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十二章

十二話 バットエンド 届かない声 その二

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「正道の相棒ね。なら、尋ねていい? 正道はどうして、F組の生徒を敵に回すような態度をとったのかな?」
「それは井波戸さんを助けるため……」
「それは半分正解で半分不正解」

 半分正解で半分不正解? どういうこと?
 橘風紀委員長の真意が分からず、戸惑っている私を橘風紀委員長は嘲笑あざわらっていた。

「その顔だと、分かっていないようだね。だったら、教えてあげる。正道はね、線引きしていただけなの」
「線引き?」

 橘風紀委員長の言っている意味が分からない。何に対して藤堂先輩は線引きしていたのか?
 その疑問に橘風紀委員長は答えてくれた。

「そう。正道はね、お前達とは違うんだってF組の生徒に言いたかっただけだから。俺はお前達と違ってイジメられているヤツを絶対に見捨てない。黙認なんてしないんだって。見下しているだけなんだよ、正道は」
「そんなわけありません! 藤堂先輩はイジメが発生しないよう、相手のことを想って行動していました! 橘風紀委員長の言っていることはでたらめです!」

 絶対に言いがかりだ。どうして、橘風紀委員長は藤堂先輩のことをそこまで悪く言えるのか分からなかった。
 腹立たしくて、悲しかった。二人は友達じゃないんですか?

「なら聞くけど、F組の生徒に喧嘩を売る必要ってあった? 井波戸さんを殴ろうとする演技までして嫌われる意味ってあるの?」
「それは……井波戸さんを助ける必要があったから……」
「だから、そこなんだって。どうして、恨みを買う必要があったの? もっと違う解決方法だってあったんじゃない? 正道があんな行動をしなくても、きっと平村さんが井波戸さんをF組の生徒からかばっていたよ。彼女、正道の前に立ちはだかったんでしょ? そんな勇気があるなら、F組のクラスメイト達にだって立ち向かえると思わない? 僕の意見、間違ってる?」
「それは……」

 私は橘風紀委員長に何も反論できなかった。橘風紀委員長の言うことは正論で、私自身も疑問に思っていたことだから。
 だとしても、疑問が残る。
 橘風紀委員長は言った。線引きしているだけだと。なら、どうして、藤堂先輩は恨みを買ってまで線引きしたがるの?
 分からないことは不安で心が押しつぶされそうになる。藤堂先輩の事、全く理解できていない。
 橘風紀委員長はやれやれと言いたげに言い聞かせてきた。

「正道はね、イジメに対して嫌悪しているんだよ。アレルギーと言ってもいいくらい。だから、人より敏感なわけ。イジメをしている相手だけでなく、イジメを止めようともしない、黙認している相手も軽蔑しているの。まあ、普通はイジメを止めようとしたら、逆に標的にされるから止められないんだけどね。そのことを理解していてもなお、正道は嫌っているの」
「……どうしてそこまでイジメを嫌悪するんですか?」
「分からない? 答えは正道もイジメにあっていたから。イジメられていたとき、正道は思ったんだろうね。どうして、周りのクラスメイトは自分を助けてくれないのかって。そのときに見限ったんだろうね。誰も助けてくれないのなら、自分でなんとかしなければならないんだって。正道はもう、誰かに期待するのをやめたから。だから、一人で解決してみせるんだよ。たとえパートナーが隣にいたとしても」

 そんなのって悲しい。
 誰にも心を開かず、自分を心配してくれている人にさえ、頼ろうとしない。そんなことを繰り返していては、ずっと藤堂先輩はひとりぼっちになってしまう。

 悔しい……私は藤堂先輩にとって何だったの? ただの後輩でしかなかったの?
 私の声は、藤堂先輩の力になりたい想いは、ずっと届いていなかった……。
 全く相手にされていなかったことに気づき、涙が出そうになった。そんな私に橘風紀委員長は追い打ちをかけてきた。

「上春さん、キミは正道の相棒だって言ったけど、全く正道のこと、理解していないようだね。それでよく、相棒だなんて言えるよね。まさか、ジョークのつもりだったの? 本気なら滑稽だよね」
「……」
「まあ、気にすることないよ。正道とコンビを組む事なんてもうないと思うし、伊藤さんがどうにかしてくれると思うから」
「ほのかさんが?」

 私は最近知り合った同じ風紀委員の女の子、伊藤ほのかさんを思い浮かべた。
 とてもおしゃれな女の子で藤堂先輩の本当の相棒。
 私はよくほのかさんとメールのやりとりやおしゃべりをしている。風紀委員は男の子が多いし、同じ学年の女の子は黒井さんしかいなかった。

 でも、黒井さんは元不良で、昔チームに所属していた仲間達にしか心を許していない。ただの一般人である私には優しくはしてくれるけど、本音は何一つ話してくれない。
 だから、私と同じ一般の生徒であるほのかさんとはすぐに仲良くなれた。
 風紀委員委に入ってまだ日が浅いのに、橘風紀委員長は伊藤さんを高く評価している。
 ほのかさんは気づいていないようだけど、橘風紀委員長の態度を見ていれば一目瞭然だった。

「彼女は気づいているからね。このままだと、正道はずっとひとりぼっちだって。だから、正道に白部さんと平村さんの仲を取り持つよう提案をしたわけ。人助けは人に好かれやすいでしょ? でも、内心は葛藤しているのが見え見えなんだけど。正道が他の女の子と仲良くなったら本末転倒だからさ。おおっと、長話しちゃったね。僕は仕事があるから。あっ、今の話、オフレコね」

 橘風紀委員長は椅子に座り、仕事の続きをする。もう何も話すことはないと態度で示された気がする。
 私は完全に言い負かされてしまったまま、風紀委員室を出た。
 廊下に出ると、冷たい風が窓の外から吹き抜けてくる。

 寒い……。
 私は振り返り、風紀委員室を見つめていた。
 ほんのわずかだったけど、あの部屋で私と藤堂先輩、橘風紀委員長、千春は事件解決に向けて話し合い、交流を深めた。

 楽しかった。
 藤堂先輩とお弁当の話をしたこと……事件の事で意見を交わしたこと……不謹慎だけど、楽しかった。
 でも、それも今日このときをもって終わり。藤堂先輩とのコンビも解消になる。
 事件は終わって万々歳なのに……真子さんと奏水さんとお友達になれたのに……どうして……私は……。

「咲……」
「ちーちゃん……」

 私は千春に抱きつき、我慢していた涙をこぼした。千春は私の頭をそっと撫でてくれる。千春は私に優しくしてくれる。
 井波戸さんの指摘された事を思い出すけど、それでも、千春に甘えてしまう自分の弱さに逆らえなかった。

 私は弱い。だから、何の役にもたてなかった。
 藤堂先輩は事件を解決し、橘風紀委員長は陰でサポートしてくれた。
 千春は屋上での藤堂先輩の真意に気づき、木刀で藤堂先輩を叩き、F組の生徒に謝罪した。そうすることで藤堂先輩の暴言に関するつぐないと、この一件を手打ちにするために。
 風紀委員が事実を明らかにし、手を引いたことで、真子さんへのイジメは終結を迎え、井波戸さんの謝罪によって、井波戸さんの罪は許され、全て片がついた。藤堂先輩への嫌悪感だけを残して。

 私は何をしていたの。真子さんや奏水さんの為に何が出来たの。
 藤堂先輩に任せっきりで、千春に頼りっぱなしで何一つやり遂げたものはない。これでは、井波戸さんの言うとおり……寄生しているなんて言われても当然。
 悔しかった……風紀委員として真子さんと奏水さんの為に何も出来なかったことが、藤堂先輩の力になれなかったことが……。

 私は藤堂先輩とコンビを組むことに内心、胸が高鳴たかなっていた。
 藤堂先輩の事はほのかさんの話でよく聞かされていた。
 大抵は女の子扱いしてくれない事への愚痴だったけど、藤堂先輩の事を話すほのかさんはとても嬉しそうで、こっちも嬉しくなってしまう。

 だから、期待していた。藤堂先輩と一緒に行動できることを。
 千春は反対していたけど、私は渋る千春を半ば無理矢理巻き込んでこの一件に首を突っ込んだ。
 もちろん、真子さんを助けたかった想いもある。でも、浮ついた気持ちがあったから、私だけ役に立てなかったんだ。
 私もみんなと同じ風紀委員なのに……。

 橘風紀委員長の言うとおり、もう藤堂先輩と一緒にコンビを組むことはないのかもしれない。
 挽回できるチャンスは二度とないのかもしれない。でも、頑張ろう。だって、事件は待ってくれないから。
 これからも、いろいろな事件やトラブルが起こって、風紀委員として向かい合わなければいけないのだから。
 千春に頼ることなく、自分の力で事件の被害者のために私に出来ることを精一杯やってみよう。

 今は……私の声は藤堂先輩に届かないのかもしれない。だけど、成長した私なら、藤堂先輩に声が届くかもしれない。
 私は藤堂先輩に伝えたい。もっと、誰かを頼って欲しいと。そうすれば、ひとりぼっちにならずにすむんだと。

 私は藤堂先輩のこと、全く知らなかった。でも、橘風紀委員長のおかげで知ることが出来た。知ってしまった以上、放っておけない。
 いつの日か必ず、想いを伝えたい。でも、ほのかさんの方が先に伝えてしまうかもしれないけど。
 ちょっと嫉妬しちゃうな……。
 心の中でうまれた想いは、うまく言葉で表現できない。そんな感情を持て余しつつ、私はリベンジを誓った。



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