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六章

六話 俺が強を護ります その二

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「あんちゃん、アイツらから連絡が来た」

 ご飯を食べ終わり、自室でくつろいでいると、強が単刀直入に切り出してきた。

「連絡だと? 何かされなかったか?」
「……別に」

 強がかなり不満げな顔をしている。
 何かあったな……。
 だが、強の顔や体に怪我はなさそうだ。きっと、挑発されたのだろう。
 俺は湧き上がるモノを抑え、冷静にふるまう。

「……いつだ?」
「来週の月曜日」

 余り時間がないな。
 練習できるとしても、今週の土日だけか。
 強の正式な復帰となるのが今週の土曜日。たった二日の練習で強は勘を取り戻せるのか?
 そもそも、もっと根本的な問題がある。それをどう解決するのか?
 だが、その前に強に伝えておきたいことがある。
 それは……。

「俺も参加する」

 そう、俺も参戦させてもらう。
 そのことを強に伝えると……。

「……あんちゃんは僕が負けると思っているの?」

 強は不満そうだ。
 自分の実力に自信があるのなら……野球が好きだと自覚があるのなら、当然の回答だろう。
 それでも、俺は強にだけ任せたくない。
 なぜなら……。

「いや。ただ……」
「ただ?」
「あのクソガキを叩きのめしたいからだ」

 そう、これだ。
 アイツらは強をバカにした。それが、許せないし、納得いかない。
 なぜ、強が俺達のいざこざに巻き込まれなければならないのか?
 強には夢がある。それを暴力で踏みにじることを許せるわけがないだろ?
 俺達が負けるとしても、抵抗はしておきたい。ただ、やられるなんてまっぴらごめんだ。

 強の表情が一瞬、ぽかんとなったが、すぐに口元を緩めた。
 俺は強に拳を差し出す。
 強は俺の拳に自分の拳をぶつけた。

 なんというか、男兄弟っていうのはいいものだ。
 俺達は血が繋がっていない、ただの他人だった。
 けど、今は少しずつだが、パートナーのような心強さと安心感がある。
 強との出会いは僥倖だったと今なら思える。
 一緒に頑張ろうな、強。



 土曜日。

「おっ、強じゃねえか!」
「久しぶりだな、強!」

 青島ブルーリトルのメンバーは強をあたたかく迎えてくれた。俺は少し離れた場所で様子を見ていた。
 これには少しほっとしている。強は黙ってチームを抜けた。両親においていかれたことなど話せるわけがなく、何も言わなかったので、チームのメンバーはあまりいい気がしなかっただろう。
 これは後で聞かされたのだが、チームの監督で青島ブルーフェザーの正捕手である三田村さんが、強の事を庇ってくれていたのだ。

 信吾さんが三田村さんに頼み込んでくれていたらしい。
 必ず強はこのグラウンドに戻ってくるから、少し時間が欲しいと。
 本当にあの人には頭が下がる。きっと見越していたのだろうな。
 だが、一番の問題はそこじゃない。本当に問題なのは……。

「おい、皆の衆、聞いてくれ! 実は来週の月曜、青島西中と試合することになった!」
「「「はあ~?」」」

 青島西中の試合を切り出したのは、意外にも剛だった。剛は仁王立ちでチームメイトに命令口調で話し出すので、チームメイトは怒りよりも唖然としている。
 だろうな。何も知らなかったら、俺でも、コイツ何言ってるんだ? って言いたくなる。

「ちょっと、剛! それじゃあ、何も伝わらないでしょ!」
「うっせな、亀! 男なら喧嘩を売られたら買うのが流儀なんだよ! てめえにキン○マはついてねえのか!」
「! つ、ついてないわよ! バカ!」
「ぐほ!」

 おい! 今、雅は思いっきりバットで殴ったぞ! やりすぎだろうが!
 けど、顔を真っ赤にして怒っている雅に何も言えなかった。
 どうでもいいが、誰か説明してやれよ。

「あ、あの……ちょっといいかな? 試合の事、話しておきたいんだけど」
「……奏、俺が話す」

 これも意外な展開だった。てっきり、説明役の奏がしてくれると思っていたが、強から買って出るとは。
 凜々しい顔で堂々と話す強を見て、頼もしくなったなと、感慨深く見つめていた。
 強は自分が売られた喧嘩を買っただけだ。だが、みんなを巻き込む事になったので、ちゃんと自分の口から話しておきたいのだろう。
 それと事後報告になったこともちゃんと謝っていた。

 さて、みんなは納得するかだな。
 青島西中は柄が悪いし、ラフプレイで有名だ。そんな相手と何の得にもならない勝負する意味はないし、危険だ。
 後で報復もありえる。
 正直、巻き込みたくないが、ここにいる皆……最低八人の同意が必要になる。
 剛と雅、奏は参戦してくれるだろう。俺も参戦する。

 後、五人。

 頼む! 力を貸してくれ!
 俺は心の中で祈り続ける。
 チームメイトの反応は……。

「マジかよ……どうする?」
「いや、やるしかねえんじゃねえ? 売られた喧嘩は買うべきでしょ?」
「俺達の聖域に土足で踏み入るとか、ありえないしぃ? やっちゃう?」
「「「うぇい!」」」

 ははははっ……。
 流石は青島。小学生でも同じノリなのな。
 売られた喧嘩は買う。
 力には力を。それこそが、青島の心意気だ。
 その意思は大人から子供に伝わるんだな。頼もしいことだ。
 ならば、俺も出来る事をしよう。
 強に賛同してくれたコイツらを、俺は青島西中から護らなければ。

「なあ、気になってたんだけど、あのおっさん、誰?」

 指を指すな、指を。お兄さんと言え。
 本当に生意気で怖いもの知らずのガキ共だ。
 はぁ……どう説明すればいいのか……。

「俺、知ってるぜ! コイツ、青島ブルーオーシャンの外国人からホームラン打ったヤツだ!」

 なんで知ってるんだ、小僧。そして、指を指すな。
 小学校では年上に指をさせと習っているのか?
 俺は自己紹介をすることにした。

「強が言っていた試合に参戦することになった藤堂だ。よろしく頼む」

 俺は頭を下げ、戦友となる仲間に頭を下げた。
 いきなり、高校生がチームに入ることはいい気がしないだろう。だから、頼み込む。
 チームメイトの反応は……。

「本当に役に立つのか? ホームランだってまぐれじゃねえ?」
「いや、パワーはどう見てもあるでしょ? 扇風機でなければいいんだけど」
「だな。ただのでくの坊かもしれないし、救世主かも。実力次第だな」

 要は実力で示せって事か。上等だ。
 ここらへんも青島らしくて助かる。
 それならば……。

「おい、ガキ共! さっさと集まれ!」

 声を掛けてきたのは監督の三田村さん……ではなく、臨時のコーチである仙石さんだ。
 三田村さんは今、入院しているので、代わりに仙石さんが臨時でコーチをしてくれる。
 三田村さんと仙石さんは仲がいいので、そのよしみで面倒を見てくれているのだろう。

「なんだよ、今日も仙石かよ」
「さん付けしろ、クソガキ共。練習を始める前に、まず、蔵屋敷が復帰することになった。それと、この二日だけそこにいるガキがお前達と一緒に練習するから。藤堂の孫、自己紹介は?」
「済んでいます。後、藤堂の孫はやめてくださいと」
「ああっ、そうだったな、正道。お前がこの中で一番下手くそだから足を引っ張るなよ」

 チームメイトは俺をニヤニヤと見つめている。俺は肩をすくめてみせた。
 俺は仙石さんに頼み込み、この二日だけ青島ブルーリトルの練習に参加させてもらえるよう、頼み込んだ。
 仙石さんには正直に話した。青島西中と野球で勝負することになったことを。
 仙石さんは青島ブルーリトルの現責任者だし、グラウンドで試合することは義務だと思ったからだ。

 仙石さんは無理強いしないことを条件に賛同してくれた。もちろん、三田村さんにも了解を得ている。
 ただ、義信さんと信吾さんには話していない。無理矢理止められると思ったからだ。
 まあ、坊主になればバレてしまうのだが、それでも、この試合は強の今後のためにも、俺の為にも中止させるわけにはいかないのだ。

 二人に隠し事するのは気が引けるが、やるしかない。
 俺は小学生に混じって野球の練習をすることにした。
 どうでもいいのだが、小学生と一緒に身長百九十を超える高校生が野球の練習するってシュールだよな。
 少し恥ずかしい……と思っていたのだが。



「ほら、藤堂! バンザイするなよ! ギャグか!」
「送球遅いぞ、藤堂!」
「……」

 こ、このガキ共!
 少し俺よりも上手いからって、見下しやがって……さん付けしろよな!
 パワーでは負けないが、それ以外はダメだ。
 別に俺は野球部でもなんでもないのだが、失敗する度に仙石さんやガキ達の視線が痛い。しかも、容赦なく罵倒してきやがる。
 好意的にみれば、友好的。気兼ねせず、こっちも付き合えるのだが……ムカつく!

 上級生に敬意を持つのは中学からだろうな。
 体育会系の部活は上下関係に特に厳しいだろうし、中一と中三での体格差はかなりあるから、敬うとまではいなかくても、恐縮してしまうだろう。
 俺を怖がらないのは助かるが……馴れ馴れしい!

「どんまい、正道!」

 いや、小学生に慰められてもな……それはそれで泣きたくなる。
 昼食の時は……。

「おい、新入り! ここの流儀を教えてやる。新人は……みんなに弁当のおかずをとられるんだよ!」

 俺のおかずは群がるバッタの如く、ガキ共にとられていった。白米と僅かなおかずしか食えなかった。
 特に馴れ馴れしくて遠慮がないのは……。

「うんめえ! 流石は俺の嫁、千春! あの柔らかい手で俺の頭をなでてほしい~ぜ~!」

 安定のお調子者、剛だ。
 コイツは何かと俺に野次を飛ばしてくるからな。
 そんなに俺と朝乃宮の関係が気にくわないのか? 別に仲がいいわけでもないのに。

「それ、あんちゃんが作った弁当」
「……道理で塩辛いと思ったぜ」

 いや、その言い訳は苦しいぞ。ガツガツ食っていただろうが。
 けど、今日の弁当は俺だけが作ったわけじゃないぞ。
 強の弁当は上春、女、信吾さん、楓さんの四人で作ったモノだ。
 上春と信吾さんは強の復帰祝いに、楓さんと女は純粋に強を応援したくて弁当作りに参加した。
 ったく、台所はあまり広くないんだ。俺も自分の弁当を作っていたので五人は流石に窮屈だった。
 そのことを思い出すと呆れて笑ってしまう。

「ええええっ? フツウに美味しいじゃん! やだ~」
「……うん、美味しいね」

 雅、驚きすぎ。しかも、やだってどういう意味だ?
 奏、疑惑の目を向けるのはやめろ。偽造なんてしてねえよ。

「あ、あの強君……強君ってハンバーグが好きでしょ? 私、ハンバーグ作ってきたの。よ、よかったら、食べてくれる?」
「「「ヒューヒュー!」」」

 雅がそっと小さなお弁当箱を差し出し、少し焦げたハンバーグを強に差し出す。
 チームメイトは雅をはやしたてる。
 みんなの視線の前で、強はハンバーグをじっと見つめている。
 不味いな……強はトラウマでハンバーグを食べられない。それを雅は知らない。
 どうする?

 強は案の定、ハンバーグを食べようとしない。
 いつまでたっても何の反応もしない強に、雅は泣きそうな顔で強を見つめている。
 強は恥ずかしがってハンバーグが食べられないと周りに思われているが、このままだと問題になるかもしれない。
 こうなったら……。

「もらうぞ」

 俺はひょいっと雅のハンバーグをかすめとった。
 俺の奇怪な行動に、全員が黙り込む。雅はポカンと呆けていたが、すぐに目を三角にさせ、激怒した。

「ちょっと! 何するのよ! ひどい!」
「……」
「俺も味見してやるよ!」
「俺も!」
「俺も!」
「きゃああああああああああああ!」

 雅の弁当箱からハンバーグがあっという間に消えていく。雅は悲鳴を上げ、男子達にぶんぶん拳を振るう。
 これで誤魔化せただろう。

「……ありがとう」
「……おう」

 俺と強は黙々とご飯を食べ続けた。



 こんな調子で二日間、練習が続くのだが、有意義な時間だった。
 ガキ共は俺のことを下手くそと罵りながらも、どうやったら上手くなれるのか、自分なりの考えやコツを俺に教えてくれる。
 面倒見がいいのは三田村さん譲りかもな。
 俺はありがたく、その感覚的な助言を受け取り、自分なりに修正していく。

 つくづく思う。
 野球の練習をもっとしておくべきだった。
 まさか、今月二度も試合に出る事になるとは。元々控え捕手だぞ、俺は。
 もうないと思うが、普段からもっと野球の練習をしておこう。

 それに、なんだかんだで野球は楽しい。
 みんなでボールを追いかけて、打って、守って、はしゃいで……一人じゃないって思える。楽しんだ。
 喧嘩ばかりしているから誰も寄ってこなかった。いつも一人だった。
 いや、嫌われるのが怖くて一人で過ごしてきた臆病者だった。
 けど……。

「正道! ボケッとするな!」
「もっと気合いを入れろ、正道!」
「しまっていこうぜ! 正道!」

 このグラウンドでは、一人にさせてくれないらしい。
 俺は唇をゆるめ、口の悪いチームメイトと共に日が暮れるまで野球を楽しんだ。
 


 二日間の練習が終わった後、俺と青島ブルーリトルのみんなは明日の試合について話し合いをすることにした。
 駄菓子屋の裏に公園があるので、そこで作戦会議をするとのこと。
 なぜか、俺がみんなにお菓子を奢ることになってしまい、とんだ出費だ。例の如く、剛は駄菓子屋で高額のペペロンチーノ(カップ麺)を頼みやがった。
 俺はキャベツ次郎を口に放り込む。
 寒空の下、練習後に食べる駄菓子は……やっぱり寒いだけだ。さっさと終わらせよう。

「それで、スタメンはどうするの?」

 そう、誰がスタメンで出るかだ。ここで問題なのがピッチャーだ。
 青島ブルーリトルにはピッチャーが二人存在する。
 強がいない間、もう一人のピッチャーがずっと頑張ってきた。その子を差し置いて強がピッチャーをしていいのか?
 俺はみんなに提案してみる。

「なあ、みんな。ピッチャーだが、最初は強でいかせてくれないか? 七回までだから、前半を強で。後半を……」
「ウチの元エース島田ってわけか。どうだ、シマ?」
「別にいいぜ。それと元言うな。ストレートは強に分があるけど、コントロールは僕の方が上だ」
「……別にコントロールも負けてない。それに七回までフルで投げられる」
「いや、二人でいこう」

 強は不満そうな顔をしているが、流石に七回も投げたら、青島西中のヤツらも目が慣れてくる。
 ここは二人で投げて、相手にタイミングを覚えられないようにして攻めていきたい。
 そっちの方が体力的に余裕が出来るからな。

「私もお兄さんの意見に賛成」
「奏が言うのなら、それでいいか」
「だな」

 奏のフォローに俺は頭を下げた。コイツは本当にフォローが上手いな。
 ちなみに、奏はマネージャー兼、監督の補佐をしている。
 奏の作戦のおかげで善戦できているとのこと。だから、みんなからも一目置かれている。
 これでピッチャーは決まった。後はみんなに任せればいいだろう。

「なら、キャッチャーは俺だな! 俺! 俺しかいないだろ!」

 剛が自分こそが正捕手だとアピールしてきた。
 まあ、当然だな。剛がこのチームの正捕手なのだから。

「正道はどうよ? それでいい?」
「ああっ、俺は剛の控えでいい」

 すっかり呼び捨てになれた俺は頷いてみせる。
 今回の喧嘩は強が買ったものだ。だったら、俺は援護するくらいがちょうどいい。
 俺としては強に害が及ばなかったらそれで問題ない。

「よっしゃ! 流石はあんちゃん! 話が分かってる! 強の女房役パートナーは俺しかいないでしょ! あは~ん」
「……俺はあんちゃんがいいんだけど。それとあんちゃんって呼ぶな」

 定番のやりとりになりつつ、キャッチャーはこれで決定。
 後は……。

「他のポジションはいつも通りでいいよな?」
「ああっ。いいんじゃねえ?

 ファースト、倉永。
 セカンド、三橋。
 サード、亀井。
 ショート、樋口。
 レフト、堀井。
 センター、日置。
 ライト、大竹。

 これでいいよな?」
「「「問題な~し」」」

 決まったな。
 このリトルで女子は雅一人でサードだ。亀井だから亀か。安直だな。
 女の子につけるようなあだ名ではないので、強には注意しておくか。

「なあ。俺達、中学生相手に勝てるかな?」
「しかも、強いんだろ?」

 この疑問は当然のことだ。
 青島西中は腐っても強豪校だからな。それに体格の差がかなり不利だ。
 不安になるのは仕方ない。
 俺から何か一言言った方がいいか? だが、何て言えばいい?
 俺も不安になってしまったのだが……。

「……負けないから。俺達が必ず勝つ」
「そうよ! やる前から負けることを考えてどうするの!」
「俺がいる限り、ブルーリトルは負けねえ!」

 強、雅、剛がチームに活を入れる。

「亀と剛がいても地区大会勝ち抜けなかったけどな」
「けど、負けるのはシャクだし、勝っちゃいますか?」
「「「ウェーイ!」」」

 結構単純なんだな。でも、このノリは好きだ。青島らしい。
 夕日が空を赤く染まるなか、俺達は明日の試合について作戦を立てていた。
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