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五章

五話 五体満足で帰れると思うなよ その三

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 くそ!
 俺は国八馬を追おうとしたが、チャフが俺の前に立ち塞がる。

「どけ」
「どかしてみろ」

 このクソガキ!

「つ、強君! 逃げて!」

 雅の悲鳴が聞こえる。
 ヤバい!
 国八馬が強の胸ぐらを掴もうとしたとき。

 ブン!

「「「……」」」
「ウチの気が変わらんウチにさっさとおうちに帰り」

 ふぅ……朝乃宮がいてくれて、今回は助かった。
 朝乃宮の木刀が国八馬の鼻先数ミリ横を突き抜ける。そのおかげで国八馬の手は止まり、顔が真っ青になっていた。
 そりゃあ、目の前に木刀が容赦なく通り抜けたらビビるわな。
 だが、国八馬は根性を見せて、朝乃宮を睨みつけようと……。

 バシュ!

「痛ぁ!」
「気が変わったわ」

 した瞬間、朝乃宮は木刀を国八馬の鼻っ面にたたき込んだ。国八馬はたたらをふみながら鼻を押さえる。
 鼻血コースだな、あれは。
 別に驚きはしない。朝乃宮は気まぐれなのだ。
 一秒前はやる気がなくても、次の瞬間、逆のことをしてしまうのが朝乃宮だ。
 はっきり言おう。朝乃宮は狂ってる。

「てめえ……殺す! ぶっ殺す!」

 国八馬は殺意をたぎらせているが、朝乃宮はただ笑っていた。
 その態度が気に入らないのか、国八馬だけでなく他のヤツらも朝乃宮にじりじりと近づいていく。

「お、お兄さん! あの人、危ない!」

 雅は俺の裾をクイクイ引っ張り、助けを求める。

「危ない? あの人? あの人達だろ?」

 これも断言できるが、アイツらは返り討ちにあう。絶対に勝つことは出来ない。
 あの女は別格だ。数で攻めるセオリーが通じない女だ。

「あっ……」

 奏は察してくれたようだ。けれども……。

「何言ってるのよ! どう見ても、あのお姉さんが危ないじゃない! 剛! 一緒に加勢するわよ!」
「おおよ! 俺の女に手を出させるか!」

 俺は朝乃宮の元へ走り出そうとする雅の襟首を掴む。勿論、剛の襟首は掴まない。
 コイツは足を震わせ、バットを構えたまま動かないからだ。
 分かってたよ、お前がそうするってな。お約束だよな。

「は、離して! 早く行かないとお姉さんが!」
「落ち着け。危ないのはキミだ。ここでじっとしていろ」

 朝乃宮は近寄る相手は誰であろうと叩きのめす。それは小学生でもお構いなしだ。
 朝乃宮と一瞬だけ目が合った。アイツは笑っていた。
 やっぱ、お前は頭のネジが二、三本ぶっとんでる。中坊とはいえ、十人以上に囲まれているのに全く負ける気しませんって顔している。
 朝乃宮が木刀を握り直し、相手を蹂躙しようとしたとき。

「待って。これは俺の喧嘩だから」

 強?
 朝乃宮の前に出た強は、国八馬を睨みつける。

「俺の喧嘩だと? お前が? 俺に喧嘩を売る? ぎゃ~~~あははははは~~~~」

 国八馬も周りにいる連中も強を失笑していた。
 ハハハッ、コイツら、地雷を踏んだぞ。それもとんでもない地雷をな!
 俺はこの耳障りな声を黙らせるために、本気で叩きのめすことを決めた……が。

「怖いの? 小学生の俺に野球で負けるのが」
「ああっ?」

 や、野球で勝負だと?
 強の意外な提案に国八馬だけでなく、俺も呆けてしまう。
 何を考えて……いや、まさか……強は……。

「俺が勝ったら、このグラウンドから出ていけ。それとあんちゃんや剛達に関わるな」
「おい……舐めてるんじゃねえぞ、このガキ……」

 くっ!
 事態が悪化していく。強はどうしても国八馬が許せないようだ。
 確かに俺は強に喧嘩をするなっていった。だから、強は俺との約束を守って拳ではなく、野球で勝負を挑んできたのだ。
 スポーツマンらしく、野球で喧嘩を売ったわけだ。

「どうするの? 逃げるの? それとも、やるの?」

 強は全くビビっていない。それどころか、勝つ気満々だ。
 その態度に、最初は強を馬鹿にして笑っていた国八馬の表情が変化する。
 侮蔑から残虐な笑みに変わっていく。

「……いいぜ。やってやる。ただし、お前が負けたら、その腕、へし折るからな。二度と野球が出来ないようにしてやる」
「「「なっ!」」」

 これには俺も剛達も絶句した。
 腕を折るだと? 野球を出来ないようにするだと?
 そんなこと……。

 ドクン……ドクン……。

「おい、どうする? お前の弟、二度と野球が出来なくなるぞ」

 させるわけ……ねえだろうが!

 ドクン……ドクン……ドクン……。

「……おい、そこをどけ」

 俺は目の前にいたチャフの顔面にアイアンクローを仕掛ける。いきなりのことでチャフは慌てて俺の腕を掴みほどこうとするが。

「あっああああああああああああああああ!」

 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。


 ソンナチャチィイチカラデフリホドケルトオモワレルナンテシンガイダ。
 ゲンジツヲオシエテヤレ。


 俺は力でチャフを跪かせ、地面に叩きつけた。怒りが俺の中で膨れ上がる。殺意が芽生えていく。 

 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。

 俺は強が野球をやっている理由を知っている。
 とてもせつない理由だけれど、いつか、野球を楽しむためにやってほしいと願っている。
 野球を通じて、友達やライバルといった者達と出会って、家族に捨てられた悲しみをいやして欲しいと思う。
 それを……てめえみたいなクソ野郎が踏みにじる権利などあるはずがない。
 

 フザケルナフザケルナフザケルナ。


 俺は国八馬の元へ歩き出す。
 頭が沸騰しそうなくらい熱い……怒りで……抑えきれない……心臓の音が……聞こえる……。

 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! 


 モウイイコノチャバンヲオワラセルオマエモアイツラノヨウニイッショウショウガイガノコルキズヲオワセテヤルイタミヲクレテヤル。


 俺が国八馬の顔面を殴りつけようとしたとき、強が俺の前に立ち塞がった。

「どけ」
「やだ。これは俺の喧嘩だから。あんちゃん、言ったじゃない。野球で戦えって。アイツらはみんなを、野球をバカにした。許せない」
「……」
「おい、藤堂。お前が土下座して、その場で丸坊主になったら、腕は勘弁してやってもいいぜ。そっちの方が楽しそうだしな。なんなら、お前も出るか?」

 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!  ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!


 ヤレ……アイツモヤッテシマエ……コンドハコロシテシマエ……。


「そこで何をやっている!」

 俺達に向かって怒鳴り声が響いてきた。
 警察だ。
 誰かが通報したのだろう。


 コレマデカ……。


  ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。

 国八馬はこれみよがしにグラウンドにツバを吐き捨てる。強が怒りで国八馬に注意しようとしたが、俺が止めた。
 悔しそうにしている強に、国八馬は中指を立て、悠々と歩いて去って行った。
 警察官は何事かと俺に問いかけるが、今はブチギレそうで何も答えたくなかった。
 朝乃宮と奏が代わりに答えてくれている。
 俺は国八馬が去って行った方向をずっと、睨みつけていたが……。

「一昨日来やがれ、このボケが!」
「……」

 剛……お前のそのキャラ、嫌いじゃねえよ……。
 剛は中指を立て、舌を出して挑発していた。最後にお尻ペンペンまで……って、今時のガキもするんだな、そういうこと……。

「ちょっと! レディの前でそういうこと、やめなさいよ!」
「ほご!」

 雅が顔を真っ赤にして強の股間を蹴り上げる。コイツら、お約束をしないと気が済まないのか?
 それとな、雅。武士の情けだ。ソコは手加減してやってくれ。

「あっ、キミは藤堂さんところのお孫さんじゃないか。また、喧嘩か? あまり藤堂さんを困らせちゃダメだよ」
「……いえ、別にいつも喧嘩しているわけじゃあ……それに、貴方って確か、ブルー……」
「ねえ、やめてくれない! せっかく堅気の仕事につけたんだからさ! それとも、青島の海に沈んどく?」

 警察官が一般市民を脅すなよ……拳を強達の見えないところで俺の脇腹をえぐるの、やめてほしい。
 けど、厄介なことになったな。
 国八馬か……狙いは何だ? 俺か?
 マジで厄介ごとになりそうだ。気を引き締めなければ……。

「藤堂はん」
「何だ、朝乃宮? 何か気になったことがあるのか?」
「いえ、タイムセールが始まりますからはよういかんと」
「……」
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