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エピローグ
エピローグ しようぜ、野球! 前半
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エピローグ
▲▲▲
その日の夜、俺こと蔵屋敷強とあんちゃんこと藤堂正道はおじいちゃんにたっぷり絞られた。
僕は鼻に、あんちゃんはおでこにガーゼで治療を受けた跡があれば、誰だって怪我をしたことに気づく。
僕達はリビングで事情を聞かれ、その後、おじいちゃんに説教された。普段は優しいおじいちゃんだけど、怒ると怖い。
信吾も僕の親らしく、怒ろうとしたけど、おじいちゃんにビビって端っこで心配そうに僕達を見つめている。
意外だったのが、澪さんも怒ったことだ。
危ない事をした僕とあんちゃんに激怒していた。久しぶりに女の人に怒られた気がする。
お母さんに本気で怒られたことはいつ以来だろう。
お父さんとお母さんがいなくなる前、会社のことで頭がいっぱいで僕に構っている余裕がなかったから、怒られることはなかった。逆にすごく僕を気に掛けていた。
僕がお母さん、お父さんに怒られる日は来るのだろうか?
そんなことを考えていた。
僕はマシな方で、あんちゃんはかなり怒られていた。
しかも、あんちゃんが所属する青島ブルーフェザーを辞めさせられた。
これは酷いと思い、おじいちゃんに意見したけど、あんちゃんはそれで構わないと言った。
あんちゃんは、野球を喧嘩の道具に使ってしまった。
僕が最も嫌う事をしたと懺悔して、野球をやる資格はないと言い切ってしまった。
そんなこと、あるはずがない。
あんちゃんは僕達を護ってくれた。
それこそ、体を張って、僕達の安全を最優先として何度も試合を止めようとした。
あんちゃんが土下座しようとしたとき、僕は我慢できなかった。僕のせいで剛や島田達を傷つけた。
僕が一番悪い。
野球を止めるとしたら、僕の方だ。
だけど、あんちゃんは僕が責任を感じることはない、これからも僕らしく、正々堂々とプロを目指して頑張ってくれって言ってくれた。
でも、僕は見逃さなかった。
あんちゃんが泣きそうな顔をしていたのを。
あんちゃんだって、野球が好きなのだ。それを僕は奪ってしまった。
こんな結果になるなんて、思いもしなかった。
次の日、学校から家に帰ってくると、あんちゃんが迎えてくれた。
あんちゃんは、
「おやつ、食べるか?」
そう言って、肉まんを用意してくれた。
僕は肉まんを受け取り、二つに割る。
割ったところから湯気がぶわってのぼり、たっぷりと詰まった茶色の肉やタマネギの具材を見るだけで空腹を刺激してくる。
僕は片方に割った肉まんにかぶりつく。
熱っ!
皮は暖かいのに、具材は熱くてふっふっ、と息を吹く。
でも、美味しい……。
豚肉の旨みとタマネギの甘みが口の中をしめ、皮がソレを受け止めて、ちょうどいいカンジになる。
もっとこの味を味わいたくて、冷ましてからまた、口にする。
クッキーのような単純な味でなく、とろける肉餡ややわらかいタマネギはもちろん、熱い具は外から帰ってきて寒くなっている体を温めてくれて、醤油とソース……かな?
それらの調味料と湯気がジューシーに仕上がっていて、贅沢なおやつだと思う。
あっという間に食べ尽くしてしまった。
「ほら、もう一個食うか?」
僕は笑顔で肉まんを受け取る。
あんちゃんは優しい顔で料理を作っていて、温かいお茶を僕に渡してくれた。
お茶はちょうどいいくらいの熱さで、少しだけ苦いけど、それが肉まんの甘みを中和してくれる。
口の中がすっきりして、また肉まんが美味しく食べられる。
肉まんを食べた後、お茶を一気に飲み干すと、体がぽかぽかして、満足感と体が癒やされた。
「あっ! 兄さん! 肉まんですか?」
「ウチらの分もあります?」
「もちろんあるぞ。一個ずつな」
姉さんも、朝乃宮姉さんも笑顔で美味しそうに肉まんを食べている。
あんちゃんは凄い。
料理や裁縫、掃除だけでなく、喧嘩も強い。
自慢のあんちゃんだ。
あんちゃんのおかげで、シュナイダーを飼うことが出来た。
あんちゃんのおかげで、大切な居場所を護ることが出来た。
あんちゃんのおかげで、僕は上春家、藤堂家と家族になれた。
僕はお父さんとお母さんが迎えにきても、絶対に忘れない。あんちゃんは僕にとって、憧れで大事なあんちゃんだ。
でも、だからこそ、僕はあんちゃんに恩返しがしたかった。
僕は知っていた。
あんちゃんが寂しそうにミットを掃除していたことを。
あんちゃんの背中はいつも大きくて頼りがいがある。でも、このときだけは背中が丸まっていて、小さくも寂しく見えた。
雅に教えてもらったんだけど、あんちゃんはグラウンドを去る前に、一礼したらしい。
きっと、あんちゃんは別れを告げるために頭を下げたんだと思う。
僕にとって野球は、両親との思い出と僕らを繋ぐ大切なものだ。
お父さんが大の野球好きで僕を将来プロ野球選手にするんだってはしゃいでいた。僕も父さんの期待に応えたかった。
けど、それだけじゃない。
野球を続けるのは、野球が好きだから。楽しいから。
あんちゃんは野球を侮辱したって言っていたけど、それなら、反省して二度と侮辱しなければ済む話しだ。
おじいちゃんはあんちゃんの気持ちを汲んで止めさせたって信吾が言っていたけど、それは間違っていると思う。
僕はもう一度……何度でもあんちゃんと野球がしたい。
お互い笑い合って、勝利を得るために協力して野球をしたい。
こんな願いは我が儘なの?
我が儘を言ったら、嫌われるてしまう?
嫌われるのが怖い……置いて行かれるのはやだ……離れ離れはもう……。
「本当の兄弟でなくても、強は俺にとって大切な家族で弟だと思っている。いつでも、俺はお前を大事だと思ってるから」
違う……あんちゃんは僕を捨てたりしない! 僕のことを護ってくれる。
だから、今度は僕があんちゃんの為に何かするんだ!
「兄貴のために何かしたい?」
次の日の放課後、僕は剛、雅、如月に相談した。
あの試合のせいで、あんちゃんは青島ブルーフェザーから抜けさせられたこと。
もう一度、あんちゃんと野球をしたいこと。
いろいろと話した。
「あのお兄さんらしいですね」
「らしい?」
「真面目で責任感が強いってこと」
それはある。
悪いのはあの国八馬ってムカつくヤツ。あんちゃんが喧嘩したのはアイツのせい。
「……でも、あのお兄さんが一度決めたことを曲げるかな? それに野球を喧嘩の道具にしたわけだし。そんな人と野球をやりたいだなんて、ちょっとね……」
「雅ちゃん」
「奏。悪いけど、私はまだ怒ってるから。どんな理由があったとしても、バットやボールで人を傷つけるなんて許せない。そもそもあの試合はお兄さんが原因でしょ? お兄さんと関わらなければ、あんな危険な試合をしなくてもすんだわけだし……私の意見、聞いてくれなかったし……」
「雅、訂正して。あれはあんちゃんのせいじゃない。そういう言い方、許せない」
雅の言葉が許せなくて、つい睨みつける。あんちゃんの悪口は許せない。
雅は泣きそうな顔をしているが、許してやるものか。
「……ねえ、強君。それを島田君や倉永君にも言えるの? 二人は巻き込まれて怪我したんだよ? 雅ちゃんも大けがするところだった。あの橘って人がはなしをつけてなきゃ、私達ブルーリトルはよくて試合の出場停止。最悪、解散させられていたかもしれない。監督も責任をとって辞めさせられたかもしれない。そこのところを分かってあげて」
「……ごめん、如月。ごめん、雅」
「……あ、あの……その……私も言い過ぎた。ごめん……」
そうだ。だから、あんちゃんは責任をとって野球をやめたんだ。
でも、あれは絶対にあんちゃんのせいじゃない。でも、みんなに迷惑を掛けたから、言い出せない。
悔しい……。
「はぁ……お前ら、バカだろ?」
剛が見せつけるようにため息をついた。
「ああん? なんですって!」
「何度でも言ってやる。兄貴のせい? 寝言をほざくな! 大体、アイツらと野球をするって決めたのは誰だ? 俺達だろうが! アイツらが兄貴に喧嘩を売ってきたからって、結局、最後に喧嘩を買ったのは俺達だろ? それに兄貴は最初から野球で勝負をするなんて言わなかっただろ? そこにいる強が喧嘩を売ったんだろうが。なのに兄貴のせいにするのか? どんだけ薄情なんだよ、お前らは。兄貴に助けてもらったくせに」
「「……」」
確かにそうだ。
僕が喧嘩を買わなかったら、この騒動は起きなかった。
だから、僕が……。
「強。まさか、てめえが悪いとか思ってないよな? 調子になるな、ボケ! お前があのムカつくピッチャーの喧嘩を買ってなかったら、俺が買ってたわ! もし、責任があるとしたら、俺達全員だ! 野球ってよ、一致団結するもんだろ? だったら、責任もみんなで背負えばいいんだ」
「……」
た、剛ってこんなキャラだっけ?
でも、あんちゃんが剛の姉を尊敬していたし、どこか剛のことを認めていた。
あんちゃんには分かっていたって事かな? 少し胸の奥が痛い……。
「よっしゃ! 強の願い、俺達でかなえてやろうぜ!」
「かなえるって、どうやって? お兄さん、頭固そうだし……一度自分で決めたこと、テコでも動かせそうにないし」
「そんなもん、適当にぶっちすればいいだろ?」
「あんた、バカなの? お兄さん、変なところで頑固だから絶対無理」
雅の言うとおり。ほんと、それ。
あんちゃんが隠れて野球をするなんてありえない。
あんちゃんは約束を守る人だ。だから、強いんだ。
「確かに剛君の考えも一理ある。要はお兄さんと一緒にみんなと野球が出来ればいいんだよね?」
如月の問いに僕は頷く。
「あんちゃんと野球がしたい。あんちゃんには笑っていて欲しいから……でも、あんちゃんの決意は固い。野球をやらないと言ったらやらない。僕のお願いでも聞いてくれないと思う」
「……ねえ、強君。どうして、自分の事を僕や俺って混じって言ってるの?」
「そりゃあ、兄貴の影響だろ? けど、素が出て僕って言ってるだけだ」
剛の言う通り。
僕はあんちゃんに憧れ、あんちゃんに近づきたくて、僕から俺と言うようにしているけど、つい、僕って言ってしまう。
「そんなことはどうでもいい。如月には何か案があるの? あんちゃんと野球をする方法が?」
如月はあんちゃんも認めたほど、頭がよく回る。いい案をきっと見つけてくれる。
だから、青島ブルーリトルのみんなはマネージャーだけでなく、作戦参謀として如月に期待している。
「……あるよ。みんなの協力が必要だけど」
そう言って、如月は雅、剛の顔を見渡す。
もし、みんなの協力があれば……あんちゃんと野球が出来るのなら……。
「お願いします。協力してください」
僕は頭を深く下げた。
僕の頭一つで願いが叶うなら、何度でも下げていい。
「や、やめてよ、強君! そんなことしなくても、私は協力するよ! だって、お兄さんのおかげで強君が戻ってきてくれた。それに……」
「それに?」
「な、なんでもない! とにかく、私は協力するから!」
雅さんの協力を得ることが出来た。でも、どうして、顔を赤くしているのか、分からない。
それは僕だけが感じていたわけではなく……。
「何、顔を真っ赤にしてるんだ? 猿みたいだぞ?」
剛も疑問に思っているようだ。如月だけはニヤニヤと笑っている。
雅は更に耳まで真っ赤にして怒鳴った。
「なんですって! 剛はどうなのよ! まさか、協力しないとか言い出すんじゃあないわよね!」
「アホか! 俺が兄貴の為に何もしないわけないだろ? 一肌でも二肌でも脱いでやる!」
「きゃああああああああああああ! このバカ! ズボンを脱ぐな!」
「ほぉおおおおおおお!」
剛がズボンを脱いで、雅が剛の股間を蹴り飛ばす。
雅、そんなに足を動かすと、剛のようにパンツ見えるから。
「それなら、時間をくれる? みんなはブルーリトルのメンバーと合わせて十七人集めて。私は監督を説得する」
「集める? 説得? 何をするつもり?」
「それはね……」
如月が僕達に作戦を教えてくれた。
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その日の夜、俺こと蔵屋敷強とあんちゃんこと藤堂正道はおじいちゃんにたっぷり絞られた。
僕は鼻に、あんちゃんはおでこにガーゼで治療を受けた跡があれば、誰だって怪我をしたことに気づく。
僕達はリビングで事情を聞かれ、その後、おじいちゃんに説教された。普段は優しいおじいちゃんだけど、怒ると怖い。
信吾も僕の親らしく、怒ろうとしたけど、おじいちゃんにビビって端っこで心配そうに僕達を見つめている。
意外だったのが、澪さんも怒ったことだ。
危ない事をした僕とあんちゃんに激怒していた。久しぶりに女の人に怒られた気がする。
お母さんに本気で怒られたことはいつ以来だろう。
お父さんとお母さんがいなくなる前、会社のことで頭がいっぱいで僕に構っている余裕がなかったから、怒られることはなかった。逆にすごく僕を気に掛けていた。
僕がお母さん、お父さんに怒られる日は来るのだろうか?
そんなことを考えていた。
僕はマシな方で、あんちゃんはかなり怒られていた。
しかも、あんちゃんが所属する青島ブルーフェザーを辞めさせられた。
これは酷いと思い、おじいちゃんに意見したけど、あんちゃんはそれで構わないと言った。
あんちゃんは、野球を喧嘩の道具に使ってしまった。
僕が最も嫌う事をしたと懺悔して、野球をやる資格はないと言い切ってしまった。
そんなこと、あるはずがない。
あんちゃんは僕達を護ってくれた。
それこそ、体を張って、僕達の安全を最優先として何度も試合を止めようとした。
あんちゃんが土下座しようとしたとき、僕は我慢できなかった。僕のせいで剛や島田達を傷つけた。
僕が一番悪い。
野球を止めるとしたら、僕の方だ。
だけど、あんちゃんは僕が責任を感じることはない、これからも僕らしく、正々堂々とプロを目指して頑張ってくれって言ってくれた。
でも、僕は見逃さなかった。
あんちゃんが泣きそうな顔をしていたのを。
あんちゃんだって、野球が好きなのだ。それを僕は奪ってしまった。
こんな結果になるなんて、思いもしなかった。
次の日、学校から家に帰ってくると、あんちゃんが迎えてくれた。
あんちゃんは、
「おやつ、食べるか?」
そう言って、肉まんを用意してくれた。
僕は肉まんを受け取り、二つに割る。
割ったところから湯気がぶわってのぼり、たっぷりと詰まった茶色の肉やタマネギの具材を見るだけで空腹を刺激してくる。
僕は片方に割った肉まんにかぶりつく。
熱っ!
皮は暖かいのに、具材は熱くてふっふっ、と息を吹く。
でも、美味しい……。
豚肉の旨みとタマネギの甘みが口の中をしめ、皮がソレを受け止めて、ちょうどいいカンジになる。
もっとこの味を味わいたくて、冷ましてからまた、口にする。
クッキーのような単純な味でなく、とろける肉餡ややわらかいタマネギはもちろん、熱い具は外から帰ってきて寒くなっている体を温めてくれて、醤油とソース……かな?
それらの調味料と湯気がジューシーに仕上がっていて、贅沢なおやつだと思う。
あっという間に食べ尽くしてしまった。
「ほら、もう一個食うか?」
僕は笑顔で肉まんを受け取る。
あんちゃんは優しい顔で料理を作っていて、温かいお茶を僕に渡してくれた。
お茶はちょうどいいくらいの熱さで、少しだけ苦いけど、それが肉まんの甘みを中和してくれる。
口の中がすっきりして、また肉まんが美味しく食べられる。
肉まんを食べた後、お茶を一気に飲み干すと、体がぽかぽかして、満足感と体が癒やされた。
「あっ! 兄さん! 肉まんですか?」
「ウチらの分もあります?」
「もちろんあるぞ。一個ずつな」
姉さんも、朝乃宮姉さんも笑顔で美味しそうに肉まんを食べている。
あんちゃんは凄い。
料理や裁縫、掃除だけでなく、喧嘩も強い。
自慢のあんちゃんだ。
あんちゃんのおかげで、シュナイダーを飼うことが出来た。
あんちゃんのおかげで、大切な居場所を護ることが出来た。
あんちゃんのおかげで、僕は上春家、藤堂家と家族になれた。
僕はお父さんとお母さんが迎えにきても、絶対に忘れない。あんちゃんは僕にとって、憧れで大事なあんちゃんだ。
でも、だからこそ、僕はあんちゃんに恩返しがしたかった。
僕は知っていた。
あんちゃんが寂しそうにミットを掃除していたことを。
あんちゃんの背中はいつも大きくて頼りがいがある。でも、このときだけは背中が丸まっていて、小さくも寂しく見えた。
雅に教えてもらったんだけど、あんちゃんはグラウンドを去る前に、一礼したらしい。
きっと、あんちゃんは別れを告げるために頭を下げたんだと思う。
僕にとって野球は、両親との思い出と僕らを繋ぐ大切なものだ。
お父さんが大の野球好きで僕を将来プロ野球選手にするんだってはしゃいでいた。僕も父さんの期待に応えたかった。
けど、それだけじゃない。
野球を続けるのは、野球が好きだから。楽しいから。
あんちゃんは野球を侮辱したって言っていたけど、それなら、反省して二度と侮辱しなければ済む話しだ。
おじいちゃんはあんちゃんの気持ちを汲んで止めさせたって信吾が言っていたけど、それは間違っていると思う。
僕はもう一度……何度でもあんちゃんと野球がしたい。
お互い笑い合って、勝利を得るために協力して野球をしたい。
こんな願いは我が儘なの?
我が儘を言ったら、嫌われるてしまう?
嫌われるのが怖い……置いて行かれるのはやだ……離れ離れはもう……。
「本当の兄弟でなくても、強は俺にとって大切な家族で弟だと思っている。いつでも、俺はお前を大事だと思ってるから」
違う……あんちゃんは僕を捨てたりしない! 僕のことを護ってくれる。
だから、今度は僕があんちゃんの為に何かするんだ!
「兄貴のために何かしたい?」
次の日の放課後、僕は剛、雅、如月に相談した。
あの試合のせいで、あんちゃんは青島ブルーフェザーから抜けさせられたこと。
もう一度、あんちゃんと野球をしたいこと。
いろいろと話した。
「あのお兄さんらしいですね」
「らしい?」
「真面目で責任感が強いってこと」
それはある。
悪いのはあの国八馬ってムカつくヤツ。あんちゃんが喧嘩したのはアイツのせい。
「……でも、あのお兄さんが一度決めたことを曲げるかな? それに野球を喧嘩の道具にしたわけだし。そんな人と野球をやりたいだなんて、ちょっとね……」
「雅ちゃん」
「奏。悪いけど、私はまだ怒ってるから。どんな理由があったとしても、バットやボールで人を傷つけるなんて許せない。そもそもあの試合はお兄さんが原因でしょ? お兄さんと関わらなければ、あんな危険な試合をしなくてもすんだわけだし……私の意見、聞いてくれなかったし……」
「雅、訂正して。あれはあんちゃんのせいじゃない。そういう言い方、許せない」
雅の言葉が許せなくて、つい睨みつける。あんちゃんの悪口は許せない。
雅は泣きそうな顔をしているが、許してやるものか。
「……ねえ、強君。それを島田君や倉永君にも言えるの? 二人は巻き込まれて怪我したんだよ? 雅ちゃんも大けがするところだった。あの橘って人がはなしをつけてなきゃ、私達ブルーリトルはよくて試合の出場停止。最悪、解散させられていたかもしれない。監督も責任をとって辞めさせられたかもしれない。そこのところを分かってあげて」
「……ごめん、如月。ごめん、雅」
「……あ、あの……その……私も言い過ぎた。ごめん……」
そうだ。だから、あんちゃんは責任をとって野球をやめたんだ。
でも、あれは絶対にあんちゃんのせいじゃない。でも、みんなに迷惑を掛けたから、言い出せない。
悔しい……。
「はぁ……お前ら、バカだろ?」
剛が見せつけるようにため息をついた。
「ああん? なんですって!」
「何度でも言ってやる。兄貴のせい? 寝言をほざくな! 大体、アイツらと野球をするって決めたのは誰だ? 俺達だろうが! アイツらが兄貴に喧嘩を売ってきたからって、結局、最後に喧嘩を買ったのは俺達だろ? それに兄貴は最初から野球で勝負をするなんて言わなかっただろ? そこにいる強が喧嘩を売ったんだろうが。なのに兄貴のせいにするのか? どんだけ薄情なんだよ、お前らは。兄貴に助けてもらったくせに」
「「……」」
確かにそうだ。
僕が喧嘩を買わなかったら、この騒動は起きなかった。
だから、僕が……。
「強。まさか、てめえが悪いとか思ってないよな? 調子になるな、ボケ! お前があのムカつくピッチャーの喧嘩を買ってなかったら、俺が買ってたわ! もし、責任があるとしたら、俺達全員だ! 野球ってよ、一致団結するもんだろ? だったら、責任もみんなで背負えばいいんだ」
「……」
た、剛ってこんなキャラだっけ?
でも、あんちゃんが剛の姉を尊敬していたし、どこか剛のことを認めていた。
あんちゃんには分かっていたって事かな? 少し胸の奥が痛い……。
「よっしゃ! 強の願い、俺達でかなえてやろうぜ!」
「かなえるって、どうやって? お兄さん、頭固そうだし……一度自分で決めたこと、テコでも動かせそうにないし」
「そんなもん、適当にぶっちすればいいだろ?」
「あんた、バカなの? お兄さん、変なところで頑固だから絶対無理」
雅の言うとおり。ほんと、それ。
あんちゃんが隠れて野球をするなんてありえない。
あんちゃんは約束を守る人だ。だから、強いんだ。
「確かに剛君の考えも一理ある。要はお兄さんと一緒にみんなと野球が出来ればいいんだよね?」
如月の問いに僕は頷く。
「あんちゃんと野球がしたい。あんちゃんには笑っていて欲しいから……でも、あんちゃんの決意は固い。野球をやらないと言ったらやらない。僕のお願いでも聞いてくれないと思う」
「……ねえ、強君。どうして、自分の事を僕や俺って混じって言ってるの?」
「そりゃあ、兄貴の影響だろ? けど、素が出て僕って言ってるだけだ」
剛の言う通り。
僕はあんちゃんに憧れ、あんちゃんに近づきたくて、僕から俺と言うようにしているけど、つい、僕って言ってしまう。
「そんなことはどうでもいい。如月には何か案があるの? あんちゃんと野球をする方法が?」
如月はあんちゃんも認めたほど、頭がよく回る。いい案をきっと見つけてくれる。
だから、青島ブルーリトルのみんなはマネージャーだけでなく、作戦参謀として如月に期待している。
「……あるよ。みんなの協力が必要だけど」
そう言って、如月は雅、剛の顔を見渡す。
もし、みんなの協力があれば……あんちゃんと野球が出来るのなら……。
「お願いします。協力してください」
僕は頭を深く下げた。
僕の頭一つで願いが叶うなら、何度でも下げていい。
「や、やめてよ、強君! そんなことしなくても、私は協力するよ! だって、お兄さんのおかげで強君が戻ってきてくれた。それに……」
「それに?」
「な、なんでもない! とにかく、私は協力するから!」
雅さんの協力を得ることが出来た。でも、どうして、顔を赤くしているのか、分からない。
それは僕だけが感じていたわけではなく……。
「何、顔を真っ赤にしてるんだ? 猿みたいだぞ?」
剛も疑問に思っているようだ。如月だけはニヤニヤと笑っている。
雅は更に耳まで真っ赤にして怒鳴った。
「なんですって! 剛はどうなのよ! まさか、協力しないとか言い出すんじゃあないわよね!」
「アホか! 俺が兄貴の為に何もしないわけないだろ? 一肌でも二肌でも脱いでやる!」
「きゃああああああああああああ! このバカ! ズボンを脱ぐな!」
「ほぉおおおおおおお!」
剛がズボンを脱いで、雅が剛の股間を蹴り飛ばす。
雅、そんなに足を動かすと、剛のようにパンツ見えるから。
「それなら、時間をくれる? みんなはブルーリトルのメンバーと合わせて十七人集めて。私は監督を説得する」
「集める? 説得? 何をするつもり?」
「それはね……」
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