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兄さんなんて大嫌いです! 朝乃宮千春SIDE

2/1 その一

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「冗談はよせ。俺は朝乃宮を心底軽蔑していた。多少誤解していたところもあるが、それでも、アイツと仲良くなどありえない。せいぜい、お互い干渉しないのが妥協点だ」
「……ほんま、人のいないところで影口叩くとか、いい性格してますな~藤堂はん。ウチは藤堂はんにいろいろとお世話したつもりなんやけど、恩を仇で返すなんてひどいお人」
「……本人に聞こえるように大声で言ってやっただろうが。世話だと? 全ては上春の為だろうが。俺のためじゃない。恩着せがましく言うな」
「なんでしたら、その言葉よりも実力を示せ、を実行しましょうか? 間違いなく藤堂はんは地べたを這うことになりますえ。今、先ほどの発言を謝罪するのなら、ウチも聞かなかったことにして手打ちにしますけど?」
「やってみろ。俺は絶対に負けを認めないし、お前には屈しない。お前は俺にとって……獅子身中の虫だ」

 あの朴念仁、絶対に許せへん! あの薄情者! 最低! スケベ! 藤堂!
 咲と藤堂はんが喧嘩して四日たつけど、喧嘩したまま……それどころか、今朝、ウチも本格的に藤堂はんと喧嘩してもうた……。
 だって、藤堂はんがあんな酷いこと言うから……ウチのこと、獅子身中の虫って……ほんまひどいわ……誰のために頑張ってると思ってるの……。
 あかん……目に涙が……ほんま、悔しい!

「ねえ、千春、どうかした? 兄さんに忘れ物を届けようとして追いかけて……戻ってきたら泣きそうな顔……」
「なんでもありません」
「でも……」
「なんでもありませんから!」
「……う、うん」

 ウチ、最低や……咲にあたってどないするねん……。
 まずは咲の事を考えな……。
 やはり、藤堂はんを説得できるのは、おじさまかおばさま、強はん、伊藤はん、御堂はんの五人。
 おじさまとおばさまは静観に徹してはるし、説得は無理。
 強はんは不確定要素があるし、逆に藤堂はん側に着く可能性が高い。リスクが大きすぎる。
 伊藤はんに頼むのは酷やし、それに今となっては……後は……。



「んだよ……屋上なんかに呼び出しやがって……タイマンか?」
「……」

 どうして、ウチはこんな女に頼もうと思ったんやろ……ありえへん……。

 御堂優希。
 青島は以前、三つのグループがあった。
 そのうちの一つ『Blue Ruler』のヘッドが御堂はん。
 あの頃は何度も御堂はんと衝突し、喧嘩したけど、今では同じ委員会に所属するとか奇妙な縁やとつくづく思う。
 後、どうでもええんやけど、藤堂はんに告白した数少ない変人。

「おい! てめえ今、私のこと馬鹿にしただろ? 喧嘩売ってるんだな?」

 野生の勘というか、鋭いお人。

「ウチはそんな暇ではありません。平和主義者ですから」
「平和主義者? 笑わせるな! さっさと用を言え」

 そんな露骨に嫌な顔しなくても……。
 けど、頼れるのは……。

「……もうええです」
「はぁ?」
「要件、忘れてしまいました。ですので、帰ってもらって結構です」

 御堂はんはぽかんと口を開けていたけど……。

「ふ、ふざけるな! てめえ! ナメてるのか!」
「……」
「なんとか言え! 謝りやがれ!」
「……」
「……」
「堪忍な~」

 ブン!

 危なぁ!
 いきなり殴りつけるなんて野暮なお人。
 けど、これは流石にウチに非があるし、ちゃんと謝罪しないと……。

「……てめえ、上春と藤堂の喧嘩の仲裁をしろとか言い出さないよな?」
「……」

 驚いた……。
 このお人、成績は悪いのに頭の回転は早い。ほんま、油断できない。

「お前、いつまで上春の世話を焼くつもりだ?」
「死ぬまで」

 ずっと側にいることはできへんけど、朝乃宮としてできることはある。
 その為にいろいろと手を回している。

「やめとけ。アイツらはお前の精神安定剤じゃねえぞ」

 精神安定剤? ひどい言われようや。
 ウチと咲の関係は……。

「……ウチは共存と考えてます。それに人は一人では生きていけません。お互い助け合うのはコミュニケーションの基礎やし、社会の……」
「あぁ~そういう難しいのはいい。お前、辛くないのか? 誰か、頼れるヤツはいないのか? せめてお前と肩を並べるヤツがいれば、もっと楽に生きられるのにな」
「……大きなお世話です」

 ウチは御堂はんに背を向け、屋上を出た。
 このお人好し……。



「……ってことがあったんよ。ほんま、石頭で困るわ」

 陽菜が眠っている病室。
 今日も普段通り、放課後に病室に通い、学校であったこと、咲のことを話した。
 最近はそれに加えて、藤堂家のことを話してる。
 陽菜は今日もただ黙って眠っている。陽菜が眠って一年がたとうとしている。
 陽菜は目を覚まさない。いつまでもずっと……。

「なあ、陽菜……」

 陽菜の頬をそっと撫でる。

「いつ……目を覚ますん? いつ……ウチと話してくれるん? いつ……またウチに話しかけてくれるん?」

 涙が出てきた……視界がにじんでくる……。
 確かに咲といると楽しいし、落ち着く。咲のいる場所がウチが安心できる唯一の場所。
 でも、対等ではいられない。
 咲はウチが護るべき相手やから……護れない役立たずに咲の隣にいる資格はない。

 時々思う。
 咲はウチが護る。それなら、ウチは?
 朝乃宮家のこと。忌まわしき血筋と過去。決められた将来。希望のない未来。

 藤堂家の一日は騒がしくて、慌ただしくて、予想がつかない事が起こる毎日。とても楽しかった。
 今は喧嘩中やけど、それでも、一人暮らしをしていたときには絶対に味わえなかったもの……。
 楽しい毎日だからこそ、それが終わりに近づいていく悲しみと恐怖に胸が押しつぶされそうになる。
 ウチに残された時間は刻一刻と過ぎていく。
 その先に待っているのは地獄。
 好きでもない男と政略結婚され、顔も見たこともない男性の子を産まされる。
 それがどれほどおぞましくて恐ろしいか……想像するだけで体の震えが止まらない。


 助けて欲しい……けど、ウチと対等の立場でいてくれる人がどこにもいない……。
 信吾はんやおじさまは本家と分家の関係で距離が出来てしまっている。
 後輩は論外。同級生はウチに気後れしているのか、距離をとられている。
 先輩の知り合いはいない……。

 あえてあげるなら御堂はんと長尾はんがいるけど……。

「無理やわ……」

 二人は分かっている。今の状況は橘はんと藤堂はんが作り出したこの仮初めの平和であること。
 それがもうすぐ壊れることを……。
 そのとき、お互い敵になる。
 ウチには関係ないけど、咲に危害が及ぶようなら、ウチは容赦なく二人を叩きのめす。だから、頼れない。
 誰も……ウチのこと、助けてくれそうにない……。

「ううっ……っ……」

 気がつくと涙が溢れていた。

 孤独が恐ろしくて、大声で助けてと叫びたくなる。
 誰か……誰か……。
 ふと、机の上に飾られていた一輪の花を見つけた。

 クリスマスローズ。
 花言葉は「いたわり」「追憶」「慰め」「私の不安を和らげて」。

 時々、陽菜の病室に一輪の花が飾られている。
 陽菜が入院した当初はクラスメイトや友達が見舞いに来ていたけど、今ではウチと咲、信吾はんと一輪の花を飾っていく誰かのみ。
 ウチもこの土地を離れたら、誰にも覚えてもらえないのやろうか……忘れ去られてしまうんやろうか……。
 藤堂はんにも……。

 ズキン!

「いやや……そんなん……いやや!」

 藤堂はんに忘れ去られると思っただけで……言いようのない痛みがはしる。
 藤堂はんなら……強はんの心を開いた彼なら……ウチのことも助けてくれるのでは?
 それに、正月に実家で……いや、朝乃宮家に戻っていたとき、ウチのことを慰めてくれたのも藤堂はんやった……。

 去年の年末に、藤堂はんと一緒にドライブして、海の見える綺麗な場所で食べたクリーム大福が……忘れられへん。
 藤堂はんといると楽しかった……隣にいられた……それなのに……。

「冗談はよせ。俺は朝乃宮を心底軽蔑していた。多少誤解していたところもあるが、それでも、アイツと仲良くなどありえない。せいぜい、お互い干渉しないのが妥協点だ」
「やってみろ。俺は絶対に負けを認めないし、お前には屈しない。お前は俺にとって……獅子身中の虫だ」
 
 悲しかった……激しい怒りで涙が出そうになった。
 藤堂のあほぅ、バカ、唐変木、意気地なし、女たらし……あほぅ……。

 確かに藤堂はんと出会った頃は敵同士だった……んやけど、藤堂はんがやたら絡んできた。
 きっと、ウチが気に入らなかったから。
 あの頃のウチは自暴自棄になっていて、目に入るモノを片っ端から叩きのめしてきた。藤堂はんはウチを止めるため、喧嘩を挑んできたんやけど……弱かったな……藤堂はん。

 そういえば、陽菜と藤堂はんくらいやった。何度もウチに話しかけてきたんは。
 ほんま、人に期待させておいてはしごを下ろすとか、ありえへん!
 陽菜のばかぁ……藤堂はんのあほぉ……。
 助けて……ウチのこと……愛して欲しい……。
 一人はもう嫌や……孤独は辛い……寂しいのは我慢できへん……。

 誰か……誰か……助けて……。
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