431 / 523
第七部 俺達の家族 -団結編-
プロローグ ……許せない
しおりを挟む
「やっと帰ったか……」
俺はため息をつき、コタツに体を伏せた。
本当に疲れた。この五日間、小学生相手に振り回されるとか、勘弁して欲しい。
来年も菜乃花に振り回されると思うと、うんざりするが、一年後のことだ。今は、のんびりさせてもらおう。
「兄さん、お疲れ様です」
上春が湯飲みを俺の目の前に置いて、笑いかけてきた。
「上春こそ、お疲れ。すまなかったな」
「いえ。私も楽しかったです」
そう言ってくれるのは嬉しいが、顔が引きつっているぞ。
俺は体を起こし、湯飲みに口をつける。
……苦っ!
「どうです? 疲れが吹き飛びました?」
こ、この声は……。
こんな意地の悪いことをするヤツは一人しかいない。
朝乃宮だ。
顔立ちは綺麗なのに、やることはえげつない……っと言うか、最近はやることが小さい。ちょっとした意地悪をしてくる。
まあ、笑って許せる小さな事なのだが。
「……上春。このお茶が苦いって知ってて、出したな?」
「ひゅーひゅーひゅー」
コイツ、笑顔で俺を嵌めるとか、遠慮がなくなってきたな。いや、上春も菜乃花のことでストレスを感じていたのだろう。
けどな……。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
「お仕置きだ」
俺のことを兄だと思っているのなら、少しは助けろ、バカ者が。
五秒ほどアイアンクローをした後、離してやった。上春は涙目で文句を言ってきたが、もちろん無視だ。
俺は茶を一気に飲み干した。
「ごちそうさん。上春、荷物を自分の部屋に戻しておけよ。やっと、部屋に戻れる」
「……お疲れ様です、兄さん。私もやっと一人部屋に戻れます。けど、強と別れるとなると、少し寂しいです」
コイツ、凄いな。
前々から思っていたのだが、恥ずかしいとかそういうこと、考えないのか?
いくら一緒に住んでいるからといって、血は繋がっていないんだぞ? 異性と一緒で何も感じないのか?
相手は強だし、そこらへんは問題ないとは思うが、少しは慎めよ。でも、気にしていないのなら……。
「だったら、ずっと強と一緒にいるか? 俺は一人部屋でも構わないんだが」
「いえ、一人部屋がいいです」
コイツ、即答しやがった。
強が聞いたら悲しむぞ。俺も朝乃宮も苦笑してしまう。
「あっ、言い忘れてましたけど、ウチもこの家にお世話になります。よろしゅうお願いします」
マジかよ。本格的に参戦するワケか。集合体に。
歓迎してやるよ。
俺と朝乃宮はお互い笑顔で睨み合う。
「よろしくな、朝乃宮。この家に住む以上、ちゃんとルールには従ってもらうからな。それより、部屋、どうする? 部屋に余りがないから……そうだ。上春の部屋、一人だよな? だったら、悪いが二人でルームシェアしてくれ」
「よろしゅう、咲」
「わ、わ~い。嬉しいな~」
「「……」」
お、おい、コイツ……顔が引きつってるぞ。あからさまに顔に出てやがる。
見ろ、朝乃宮がジョボーンとした顔になってる。溺愛している相手に袖にされたのだから仕方ないか。
「……なら、さっさと始めるか」
「えっ?」
「引っ越してくるんだろ? 手伝ってやる」
朝乃宮は目を丸くしているが、当然だろ? どれだけ荷物があるのかは知らんが、男手は必要だろうが。
とっとと終わらせて、冬休み最後の日はのんびりとさせていただこう。
「期待させていただきます」
朝乃宮に笑顔でお礼を言われ、俺はたいしたことないと手をヒラヒラとする。
義信さんに声を掛けて、車も出してもらうか。女性の荷物は多そうだし。
「荷物はそんなに多くありません。必要最低限の物だけお願いします。時々はマンションの手入れをせなあきませんし」
「そっか……」
ふと、朝乃宮はきっと、親には内緒でウチに来るのではないかと思った。フツウならありえないが、朝乃宮の家は特殊だ。
厄介なことになりそうだとは思いつつ、これ以上厄介ごとが増えてもそう変わらないなと思った。
「「「いただきます」」」
冬休み最後の夜。
俺達は何ら変わらずテーブルを囲んで、晩ご飯をいただく。
並びは義信さんを時計回りに、楓さん、女、朝乃宮、上春、信吾さん、強、俺の順に並んでいる。
俺は目をこすり、小さくあくびをした。
昨日は朝乃宮の引っ越しのための作業で一日が潰れ、今日は丸一日、体を休めた。
年末から昨日まで、毎日何かしらの出来事があったから、疲れていたんだな。起きたのが午後四時だった。
昨日は零時に寝たので、十六時間寝たことになる。よくもまあ、それだけ眠れたと、我ながら感心しつつ、今日の夜、眠れるのかと心配になる。
運が悪い事に明日は学校だ。寝坊は出来ない。
少しだるいし、ベットで横になっていれば眠れるだろう。
俺はあくびを噛みしめつつ、味噌汁をすすった。
ん? この味は……。
「楓さん、味噌汁の味噌、変えました?」
「分かります? いつもと違う味噌なので、お口にあうか不安でしたけど」
「いえ、美味しいですよ。味噌汁なのに甘みを感じて違和感を覚えますが、これはこれで美味しいです」
具は里芋とネギだけだが、それは味噌本来の味を邪魔しないためのものと考えられる。甘いんだけど、ほんのり甘いっていうか、クドくない。
口当たりがよく、体がじんわりと暖まる。疲れが和らぐな。
こういうのっていいよな。調味料で彩られた味ではなく、素材そのものの味を引き出し、体に優しい作りだ。
その人の性格が、楓さんの優しさが伝わってくる。
味噌の色からして、白味噌か?
本当に珍しい。白味噌って確か、関西……。
「……」
俺は朝乃宮の方を見た。
朝乃宮はすました顔をしている。いや、頬がかすかに緩んでいる。
俺は茶碗の持つ手が震えた。
しまった! これは罠か!
この味噌汁は楓さんが作ったわけではない。これは、朝乃宮が作ったんだ! あのすました顔が証拠だ!
朝乃宮の実家は関西の京都だ。そして、京都には白味噌、もしくは西京味噌が有名だ。きっと、お土産に買ってきたのだろう。
楓さんの料理の腕はたしかだが、白味噌をいきなり、ここまで調理できるとは思えない。
きっと、この味は何度も白味噌を調理して、作り上げた味だ。
俺は一年程度しか、料理を学んでいない。しかし、朝乃宮はどうだ? きっと、幼い頃から躾として仕込まれてきたのだろう。
俺はこの家で二番目に料理が美味いと自負している。一番はもちろん、楓さんだ。だが、二番目は譲れない。
女との一騎打ちだと思っていたが、ここで伏兵、いや、ダークホースが現れた。
朝乃宮だ。
コイツ、俺が密かに藤堂家で二番目のシェフを狙っていることに気づき、仕掛けて来やがった。
朝乃宮は今日の晩ご飯、白味噌とブリの西京焼き、小松菜、白菜といった冬野菜を使ったしょうが味噌炒め。
旬の食材を使った料理と白味噌で宣戦布告し、参戦してきたのだ。
散々、俺の料理をコケ下ろしてくれたからな、コイツは。今度は実力で俺の料理に挑んできたわけか。
朝乃宮は一瞬だけ、俺と目を合わせた。
そのしたり顔がムカつくが、上等だ、勝負してやる!
とりあえず、敵情視察ってことで料理を味わうか。見た目からして綺麗に整っていて、目の保養にもなる。
シンプルな料理だが、だからこそ、素材の味で勝負しているのだろうな。
「やった! 今日は千春ちゃんの手料理だね! 美味しいんだよね、千春ちゃんの料理」
コイツ、裏切ったな……。
俺は大喜びしている信吾さんを睨みつける。明日から信吾さんの料理は料理の量を少なくしてやる。
けど、そうなると、俺が不利だな。
上春家は朝乃宮の料理を食べ慣れているし、上春達は関西の出身だ。朝乃宮の作る料理の方が馴染みがあるだろう。
……コイツらの好物を連続で作ろうかな。
信吾さんは嬉しそうにご飯を……。
「おい、待て」
「ん? 何? 正道君」
「……何をしているんだ?」
「何って、見て分からない?」
いや、分かるが理解できないのだ。
信吾さんはご飯にまず、ブリをのせた。そして、その上に味噌汁をぶっかけた。そこまではいい。
味噌汁かけご飯は賛否両論はあるとはいえ、信吾さんのやっていることは鮭茶漬け……ではなく、ブリ味噌漬けだ。
だが、しかし……醤油はないだろ?
そんなにドボドボ入れたら、繊細な味付けが醤油漬けになるだろうが! せっかくの味がおかしくなるだろうが!
しかも、その上から冬野菜を入れて、箸でグルグル回している。目茶苦茶だ。
「うん、美味しい! 流石は千春ちゃんの料理! 美味しいよ!」
いや、それはお前のオリジナルだろうが! この料理の一つひとつに工夫と仕込みがあるんだぞ。それを全て台無しにするなんて……。
強も信吾さんを真似てか、味噌汁かけご飯にしている。流石に醤油やブリを入れてはいなかったが。
「もう、お父さん! 恥ずかしいからやめてください! せっかくの料理が台無しです!」
おおっ! いいぞ、上春。もっと言ってやれ!
「いいじゃん。ご飯なんて好きに食べたら。ですよね、お義父さん」
「……まあ、そうだな」
おおっ、かなり微妙な顔をしているが、義信さんは怒らなかったな。楓さんは少し悲しげな顔をしているが。
「それならいいんですけど……あっ、兄さん。私、兄さんの料理の方が好きですから。味付けが少し濃いめの方が美味しいですし」
うん、上春、ありがとうな。
けどな、上春。朝乃宮、すました顔をしているが、小刻みに震えてるぞ。
薄味、いいじゃないか。美味しいんだぞ、凄く美味しいんだぞ。
「……流石は朝乃宮だな。このブリ、美味しいぞ」
「……おおきに」
なんだろう……すごく気まずい。ごめんな、朝乃宮。投げやりな返事が哀愁を漂わせている。
いや、俺は悪くないんだが、朝乃宮も大変だな。俺は分かっているからな。
味噌炒めに箸をつけようとしたとき。
ガシャン!
甲高い窓ガラスの割れる音が食卓に飛び込んできた。ここにいる全員が黙り込む。
なんだ?
「ちょっと、何の音?」
「立ち上がるな。俺が見に行く」
女が立ち上がろうとしたので、俺がそれを制し、様子を見に行く。万が一も考えられるからな。
俺と義信さん、信吾さんは音がしたところ、台所へ向かう。
大きな音がしたので、シュナイダーがワンワンと吼えまくっている。
台所へ行くと、窓が割れていた。地面にはボールが転がっている。
ボールが窓に当たって割れたのか?
幸い、被害は窓だけだが、一つだけ分かっていることがある。
これは悪意の行為だ。誰かがわざと、ぶつけたのだ。
「えっ? なにこれ? ボール? こんな時間帯に飛んでくるの?」
そんなわけないだろ、信吾さん。
これは……。
「悪戯ですかね?」
「……なんとも言えんが、故意であることは間違いない。私は警察に電話する。何も触らず、そのままにしておいてくれ」
義信さんは携帯で電話している。
はぁ……晩ご飯の片付けとかどうすればいいのやら。
この冬時にガラスを割るとか、嫌がらせにも程がある。しかも、俺達が口にする料理を作る場所を狙いやがって……。
「……」
「強?」
いつの間にか、強が俺達の後ろに立っていた。強は俺の持っているボールを睨んでいる。
睨んでいる? もしかして、怒っているのか?
「……許せない」
珍しく、強が怒っている。
強が怒るなんて二度目だな。一度目はシュナイダーを飼うかどうか家族会議をしたとき。
そのときは、強の本心を引き出すため、わざと怒らせた。
それ以降、強は怒ることがなかったのだが、今は一度目以上に怒っている、激怒しているといってもいい。
もしかして、この悪戯をした犯人を知っているのか? それとも……。
この事件は、俺と強を巻き込み、大事件になることを、俺はまだ想像すら出来なかった。
俺はため息をつき、コタツに体を伏せた。
本当に疲れた。この五日間、小学生相手に振り回されるとか、勘弁して欲しい。
来年も菜乃花に振り回されると思うと、うんざりするが、一年後のことだ。今は、のんびりさせてもらおう。
「兄さん、お疲れ様です」
上春が湯飲みを俺の目の前に置いて、笑いかけてきた。
「上春こそ、お疲れ。すまなかったな」
「いえ。私も楽しかったです」
そう言ってくれるのは嬉しいが、顔が引きつっているぞ。
俺は体を起こし、湯飲みに口をつける。
……苦っ!
「どうです? 疲れが吹き飛びました?」
こ、この声は……。
こんな意地の悪いことをするヤツは一人しかいない。
朝乃宮だ。
顔立ちは綺麗なのに、やることはえげつない……っと言うか、最近はやることが小さい。ちょっとした意地悪をしてくる。
まあ、笑って許せる小さな事なのだが。
「……上春。このお茶が苦いって知ってて、出したな?」
「ひゅーひゅーひゅー」
コイツ、笑顔で俺を嵌めるとか、遠慮がなくなってきたな。いや、上春も菜乃花のことでストレスを感じていたのだろう。
けどな……。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
「お仕置きだ」
俺のことを兄だと思っているのなら、少しは助けろ、バカ者が。
五秒ほどアイアンクローをした後、離してやった。上春は涙目で文句を言ってきたが、もちろん無視だ。
俺は茶を一気に飲み干した。
「ごちそうさん。上春、荷物を自分の部屋に戻しておけよ。やっと、部屋に戻れる」
「……お疲れ様です、兄さん。私もやっと一人部屋に戻れます。けど、強と別れるとなると、少し寂しいです」
コイツ、凄いな。
前々から思っていたのだが、恥ずかしいとかそういうこと、考えないのか?
いくら一緒に住んでいるからといって、血は繋がっていないんだぞ? 異性と一緒で何も感じないのか?
相手は強だし、そこらへんは問題ないとは思うが、少しは慎めよ。でも、気にしていないのなら……。
「だったら、ずっと強と一緒にいるか? 俺は一人部屋でも構わないんだが」
「いえ、一人部屋がいいです」
コイツ、即答しやがった。
強が聞いたら悲しむぞ。俺も朝乃宮も苦笑してしまう。
「あっ、言い忘れてましたけど、ウチもこの家にお世話になります。よろしゅうお願いします」
マジかよ。本格的に参戦するワケか。集合体に。
歓迎してやるよ。
俺と朝乃宮はお互い笑顔で睨み合う。
「よろしくな、朝乃宮。この家に住む以上、ちゃんとルールには従ってもらうからな。それより、部屋、どうする? 部屋に余りがないから……そうだ。上春の部屋、一人だよな? だったら、悪いが二人でルームシェアしてくれ」
「よろしゅう、咲」
「わ、わ~い。嬉しいな~」
「「……」」
お、おい、コイツ……顔が引きつってるぞ。あからさまに顔に出てやがる。
見ろ、朝乃宮がジョボーンとした顔になってる。溺愛している相手に袖にされたのだから仕方ないか。
「……なら、さっさと始めるか」
「えっ?」
「引っ越してくるんだろ? 手伝ってやる」
朝乃宮は目を丸くしているが、当然だろ? どれだけ荷物があるのかは知らんが、男手は必要だろうが。
とっとと終わらせて、冬休み最後の日はのんびりとさせていただこう。
「期待させていただきます」
朝乃宮に笑顔でお礼を言われ、俺はたいしたことないと手をヒラヒラとする。
義信さんに声を掛けて、車も出してもらうか。女性の荷物は多そうだし。
「荷物はそんなに多くありません。必要最低限の物だけお願いします。時々はマンションの手入れをせなあきませんし」
「そっか……」
ふと、朝乃宮はきっと、親には内緒でウチに来るのではないかと思った。フツウならありえないが、朝乃宮の家は特殊だ。
厄介なことになりそうだとは思いつつ、これ以上厄介ごとが増えてもそう変わらないなと思った。
「「「いただきます」」」
冬休み最後の夜。
俺達は何ら変わらずテーブルを囲んで、晩ご飯をいただく。
並びは義信さんを時計回りに、楓さん、女、朝乃宮、上春、信吾さん、強、俺の順に並んでいる。
俺は目をこすり、小さくあくびをした。
昨日は朝乃宮の引っ越しのための作業で一日が潰れ、今日は丸一日、体を休めた。
年末から昨日まで、毎日何かしらの出来事があったから、疲れていたんだな。起きたのが午後四時だった。
昨日は零時に寝たので、十六時間寝たことになる。よくもまあ、それだけ眠れたと、我ながら感心しつつ、今日の夜、眠れるのかと心配になる。
運が悪い事に明日は学校だ。寝坊は出来ない。
少しだるいし、ベットで横になっていれば眠れるだろう。
俺はあくびを噛みしめつつ、味噌汁をすすった。
ん? この味は……。
「楓さん、味噌汁の味噌、変えました?」
「分かります? いつもと違う味噌なので、お口にあうか不安でしたけど」
「いえ、美味しいですよ。味噌汁なのに甘みを感じて違和感を覚えますが、これはこれで美味しいです」
具は里芋とネギだけだが、それは味噌本来の味を邪魔しないためのものと考えられる。甘いんだけど、ほんのり甘いっていうか、クドくない。
口当たりがよく、体がじんわりと暖まる。疲れが和らぐな。
こういうのっていいよな。調味料で彩られた味ではなく、素材そのものの味を引き出し、体に優しい作りだ。
その人の性格が、楓さんの優しさが伝わってくる。
味噌の色からして、白味噌か?
本当に珍しい。白味噌って確か、関西……。
「……」
俺は朝乃宮の方を見た。
朝乃宮はすました顔をしている。いや、頬がかすかに緩んでいる。
俺は茶碗の持つ手が震えた。
しまった! これは罠か!
この味噌汁は楓さんが作ったわけではない。これは、朝乃宮が作ったんだ! あのすました顔が証拠だ!
朝乃宮の実家は関西の京都だ。そして、京都には白味噌、もしくは西京味噌が有名だ。きっと、お土産に買ってきたのだろう。
楓さんの料理の腕はたしかだが、白味噌をいきなり、ここまで調理できるとは思えない。
きっと、この味は何度も白味噌を調理して、作り上げた味だ。
俺は一年程度しか、料理を学んでいない。しかし、朝乃宮はどうだ? きっと、幼い頃から躾として仕込まれてきたのだろう。
俺はこの家で二番目に料理が美味いと自負している。一番はもちろん、楓さんだ。だが、二番目は譲れない。
女との一騎打ちだと思っていたが、ここで伏兵、いや、ダークホースが現れた。
朝乃宮だ。
コイツ、俺が密かに藤堂家で二番目のシェフを狙っていることに気づき、仕掛けて来やがった。
朝乃宮は今日の晩ご飯、白味噌とブリの西京焼き、小松菜、白菜といった冬野菜を使ったしょうが味噌炒め。
旬の食材を使った料理と白味噌で宣戦布告し、参戦してきたのだ。
散々、俺の料理をコケ下ろしてくれたからな、コイツは。今度は実力で俺の料理に挑んできたわけか。
朝乃宮は一瞬だけ、俺と目を合わせた。
そのしたり顔がムカつくが、上等だ、勝負してやる!
とりあえず、敵情視察ってことで料理を味わうか。見た目からして綺麗に整っていて、目の保養にもなる。
シンプルな料理だが、だからこそ、素材の味で勝負しているのだろうな。
「やった! 今日は千春ちゃんの手料理だね! 美味しいんだよね、千春ちゃんの料理」
コイツ、裏切ったな……。
俺は大喜びしている信吾さんを睨みつける。明日から信吾さんの料理は料理の量を少なくしてやる。
けど、そうなると、俺が不利だな。
上春家は朝乃宮の料理を食べ慣れているし、上春達は関西の出身だ。朝乃宮の作る料理の方が馴染みがあるだろう。
……コイツらの好物を連続で作ろうかな。
信吾さんは嬉しそうにご飯を……。
「おい、待て」
「ん? 何? 正道君」
「……何をしているんだ?」
「何って、見て分からない?」
いや、分かるが理解できないのだ。
信吾さんはご飯にまず、ブリをのせた。そして、その上に味噌汁をぶっかけた。そこまではいい。
味噌汁かけご飯は賛否両論はあるとはいえ、信吾さんのやっていることは鮭茶漬け……ではなく、ブリ味噌漬けだ。
だが、しかし……醤油はないだろ?
そんなにドボドボ入れたら、繊細な味付けが醤油漬けになるだろうが! せっかくの味がおかしくなるだろうが!
しかも、その上から冬野菜を入れて、箸でグルグル回している。目茶苦茶だ。
「うん、美味しい! 流石は千春ちゃんの料理! 美味しいよ!」
いや、それはお前のオリジナルだろうが! この料理の一つひとつに工夫と仕込みがあるんだぞ。それを全て台無しにするなんて……。
強も信吾さんを真似てか、味噌汁かけご飯にしている。流石に醤油やブリを入れてはいなかったが。
「もう、お父さん! 恥ずかしいからやめてください! せっかくの料理が台無しです!」
おおっ! いいぞ、上春。もっと言ってやれ!
「いいじゃん。ご飯なんて好きに食べたら。ですよね、お義父さん」
「……まあ、そうだな」
おおっ、かなり微妙な顔をしているが、義信さんは怒らなかったな。楓さんは少し悲しげな顔をしているが。
「それならいいんですけど……あっ、兄さん。私、兄さんの料理の方が好きですから。味付けが少し濃いめの方が美味しいですし」
うん、上春、ありがとうな。
けどな、上春。朝乃宮、すました顔をしているが、小刻みに震えてるぞ。
薄味、いいじゃないか。美味しいんだぞ、凄く美味しいんだぞ。
「……流石は朝乃宮だな。このブリ、美味しいぞ」
「……おおきに」
なんだろう……すごく気まずい。ごめんな、朝乃宮。投げやりな返事が哀愁を漂わせている。
いや、俺は悪くないんだが、朝乃宮も大変だな。俺は分かっているからな。
味噌炒めに箸をつけようとしたとき。
ガシャン!
甲高い窓ガラスの割れる音が食卓に飛び込んできた。ここにいる全員が黙り込む。
なんだ?
「ちょっと、何の音?」
「立ち上がるな。俺が見に行く」
女が立ち上がろうとしたので、俺がそれを制し、様子を見に行く。万が一も考えられるからな。
俺と義信さん、信吾さんは音がしたところ、台所へ向かう。
大きな音がしたので、シュナイダーがワンワンと吼えまくっている。
台所へ行くと、窓が割れていた。地面にはボールが転がっている。
ボールが窓に当たって割れたのか?
幸い、被害は窓だけだが、一つだけ分かっていることがある。
これは悪意の行為だ。誰かがわざと、ぶつけたのだ。
「えっ? なにこれ? ボール? こんな時間帯に飛んでくるの?」
そんなわけないだろ、信吾さん。
これは……。
「悪戯ですかね?」
「……なんとも言えんが、故意であることは間違いない。私は警察に電話する。何も触らず、そのままにしておいてくれ」
義信さんは携帯で電話している。
はぁ……晩ご飯の片付けとかどうすればいいのやら。
この冬時にガラスを割るとか、嫌がらせにも程がある。しかも、俺達が口にする料理を作る場所を狙いやがって……。
「……」
「強?」
いつの間にか、強が俺達の後ろに立っていた。強は俺の持っているボールを睨んでいる。
睨んでいる? もしかして、怒っているのか?
「……許せない」
珍しく、強が怒っている。
強が怒るなんて二度目だな。一度目はシュナイダーを飼うかどうか家族会議をしたとき。
そのときは、強の本心を引き出すため、わざと怒らせた。
それ以降、強は怒ることがなかったのだが、今は一度目以上に怒っている、激怒しているといってもいい。
もしかして、この悪戯をした犯人を知っているのか? それとも……。
この事件は、俺と強を巻き込み、大事件になることを、俺はまだ想像すら出来なかった。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します
バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。
しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。
しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生ーーーしかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく・・?
少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。
(後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。
文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。
また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。
黒犬と山猫!
あとみく
BL
異動してきたイケメン同期の黒井。酔い潰れた彼をタクシーに乗せようとして、僕は何かが駆けめぐるのを感じた…。人懐こく絡んでくる黒井に一喜一憂が止まらない、日記風の長編。カクヨムでも公開しています。
【あらすじ】
西新宿の高層ビルで、中堅企業に勤める営業5年目の僕(山根)。本社から異動してきた黒井は同期だが、イケメン・リア充っぽいやつで根暗な僕とは正反対。しかし、忘年会をきっかけに急接近し、僕はなぜだかあらぬ想いを抱いてしまう。何だこれ?まさか、いやいや…?…えっ、自宅に送ってもう泊まるとか大丈夫なのか自分!?
その後も気持ちを隠したまま友人付き合いをするが、キスをきっかけに社内で大騒動が起こってしまい…
途中から、モヤモヤする社会人生活で、何かを成したい、どこかへ向かいたい二人の、遅咲きの青春小説?的な感じにもなっていきます!(作者の趣味全開な部分もあり、申し訳ありません!)
【設定など】
2013年冬~、リアルタイムで彼らの日々を「日記風」に書いてきたものです。当時作者が西新宿で勤めており、何日に雪が降ったとかも、そのまんま。社内の様子などリアルに描いたつもりですが、消費税がまだ低かったり、IT環境や働き方など、やや古臭く感じるかもしれません…。
なお視点は<僕>による完全一人称で、ひたすらぐるぐる思考しています。また性描写はR15にしていますが、遭遇率は数%かと…(でもないわけじゃないよ!笑)。
【追記】
長編とはいえとうとう300話もこえてしまい、初めましての方のために少々ガイド的な説明をば(尻込みしてしまうと思うので…)。
ひとまず冒頭は<忘年会>がメインイベントとなり、その後クリスマスを経て年明け、第27話まで(2章分)が、山根と黒井が出会って仲良くなるまでのお話です。読み始めてみようかなという方は、ひとまずそこまででひと段落するんだなーと思っていただければ!
ちなみにその後は、温泉に行こうとしておかしなことが起きたり、会社そっちのけで本気の鬼ごっこみたいなことをしたり、決算期にはちょっと感極まった山場を迎えたりします。まだ更新中ですが、ハッピーエンド完結予定です!
【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで
あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。
連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。
ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。
IF(7話)は本編からの派生。
距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?
hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。
待ってましたッ! 喜んで!
なんなら物理的な距離でも良いですよ?
乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。
あれ? どうしてこうなった?
頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。
×××
取扱説明事項〜▲▲▲
作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+
皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。
9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ(*゚ー゚*)ノ
落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で
黄金
BL
悪役ツビィロランに異世界転移した主人公は、天空白露という空に浮かぶ島で進む乙女ゲームの世界にきていた。
きて早々殺されて、目が覚めるとお助けキャラのイツズが自分の死体を埋めるのだと言っている。
これは前世で主人公の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界で、悪役が断罪されたところから始まる。
地上に逃げたツビィロランとイツズは、それから十年穏やかに過ごしていたのに……。
※やっぱり異世界転移(転生)ものは楽しいですね〜。ということで異世界ものです。
琥珀に眠る記憶
餡玉(あんたま)
BL
父親のいる京都で新たな生活を始めることになった、引っ込み思案で大人しい男子高校生・沖野珠生。しかしその学園生活は、決して穏やかなものではなかった。前世の記憶を思い出すよう迫る胡散臭い生徒会長、黒いスーツに身を包んだ日本政府の男たち。そして、胸騒ぐある男との再会……。不可思議な人物が次々と現れる中、珠生はついに、前世の夢を見始める。こんなの、信じられない。前世の自分が、人間ではなく鬼だったなんてこと……。
*拙作『異聞白鬼譚』(ただ今こちらに転載中です)の登場人物たちが、現代に転生するお話です。引くぐらい長いのでご注意ください。
第1幕『ー十六夜の邂逅ー』全108部。
第2幕『Don't leave me alone』全24部。
第3幕『ー天孫降臨の地ー』全44部。
第4幕『恋煩いと、清く正しい高校生活』全29部。
番外編『たとえばこんな、穏やかな日』全5部。
第5幕『ー夜顔の記憶、祓い人の足跡ー』全87部。
第6幕『スキルアップと親睦を深めるための研修旅行』全37部。
第7幕『ー断つべきもの、守るべきものー』全47部。
◇ムーンライトノベルズから転載中です。fujossyにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる