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第七部 俺達の家族 -団結編-

プロローグ 今年もよろしくな その六

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「藤堂はん、おおきにな。ほんま、助かりました」
「もういいのか?」

 朝乃宮は黙って頷いてみせる。
 朝乃宮と陽菜の会合は三十分ほどだった。朝乃宮が一方的に陽菜に話しかける。
 最近の出来事や咲の事、俺達の家族計画について、いろいろと話した。
 朝乃宮はまた来ることを告げ、笑顔で病室を出て行ったが、病室を出た後は憂いの帯びた顔のまま、気落ちしていた。
 陽菜の前では笑顔でいたい、そんな意地を俺は感じていた。
 それになんとなくだが、実家に帰ることも朝乃宮を憂鬱にしている原因と一つだと感じてた。

 このまま、朝乃宮を家まで送っていいのだろうか?
 上春と信吾さんには、こっちの用事が終わればすぐに合流するとは言ったものの、元気のない朝乃宮を放っておくのは何か心にしこりを残す。それは納得いかない。
 俺なんかが朝乃宮を元気づけられるのか分からないが、やってみるか。
 それにしても、朝乃宮は影のある表情でも姿勢が綺麗だから、絵になるな。そんなこと、口が裂けても言えないのだが。
 俺は一息つき、朝乃宮に話しかける。

「朝乃宮、時間あるか?」
「? ありますけど」
「なら、付き合ってくれ」



 俺は朝乃宮をバイクの後ろに乗せ、途中で買い物をした後、目的地までバイクを走らせた。
 夏はクソ暑いが、冬はぜひ一家に一個は欲しいフルフェイス。それでも、風を切る度に冷たさを感じられずにはいられない。
 春や冬は風が気持ちいいのだが、やはり冬は寒いな、特に今から目指す場所は。

 俺が向かっているのは青島の南区にある青島峠だ。
 普段は青島最速と名乗る走り屋が日々、一秒でも速く車やバイクで走り込んでいるのだが、朝の時間帯である事と、大晦日が重なり、無人化している。
 俺は安全運転で目的地まで走らせる。この峠にはS字、V字カーブにヘアピン、連続ヘアピン、90度コーナー等が複数あり、走り屋でなくても、バイクや車が好きなら走ってみたいコースだ。
 青島峠を登り切り、俺は駐車場にバイクをとめる。

「藤堂はん。こんなところに女の子連れてきて、何が目的なん?」
「……すぐに分かる。ちょっと待ってくれ」

 俺は自販機で熱いお茶を購入し、公道ではない山道を歩く。朝乃宮は黙ってついてきてくれる。
 五分ほど歩いたところで。

「……これは」

 朝乃宮は目の前の光景に言葉を失う。俺は心の中で安堵しつつ、朝乃宮に見せたかった景色を一緒に眺める。
 柵の向こうには、陽の光に反射してキラキラと輝く海が広がっていた。どこまでも続く地平線に青く光り輝く絨毯うみ
 朝から雲ひとつない快晴だったので、絶対に見晴らしがいいと思っていたが……これは爽快だな。
 空気は冷たいが、そのおかげで景色は鮮明に遠くまで見える。俺が朝乃宮に見せたかったのは、この広大な光景だ。

 月並みな言い方だが、この美しい光景の前では、自分の悩みがちっぽけに思えるというか、雑音のない自然の音の中にいると落ち着くというか……。
 もちろん、朝乃宮の悩みがちっぽけとは思っていない。けれど、この光景を見て、少しでも元気になってくれたらと思い、ここまで連れてきたのだ。
 だが、寒い中かなりバイクを走らせたこと、女子を人気のないところまで連れてきたことは配慮に欠けていたかもな。

 俺はそっと朝乃宮の顔色をうかがおうとして……ドキッとさせられる。
 朝乃宮は髪の毛をおさえ、じっと海の向こうを見つめている。ただそれだけなのに、美しいと思った。
 俺の視線に朝乃宮が気づいたのか、俺と目が合う。
 朝乃宮は……。

「今日は藤堂はんに感謝してばかりやね。目的地が分からないまま、遠くまで連れてこられたから少し不安でしたけど、藤堂はんの事、信じてましたえ」
「ただのチキンだって思ってただけだろ?」

 朝乃宮は目を丸くし、コロコロと微笑んだ。俺はバツが悪くなり、目をそらす。
 よく分かっているでしょと言いたげな視線を感じていたくなかったのだ。
 俺は気恥ずかしさを紛れる為に、近くにあったベンチに座り、買っておいた熱いお茶と饅頭を準備する。
 俺の行動に朝乃宮は目を輝かせていた。なぜなら……。

「やっぱり、そのお饅頭、南松竹店のお饅頭やね。その箱はクリーム大福!」
「そうだ。旨いって評判だからな。俺も食べてみたくてな」
「旨いなんて陳腐な言葉で南松竹店のクリーム大福を語ったらあきません! このもちもちとした大福の皮になめらかな舌触りのええクリームが絶妙に調整されていて、甘過ぎず、でも、上品な甘さ口に広がる様は言いようのない幸福感と……」

 おおっ、語る語る、語りまくるな、朝乃宮。普段の朝乃宮からは想像できない饒舌じょうぜつぶりだ。
 朝乃宮がここまで太鼓判を押すんだ、楽しみになってきた。

 朝乃宮は俺の隣に座る。
 俺は朝乃宮に熱い宇治茶のペットボトルを渡し、二人の間に一パック六つ入りのクリーム大福を置く。
 朝乃宮はクリーム大福を一通り語った後、そっとクリーム大福に手を逃すが、途中で止めた。上目遣いでじっと俺を見つめてくる。
 その姿はシュナイダーが目の前にご飯があるとき、待ての状態でお預けになったときに見つめてくる目つきと似ていた。

 早く食べたいと目が語っている。
 俺は朝乃宮に食べて欲しくて買ったつもりなのだが、朝乃宮は買ってきた本人を差し置いてクリーム大福を食べることに抵抗を感じているのだろう。
 ここらへんは礼儀正しい朝乃宮らしいと思った。

「遠慮なく食べてくれ。俺は朝ご飯を食べてきたから、二個だけ食べる。残り四個は朝乃宮が食べていいぞ」
「……ホンマにええの? それにウチが南松竹店のクリーム大福を大好物ってこと、どこで知りはったん? 偶然やないよね?」

 確かに偶然ではない。
 朝乃宮に元気になって欲しくて、ここに連れてきたのだが、もし、お気に召さなかった場合を考え、保険として南松竹店のクリーム大福を買っておいたのだ。
 でも、それのことを伝えるのがテレくさくて、ぶっきらぼうに答える。

「いいって言ってるだろ。年末にそんな沈んだ顔されたらこっちも伝染するだろうが。青島にいるときくらいは笑顔でいろ。後、情報源は上春だ」
「……お節介なお人やね。ご厚意、感謝します」

 朝乃宮はいただきますと手を合わせた後、クリーム大福を一口かじり、頬に手をおき、うなっている。
 普段は見せない、まるで子供のように天真爛漫てんしんらんまんな笑顔に、俺はつい頬が緩んだ。
 やっとミッションコンプリートだ。肩の力が抜けたな、マジで。
 どんな相手でも、嬉しそうにご飯を食べてくれる姿はいいものだ。これからは良好な関係でいたいものだ。

 俺は朝乃宮との関係について考える。
 出会いは最悪だった。俺は朝乃宮に何度も何度も木刀でボコられた。
 朝乃宮は弱い相手だろうが、強い相手だろうが、目にとまれば、気に入らなければ破壊する。そんな女だった。

 俺は朝乃宮を軽蔑していた。全てを護れる力があるくせに、人を傷つけることにしか使用しない女を心の底からいきどおりを感じていた。
 だからこそ、俺は朝乃宮に何度負けても立ち向かった。そんな俺に嫌気がさしたのか、それとも気まぐれか、朝乃宮はある提案を俺に持ちかけた。
 それは……。

「どないしはったん? 手が止まってますえ」
「……いや、なんでもない。それより、いつこっちに帰ってくるんだ?」

 自分の考えが知られたくなくて、誤魔化すようにして出した言葉だったが、意外にも朝乃宮は饅頭を食べる手を止め、俺を見つめている。
 何か変なことを言ったか、俺?
 お互い見つめ合っていると、ふいに朝乃宮の頬か赤く染まり、目をそらした。
 何なんだ?

「そないに見つめられると恥ずかしいんやけど……」
「……風邪か? お前でも風邪を……って危なっ!」

 コイツ、冗談が通じないのか! 木刀が俺の顔面に突き刺さるところだったぞ!
 確かに女子の顔をずっと見つめるのはマナー違反だろうが、その報復が木刀で突き刺されるのは納得いかない。どんなトレードだと言いたくなる。
 しかし、からかった俺も悪かったな。
 俺は謝ることにした。

「すまん、俺が悪かった。だが、俺の言葉に引っかかるものがあったか?」

 素直に尋ねてみると、朝乃宮はまた頬を赤く染め、頬を膨らませながら俺を睨んできた。

「別になんでもありません。ただ……」
「ただ?」
「ウチは実家に帰るのに、藤堂はんはこっちに帰ってこいやなんておかしなこというから、それが可笑しかっただけです」

 せ、正論だな。何言っているんだ、俺は。
 くそっ! 顔が赤くなるのをとめられない。失態だ。

 隣から朝乃宮の微笑む様子を感じたが、俺はそっぽを向き、海を見つめていた。
 この場所は辛いときがあったときや悩みがあったときに一人になりたくて、よくここにくる。
 喧嘩に負けたときや伊藤の事で悩んだときも、ここに来て、心を落ち着かせていた。
 俺だけの秘密基地だった。左近や伊藤にも教えていなかった。なのに、俺は朝乃宮をここに連れてきた。
 なぜか?

 落ち込んでいる朝乃宮を元気づけたかった。けれど、それだけでなく……もしかすると、罪滅ぼしだったのかもしれない。
 あの日、俺は朝乃宮の提案を、差しのばした手を握れなかった。いや、それは俺の勘違いとすれ違いがあったわけだが、それでも……。
 そのときの後悔が胸の奥にあるから……上春家とのことで助けてもらったから……俺は朝乃宮に借りを返したかっただけかもしれない。
 これで借りを返せたとは思わないが。
 それにしても、俺が朝乃宮を助ける日なんてくるのだろうか?
 そう問わずにはいられなかった。
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