上春を巻き込むなよ」
「……言われんでも分かってます」

 それだけが問題やね。
 その為にも藤堂はんの協力が必要不可欠なんやけど……。
 はぁ……。

「そういえば、仲直りしたのか?」
「……まだです。ほんま、面倒なお人……」
「そっか。大変だな、上春も」
「咲?」
「? 藤堂と上春が喧嘩してるんだろ?」

 ああっ、そうやった……。
 頭痛くなってきた……。
 もし、咲と藤堂はんが仲直りしたら、ウチはどうなるんやろ?
 また、仲良うしてくれるんやろうか?
 なんや、全然仲直りできへん気がする。藤堂はんはウチの事、嫌ってるし……。

「まさか、お前も喧嘩してるのか?」
「……別に」

 正直に答える必要なんてない。

「ふぅん……」
「なんですの?」
「いや……お前、最近、藤堂と仲が良くないか?」
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