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四章

四話 教えてくれただろ? 当たるじゃないか その四

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「数は何にするの?」
「……一だ」
「元旦だから? 安直ね。でも、年始めから面白いものが見れそう。ねえ、止めなくていいの? 負けるわよ?」

 菜乃花は女の方を見ずにあおってくるが、女は何も答えない。俺は女を見るが、女は黙ったまま、俺を見つめていた。
 好きにやってみろってことか? 上等だ。やってやる。

 俺は深呼吸した後に、ルーレットに手をつける。
 確率は十分の一。
 ここで失敗したら、負けは確定だ。勝てば、菜乃花に追いつける。三位になれる可能性が高くなる。
 ごくりと息をのみ、ルーレットを触る手に力がこもる。
 周りが静かになる。菜乃花も静観している。

「いくぞ」

 俺は指に力を込め、一気にルーレットを回した。
 くるくるとルーレットが勢いよくまわっていく。俺はルーレットを凝視し、止まるのを待つ。

「いけ! いけ! いけ!」

 なぜか、信吾さんが目を血ばらせ、叫んでいる。俺はツッコミを入れる事なく、ルーレットの行方を見守る。
 ルーレットの勢いが弱まり……。

「「「……」」」

 ルーレットが止まった。
 その結果とは……。

「「「……ああっ!」」」

 全員が声を上がる。ルーレットが導き出した数字に全員が釘付けになる。
 ルーレットの数字は……。

「……嘘でしょ……」
「……一……だな」

 そう、ルーレットの数字は一だった。
 勝った……賭に勝ったんだ……。

「っしゃ!」

 俺は思わずガッツポーズをとった。
 十分の一の確率を見事引き当てたのだ。嬉しいに決まっている。
 信吾さんが俺に抱きついてきた。

「すごい! すごいよ、正道君! 引きの良さは澪さん譲りだよね!」

 褒めてるのか、それは? あんな女と一緒にするな。
 嬉しさが一気にしぼんでいく気分だ。

「すごいです! やっぱり、元旦パワーはすごいです!」

 そんなパワーねえよ。何を造語作ってやがる。運を掴んだ俺を褒めろ。
 俺は上春の頭を少し乱暴に撫でた。

「そんなパワーあるか。けど、お前のおかげだ。ありがとな、上春」
「? 私、何かしました?」

 首をかしげる上春に、俺は一を選んだ理由を告げる。

「教えてくれただろ? 当たるじゃないか」
「教える? 当たる……あああっ! ラッキーナンバー!」

 俺達のやりとりの意味が分かっているのは尾上家と上春くらいだろう。信吾さん達は頭にハテナマークを浮かべている。
 ラッキーナンバーとは、今日の昼、上春が菜乃花にビビってテレビをつけたとき、たまたまやっていた占い番組の情報を俺に教えてくれた数字だ。
 俺の星座のラッキーナンバーが一だったので、それに賭けてみたわけだ。

「そんなことで……ありえないわ」
「菜乃花、結果は結果だ。それより、これで追いついたな」

 これで菜乃花との差はほぼない。
 菜乃花は呆然としていたが、俺の視線に気づき、挑発的に睨んできた。

「み、認めてあげるわよ。それにしても、星占いに頼るなんて、体に似合わず乙女ね」
「菜乃花も占いコーナーをよく見てるじゃない」
「お母さん!」

 流石は古都音さん。いいカウンターだ。俺がやったら確実に倍返しされる。
 これで勝負の行方は分からなくなった。必ず三位にはいってやる。

「ま、正道! 勘違いしないでよね! 私、占いに興味なんてないから!」

 必死になって否定する菜乃花を見て、年相応なところがあるじゃないかと微笑ましい気分になる。

「待ってください! その言葉は聞き捨てなりません! 占いは政治にも左右されるほどの力を持っているんですから!」

 なぜか、上春がヒートしてしまった。大人げない。

「よし! 僕も人生最大の賭けに出るぞ! 借金返済だ!」

 なぜか、フラグが立った気がした。



「ゲーム終了!」
「終わった……」
「……」
「……」

 一番遅かった俺が億万長者の土地についたことでゲームは終了。俺は天井を見上げ、ため息をついた。
 疲れた……。
 最初は笑えていたが、最後はある種の緊張感があった。

「……」
「……」

 上春と信吾さんはぐったりとテーブルに突っ伏していた。
 上春家は仲良く開拓地行き。本当に洒落になっていない。
 とんだ茶番だと言いそうになったのを必死で飲み込んだものだ。菜乃花は爆笑していたが。
 ちなみに義信さんは、信吾さんが開拓地行きになったとき、肩をふるわせていたのを俺は見逃さなかった。楓さんは表情が固まっていた。
 自分の娘を任せて本当にいいのだろうかと不安になったのだろう。俺だって不安になったくらいだ。

 それはともかく、集計しなければ。
 四位でゴールしたが、最後の賭けや退職金、ラッキーマスでかなりかせげたはずだ。
 だが、菜乃花は株を持っているし、家もある。ゲームクリア後、これらの私財は高額で取引されるので、金額が一気にあがる。
 どっちだ? どっちが勝った?
 俺と菜乃花の金額を見比べると……。

「……九万、足りない」
「……」

 菜乃花に届かなかった……俺達の負けだ。
 一位は女、二位は古都音さん、三位は菜乃花で決定だ。チーム戦の為、あろうことか俺が女の足を引っ張り、藤堂家は負けてしまったのだ。
 無念だ……。

「ご、ごめんなさい、兄さん! 私のせいで……私のせいで」

 俺は泣きそうな上春の頭を優しく撫でる。
 確かに、上春のしかえしで十万を失っていなければ、しかえしの相手が菜乃花だったら、俺の勝ちだった。
 だが、たらればの話なんて意味はない。負けは負け。認めるしかない。
 結構くるな、これ……悔しくて、たまらない。絶対に慣れることのない苦々しい気分に気が滅入る。
 落ち込む俺に、女が俺の手持ちの札束をのぞき込む。

「……すまん。足を引っ張った」

 悔しい……女の前で絶対に言いたくなかった言葉だ。くそがぁ……。

「……菜乃花、何か言いたいこと、ないの?」

 言いたいこと?
 俺は菜乃花と女を見ると、菜乃花は思いっきり女を睨んでいた。
 なんだ? 何かあるのか?
 菜乃花はしばらく女を睨みつけていたが、ふと顔をそらし、ぼそりとつぶやいた。

「……正道、計算間違ってるから……」
「間違っている?」

 それはない。手持ちの札と私財を何度も計算したが、計算ミスはない。だが、女も菜乃花も俺の計算が間違っていると指摘する。
 どういうことだ? 何か見落としがあるのか?

「あんたの車に乗っているものは何?」
「車だと?」

 自動車のコマにはピンがささっているだけだ。
 子供ガキが多すぎて、ピンがささらず、邪魔にならないよう、自分の足下にピンを置いている。
 これが何だというのか?
 いや、待て。まさか……。

「子供の数だけ……お金がもらえるのか?」
「正解」

 おおっ! やった!
 今まで変態扱いされていた事が報われたぞ! 全然嬉しくないんだけどな!

 俺は再度、マニュアルを読み直す。
 あった……子供一人当たり$10000もらえるだと? そんなルールあったっけか? このゲームのバージョンだけか? 意味が分からん!
 とにかく、俺は計算し直す。
 子供のピンは十三本ある。つまり……。

「十三万……十三万だと……勝った……勝ったんだ!」

 よっっっっしぃ!
 俺はガッツポーズをとる。
 高校二年生にもなって、小学生を打ち負かした事に本気で喜ぶのは大人げないと思いつつも、つい出てしまった。

「勝負あり。優勝は藤堂家!」

 義信さんが勝者を高々と宣言する。

「やりましたね、兄さん!」
「おめでとう、あんちゃん」

 ようやく、人生ゲームから解放され、俺は大きく伸びをした。



「さて、澪、正道。古都音達が帰るまで特別ルールを一つ決めることが出来るが、何にする?」

 義信さんは俺達に勝利者の特権、特別ルールの内容を尋ねてきた。
 元はといえば、上春家と尾上家の仲違いしないように策を弄したわけだが、菜乃花に特権が渡らなかったので目的は半分達成しているといってもいいだろう。

 さて、どんなルールにするべきか?
 まあ、菜乃花をなんとかすればいいだけの事だが、なるべくなら、菜乃花にも損をしないルールにしたいのが本音だ。
 上春家は新参者だし、尾上家は毎年実家に帰ってくる義信さんの家族だ。上春家だけに肩入れはしたくない。
 女はどんなルールを提案するのか? 少し興味ある。
 女が提案したルールとは……。

「明日一日、信吾とデートしても誰にも文句を言えないルールがいいわ」
「「「……」」」

 おい!
 この場にいた全員が呆れたことだろう。
 なんだ、その提案は。家族とは全く関係ない、思いっきり利己的なルール……いや、我が儘言いやがって。
 これには傍若無人な菜乃花も呆然としている。義信さんは、こめかみがピクピクして怒りをこらえているぞ。

「ナイスルール! 賛成! 大賛成!」

 おーおー……さっきまで死にそうな顔をしていた信吾さんが一気に元気になったぞ。
 上春は顔を真っ赤にしてうつむいている。気持ちはよく分かるぞ。
 俺もこんな女が母親だなんて思いたくもない。
 厳格で人を思いやる楓さんと義信さんの血が流れているのかと言いたくなる。

「……正道は何にする?」

 プレッシャーを感じる……。
 女が無駄にハードルをあげてくれたせいで、かなり言いにくい雰囲気だ。
 なんだか、気を遣う方が馬鹿らしくなった。俺も個人的な願いを言ってしまおうか。
 俺が提案したルールは……。

「朝と晩ご飯は全員揃って食べること」
「「「……」」」

 意外な提案だったのか、全員が黙り込んでしまう。
 菜乃花なんか眉をひそめ、俺を睨みつけてきた。

「何ソレ? みんなで同じご飯を食べて仲良くなれって言いたいの? 的外れな考えじゃない?」
「そ、そんなことありません! みんなでご飯を食べたら楽しいですし、会話も弾みます! 兄さんの作るご飯は美味しいですし! 私はいい提案だと思います!」

 上春はなけなしの勇気を振り絞り、菜乃花の意見を否定した。
 だが、菜乃花に睨まれた瞬間、すぐに目をそらすチワワ上春。
 二人の意見に、俺は……。

「いや、別々に作るのが面倒なだけだ」
「「……」」

 二人の視線がナイフのように突き刺さるが、無視することにした。
 十人分の食事だぞ? まとめて作った方が手間が省けるだろうが。少しは作る人の身にもなれ。
 それに、この提案はあるバカにちょっとした意趣返しの意味もある。

「ちなみに晩ご飯は十八時半だ。時間厳守でお願いします」
「待ちなさい! 夕方六時半? 早すぎでしょ!」

 俺のルールに大声で異を唱えたのは女だ。
 俺はどうでもいいと言いたげに女に言い渡す。

「普通だ。出かけるときは十八時までには一度帰って来い。どうしても外せない理由がある場合は義信さんが認めた場合のみ許してやる」
「こ、この! 門限が夕方六時って、子供ガキか、私は!」

 デートが十八時なんて小学生レベルだろう。いや、小学生でももっと長くデートしているのかもな。
 これが女への意趣返しだ。義信さんの厚意を踏みにじった女への罰だ、馬鹿野郎。

「澪、やめなさい。ルールはルールだ。従いなさい。言っておくが、明日は午後六時には帰ってくるように。デートで遅れるなど私は認めないからな。もし、ルールを破った場合は、古都音が帰るまで飯抜きだ。信吾君もな」

 女は怒りで顔を真っ赤にして義信さんに食ってかかり、信吾さんは逆に顔を真っ青にしている。
 いい気味だ。

「よし、話し合いは終わりだ。強、人生ゲームを一緒にやってみるか?」
「うん」

 即答だな。
 ゲーム中、強はじっと盤を見つめていたからな。やってみたくてうずうずしていたに違いない。
 どんなゲームでもそうだが、やってこそ楽しめるってもんだ。

「それなら私もまぜてもらえる?」

 おっ、早速リベンジか、菜乃花? いいだろう、受けて立つ。

「あっ、それなら僕もいいかな、正道君」
「ええっ、総次郎さん。一緒にやりましょう。楓さんや義信さんもどうですか?」
「そうねえ……お父さん、一緒にやりませんか?」
「そうだな。参加させてもらう」
「ちょっと、待ちなさい! 勝手に話を終わらせないで!」

 女はヒステリックに叫んでいるが、ガン無視だ。
 俺と強、楓さん、義信さん、菜乃花、総次郎さんの六人で人生ゲームをやることにした。
 今度は賭けはなしで純粋に楽しむために遊ぶだけだ。もちろん、菜乃花との勝負は負ける気はないのだが。

「つ、次は私ですからね!」
「僕も!」

 上春、信吾さん……お前らは止めておけ。きっと、傷つくことになる。
 今度こそ和気藹々と遊べることを願って、ゲームを開始するのであった。
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