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兄さんなんて大嫌いです! 朝乃宮千春SIDE

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「……」

 はぁ……。
 昨日は酷い目におうたわ……。
 なんでウチが説教くらわなあかんの?
 全てあの疫病神のせいや……。

「おはよう、千春ちゃん!」
「……」
「おはようございます、姫」

 ほんま、この男は……。
 一晩寝たら忘れるんか? うらやましい性格や。

「ウチが言いたいこと、分かりますよね?」
「は、はい! 分かっております!」
「どっちに味方するか、分かってますよね?」
「はい!」
「それなら期待してますえ」

 信吾はんがすこすこと寝室へと戻っていく。
 全く、娘の一大事に何をのんびりしているのやら……。
 ウチ……咲が健やかに過ごせるよう頑張らんと。

「おじ……」

 あっ、逃げた……。
 山火事を察知したネズミの如く、リビングへ逃げていく。
 はぁ……男って……大黒柱がなにをしているのやら。

「おはよう、千春姉さん」
「おはよう、強はん」

 強はん……このダークフォースさえいなければ……いや、この子を取り込めたら……。

「どうかしたの?」
「……強はんは藤堂はんと咲との喧嘩、どう思ってます?」
「? ただの兄妹喧嘩でしょ?」

 ううん……ただのかぁ……。

「大丈夫。あんちゃんは必ず姉さんに謝るから」
「な、なんでそう思いますの?」
「あんちゃんはやるときはやる人だから。絶対にあんちゃんは姉さんよりも先に謝るから」

 信じてはるんやね……藤堂はんのこと……。

「せやね……ウチも信じます」

 ほんま、頼みます、藤堂はん……。



「……」
「……」

 息苦しい……。
 一日の始まりの朝食。
 会話のないピリピリとした雰囲気に息が詰まりそう……。
 はよ、謝れ、藤堂! あんさんのお気に入りの強はんも期待してますえ。
 はぁ……年下の女の子に何の意地を張っているのやら……。

 信吾はん、そのTシャツに書かれた『家族仲良く』って何?
 まさか、それが策?
 もしそうなら、信吾さんの評価、考えなおさんと……。

 ちなみに信吾はんと澪はんの結婚資金はウチら朝乃宮家が用意することで話がついてる。
 信吾はんは自分達で用意すると断っていたけど、咲や強はんの学費があるからウチが強引に話をつけた。

 信吾はんにはかなり迷惑をかけているので、必要最低限の金銭は援助している。
 本当は学費も全額援助したいんやけど、信吾はんにも親としてのプライドがあるとのことでひかえている。

 それに対して藤堂はんは……。
 千春アイ発動!

 *千春アイ
 朝乃宮家に伝わる門外不出の読心術の一つで、千春が独自に磨きをかけた秘奥義。
 千春は意識を集中させることで第三の目が発動し、おバカな男の考えが分かるのだ!


『大変だな、信吾さんも。あっ、この味噌汁、美味しいな……』


 この男は……。

「他人事やありませんえ、藤堂はん。味噌汁なんてどうでもええでしょ」

 はぁ……何を驚愕した顔をしているのやら。
 義信さんに視線を向けると、彼は信吾さんに視線を向ける。
 こ、このお人は……。

「ね、ねえ、正道君。咲に何か言うことがあるんじゃない?」

 話のもって行き方が強引すぎ!
 けど、これはチャンスかも。藤堂はんもこれなら反応せずにいられない。
 藤堂はんの反応は……。

「おい、上春」

 どきどきどきどき……。

 言え……言え……言え……言え……言え……言え……言え……言え……。
 謝れ……謝れ……謝れ……謝れ……謝れ……謝れ……謝れ……謝れ……。

「昨日、手を上げたことは悪かったな」

 しゃぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!
 ありがとぅ、藤堂はん!
 信じてましたえ! 流石、土下座の藤堂!
 ううっ、感激の涙が……。

「……本当に悪かったって思っているんですか?」

 さきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!

 えっ? なにこれ? ドッキリ? 上げて下がるとか……。
 藤堂はん謝ったやん? それでいいやん?
 何があかんのよぉおおおおおおおおおおおお!

 あかん! 藤堂はんが口答えしそうになってる!

「おほん!」

 ウチ、ファインプレイ! 今日のヒーローインタビュー確実にウチ!
 咄嗟に咳をして止めた機転! ウチはウチを褒めてあげたい!
 ほ、頬が緩みそうになる。
 目をつぶって我慢せな!

「別に嫌々なら謝ってもらわなくても結構です」
「分かった。それなら、今度はお前が謝れ」
「……どうして、私が兄さんに……」
「勘違いするな。強に謝れ。みんなに謝れ。元々、お前が言い出したんだろ? ご飯は家族一
緒に食べないといけないって。自分の都合で勝手に破って、まさか、シカトはないよな?」

 ふぅ……耐えきったけど、雲行きが怪しい。
 ここで咲が頭を下げたら万事解決……。

「……嫌です。謝りたくないです」

 せやろうな……。

「おい、調子に乗るなよ。元凶はお前だろうが。拗ねて俺に反抗するとかガキか? お前、い
くつだ? かまってもらえないからって駄々をこねるな、バカ者が」
「兄さんなんて大嫌いです!」

 はぁああああああああ……。



「もうもうもう! 兄さんって意地悪です! どうして、兄さんは……」

 はぁあああああ……。
 咲の機嫌がすこぶる悪い……ウチの気分はどん底や……。
 これでめでたく泥沼化……また長引きそう……。
 咲のことは大好きやけど、愚痴を永遠と聞かされるのはちょっと……。

 ううっ……一月の風が冷たい……。
 これで当分、藤堂はんと気軽に話せそうにないし、訓練もできへん……。

 今の青島は咲も不安がるほど、不穏な空気が漂っている。
 内地からの人間が多すぎる。
 青島は日本本土から離れた島で、島の住人は本土を内地と呼んでいる。
 内地の人間が青島に来る時期は夏のみ。
 海水浴とダイビングで夏は活気づくけど、それ以外の季節は閑古鳥が鳴くほど。
 紅葉や桜といった季節モノを取り入れたりしているけど、地元民が喜んでいるだけで、効果は出ていない。

 それなのに、この真冬に内地の人間がウロウロしている。ガラの悪い男達が目立つけど、その中にスーツ姿の男性も複数見かける。
 ウチの勘が間違っていなければ、あの人達は……。
 事態はウチが想像しているよりも最悪かも……。

 勿論、上春家はウチが護るけど、藤堂はんには自分の身を護れるくらいの実力を身につけて欲しい。
 ウチはホンマどうでもええんやけど、藤堂はんが傷つくと咲が悲しむから。
 それを防ぐためにも稽古をつけておかんとあかんねんけど……。

「ちーちゃん! 聞いてます!」
「聞いてます。藤堂はんはほんま、女心が理解できへんというか……」
「違います! 見てください! この占いサイト『大石神教』のここ! ラッキーアイテムが蝉の抜け殻ですよ! そんなもの、この時期にあるわけないじゃないですか!」

 そこ!
 なんやろ……ものすっごい理不尽を感じるんやけど……まあ、手のかかる子ほど可愛いし……。

「もう! 頭を撫でないで! だ、抱きつくな!」
「ええやん~。さ~き~」

 ほんま、咲は可愛ええ子やわ~。
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