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三章

三話 言うなぁあああああああああああああああああああああああ! その七

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 カチカチカチ……。

 時間の針の音が部屋に鳴り響く。
 時間は十時半。もうすぐ、十時になる。
 上春信吾は何を話すつもりなのか? 義信さん達と何を話しているのだろうか?
 不安で落ち着かない。
 これから俺達はどうなってしまうのだろう。この偽りの家族はこのまま崩壊してしまうのか? それとも……。

「あんちゃん……」

 強が不安そうに俺を見つめている。年上として、模範的な行動をするべきだと分かっているが、俺自身、余裕がない。
 情けない……こんなときこそ、しっかりとするべきなのに。俺はここまで弱かったのか。

「大丈夫」

 ぽつりと強がささやく。俺はつい、聞き返してしまった。

「? 何がだ?」
「信吾がきっと何とかしてくれる」
「……そうか」

 信じているんだな、上春信吾を。
 強の言葉に、俺はどこか納得いくような、少し嫉妬に似た気分を味わう。
 俺がしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。義信さんにも楓さんにも迷惑をかけずにすんだのに……。
 悔やんでも現状がよくなることはない。だったら、こんなときこそ、やるべきことをやる。
 いつもなら、それで前に進めたのに……今は何をすればいいのかすら分からない。

 上春信吾……信じていいんだな?

 限界だった。人任せにしてしまった時点でダメだってことは分かっている。自分の問題は自分で解決しないと真の解決にはならない。
 それは何度も何度も味わってきたのに、また、俺は誰かに頼るのか。

 いじめのときだってそうだ。中学一年の時、俺はいじめられていた。
 誰かが助けてくれる、そう願って、思い込んで、二年生になるまで待ち続けて、助けてもらえたか? 誰も助けてくれなかったではないか。
 そのとき、誓ったはずだ。
 親友の健司と別れて、決心したではないか。どんな問題も自分で解決してみせる。その為に行動するべきだと。

 なのに……俺はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。人に頼って何になる?
 他人が自分の都合のいいように行動するなんて、甘えでしかないだろうが。
 それでも……それでも今回は、今回だけは……助けてくれ、上春信吾。俺には……最適な答えが分からないんだ。

 この家族は間違っているのか? それとも、正しいのか?
 偽りの家族に何の意味があるのか? ならば、手に入れることのできない正しい家族にどんな意味があるのか?
 教えてくれ、上春信吾。正しい答えを……。

 コンコン。

「朝乃宮です。信吾はんがリビングで二人を待ってはります」

 俺は一度目を閉じ、心を落ち着かせる。上春信吾はどんな答えをみせてくれるのか。
 俺は期待と不安がごっちゃまぜになりながら、強と一緒に部屋を出た。ふと、俺の手に何かが触れる。

 強の手だ。強が俺の手を握ろうとしている。
 不安なんだな、強も。
 俺はぎゅっと強の手を握り返す。
 それは、強の不安を消す為なのか、それとも、俺の不安を和らげる為なのか分からなかった。


 
 リビングにつくと、義信さん、楓さん、女、上春信吾がいた。上春は……。

「失礼します」

 俺の後ろから朝乃宮と上春が現れた。
 上春は俺の方を見ると、大きく目を見開いた。だが、すぐにうつむき、俺と顔を合わせようとしない。
 少し気まずいが、今は上春信吾の話が気になる。上春は朝乃宮の隣に座る。
 先程あんなことがあったのに、それでも、二人は寄り添りあっている。
 二人の過ごしてきた時間や築き上げた信頼の賜物たまものだろう。

 羨ましい……素直にそう思う。
 俺には本気で喧嘩したり、想いあったりできる相手はいない。
 もし、御堂、もしくは伊藤の気持ちを受け入れることが出来たら、俺の隣にいてくれたのだろうか?
 意味のない問いに俺は首を横に振る。自分から拒絶しておいて何様のつもりだ。いい加減、自分が嫌になる。

「あんちゃん?」
「……悪い。座ろうか」

 俺と強は開いている場所に座る。ここに全員がそろったわけだが、いつもの賑やかな雰囲気ではなく、重苦しい空気で息が詰まりそうになる。
 今から、何が始まろうとしているのか。
 上春信吾が立ち上がり、話し合いが始まろうとしていた。

「ええっ、皆さん。こんな夜遅くに集まってもらい、申し訳ない。でも、今からすごく大切な話をします。僕達上春家と藤堂家のこれからの在り方についてです。ですがその前に、咲」

 上春信吾は上春の両肩に手を添える。上春は顔を上げ、俺を真っ直ぐ見つめてきた。俺は体に力が入り、緊張してしまう。
 今度は何を言われるのか……。
 上春はゆっくりと口を開く。

「兄さん、さっきは失礼な事を言ってしまい、ごめんなさい。反省しています。私、あせっていました。澪さんと父さんの再婚がうまくいかなくて、その原因を兄さんのせいにして、八つ当たりしていました。本当にごめんなさい」
「……」

 朝乃宮に説得されたのか、上春信吾がなだめてくれたのか、それは分からないが、俺の中で不安が少し和らぐ。
 俺は自然と謝罪の言葉を口にしていた。

「俺こそ、悪かった。なあ、上春、聞いてくれ。明日のクリスマスイヴは一か月前からバイトの予定を入れていたんだ。クリスマスイブだから人手不足でな、何の予定もない俺がシフトに入れられたんだ。だから、明日一日、バイトで忙しい。明後日のクリスマスについては、クリスマス会の手伝いがあるんだ」
「クリスマス会の手伝い?」
「そうだ。毎年風紀委員はな、市が開催するクリスマス会の手伝いとして参加している。だから、予定があるんだ」

 このクリスマス会の手伝いは左近の策略だ。去年出来た風紀委員を少しでも実績を上げるため、要はイメージアップの為にボランティア活動の一環として参加することになった。
 ちなみにクリスマス会とは、青島中央公園内にあるホールに、老人ホームのご年配の人達と小学生の子供達を招き、クリスマスにちなんだショーやゲームを行うイベントである。
 地域の住民とのふれあいという、教師受けしそうな活動をすることで風紀員の風当たりを少しでも和らげようとしたのだ。
 今年も例年通り、俺と左近、須藤とその他十名程度が集まり、このイベントに参加する。

「で、でも、兄さん。私、そんな行事があるなんて聞いたことありません。どうして、私には前もって教えてくれなかったんですか?」

 上春は俺を非難するような、仲間外れにされたような目で見つめてくる。それは捨てられた子犬のような悲しみを含んだ目つきだった。
 朝乃宮が上春を優しく抱きしめ、ほほ笑んでいる。俺は苦々しい顔つきになる。
 なぜなら、この行事に参加するメンバーはある特徴があるからだ。そのせいで、朝乃宮は笑い、俺は苦々しい顔つきになるのだ。
 理由の分からない上春は不思議そうに俺と朝乃宮を交互に見ている。

「咲、このイベントに参加する日は何の日か分かります?」
「わ、分かるよ。クリスマスでしょ? それが何か関係あるの?」
「なら、少しは気を遣ってあげ。藤堂はんが可哀そうや」
「?」
「余計なこと言うな」

 気を遣うのはお前の方な。上春はきょとんとして、何を言われているのか分からないのだろう。
 俺は咳を一つして、簡潔に理由を話す。

「つまり、このイベントに参加するヤツはある条件があるんだ」
「条件?」

 上春は首をかしげ、俺の言葉を待っている。
 はあ……なるべくなら言いたくなかった。こんなこと話しても自虐ネタにしかならない。
 それを上春信吾や女の前で話さなければならないなんて、何かの拷問ごうもんかと思ってしまう。
 俺は観念して上春に語る。

「その条件はクリスマスを一緒に過ごす恋人がいない事なんだ。ああっ、女子は例外だ。女子をクリスマスの日に委員会の仕事を入れるなんて野暮って事になってな。だから、女子は免除されるんだ」

 上春はあっ、と声を漏らし、その後、ほほ笑んだ。俺の視線に気づき、慌てて弁解する。

「あっ、べ、別に納得したというか、そんな風には絶対に思っていませんから!」
「ムキになるのはそう思っているって証拠だぞ?」
「もう! 兄さんの意地悪!」

 上春は頬を膨らませ、俺を睨みつける。だが、上春は頬を緩ませ、笑顔になる。俺もつられて笑顔になった。
 なんだ、簡単じゃないか、仲直り。もっと早く話せばよかった。謝ってしまえばよかった。
 胸につっかえていたものが一つ消えていくのを感じる。

「悪い。意地悪をするつもりはなかったが、説明不足だった。許してくれないか?」
「……はい。私の事も許してくれますか?」
「もちろんだ。だから……」
「はい! 仲直りですね」

 よかった。これで上春と仲直りだ。お互い、クリスマスを嫌な気分で過ごさずに済んだことはおおきい。
 心労が軽くなるだけでも、かなりしんどさが軽減される。これで安心して、バイトとクリスマス会に専念できる。
 そう思っていたが。

「ちょっと待った! まだ仲直りは早いから!」
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