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五章
五話 あれで問題ないさ その一
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「……ふう」
合計三回ゲームを終えた後、解散となり、俺はリビングに布団をしいた。俺の部屋には今、上春と強がいる。
元々、上春家が藤堂家に転がり込んできたことで、部屋に空きがない。菜乃花が上春の部屋を追い出し、そのせいで上春は部屋なき子になってしまった。
年頃の女子を信吾さん達と同じ部屋に寝かせるのはなんなので、俺が部屋から追い出され、強と一緒で妥協された。
俺は全然妥協されず、玉突き事故に巻き込まれた気分だ。しかも、俺が一番被害に遭っている。
やることもないし、さっさと寝てしまおう。
着替えようとしたとき、視線を感じた。その方向を見ていると……。
「上春か」
パジャマ姿の上春が上目遣いでちょこんとリビングのドアから覗くようにして俺を見つめている。俺は息をつき、上春を手招きする。
上春はちょこちょこと俺の元へ歩いてきた。
「何か用か?」
「……」
上春は何も言わない。
ったく、面倒くさいヤツだな。言いたいことは分からんでもないが。
俺は黙って上春の言葉を待っていたが……。
おい、なんで黙り込んでいる? 言いにくいことなのか?
もしかして、トラブル発生か? 菜乃花が小姑のようにいびってきたか?
少し心配になって、声をかけようとしたとき。
「……ありがとです」
「?」
「……だから、ありがとうございますって言ったんです!」
なぜ、逆ギレ?
上春は頬を朱色に染め、少しふてくされたような顔をして俺を睨みつけてきた。
「父さんから聞きました。兄さんが声をかけてくれたこと」
あのおしゃべり。口止めしときゃよかった。
だが、分からん。なぜ、上春の機嫌は悪いんだ?
「本当は私がするべきでした。私は親善大使なのに……人任せにしてしまって」
「親善大使?」
「はい。私が藤堂家と上春家を盛り上げていかなければならないのに、今日は何も行動できませんでした。せっかく兄さんが私達と向かい合ってくれているのに、私は菜乃花さんに意見されたことで、自分の考えがブレてしまって……情けないです。絶対がないのなら、自分の考えを信じればよかったのに……何もできませんでした。しかも、兄さんの手を煩わせてしまって……」
そっか……そんなことを気にしていたのか……申し訳ないと思っていたワケか。
上春は真面目だと思う。
菜乃花と言い争いになったのは、別にお前のせいではないだろうが。全てはあの女のせいだ。
上春の爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。
肩を落とし、落ち込んでいる上春に、俺は優しく語りかけ……。
「何様だ、お前は」
「あぶしっ!」
優しく語りかけるわけがない。
俺は上春の脳天にチョップを振り下ろした。
上春は涙目で俺を睨みつけてきた。
「暴力反対! 禁止事項です! いい加減、女の子に手を上げないでください!」
「やかましい! 何が親善大使だ! とっとと国へ帰れ、貧乏神が!」
俺は近寄るなと言いたげに上春を指さす。
上春は顔を真っ赤にして怒ってきた。
「び、貧乏神? 酷い!」
「酷いのはお前の運勢だ。二度も借金まみれになって開拓地行きだ? どこまで疫病神なんだ、お前達上春家は!」
あれはマジでドン引きした。ありえんだろう、あの借金の額は。
家計簿がキツいのは、食い扶持が増えたせいだと思っていたが、貧乏神が二人いるせいかもと本気で信じてしまった。
ちなみに強は可もなく不可もなく、普通にゴールしていた。
上春は反論できないのか、ぐぬぬと唸りながら、逆に俺を指さしてきた。
「に、兄さんなんて糸こんにゃくに頭をぶつけてしまえばいいんです!」
上春はそそくさとリビングから出て行った。
何がしたかったんだ、アイツは。糸こんにゃく? 食べ物を粗末にするな、馬鹿者。
寝る前に余計な体力をつかってしまった気分だ。
はあ、疲れた。寝てしまおう。
「正道」
「……今度はお前か」
菜乃花が仁王立ちで俺を見下している。
どうでもいいが、パジャマ姿で睨まれても、全然迫力がない。
「私をお前呼ばわりだなんて、偉くなったものね」
「気に障ったのなら謝る。それで、用事は?」
憎まれ口をたたいても仕方ない。さっさと要件を聞いてしまおう。
菜乃花は口火利をとがらせ、すねた顔をしている。コイツもか。
俺は苦情窓口じゃないぞ。
「……仲がいいのね、あのお花畑女と」
「花畑女? 上春のことか? 一応年上なんだから、酷い事を言うな」
「即答であの子の名前を出す正道はどうなのよ」
確かにな。俺と菜乃花は笑い合った。
そういえば、去年は菜乃花と二人で話してたよな。
とはいっても、菜乃花が命令し、俺が半ギレで付き合っていた気がするが、それでも、誰かと沢山話をしたのは久しぶりだったな。
今年は上春達がいたから、二人で話す機会はシュナイダーの手入れをしていたあのときだけだ。
去年を思い返してみると、菜乃花は俺が孤独にならないよう、話しかけていたのかもしれない。
まあ、気のせいだと思うのだが。
「で、本当のところはどうなの? 私が見た限り、嫌っているようには見えないんだけど」
俺が上春をどう思っているか……。
それは……。
「上春は元々、同じ風紀委員で後輩だから顔なじみだ。仕事を手伝ってもらったことがあるし、真面目でいい子だと思う。だが、相容れることはない。最終的に信吾さんと女が再婚したとしても、俺は上春を妹とは思えないし、形式上の家族以外ありえない。ただ……」
「ただ?」
俺は目を閉じ、ため息をつく。
「敵対するのはもう、疲れた。上春とは本気で一度ぶつかったが、ろくな目に遭わなかったからな。それなら、お互い妥協して、必要なときだけ付き合えればいいと思っている」
上春とガチで喧嘩したとき、俺の知られたくない事を信吾さんはみんなの前で暴露されたからな。これ以上、失態を見せたくない。
それなら、お互い傷つかないよう、適当な距離を保てばいいと思っている。それで充分のハズだ。
俺の答えに、菜乃花はなぜか目を伏せていた。
なぜか、困ったような、悲しげな顔をしている。その顔がどうしてか伊藤の顔とかさなり、胸が締め付けられる。
「菜乃花、どうかしたのか?」
分かっている。菜乃花を悲しませたのは俺が原因だと。
だが、俺は逃げるように、誤魔化すようにして菜乃花を気遣う。最低だな、俺は。
俺の態度に菜乃花は……。
「別になんでもない。それに、少しだけ安心したわ」
「安心?」
不安ではなく、安心だと?
思っていた答えではなかった事に、俺はつい聞き返してしまう。菜乃花は先ほどとは打って変わって、不適な笑みを浮かべていた。
「正道には私が必要なんだってこと。感謝しないよね」
「意味が分からん」
そう言いつつも、俺はどこかほっとしていた。気づかれなかった事に後ろめたさを感じつつも、安堵していたのだ。
自己嫌悪になりつつも、俺はおやすみの挨拶を菜乃花とかわし、布団に入ろうとしたが……。
「正道君! 正道君! 正道君!」
今度は信吾さんがリビングに入ってきた。
なんなんだ、入れ替わり立ち替わり。明日は草野球の練習があるから、いい加減寝たいんだが。
信吾さんがいつもよりもテンションが高いのを見て、更に面倒な事になりそうな気がして、うんざりしてきた。
「悪いが言いたいことがあるなら一年後にしてくれ。眠いんだ」
「なら、ここで一年間待ち続けるよ!」
う、ウザい……。
正座をして、ずっと俺を見つめてくる信吾さんに、俺は相手にするのも面倒なのでベットの中に入ろうとしたとき。
「待ってよ! フツウ、何事かって話しかけてくるでしょ! 話を聞いてよ!」
一分すら待てないのか、コイツは。
俺はため息をつき、ベットから出る。信吾さんは慌てふためいているが、俺には分かる。
すごくどうでもいいことで騒いでいるのだと。
「ねえねえ、正道君! 僕、興奮して眠れないんだ!」
「眠れないだ? うまくいくかどうか不安だが、協力してやる」
俺はパキパキと指を鳴らし、信吾さんを一撃で眠らせるよう拳を握る。
テレビでやっていたが、腹を殴れば気絶するらしい。
どういった原理で気絶するのかは分からんし、一度も成功したことはないが、今日は元旦だし、うまくいくような気がする。
「そんなわけないでしょ! 正道君に殴られたら、ご先祖様だって墓までぶっとぶよ! 正道君の布団にゲロっていいならそうするけど」
「そんなことをしたらどうなるか、分かって言ってるんだよな?」
俺は信吾さんを睨みつけるが、信吾さんは気丈にもにらみ返してきた。
「ぼ、僕は暴力には屈しない!」
「明日から信吾さんのおかず、半分にしてやる」
「ものすごい嫌がらせきたよ! 卑怯だよ、それ!」
やかましい。
兵糧攻めは基本中の基本だろうが。だからこそ、俺は料理当番を多めにとっている。
特に上春が意趣返しに俺のおかずやご飯を減らされたらたまったものじゃないからな。
信吾さんは天を仰ぎ、両手をあげた。そのオーバーアクションにお前はアメリカ人かと言いたくなる。
「正道君って最近、遠慮がなくなったよね。でも、それが打ち解けている証拠だって思うと感無量だよ」
「遠慮するのが馬鹿らしくなったからだ。全く、良い方向にばかり受け取りやがって」
「そっちの方がいいでしょ? 人生、積み重ねていくとおおらかになれるのさ」
それは信吾さんだけのような気がする。いい大人が煽り運転や親殺し、子供の虐待とかニュースでよく流れるからな。
キレやすいヤツはいくつになってもキレやすいと思う。
「それに澪さんもいい方向に変わってるし」
「あの女が?」
「そうだよ。さっき、みんなの前で言ってくれたでしょ? 明日は僕とデートするって」
あの発言には呆れて何も言えなかった。せっかく、和やかな雰囲気にもっていこうとしたのに、あれだ。
火に油を注ぐ行為だと分かっていないのか、あの女は。
「俺達が頑張って家の空気が悪くならないよう、必死で実行した案がアイツのせいで台無しになるところだったぞ。菜乃花のヤツ、キレそうでヒヤヒヤしたんだぞ」
「僕はそう思わないよ。逆に澪さんが意思表示してくれたおかげで、動きやすくなったし」
「動きやすい?」
どういうことだ? 意思表示とはなんだ?
俺の疑問に信吾さんは嬉しそうに話し出す。
「澪さんは今まで正道君に気遣って、ああいった事は控えていたんだ。澪さんも僕と一緒にいることが後ろめたい気持ちがあったと思う。でも、集合体が発動してから、澪さんは再婚に積極的になってきているんだ。その一端がデート発言さ」
「つまり、一歩も引く気はないと?」
「そう。たとえ罵られても、胸を張って正道君を引き取り、僕達と家族になることを覚悟してくれたんだと思う。最近、澪さんは正道君に話しかけてくる回数が増えたんじゃない?」
確かに増えた。
そうか、そういうことか……。
正直、迷惑だが、行動で示そうとするのは好感が持てる。ミジンコ程度だがな。
「だからといって、付き合う気にはなれないがな。それにしても、あの人生ゲームは何だったんだ? 場が和むところか、険悪になりそうでハラハラしたぞ」
「そうかい? 僕は楽しかったけど。最後は盛り上がったでしょ?」
信吾さんの言うとおり、最後の賭けに勝てたことは久々に狂喜した。
もしかすると、一年の運を使い切ったかもしれないと思ったほどの幸運だ。嬉しくないわけがない。
どうでもいいが、上春家は二回とも開拓地行きだったんだぞ。面白かったか?
「それに、失敗したっていいじゃない。大切なのは行動する事だよ。その積み重ねが思い出になって、家族になっていくと信じてるから」
「……結果が全てだろ? 最善を求めて何が悪い」
それはただの減らず口だった、
だが、信吾さんは急に真面目になり、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「正論だね。でも、それでいいのかな? 僕は過程こそ大切だと思う。一生懸命努力した姿こそ、評価されるべきだよ」
「一理あるが、結果が残せない努力なんて無駄だと言われるかもしれないだろ? 信吾さんだって仕事で一生懸命頑張っても、顧客の要望に応えられなければ意味がない事を知っているはずだ。結果を残せなかったら、クレームをつけられて怒られるだけだ」
一生懸命頑張りました。だから、目標を達成できませんでした。
それが許されるのは、きっと学生までだ。顧客は金を払っているのだから、業者がどれだけ頑張ろうが要望に応えられなければ失望するだろう。
頑張るのは当たり前。そして、効率のいい方法を見つけ、期限に間にあうよう努力することこそ頑張ったといえるのだ。
そのことを俺はバイトや委員会で学んだ。
特に風紀委員はその傾向が強い。
風紀委員は不良から学生を護って当然のこと。相手がどれだけ強くても、真夜中に不良に襲われても、生徒は護られて当然だと青島の学生は思っている。
別に風紀委員はボディガードでも何でもないんだけどな。不良を取り締まっているせいで、勝手にそう思われてしまっている。
とはいえ、不良の悪事を許せるわけがなく、風紀委員を立ち上げたわけだが。
だから、不良への苦情は風紀員にくるのだ。
別に俺達が危害を加えたわけではないのだが、それでも、腹の虫がおさまらない一般の学生は俺達に文句をぶつけることで気を紛らわすのであろう。いい迷惑だ。
「正道君、仕事と家庭は違うよ。仕事は正道君の言うとおり、結果が全てだ。でも、家族は違う。家族にノルマや売り上げみたいな成績なんてないんだ。正道君、キミは人から信頼されるのは苦手でしょ?」
「……別に。ただ、俺は俺の理由で動いている。誰かのためじゃない」
もちろん、困っている人がいるのなら、不良のせいで理不尽な目に遭っている人がいるのなら助けたい。
けど、本当に救われたいと思うのなら、理不尽に立ち向かうのであれば、自分で動くべきだ。他人任せでいいわけがない。
「でも、それだと、正道君はずっと一人だよ。それに、正道君は大切な事を忘れてる」
「大切な事?」
「相手を信頼することだよ」
相手を信頼する?
俺は信吾さんの言葉の意味を考えてみる。
人を信頼したことなどあったのかと。期待されることを毛嫌らっている俺が、誰かに信頼などしていいのか?
答えはNOだろう。そんなこと許されるわけがない。勝手すぎる。
俺にはもう、相棒はいない。左近のことは信頼しているが、それは利害関係の一致からくる信頼関係だ。信吾さんの言う信頼する事とは違う。
誰かを信じて頼るなんて、今までの俺の流儀に反する。
でも、俺は今日、信吾さんを信頼して菜乃花と女のことを任せていなかったか?
義信さんや楓さんを信頼していないのか?
伊藤を信じていなかったか?
いや、それは……。
「正道君、そんなに深刻になって考えないでよ。僕じゃあまだ、役不足みたいだね。でも、頼りにされるよう、頑張るから。今まで一人で頑張ってきた正道君の努力を軽んじているみたいに聞こえるかもしれないけど、頑張るからさ」
本当にこの人は……お節介すぎるだろ。
こういうところなんだろうな……俺が信吾さんに頼った理由は。
「信吾さん……」
「正道君……」
「役不足の使い方、間違っているぞ」
「……すみま千円二千円! なんちって!」
「……」
お前らお似合いの夫婦だよ。同じミスをしやがって。
後、得意げに昭和のギャグを言われるとイラッとくる。
俺は適当に信吾さんの相手をしつつ、ノロケ話を聞かされるのであった。
合計三回ゲームを終えた後、解散となり、俺はリビングに布団をしいた。俺の部屋には今、上春と強がいる。
元々、上春家が藤堂家に転がり込んできたことで、部屋に空きがない。菜乃花が上春の部屋を追い出し、そのせいで上春は部屋なき子になってしまった。
年頃の女子を信吾さん達と同じ部屋に寝かせるのはなんなので、俺が部屋から追い出され、強と一緒で妥協された。
俺は全然妥協されず、玉突き事故に巻き込まれた気分だ。しかも、俺が一番被害に遭っている。
やることもないし、さっさと寝てしまおう。
着替えようとしたとき、視線を感じた。その方向を見ていると……。
「上春か」
パジャマ姿の上春が上目遣いでちょこんとリビングのドアから覗くようにして俺を見つめている。俺は息をつき、上春を手招きする。
上春はちょこちょこと俺の元へ歩いてきた。
「何か用か?」
「……」
上春は何も言わない。
ったく、面倒くさいヤツだな。言いたいことは分からんでもないが。
俺は黙って上春の言葉を待っていたが……。
おい、なんで黙り込んでいる? 言いにくいことなのか?
もしかして、トラブル発生か? 菜乃花が小姑のようにいびってきたか?
少し心配になって、声をかけようとしたとき。
「……ありがとです」
「?」
「……だから、ありがとうございますって言ったんです!」
なぜ、逆ギレ?
上春は頬を朱色に染め、少しふてくされたような顔をして俺を睨みつけてきた。
「父さんから聞きました。兄さんが声をかけてくれたこと」
あのおしゃべり。口止めしときゃよかった。
だが、分からん。なぜ、上春の機嫌は悪いんだ?
「本当は私がするべきでした。私は親善大使なのに……人任せにしてしまって」
「親善大使?」
「はい。私が藤堂家と上春家を盛り上げていかなければならないのに、今日は何も行動できませんでした。せっかく兄さんが私達と向かい合ってくれているのに、私は菜乃花さんに意見されたことで、自分の考えがブレてしまって……情けないです。絶対がないのなら、自分の考えを信じればよかったのに……何もできませんでした。しかも、兄さんの手を煩わせてしまって……」
そっか……そんなことを気にしていたのか……申し訳ないと思っていたワケか。
上春は真面目だと思う。
菜乃花と言い争いになったのは、別にお前のせいではないだろうが。全てはあの女のせいだ。
上春の爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。
肩を落とし、落ち込んでいる上春に、俺は優しく語りかけ……。
「何様だ、お前は」
「あぶしっ!」
優しく語りかけるわけがない。
俺は上春の脳天にチョップを振り下ろした。
上春は涙目で俺を睨みつけてきた。
「暴力反対! 禁止事項です! いい加減、女の子に手を上げないでください!」
「やかましい! 何が親善大使だ! とっとと国へ帰れ、貧乏神が!」
俺は近寄るなと言いたげに上春を指さす。
上春は顔を真っ赤にして怒ってきた。
「び、貧乏神? 酷い!」
「酷いのはお前の運勢だ。二度も借金まみれになって開拓地行きだ? どこまで疫病神なんだ、お前達上春家は!」
あれはマジでドン引きした。ありえんだろう、あの借金の額は。
家計簿がキツいのは、食い扶持が増えたせいだと思っていたが、貧乏神が二人いるせいかもと本気で信じてしまった。
ちなみに強は可もなく不可もなく、普通にゴールしていた。
上春は反論できないのか、ぐぬぬと唸りながら、逆に俺を指さしてきた。
「に、兄さんなんて糸こんにゃくに頭をぶつけてしまえばいいんです!」
上春はそそくさとリビングから出て行った。
何がしたかったんだ、アイツは。糸こんにゃく? 食べ物を粗末にするな、馬鹿者。
寝る前に余計な体力をつかってしまった気分だ。
はあ、疲れた。寝てしまおう。
「正道」
「……今度はお前か」
菜乃花が仁王立ちで俺を見下している。
どうでもいいが、パジャマ姿で睨まれても、全然迫力がない。
「私をお前呼ばわりだなんて、偉くなったものね」
「気に障ったのなら謝る。それで、用事は?」
憎まれ口をたたいても仕方ない。さっさと要件を聞いてしまおう。
菜乃花は口火利をとがらせ、すねた顔をしている。コイツもか。
俺は苦情窓口じゃないぞ。
「……仲がいいのね、あのお花畑女と」
「花畑女? 上春のことか? 一応年上なんだから、酷い事を言うな」
「即答であの子の名前を出す正道はどうなのよ」
確かにな。俺と菜乃花は笑い合った。
そういえば、去年は菜乃花と二人で話してたよな。
とはいっても、菜乃花が命令し、俺が半ギレで付き合っていた気がするが、それでも、誰かと沢山話をしたのは久しぶりだったな。
今年は上春達がいたから、二人で話す機会はシュナイダーの手入れをしていたあのときだけだ。
去年を思い返してみると、菜乃花は俺が孤独にならないよう、話しかけていたのかもしれない。
まあ、気のせいだと思うのだが。
「で、本当のところはどうなの? 私が見た限り、嫌っているようには見えないんだけど」
俺が上春をどう思っているか……。
それは……。
「上春は元々、同じ風紀委員で後輩だから顔なじみだ。仕事を手伝ってもらったことがあるし、真面目でいい子だと思う。だが、相容れることはない。最終的に信吾さんと女が再婚したとしても、俺は上春を妹とは思えないし、形式上の家族以外ありえない。ただ……」
「ただ?」
俺は目を閉じ、ため息をつく。
「敵対するのはもう、疲れた。上春とは本気で一度ぶつかったが、ろくな目に遭わなかったからな。それなら、お互い妥協して、必要なときだけ付き合えればいいと思っている」
上春とガチで喧嘩したとき、俺の知られたくない事を信吾さんはみんなの前で暴露されたからな。これ以上、失態を見せたくない。
それなら、お互い傷つかないよう、適当な距離を保てばいいと思っている。それで充分のハズだ。
俺の答えに、菜乃花はなぜか目を伏せていた。
なぜか、困ったような、悲しげな顔をしている。その顔がどうしてか伊藤の顔とかさなり、胸が締め付けられる。
「菜乃花、どうかしたのか?」
分かっている。菜乃花を悲しませたのは俺が原因だと。
だが、俺は逃げるように、誤魔化すようにして菜乃花を気遣う。最低だな、俺は。
俺の態度に菜乃花は……。
「別になんでもない。それに、少しだけ安心したわ」
「安心?」
不安ではなく、安心だと?
思っていた答えではなかった事に、俺はつい聞き返してしまう。菜乃花は先ほどとは打って変わって、不適な笑みを浮かべていた。
「正道には私が必要なんだってこと。感謝しないよね」
「意味が分からん」
そう言いつつも、俺はどこかほっとしていた。気づかれなかった事に後ろめたさを感じつつも、安堵していたのだ。
自己嫌悪になりつつも、俺はおやすみの挨拶を菜乃花とかわし、布団に入ろうとしたが……。
「正道君! 正道君! 正道君!」
今度は信吾さんがリビングに入ってきた。
なんなんだ、入れ替わり立ち替わり。明日は草野球の練習があるから、いい加減寝たいんだが。
信吾さんがいつもよりもテンションが高いのを見て、更に面倒な事になりそうな気がして、うんざりしてきた。
「悪いが言いたいことがあるなら一年後にしてくれ。眠いんだ」
「なら、ここで一年間待ち続けるよ!」
う、ウザい……。
正座をして、ずっと俺を見つめてくる信吾さんに、俺は相手にするのも面倒なのでベットの中に入ろうとしたとき。
「待ってよ! フツウ、何事かって話しかけてくるでしょ! 話を聞いてよ!」
一分すら待てないのか、コイツは。
俺はため息をつき、ベットから出る。信吾さんは慌てふためいているが、俺には分かる。
すごくどうでもいいことで騒いでいるのだと。
「ねえねえ、正道君! 僕、興奮して眠れないんだ!」
「眠れないだ? うまくいくかどうか不安だが、協力してやる」
俺はパキパキと指を鳴らし、信吾さんを一撃で眠らせるよう拳を握る。
テレビでやっていたが、腹を殴れば気絶するらしい。
どういった原理で気絶するのかは分からんし、一度も成功したことはないが、今日は元旦だし、うまくいくような気がする。
「そんなわけないでしょ! 正道君に殴られたら、ご先祖様だって墓までぶっとぶよ! 正道君の布団にゲロっていいならそうするけど」
「そんなことをしたらどうなるか、分かって言ってるんだよな?」
俺は信吾さんを睨みつけるが、信吾さんは気丈にもにらみ返してきた。
「ぼ、僕は暴力には屈しない!」
「明日から信吾さんのおかず、半分にしてやる」
「ものすごい嫌がらせきたよ! 卑怯だよ、それ!」
やかましい。
兵糧攻めは基本中の基本だろうが。だからこそ、俺は料理当番を多めにとっている。
特に上春が意趣返しに俺のおかずやご飯を減らされたらたまったものじゃないからな。
信吾さんは天を仰ぎ、両手をあげた。そのオーバーアクションにお前はアメリカ人かと言いたくなる。
「正道君って最近、遠慮がなくなったよね。でも、それが打ち解けている証拠だって思うと感無量だよ」
「遠慮するのが馬鹿らしくなったからだ。全く、良い方向にばかり受け取りやがって」
「そっちの方がいいでしょ? 人生、積み重ねていくとおおらかになれるのさ」
それは信吾さんだけのような気がする。いい大人が煽り運転や親殺し、子供の虐待とかニュースでよく流れるからな。
キレやすいヤツはいくつになってもキレやすいと思う。
「それに澪さんもいい方向に変わってるし」
「あの女が?」
「そうだよ。さっき、みんなの前で言ってくれたでしょ? 明日は僕とデートするって」
あの発言には呆れて何も言えなかった。せっかく、和やかな雰囲気にもっていこうとしたのに、あれだ。
火に油を注ぐ行為だと分かっていないのか、あの女は。
「俺達が頑張って家の空気が悪くならないよう、必死で実行した案がアイツのせいで台無しになるところだったぞ。菜乃花のヤツ、キレそうでヒヤヒヤしたんだぞ」
「僕はそう思わないよ。逆に澪さんが意思表示してくれたおかげで、動きやすくなったし」
「動きやすい?」
どういうことだ? 意思表示とはなんだ?
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「澪さんは今まで正道君に気遣って、ああいった事は控えていたんだ。澪さんも僕と一緒にいることが後ろめたい気持ちがあったと思う。でも、集合体が発動してから、澪さんは再婚に積極的になってきているんだ。その一端がデート発言さ」
「つまり、一歩も引く気はないと?」
「そう。たとえ罵られても、胸を張って正道君を引き取り、僕達と家族になることを覚悟してくれたんだと思う。最近、澪さんは正道君に話しかけてくる回数が増えたんじゃない?」
確かに増えた。
そうか、そういうことか……。
正直、迷惑だが、行動で示そうとするのは好感が持てる。ミジンコ程度だがな。
「だからといって、付き合う気にはなれないがな。それにしても、あの人生ゲームは何だったんだ? 場が和むところか、険悪になりそうでハラハラしたぞ」
「そうかい? 僕は楽しかったけど。最後は盛り上がったでしょ?」
信吾さんの言うとおり、最後の賭けに勝てたことは久々に狂喜した。
もしかすると、一年の運を使い切ったかもしれないと思ったほどの幸運だ。嬉しくないわけがない。
どうでもいいが、上春家は二回とも開拓地行きだったんだぞ。面白かったか?
「それに、失敗したっていいじゃない。大切なのは行動する事だよ。その積み重ねが思い出になって、家族になっていくと信じてるから」
「……結果が全てだろ? 最善を求めて何が悪い」
それはただの減らず口だった、
だが、信吾さんは急に真面目になり、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「正論だね。でも、それでいいのかな? 僕は過程こそ大切だと思う。一生懸命努力した姿こそ、評価されるべきだよ」
「一理あるが、結果が残せない努力なんて無駄だと言われるかもしれないだろ? 信吾さんだって仕事で一生懸命頑張っても、顧客の要望に応えられなければ意味がない事を知っているはずだ。結果を残せなかったら、クレームをつけられて怒られるだけだ」
一生懸命頑張りました。だから、目標を達成できませんでした。
それが許されるのは、きっと学生までだ。顧客は金を払っているのだから、業者がどれだけ頑張ろうが要望に応えられなければ失望するだろう。
頑張るのは当たり前。そして、効率のいい方法を見つけ、期限に間にあうよう努力することこそ頑張ったといえるのだ。
そのことを俺はバイトや委員会で学んだ。
特に風紀委員はその傾向が強い。
風紀委員は不良から学生を護って当然のこと。相手がどれだけ強くても、真夜中に不良に襲われても、生徒は護られて当然だと青島の学生は思っている。
別に風紀委員はボディガードでも何でもないんだけどな。不良を取り締まっているせいで、勝手にそう思われてしまっている。
とはいえ、不良の悪事を許せるわけがなく、風紀委員を立ち上げたわけだが。
だから、不良への苦情は風紀員にくるのだ。
別に俺達が危害を加えたわけではないのだが、それでも、腹の虫がおさまらない一般の学生は俺達に文句をぶつけることで気を紛らわすのであろう。いい迷惑だ。
「正道君、仕事と家庭は違うよ。仕事は正道君の言うとおり、結果が全てだ。でも、家族は違う。家族にノルマや売り上げみたいな成績なんてないんだ。正道君、キミは人から信頼されるのは苦手でしょ?」
「……別に。ただ、俺は俺の理由で動いている。誰かのためじゃない」
もちろん、困っている人がいるのなら、不良のせいで理不尽な目に遭っている人がいるのなら助けたい。
けど、本当に救われたいと思うのなら、理不尽に立ち向かうのであれば、自分で動くべきだ。他人任せでいいわけがない。
「でも、それだと、正道君はずっと一人だよ。それに、正道君は大切な事を忘れてる」
「大切な事?」
「相手を信頼することだよ」
相手を信頼する?
俺は信吾さんの言葉の意味を考えてみる。
人を信頼したことなどあったのかと。期待されることを毛嫌らっている俺が、誰かに信頼などしていいのか?
答えはNOだろう。そんなこと許されるわけがない。勝手すぎる。
俺にはもう、相棒はいない。左近のことは信頼しているが、それは利害関係の一致からくる信頼関係だ。信吾さんの言う信頼する事とは違う。
誰かを信じて頼るなんて、今までの俺の流儀に反する。
でも、俺は今日、信吾さんを信頼して菜乃花と女のことを任せていなかったか?
義信さんや楓さんを信頼していないのか?
伊藤を信じていなかったか?
いや、それは……。
「正道君、そんなに深刻になって考えないでよ。僕じゃあまだ、役不足みたいだね。でも、頼りにされるよう、頑張るから。今まで一人で頑張ってきた正道君の努力を軽んじているみたいに聞こえるかもしれないけど、頑張るからさ」
本当にこの人は……お節介すぎるだろ。
こういうところなんだろうな……俺が信吾さんに頼った理由は。
「信吾さん……」
「正道君……」
「役不足の使い方、間違っているぞ」
「……すみま千円二千円! なんちって!」
「……」
お前らお似合いの夫婦だよ。同じミスをしやがって。
後、得意げに昭和のギャグを言われるとイラッとくる。
俺は適当に信吾さんの相手をしつつ、ノロケ話を聞かされるのであった。
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気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。
私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。
母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。
父を断罪できるチャンスは今しかない。
「お父様は悪くないの!
お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!
だからお父様はお母様に毒をもったの!
お願いお父様を捕まえないで!」
私は声の限りに叫んでいた。
心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。
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※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
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※タイトル変更しました。
旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」
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