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三章

三話 望むところだ その三

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「!」

 無代恭介だと? まさか……。

「彼が関わっています」
「そんなバカな! アイツは少年院入りしただろうが! まだ刑期は残っているはずだ!」
「仮釈放で出てきたんですよ。どこかの愚者が手引きしたせいでね」

 信じられん……いや、信じたくなかった。

 無代恭介。
 青島で最悪な不良といえば、と聞かれたら、俺らの世代では誰もが口をそろえてアイツの名前を述べるだろう。
 無代恭介と。
 暴力とセックスを何よりも好み、相手を障害が残るまで殴りつけ、壊す狂人。いくつもの犯罪を犯し、少年院送りになった犯罪者。
 もう二度と顔を見たくなかった。その名を聞きたくなかった。
 この男は青島の膿だ。

「無代恭介は内地で『レッドアーミー』というチームを作り、私達に復讐を目論んでいます。特に藤堂さん達は恨まれているでしょうね」

 なるほどな。
 しつこく俺を狙ってくるのはそういった理由か。まだ、いくつか疑問が残るが、問題は無代恭介だ。

「そこで提案なのですが、私の兵隊になってもらえませんか?」
「兵隊だと?」
「ええっ。実は私達青島の不良チームは近々、連合を組む予定があります。藤堂さんには連合の兵隊になってほしいんです」

 青島の不良達が連合を組むだと? そんなこと……。

「ありえないだろうが。チーム同士組むなんて、青島らしくない」
「……ふっ、やはりそこなんですね。気になるところは」
「もちろん、兵隊扱いも気に入らないが、それ以上に連合を組むとか考えられん。例え、敵の敵は味方だとしてもだ」

 青島の不良は我が強い。
 チームの団結は強いが、チーム同士の仲は最悪だからな。敵か制圧する対象としか見ていないはずだ。
 風紀委員にそれぞれ違うチームだった御堂や順平が一緒にいるのは奇跡と言っても過言ではない。
 それに淋代だって他のヤツの指揮下に入るなんてまっぴらごめんだろう。

「まあ、連合と言っても、『レッドアーミー』が責めてきたときだけ、情報共有と売られた喧嘩を邪魔しない程度ですが。それでも、無代恭介とその裏にいる人物は叩き潰しておきたいのが本音ですからね」
「裏にいる人物だと?」

 頭が痛くなってきた。
 無代恭介だけでも手が焼けるのに、まだ注意人物がいるのか? 呆れてものがいえない。
 これは一度、左近と相談する必要があるな。

「それで、どうですか? 私の提案、受け入れていただけますか?」
「……考えさせてくれ」
「おい! ここで返事しないなんて、ヘタレなこと、言ってるんじゃねえぞ!」

 周りが殺気立って、俺を睨んできた。険悪な雰囲気に俺は退路を確保する為に、周りを見渡す。
 一番手薄なところに特攻して、逃げるか。
 相手は十人以上で囲まれている。凶器のバット付きだ。ここで喧嘩すれば、間違いなくボコられる。
 順平との特訓でダメージは少し残っているが、問題ない。

「やめろ! 私に恥をかかせるな!」

 淋代の一声で全員の動きがぴたっと止まる。
 荒くれ者をまとめる統率力は流石としか言いようがない。淋代こそが一番厄介な相手だ。

「失礼しました。今日のところはここまでにしましょう。私もすぐに答えをもらえるとは思っていませんから。ただ……」

 淋代が左手を上げると、倉庫の中からまた新たな人物が出てきた。
 今度は四人が引きずられてきた。
 先ほどの二人とは比べものにならないくらいにボコられている。
 顔の原型が分からないくらい晴れ上がっていて、体中痣だらけになっている。
 服もいくつか破けていて、わずかなうめき声が虫の息のように聞こえた。
 これは入院コースだな。下手したら三ヶ月はナースのお世話になるかもな。

 俺はここまで傷めてつけた淋代に恐怖……よりも、まあ、仕方ないなとしか思わなかった。
 人に恨まれるとはこういうことだ。俺だって経験がある。何度も痛い目に遭って、理不尽に苦しめた。
 今度も覚悟しなければならない。これが明日の我が身だと。

「私達の提案に乗れとは言いませんが、裏切ればこうなります。まあ、藤堂さんには脅しにもならなかったようですが。ただ、気合いは入ったみたいですね」
「おかげさまでな」

 徐々に日常が壊れていく。あの平和だった青島が、また闘争の日々に明け暮れることになる。
 俺には家族がいる。護るべき人がいる。
 護らなければ……どんな犠牲を払っても……たとえ、強との約束を破ることになっても……。

「藤堂さんに会えてよかったです。やはり、あなたは信頼に値する。私と同種の人間であり……」

 淋代はニコッと笑いながら、俺にハッキリと告げた。

「少年Aですからね」

 俺は黙って淋代に背を向けた。



「……というわけだ」
「……」

 次の日の放課後、俺と左近、御堂、黒井。順平、朝乃宮は風紀委員室に集まっていた。
 昨日、淋代と話したことをそのまま伝えた。
 無代恭介の話になると、全員の顔がこわばった。特に朝乃宮と御堂は不快感をあらわにしている。

 二人は無代に狙われていたからな。あの変態野郎のことを思い出すだけで鳥肌ものだろう。特に朝乃宮は……。
 黒井は殺意をみなぎらせている。大切なお姉様の天敵だからな。
 順平はやれやれと言いたげな態度をとっている。呆れているみたいだ。

 ちなみに無代恭介を病院送りにして、逮捕されるきっかけを作ったのは順平だ。無代恭介は俺よりも強かったが、順平には足下にも及ばなかった。

「なあ、左近。もしかして、俺だけか? 知らなかったのは?」
「……ウチも知りませんでしたけど」

 俺の意見に朝乃宮が同意するが、他は沈黙している。それが答えみたいだな。

「僕が口止めしておいたんだ。正道はいろいろと問題を抱えていたし、これ以上、厄介ごとを背負って欲しくなかったからね。朝乃宮は言わずもがな、でしょ?」

 厄介ごとか……。
 確かに、去年はいろいろあったからな。特に家族のことで頭がいっぱいだった。
 あのときに話を聞かされていたら……俺は逃げていたな。
 厄介ごとができたと、最優先事項ができたと安心し、家族のことをないがしろにしていた。それを口実にして逃げて続けていただろう。
 左近は伊藤の事で俺を恨んでいたはずだ。それなのに……。

「すまん」
「いや、いいよ。僕も話しておくべきだった。朝乃宮も悪かったね」
「……別にいいですけど」

 朝乃宮は特に気を悪くしたような態度をとっていない。無代恭介が襲ってきても、朝乃宮なら返り討ちが可能だ。
 いや、朝乃宮は冷静でいられるだろうか? 朝乃宮にとって無代恭介は……。
 ただ、上春を人質にとられたり、護りながら戦うとなると、朝乃宮は負けてしまうかもしれない。
 そうなったら、朝乃宮は無代恭介の手に落ちる。強姦される。

 ぶっ殺す!

 そう考えただけで血管がブチ切れそうになる。
 アイツの性器、斬り落とすべきだったかもな。そしたら、少しはマシになるはずだ。
 くそっ! ムカついてきた。俺にもっと力があったら……いや、今からでも遅くない。
 強くなってみせる。あのクソ野郎に負けないために。

「なら、話を戻そう。レッドアーミーの事だけど、実はコンタクトをとっているんだ」
「なんだと!」

 衝撃的だった。レッドアーミーと会っていただと? 左近の言っていた手を打っているとはこのことか?
 だが、それは……。

「おい! どういうことだ! まさか、アイツらと交渉したわけじゃないよな!」

 最も激怒していたのは御堂だった。確かに業腹ものだ。無代恭介に話しなんて通じないよな。
 朝乃宮は目を閉じ、沈黙を決め込んでいる。

「したよ。いきなり殴り合いはまずいでしょ。牽制……和平交渉から入るべきでしょ?」
「いや、思いっきり牽制って言葉、使ってるじゃん」

 順平は引いていたが、これこそ左近だと思う。
 左近は自分の思惑通りでないと、いろいろと策をたたきつけてくるからな。相手をネチネチといたぶるように仕掛けてくる。
 ただ、身内から裏切り行為があった場合、徹底的に全く遠慮なく排除するからな。
 けど、出し抜かれると何が面白いのか笑い出す。俺には理解できないことが多い。

「とりあえず、学校公認の委員が最初から喧嘩はダメでしょ。正道は黙認されているだけだからね。都合が悪くなれば、それを旗印にして、意気揚々と退学に持っていくから注意しなよ」
「……分かっている」

 俺だって自分から喧嘩を売っているわけではない。相手に喧嘩を売られた場合のみ、正当防衛しているだけだ。

「いや、お前の行為は正当防衛じゃないからな」

 御堂にまでツッコまれてしまった。言われんでも分かってる。けど、俺から喧嘩をふっかけたわけではない。

「ほんま、自覚がないところが余計にたちが悪いわ」

 ……ふっかけてないよな? いつもの朝乃宮の皮肉だよな? 口元が緩んでるぞ、朝乃宮。

「とにかく、出所祝いも兼ねて釘は刺しておいたから。ちょくちょくちょっかいはかけられるかもしれないけど、全面戦争にはならないから」
「……」

 まあ、それでもよしとするか。
 雑魚相手なら問題ないが、油断はしない。

「レッドアーミーはそれでいいとして、青島西中の淋代だっけ? それはどうするの?」

 そうだな、その件もあった。
 多分、断ればかなり厄介なことになる気がする。
 だからといって、仲間になるのもどうかと思うのだが、ただ、提案自体は魅力的なんだよな。
 なんだかんだで、戦力が増えるのはありがたいし、無代恭介のことを考えると、やりすぎるってことはない。

「そのことなんだけど、僕が話をしに言ってもいいかな? 場合によっては、その連合の力を借りたいって思うしね」
「ああん? 私達だけじゃあ頼りないって事か?」

 左近の提案に御堂は難色を示す。
 基本、自分達の事は自分達で、が基本だ。他人の力を借りることなど、相手よりも劣っている、負けていると認めるようなものだ。
 そんなこと、死んでも認めたくないだろう。自分の力を信じているのであれば、尚更だ。

「話を聞く限り、情報の共有と共通の敵と認識することでしょ? 情報の共有は魅力的だしね」
「だから、藤堂を差し出すのか? 私は認めねえからな!」

 御堂は机をドンっと強く叩きつける。
 気を遣ってもらって嬉しいと思う。けど……。

「……御堂、サンキューな。けど、俺は別に構わないと思ってる。無代恭介と戦争するのなら、俺が叩きのめしたいからな」
「今のお前じゃあ、かなわねえよ」
「今のだろ? それまでに強くなったやる」

 俺と御堂は睨み合う。ただ、このにらみ合いは喧嘩ではなく、真意を測っているようだ。
 もちろん、目をそらすつもりも、引き事もしない。勝てないからって、避けるのは納得いかない。

「ふっ、いいぜ。たっぷり鍛えてやるよ。今からでもな」
「望むところだ」

 今日もボコボコにされそうだ。だが、負ける悔しさ、勝つためにどうしたらいいのかと考え、鍛えることがレベルアップの第一歩だと思っている。
 左近達は呆れていたが、これで会議は終了となった。



「藤堂はん」
「朝乃宮か」

 話しかけてくれると思ったよ。朝乃宮が何を言いたいのか、手に取るように分かる。

「あの男の事ですけど」
「上春には言わない」
「助かります」

 朝乃宮はそれだけを言い残し、去って行った。
 俺は窓の外を見る。
 どんよりと曇った空は今の俺の心境を現しているかのように見えた。

 問題は何一つ解決していないが、左近の水面下の交渉もあってか、最近は静かで平和だった。
 だが、とんでもない厄介ごとが俺と強に襲いかかる。
 何が起こるのか?
 その事件が起こる五日前、今から二日後の夕方から全ては始まっていたのかもしれない。
 アイツらとの出会いによって。
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