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十三章

十三話 幕引き その二

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「なあ、庄川君。ひとつ教えてくれないか?」
「えっ? 俺にっすか? なんなんすか?」
「白部さんに告白した男子とはキミのことじゃないのか?」
「あっ……ああっ~……それね。それ、今聞いちゃうんだ……はあ……ごまかせたと思っていたのに。流石は名探偵。藤堂先輩には隠し事できないっすね」

 そっか……。
 やはり、俺は名探偵にはなれそうにないな。
 腕時計盗難事件については昨日のうちにおおよそ解明できたが、ひとつ分からないことがあった。
 養護教諭の遠藤先生が言っていた、腕時計盗難事件を調べていた男子のことだ。

 その男子は誰だったのか? 事件とどのような関係があったのか?
 もしかすると、その男子は俺の推理を根底から覆す存在になりかねない。だが、遠藤先生が覚えていないとなると知るよしもない。
 ただ、気になっていたのは、俺がその男子について質問したとき、遠藤先生は何か躊躇ちゅうちょしたような態度をとったことだ。
 もしかすると、遠藤先生はその男子を知っていたのかもしれない。そうなると、なぜ隠したのか理由が分からない。
 男子の存在は、魚の骨が喉に刺さったような感じがして気になっていたのだが、この疑問に答えてくれたのがやはり伊藤だった。

 青島西中で調査した日の夜、伊藤から捜査に進展があったのかとメールがきた。
 俺は簡潔に調査内容をメールで伝え、伊藤に俺の考えに何か抜けがないか確認したが、伊藤も俺と同じ意見だった。
 そのときに俺はその男子について、伊藤に尋ねてみた。
 すると、すぐさま電話がかかってきて、伊藤は興奮しながら、俺に伝えてきた。
 その男の子は庄川君で間違いないです……と。

 庄川が白部に告白した男子だと? ありえないだろうが。
 俺は冷めた声で伊藤の意見を否定した。
 だが、伊藤の推理を聞くたびに、まさか……そんなはずは……もしかすると……伊藤の推理は正しいかもしれない、そう思うようになった。

 まず、伊藤が指摘したのは呼び名だ。
 庄川は平村や井波戸、上春のことを名前で呼んでいた。だが、白部だけ名字で呼んでいた。これは特別な意味があると言っていた。
 言われてみればそうかもしれないが、白部にだけ苦手意識があるのではないかとも考えられる。
 以前、庄川は白部のこと、信じられないと言っていた。つまり、白部の醜い部分を見て、苦手意識があるから名字で呼んでいると推測できる。

 そう反論すると、今度は遠藤先生の話になった。
 遠藤先生が男子の名前を言わなかった理由、それは本人が目の前にいるからだと指摘した。
 遠藤先生は庄川が白部に告白したことを知っていたから、あえて庄川の名前を言わなかったのだと。
 そう言われれば、遠藤先生が白部の前で庄川の名前を言わなかったのは納得できる。できるのだが……なぜ、遠藤先生は庄川が白部に告白したことを知っているのか、そこに疑問が残る。

 疑問点を伊藤にぶつけてみると、先輩は考えがあまいですね~と言われた。遠藤先生は女の子からよく相談を受けていて、誰が誰に告白したといったことはよく耳にしているとのこと。
 伊藤も遠藤先生と仲がよかったので、はっきりと断言できると言われた。
 それでも、納得いかない俺に伊藤はとどめの一撃と言わんばかりに厳かに伝えてきた。

「もし、庄川君が白部さんに告白していないのなら……」
「なら?」
「きっと、白部さんをからかっていたと思います。盛大に」
「……そうだな」

 納得だ。
 いちいち大騒ぎする庄川が、あの場ではしゃがなかったのはいただけない。白部をいじる格好の場面だったのに、庄川は黙ったままだった。
 なるほどな。白部にフラれたのなら大騒ぎなんてできるわけがない。ただ黙ってやり過ごすに限るからな。
 伊藤の推理は大当たりで、風紀委員の名探偵は伊藤だなと思い知らされた。
 これで事件の謎は全て解明された。後はもう日常に戻るだけだ。

「あ、あの! ちょっといいっすか!」
「なんだ? まだ、何かあるのか?」

 もしかすると、苦情か?
 まあ、屋上の一件はやり過ぎたかもしれないが、井波戸は俺達を騙していたわけだし、どっちもどっちだと思うのだが。
 それでも、仲間を傷つけるような真似をしたことを、庄川は許せないのだろうか?
 だとすれば、黙って聞いた方が良さそうだな。
 だが、庄川の言いたいことは俺が全く想像していなかったことだった。

「藤堂先輩は本当にこれでよかったんっすか?」
「何がだ?」
「だって……最後のアレのせいで今まで頑張ってきたことが全て台無しになったじゃないっすか。本当なら事件を解決した一番の功労者なのに、それがみんなから嫌われてハブにされる結果ってあんまりじゃないっすか。本当によかったんっすか?」

 ……驚いた。庄川がそんなことを気にしていたとは。しかも、少し怒った顔をしている。
 ああっ、本当にコイツと出会えてよかったな。
 ここは本音で語らせてもらおう。俺なんかのことを本気で心配してくれるヤツに嘘をついても仕方ないからな。

「ああっ。これでよかったと俺は満足してるよ」

 見たいものは見れた。それだけでこの事件に関わったことに感謝しているくらいだ。
 俺では叶えることが出来なかったものを白部達は叶えてくれた。友情が壊れても修復できるんだって事を見せてくれた。その姿は俺にとってどれだけ救われたことか。
 そんな想いを一言で伝えたのだが、庄川は納得してくれなかったみたいだ。更に問い詰めてくる。

「どうしてなんっすか! 真子っちゃんも白部も藤堂先輩の事……その……気に入っていたというかなんというか……と、とにかく、好意的だったのに。それを裏切ってまで、しなきゃいけないかったことなんっすか、最後のアレは! 美花里に散々嫌味を言われてきたでしょうが! なのに、美花里を助けるために全てを台無しにして、お人好しすぎやしませんか!」
「俺の目的はな、庄川君。イジメを止めることと、白部さんと平村さんが仲直りすることを見届けることだったんだ。その二つをちゃんと確認できて満足だ。だから、誰かの感謝なんていらない。好かれたいとも思わない」
「それって酷くないっすか? 俺もそうだけど、白部も真子っちゃんも藤堂先輩と仲良くやっていきたかったのに。藤堂先輩が望むなら、今流れている藤堂先輩の悪い噂が誤解だって証明することだってできるんすよ。なのに、突き放す態度とられたら、俺達、何もできないじゃないっすか……酷いっすよ」

 どっちがお人好しだ。
 俺なんかをかばったりしたら、クラスの立場だって悪くなるだろうが。それがきっかけで庄川や白部、平村がハブにされたら、今までの苦労が水の泡になるだろうが。
 だからこそ、俺は誰ともつながりを持ちたくない、これでいいんだ。

「庄川君、その気持ちは素直に嬉しく思うが、もう事件は解決したんだ。俺達が顔をあわせる理由なんてない。だから、気にしないでくれ」
「友達に会うのに理由なんて必要なんすか?」
「……必要ないな。友達ならな」

 俺は庄川に背を向け、歩き出す。
 庄川が何か叫んでいたが、俺は振り返らずにその場を去った。

 これで幕引きだ。
 平村はもうイジメに遭うことはないだろうし、白部も平村と仲良くやっていくことだろう。そこに井波戸も加わり、楽しい高校生活が待っているはずだ。
 庄川も自分のクラスでイジメがなくなったわけだし、何の気兼ねもなく楽しい学校生活を過ごすことだろう。良い事づくめだ。そこに俺が入り込む隙間なんてない。
 だから、この別れは必然なのだ。
 なのに、寂しいと思うのは不謹慎ふきんしんだな。自分から拒絶しておいて、何様なのだろうかと苦笑してしまう。

 全てが終わった後、俺の周りには誰もいなくなった。ちょっと前までは騒がしかったのに。
 庄川がいて、平村がいて、白部がいて……楽しかったな。
 また一緒に過ごすことが出来たら……そんなありえない妄想を一瞬だけしてしまったが、すぐに打ち消す。意味のないことを考えるのは時間の無駄だ。

 それと、上春ともコンビは解消か……。
 普段は伊藤とコンビを組んでいたので、上春と一緒に行動したことは新鮮だった。上春は真面目に事件の事を考え、行動していたし、積極的に手伝ってくれた。
 それに青島西中では井波戸を足止めしてくれたおかげで調査に時間を費やすことができ、真相にたどり着くことが出来た。感謝してもしきれないな。

 伊藤も上春の真面目さを見習って欲しいものだ。つくづく上春はいい子だと思う。
 上春にはいろいろと助けられたし、お礼を言った方が……いや、やめておこう。
 今の俺が上春に話しかけたら、俺のことをよく思っていない一年の生徒が上春まで悪く思ってしまうかもしれない。
 嫌われ者と一緒にいたら迷惑だろうし、自重しておこう。
 後、上春につきまとって朝乃宮の機嫌が悪くなってしまうと、とばっちりを受けてしまいそうだ。それはご遠慮いただきたい。

 一人っきりになって、隣に誰もいないことに物足りなさを感じるが、すぐになれるだろう。
 一人は気楽でいい。背負うものもなく、自由に行動できる。孤独もなれてしまえば、心地いいというものだ。

 人に聞かれたらやせ我慢といわれそうだが、これが俺の本音だ。何の後悔もない。
 冷たい風が突き抜けていく。落ち葉が風に舞い、かさかさと音を立てて俺の横を通り過ぎていく。
 雲が太陽を覆い、体がひんやりと冷えていく。
 遠くから部活のかけ声が聞こえてくるが、その場所は遙か先にあって、近づいても、近づいても、近づくことが出来ない錯覚を覚える。
 まるで出口のない暗闇のトンネルを永遠と歩くような気持ちで、俺は風紀委員室へと歩き出した。
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