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三章

三話 言うなぁあああああああああああああああああああああああ! その六

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「正道君。明日は何の日か分かるかな~!」
「……」

 晩御飯時、上春信吾が突然、俺に尋ねてきた。妙にハイテンションの上春信吾に、俺は眉をひそめる。

「燃えるゴミの日か?」
「ちがーう! 全然、ちっとも、まったく、かすりもしてません!」

 う、うぜぇな、コイツは……普段の十倍増しに面倒くさい。Tシャツにクリスマスと書かれているのに、俺に聞くか?
 たぶん、答えを言うまで解放してくれないのだろう。本当に面倒くさい。

「……クリスマスか」
「ぶっぶっ! 正解はクリスマス・イヴでした! 残念!」

 ほ、本当にうざい。黙って飯を食え、黙って。
 藤堂家は上春家がくるまで、基本和食だった。クリスマスは数少ない洋食の日だ。
 楓さんが季節にあわせたものが食べたいとのことでケーキやローストチキン等がテーブルに並ぶことになった。俺の事を気遣っての提案だろう。
 クリスマスはった料理になるので、最近の晩御飯は質素なものになっている。おかずも少なめだ。
 女からそのことを聞いているのか、上春家の人間は誰も文句を言わない。上春は相変わらず俺を無視しているので文句はなかった。

「てなわけでみなさん! 僕に提案があります!」

 こら、食事時に立つな。埃がたつだろうが。
 俺は顔をしかめながらも、上春信吾の提案を聞く。

「明日の晩、藤堂家と上春家の親睦を深める為、クリスマスパーティを開催します! みんな、スケジュールを開けておくように!」

 おいおい、前日に言うかフツウ。強や上春だって予定があっただろうに。
 だが、強は黙ってうなずき、上春はニコニコとしている。義信さんと楓さんは何も言わない。
 これは同意したとみるべきだろう。女はもちろん、参加だろうな。
 俺は……。

「悪い。俺は予定がある。俺抜きでやってくれ」
「ほわぁ~い? な~ぜ? もう、嘘なんでしょ? 本当はちゃんと来てくれるんでしょ? このこの!」

 は、激しくウザい。上春信吾は俺の頬をツンツンとついてくる。
 うっとうしい。
 俺は上春信吾の手をはねのけ、無視することにした。

「えっ? 嘘でしょ? 予定あるの? 家族で一緒にクリスマスを過ごそうよ~正道君」
「正道。見栄張ってるんじゃないわよ。イブを一緒に過ごす彼女なんていないくせに」

 余計なお世話だ。
 そう思いつつ、俺は黙って箸を動かす。

「別に見栄を張っているわけじゃない。本当に予定があるんだ。明日は朝から晩まで。明後日もな」

 義信さんと楓さんにはあらかじめ予定を報告して許可をもらっている。
 俺の予定は毎年の事なので、ディナーはクリスマスの晩になるのだ。
 そのことを知らなかった上春信吾はしつこく俺に迫ってくる。
 やれやれ。理由を話すか。そう思った矢先。

「……兄さんはそこまで私達が嫌いですか? それとも、空気が読めないんですか?」

 上春の冷たい声に、上春信吾の顔がこわばる。上春信吾だけではない。全員が何事かと上春を見つめている。
 いつも笑顔で明るい上春が怒っているのだ。本気で怒っている上春に、誰も口を挟むことができなかった。

「兄さんは何が気に入らないんですか? 昔の事があるからって、それを盾にいつまでれいさんに迷惑をかけたら気が済むんですか?」
「……上春には関係ない。余所の家族の事に口出さないでくれ」
「余所じゃありません!」

 バン!

 上春が両手でテーブルを強く叩いた。テーブルに並んだ料理が震え、音を立てている。
 重苦しい雰囲気がリビングに広がっていく。

「私達は……私は……兄さんの事、澪さんの事、家族だと思っています。だから、家族の事に口出しするのは当たり前だと思います!」
「それは上春の個人的な意見だろ? 俺の考えではない。そんな勝手な思い込みを押し付けるな。迷惑だ」

 不味い……売り言葉に買い言葉だ。つい、反論してしまった。理由を話せばいいのに、ムキになって否定してしまう。
 俺の言葉が上春の逆鱗げきりんに触れてしまった。
 上春は……泣いていた。涙をぽろぽろとこぼし、俺を睨みつけている。

「だったら、どうして……どうして、強の事、叱ったんですか! 我儘を言えって言ったんですか! 家族だから、強の事が心配だから怒ってくれたんじゃないんですか! 兄さんのおかげで、強は我儘を言えるようになったんですよ! それなのに……なのに……家族じゃないだなんて言わないでください! 期待させるようなことしないで! 人の心をもてあそばないで!」
「ま、待ってくれ! 俺はそんなつもりじゃ……」
「だったら、どんなつもりなんですか! 御堂先輩を傷つけて、ほのかさんを泣かせて、一体、どれだけ人を傷つけたら気が済むんですか!」
「!」

 息が止まるかと思った。なぜ、上春が御堂や伊藤の事を知っている?
 いや、そんなことよりも、上春の指摘は俺の心を深くえぐるように突き刺さった。
 確かに、俺は二人を傷つけてしまった。
 けど、誓って言えるが、そんなつもりはなかった……御堂を……伊藤を傷つけるつもりは……なかった。俺は……俺は……。
 思考がまとまらず、うつむく俺に、上春はさらに追い打ちをかけてくる。

「知ってますよ、私。兄さんが二人に何をしたのかを……兄さんは……兄さんは卑怯です! 優しくしておいて、好意を寄せたら突き放して、一体何が楽しいんですか? 期待させておいて、後から裏切るなんて、ひどいじゃないですか! 兄さんは自分勝手過ぎます! だから、みんなが傷つくんです! こんな苦しみを味わうなら……突き放してくれた方がよかった……優しくしてほしくなかった……」

 やめろ……やめてくれ……俺は……俺は……。
 上春の涙が、言葉が俺を弾圧してくる。その痛みが増していく。
 頭痛がする……吐き気が止まらない……たのむ……もう……やめてくれ。

「兄さんなんて……兄さんなんて……大嫌い!」

 パシン!

 甲高い音に、俺は我に返った。
 音の正体は、上春を平手打ちした朝乃宮だった。
 上春は呆然として頬を抑え、朝乃宮を見つめている。朝乃宮は厳しい顔で上春を睨んでいた。

「もう、やめ。それ以上は咲の心を汚す行為や。もう、人を傷つける言葉を吐き出すのはやめ」

 朝乃宮の言葉は上春のことを想っての言葉だ。だが、上春には届かず、頬を叩かれた痛みと自分のことを分かってくれない悲しみに打ちひしがれている。

「……どうして……どうして……ちーちゃんまで……私の味方じゃないんですか?」

 呆然とする上春に、朝乃宮は凜とした態度で上春と向かい合う。いつもの慈しむ表情ではなく、真剣な表情だ。

「ウチはいつでも咲の味方です。だからこそ、咲が人を傷つけるのを止めたまでです。だって、きっと咲は後悔するから……それにきっと、陽菜もこの場にいたら、同じことをしたと確信してます」
「……嫌い……嫌い! みんな、大嫌い! 兄さんも、ちーちゃんも、大嫌い!」

 上春は泣きながらリビングを出ていった。静寂だけがこの場を支配し、誰も口を出さない。
 楽しいはずだった晩御飯も、クリスマスの打ち合わせもすべて台無しだった。
 俺はわめき散らしたい気分だった。

 だから、嫌なんだ。行動すれば、勝手に期待され、期待通りいかなかったら、責められる。こんな理不尽なことがあるか。
 俺だって、誰かが苦しんでいたら、悩んでいたら、助けたい気持ちになる。手を差し伸べたい思いはある。困っている人を見過ごしたくない気分になる。
 でも、最後には助けた誰かを傷つけてしまうのであれば、その気持ちを押し殺して生きていかなければならないのか?

 そんなこと、納得できるはずがない。だが、俺は何度も何度も間違えてきた。今も間違えている。
 どうしたらいい? どうしたら、誰も傷つけずに生きていけるんだ? ずっと後悔ばかりだ。いつも、いつも……。

 俺は叫びたい衝動を抑え込み、この状況を何とかしなければならないと考えていた。
 俺のせいで、みんなに嫌な思いをさせてしまった。上春信吾の目の前で上春を傷つけてしまった。
 朝乃宮に嫌な役割を押し付けてしまった。二人に謝らなければならない。
 朝乃宮は沈痛な面持ちをしている。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「あ、あの、ウチ……ウチ……」

 朝乃宮は責任を感じているのか、目を伏せ、首を垂れている。
 ダメだ。朝乃宮に謝らせてはいけない。元はと言えば俺が悪いんだ。俺が謝るべきなんだ。
 朝乃宮の言葉を紡ごうとしたとき。

「スマン! 千春ちゃん、正道君。咲が迷惑をかけて申し訳ない! 父親として、謝らせてほしい!」

 上春信吾が床に頭をつけそうな勢いで頭を下げた。俺と朝乃宮は呆然としてしまう。

「ちょ、ちょっと、信吾さん。別に信吾さんが謝ること……」

 女の言葉をとめ、上春信吾は謝罪の言葉を続ける。

「僕が謝るべきなんだ、澪さん。僕は咲の父親だし。子供の尻拭いをするのは親として、当然だろ? それに千春ちゃんの気遣いを無視したのはいけないよ。咲はテンパると意固地になりやすいから。そのことを僕が一番よく知っていたのにね」

 俺は素直に上春信吾はすごいと思った。なぜ、自分の子供ではない咲の為に、ここまで出来るんだ? 責任を取ろうとするんだ?
 理解ができない。

「どうして……どうしてなんだ? どうして、お前は赤の他人にそこまでできるんだ? お前は上春の本当の親じゃないんだ。きっと、そのことで責められる日が来るのに……嫌われるのに……どうして」

 俺は無意識に言葉が漏れた。意図してだした言葉ではない。もう、嘆きのようなものだった。
 上春信吾は頭を上げ、にっこりと自信満々にほほ笑んだ。

「決まっているじゃないか、正道君。咲は僕にとって、愛すべき家族だ。もちろん、強も澪さんも。正道君もその一人に入る予定なんでよろしく!」
「……納得いかない……答えになってない」

 何の合理性もなければ、説明にもなっていない。納得できるはずもない。
 俺の言葉に、上春信吾は苦笑していた。

「だって、仕方ないじゃん、好きなんだもん。理屈じゃないんだよ。咲とはずっと一緒に同じ釜の飯を食べてきたんだし、愛情がうまれて当たり前。それが家族ってものなんだ」

 まぶしかった……。
 俺とは全然違う。上春信吾は強い。上春信吾は、上春の、強の、親だ。まぎれもない事実だ。
 他人同士でも家族になれる。でも、俺は上春信吾の家族にはなれない。
 俺の家族はもう壊れた。そして、今は義信さんと楓さんが俺の家族だ。もう、新しい家族なんていらない。必要ない。

 俺は上春信吾に怒りが沸き上がってきた。コイツさえ、俺の前に現れなかったら……女と再婚しなければ……こんなに苦しむことなどなかったのに……。
 場違いな八つ当たりだと分かっていても、俺は上春信吾を恨まずにはいられなかった。
 だが、ここで予想外の事が起こってしまう。

「……私こそ、申し訳ない。これは私の責任だ。問題を先延ばしにしてきた私の監督不行き届きだ」

 今度は義信さんが上春信吾に深く頭を下げた。その行動に、俺は悲鳴を上げるような声を出してしまう。

「どうして義信さんが謝るんですか! 義信さんは悪くない!」

 義信さんだって、被害者だ。上春信吾が現れなければ、こんな嫌な思いをしなくてもすんだはずだ。なのに、どうして謝るんですか? 
 義信さんが謝るってことは、何か非があることを認めてることにならないか? そんなものはない。あるはずがない。

 俺は認めたくなかった。もし、認めてしまったら、俺達の今までの生活はなんだったんだ?
 義信さんは俺と過ごした日々が間違いだと言いたいのか? そんなこと……そんなこと……。

「違うのよ、正道さん。あなたは勘違いしているわ。私達は知っていたの。なのに、私達は逃げてしまった。ごめんなさいね、正道さん。私達がしっかりしていれば……」

 なぜなんだ? どうして、楓さんまで俺に謝るんだ? 何を知っていたんだ?
 上春と喧嘩したのは、上春を怒らせてしまったのは俺の責任だ。なのにどうして、誰も俺を責めないんだ?
 俺はもう二人に見限られているのか? 必要とされていないのか? 責任すらとらせてもらえないのか?

 体が震える。寒気が止まらない。
 理解できないことばかりで、頭が真っ白になる。怖い……俺は……誰にも……必要とされていないのか。また、家族を……失うのか……。
 嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!

 パンパン!

 手を叩く音に、俺は我に返った。いつの間にか、上春信吾は立ち上がり、仁王立ちしている。

「とりあえず、ご飯を食べてしまおう。せっかく作ってくれた料理を無駄にしちゃいけない。正道君、今日の夜十時、時間をくれないか? 強もだ。もちろん、咲にも話したいことがあるから、リビングに集まってほしい。お義父さん、お義母さん、大切な話があります。ご飯を食べた後、すぐに時間をください」
「……分かった」

 上春信吾の何か決意した強い意志に俺は不安で仕方なかった。夜十時に何があるんだ? 何が起きようとしているんだ?
 胃が痛い……頭痛がする……御堂や伊藤のときと同じ痛みが襲い掛かってくる。
 怖い……怖い……。
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