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十二章

十二話 バットエンド 届かない声 その一

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「……ご苦労だったね、上春さん、朝乃宮。後はこっちで処理しておくから」
「ホンマ、勘弁してほしいわ。咲、いきますえ」

 放課後。
 私と千春は今朝方起きた出来事の報告と、真子さんの一件を橘風紀委員長に報告していた。
 藤堂先輩が去った後、屋上ではちょっとした騒ぎになった。
 井波戸さんはみんなに謝罪し、その直後に庄川君が井波戸さんをフォローした事で場は丸く収まった。

 最悪な展開は回避できたけど、その後、F組の生徒達は口々に藤堂先輩の悪口を言い出した。藤堂先輩一人が悪者扱いされている。
 確かに先ほどの藤堂先輩の態度は悪いと思う。でも、藤堂先輩があんな態度をとったのはF組のみんなの態度に問題があったから。

 F組のみんなは井波戸さんを最初はかばっていたけど、騙されたと分かった瞬間、手のひらを返したかのように井波戸さんに罵声を浴びせた。まるで自分たちは何も悪くないと言いたげに。
 そして、今は井波戸さんにフレンドリーな態度をとっている。

 目の前の光景に、私は言いようのない何かを感じていた。
 もうこの場には用がないと言いたげに、千春は私の手を引いて屋上を出た。
 屋上を出る際に千春が漏らしたたった一言が私の脳裏に焼き付いていた。

「気持ちわる……」

 吐き捨てるような嫌悪感のある声に、私は不安でぎゅっと千春の手を握りしめた。
 授業中もお昼ご飯中も、ずっとこの一件の事を考えていた。友達って、仲間って何なんだろうって。

「上春さん、どうかした? 朝乃宮はもう出て行ったよ。追いかけなくていいの?」

 立ち尽くしていた私を不審に思ったのか、橘風紀委員長が私に声をかけてきた。
 私はつい、つぶやいてしまった。

「本当にこれでよかったのでしょうか?」
「何が?」

 私は迷ったけど、橘風紀委員長に打ち明けることにした。

「正直言いますと、後味が悪いというか……確かに真子さんのイジメは解決しましたし、クラスメイトを騙そうとした井波戸さんも報復されずにすみましたが……」
「なら、問題ないじゃない」
「……本当にそう思いますか?」

 悩む私に、橘先輩はため息をつき、答えてくれる。

「人様の付き合いなんて千差万別でしょ? お互いそれで納得しているのなら、僕達が口出しするようなことじゃないよね。あまり悩んでいると肌によくないから」

 そうなのかな?
 橘先輩の言うとおりだけど、どうしても、私はF組の関係はいびつだと思う。そのいびつさが真子さんのイジメを長引かせた原因のひとつのように思えて仕方ない。

 友達のため、仲間のためって言うけど、実際には友達ごっこに酔いしれているだけ、そう私は感じていた。
 それを確かめるため、私はお昼休みに奏水さんから話を聞いた。F組の生徒は本気で真子さんのイジメを止めようとしていたのかを。

 奏水さんは教えてくれた。
 真子さんがクラスの中で、F組のみんながいるところでいじめられていた場合、F組の生徒は止めに入ったが、それ以外の場所や、一人や二人がその場面に出くわした場合は止めに入らなかったとのこと。
 つまり、いじめの現場にみんながいた場合のみ、真子さんのいじめを止めようとしていただけだった。
 庄川君だけが一人のときでも、どんなときでもいじめを止めようとしていたのだと。

 仲間、絆という言葉はとても心地いい響きだと思う。仲間が困っていると、みんなが真剣になって助けようとする姿は美しいと思う。
 けど、真子さんや奏水さんのように、喧嘩して、酷いことをして、友達同士傷つけ合っても、それでも許し合い、笑い合える方がよほど友達だって思う。
 綺麗なところしか見ようともしないのは間違っていると、今回の一件でそう考えるようになった。

 もう一つ、気になっていることがある。
 私が一番気になっていること、それは……。

「この一件で一番頑張った藤堂先輩が悪者扱いになっているのも気になっていて」
「それは仕方ないでしょ? 正道が悪者になったから井波戸さんがイジメにあわずにすんだわけだし」
「やっぱり……」

 私の考えは間違っていなかった。藤堂先輩の屋上でみせたあの態度はわざとだったんだ。

 本来なら、あの場で非難されるべき相手は井波戸さんだった。
 親友である真子さんと奏水さんを騙し続け、F組のクラスメイトをも騙し、利用しようとした。裏切り者として断罪される立場だった。

 でも、藤堂先輩がF組の生徒を全員罵り、そして、井波戸さんに殴りかかろうとした事で、藤堂先輩は悪者になってしまった。
 井波戸さんの悪意よりも更に強い悪意を示すことで、F組のみんなは怒りの矛先を藤堂先輩に向けた。
 井波戸さんをF組のみんなから護る為に……いじめをさせないために……。
 きっと、みんなに恨まれる事を覚悟の上で藤堂先輩はあんなことをしたとは思うけど、もっと違う方法はなかったのかなって思う。
 それに……。

「でも、少しやり過ぎではないでしょうか? 井波戸さんを護るためとはいえ、女の子に暴力を振るうなんてやりすぎです。千春が止めてくれたからよかったものの……」

 私の抗議に、橘風紀委員長は苦笑していた。

「ねえ、ひとつ確認しておきたいんだけど、正道は井波戸さんの顔を殴ろうとしたんでしょ?」
「は、はい」
「なら問題ないよ」

 いやいや、問題大ありです、橘風紀委員長!
 女の子の顔を殴ろうとしたんですよ? あざが残ったらどう責任をとるつもりなんですか?
 橘風紀委員長は呆然とする私に笑いかけてくる。

「大丈夫だから。正道が本気で人を殴る場合はお腹を殴るから」

 そ、それって顔はやめな、ボディーだよ的なノリなの? ちょっとついていけない……。
 それとも、何か別の意味があるの? 藤堂先輩って顔を殴れないとか。まさかね……不良狩りと恐れられている藤堂先輩に限ってそんなことありえないよね。
 私には分からない何かがあって、それが橘風紀委員長には分かっているからこその発言なのかな?

 橘風紀委員長って結論だけで詳しい内容を全然教えてくれない。
 前にそのことで橘風紀委員長に口答えしてしまって、怒らせた経験がある。
 すごく怖かったけど、でも、それでも……。

「……まだ何かあるの?」

 橘風紀委員長から尋ねてくれたので、私は勇気を出して質問してみる。

「橘風紀委員長は本当にこれでいいんですか? 藤堂先輩とは仲がいいですよね? 仲のいい人がみんなから悪く言われることに抵抗はないんですか?」

 私はやっぱり、この状況はおかしいと思う。
 藤堂先輩はこの一件で誰よりも頑張っていた。必死になって事件解決にむけて努力してきた。
 最後はあんな結果になってしまったけど、それでも、不器用なりに先輩は奏水さんを、真子さんを、二人を騙していた井波戸さんも助けた。
 なのに、藤堂先輩はF組から嫌われ、F組の流した悪い噂は一年の間で広まっている。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。限定的なコンビだったけど、それでも、私は藤堂先輩のパートナーだった。
 パートナーとして、この事態を回避できなかったのか、フォローできなかったのかって思ってしまう。
 もしかすると、私は藤堂先輩の役にもたてなかったのではないか。
 そう思うと胸が苦しかった。
 だから、私は橘風紀委員長に私の意見に同意して欲しかったんだと思う。
 でも、橘風紀委員長は……。

「全然ないよ。正道だって子供じゃないんだから、自分の行動で周りにどんな影響を与えるのか、理解できてるから」
「でも!」
「上春さん、どうして、正道のこと、そこまで気にかけるの? ただの先輩後輩なのに」

 橘先輩の言うとおり、私と藤堂先輩はただの先輩と後輩。
 けれど、今回の件に限っては違う。
 だから、つい私は反論してしまった。

「……今回だけは、藤堂先輩のパートナーは伊藤さんではなく、私でした。だから、私は藤堂先輩がどれだけこの事件解決に頑張ってきたのか、知っています。藤堂先輩の相棒として、この結末は納得できま……」

 寒気がした。
 何か言いようのない恐ろしさのせいで、私は言葉を飲み込んでしまった。

 橘風紀委員長の雰囲気が変わった事に黙ってしまった。
 橘先輩は目を細め、私を見つめている。無表情にただ見つめているだけ。
 でも、とても怖い……まるで蛇に睨まれた蛙のよう。

 私はなぜ、橘風紀委員長の雰囲気が豹変してしまったのか、理解できなかった。そのことが恐ろしかった。
 橘先輩はゆっくりと席を立つ。私は無意識に一歩後ろへ下がってしまった。
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