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十一章

十一話 決着 その一

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「ま、待ってください! 私達、そんなつもりは……」
「咲。ちょっと黙ろうな」

 上春がF組の生徒に誤解を解こうとしたとき、朝乃宮が上春の口を塞ぐ。上春は暴れるが、朝乃宮はその手を離そうとはしなかった。
 ナイスだ、朝乃宮。
 ここで上春が何を言っても逆効果だ。それどころか、上春までFクラスに睨まれてしまう可能性がある。
 悪役は俺一人で充分だ。そっちのほうが対処しやすい。

「みんな! ちょっと待って! 違うから。そうじゃないから!」

 庄川が必死にF組の生徒に呼びかけている。
 庄川はF組の生徒だが、間違った事を見過ごせないのだろう。必死に誤解を解こうとしているが。

「庄川君、どっちの味方なんだよ! 仲間がキズつけられてるんだぞ! 井波戸の味方するのがフツウだろうが!」
「だから、違うくて……」
「まさか、風紀委員の手下に成り下がっちゃったわけ? 仲間を売る気なのか! 井波戸のこと、信じてやれないのかよ!」
「誤解なんだって。本当は……」
「仲間が酷い目にあっているのに、その風紀委員をかばうの? ひどい!」
「……」

 F組の仲間に裏切り者扱いされ、庄川は弁解の余地すら与えられなかった。
 庄川はあえぐだけで、それでも、この暴動を止めようとしたが、最後は肩を落とし、押し黙ってしまった。
 まあ、仕方のない事だな。数は暴力だ。たった一人で立ち向かえる敵ではない。
 それでも、庄川が俺をかばってくれたことは純粋に嬉しかった。
 俺に罵声を浴びせるF組の後方に、白部と平村の姿を見つけた。

 平村は何があったのか理解できず、オロオロしている。白部は真っ青な顔をしていた。
 平村はいきなりのことで、井波戸の言葉が信じられないのだろう。
 だが、友達を疑ってしまった事を後悔し続けた平村に、井波戸を疑えという方が酷な話だ。
 納得できなくても、罪悪感で井波戸の言葉を否定できない。それは白部も同じようだ。
 白部はきっと真実に気づいている。白部の鞄から腕時計を平村の鞄に入れたのが井波戸であると。
 だが、今まで支えてくれた友人が、信じていた親友に裏切られ、それでも、信じたい気持ちが白部を縛っている。

 呪縛だな。俺はそう思った。
 司波や髙品は正直に自分の過ちを謝罪したので、白部も平村も辛い事実を受け入れることが出来たが、井波戸が否定している以上、認めることが出来ないのだろう。
 真実から目を背け、耳を塞ぎ、気づかないフリさえしていれば、偽りの関係でも白部と平村は井波戸と仲良く出来る。

 だが、嘘の気持ちを抱えたまま、友と過ごすのは正しいことなのか?
 本人が納得しているのであれば、それでいいとは思う。だが、俺は白部にそんな想いをして欲しくはない。

 井波戸が言っていたではないか。白部は誰にも媚びず、自分を貫き通す女の子だと。
 ならば、俺は白部には堂々として欲しい。自分らしく生きて欲しい。
 昔の伊藤のように、無理して作り笑いを浮かべるような事はやめてほしい。

 俺のとるべき行動は真実を明らかにすること。
 井波戸に自分の罪を認めさせ、白部達に謝罪させること。
 そうするために、俺は備えてきたはずだ。そして、準備は出来ている。
 井波戸よ。俺に喧嘩を売ったこと、後悔させてやる。
 俺はF組の生徒と向き合い、大声で怒鳴る。

「やかましい! ぎゃーぎゃー騒ぐな!」

 一瞬、全員が黙り込むが、すぐさまF組の男子生徒が俺と張り合うように怒鳴り返してきた。

「おいおい! 逆ギレしてるんじゃねえよ! お前が悪いんだろうが!」
「そうだそうだ! 俺達の仲間に手を出すな!」
「どうして、井波戸さんの話が正しいと断言できる。井波戸さんが嘘をついている可能性だってあるだろうが。その場合、冤罪を押しつけようとしているんだぞ。そのへん、分かっているんだろうな」

 冤罪を押しつけた場合、どんな仕返しをするのか分かってるんだろうな、そんな意味を込めて脅してみたが、すぐに言い返してきた。

「井波戸が俺達に嘘をつくわけないだろうが! 嘘をつく意味がわかんねえんだよ! それに井波戸は俺達の仲間なんだ! 井波戸は俺達クラスの委員長で、いつもクラスのために頑張ってきた。そんな委員長が俺達を騙すわけないだろうが!」
「あんたなんかよりは断然信じられるんですけど!」

 何を言っても無駄か。
 コイツら、仲間だなんだと心地いい言葉を使って酔いしれているとしか思えない。だが、一つだけ感心させられるのは、友の為に行動していることだ。
 俺の睨みにおびえつつも、それでも、井波戸を護ろうとする姿にある種の感動を覚えた。
 まあ、今は井波戸の嘘を明らかにすることが大事なので、どうでもいいことだったりするのだが。

 俺は胸ポケットに入れていたペンを取り出し、ペン先を回して外す。外した箇所にイヤホンジャックがあるので、鞄に入れてきたスピーカーと接続する。
 準備は整った。後は事実を明らかにするだけだ。
 周りは俺の行動に何事かと様子を見ているが、俺は気にせずスピーカーとペンのスイッチを入れ、リモコンを操作する。
 しばらくすると。

「……そうよ。全ては私が仕組んだことなの。腕時計盗難事件を」

 スピーカーから井波戸の声が響き渡る。
 最初は何事かとF組の生徒はざわついていたが、井波戸の告白が続くにつれ、誰も言葉を発しなくなった。
 井波戸は顔を真っ青にしたまま、硬直している。先ほどまでのやりとりを録音されていたとは想像すら出来なかったのだろう。
 自分の嘘がF組全員に暴露され、口をパクパクとあえいでいる。

 そう、これが事前に準備していた策だ。本来なら井波戸が黒幕だったと言質を取り、平村に謝罪しないときのことを考えての処置だった。
 せめて、真実だけは平村と白部に明らかにしたい。だから、井波戸に俺の要求が断られたとき、最悪、このレコーダーを二人に渡して、最終審判を下して欲しかった。
 だが、こうなってしまった以上、俺はここにいる全員に暴露した。井波戸から売ってきた喧嘩だ。買わないわけにはいかないだろ?

 全ての井波戸の告白が終わったとき、俺はスイッチを切った。
 F組の生徒は全員、黙ってしまっている。
 俺は井波戸に声をかける。

「残念だったな。思惑通りいかなくて」
「……どうして録音機なんて持ち歩いているのよ」
「俺は風紀委員だぞ。お前みたいなヤツを何人も相手にしてきたんだ。対策くらいしてくるさ。風紀委員、なめるな」

 俺はドスをきかせるように井波戸に言い含める。
 いつまでも俺が大人しくしていると思うなよ、井波戸。売られた喧嘩は買うのが流儀なんでな。
 そして、喧嘩を売ってきたのは井波戸だけではない。

「おい、何か俺に言うことはないのか、お前ら。俺と井波戸、どっちが正しかったのか、理解できているよな? 俺の言葉が信じられなくても、仲間である井波戸の言葉なら信じられるよな? だって、井波戸はお前達にとって仲間なんだもんな。仲間を信じているんだろ? それとも、さっきの言葉は嘘なのか?」
「……そ、それは……その……」
「はっきり答えやがれ! お前達、人に暴言吐いておいて、まさか、謝罪の一つもないのか? あまり調子に乗ってるんじゃねえぞ!」

 お前達が仲間を大事にしたい気持ちは分かる。だが、仲間の言葉を鵜呑みにして、事実確認すらしないのはバカげている。それは信頼じゃない。ただの怠慢たいまんだ。
 さて、不本意ではあるが、白部達との約束は果たされた。全ての真実は白日はくじつの下にさらされ、俺のやるべきことは大半が完了したと言ってもいい。
 本来ならここでさよならしたいところだが、まだやるべきことがある。伊藤との約束がまだ残っている。
 ハッピーエンドを目指すという課題が。

 だが……どうしたらいいんだ?
 自分でやっておいてなんだが、この状況でどうやってハッピーエンドを目指せばいいのやら。
 俺の言うことを素直に聞いてくれるとは思えないが、井波戸に頼んでみるか。謝罪しろって。
 今まで騙していたんだ。そう簡単に許してはもらえないとは思うが、それでも、一歩は踏み出すべきだろう。三人が親友でいられるために。
 俺の思惑とは裏腹に、事態は別の意味で悪化してしまう。

「井波戸……お前、俺達に嘘をついていたのか? 騙してやがったのかよ!」
「サイテー! ほんと、信じられないんですけど!」
「お前のせいで恥をかいただろうが! 謝れよ!」

 F組の生徒がいきなり井波戸を糾弾きゅうだんしてきたのだ。
 今まで井波戸を仲間だとかばってきたのに、たいした変わり身の早さだ。感心を通り越して呆れてしまう。
 俺への謝罪はないのかよ。まあ、そんなことはどうでもいいんだが。

 F組の生徒は井波戸を囲み、罵声を浴びせている。井波戸はうつむいたまま、何も言葉を発しない。
 井波戸が抵抗しないことに調子づいたのか、F組の態度はどんどんエスカレートし、井波戸を手で突き放すような行動までする生徒が出てきた。

 自業自得とはいえ、この状況は見過ごせない。これが元でイジメになったら本末転倒だ。
 イジメをやめさせるために行動してきたのに、新たなイジメをあろうことか俺が生み出してしまっては意味がない。
 それはあってはならない。

 この事態を収める方法はあるのだが……仕方ないか。
 俺は目を閉じ、心の中で伊藤に謝罪する。
 その後、一息ついて、俺はF組の生徒に怒鳴りつけた。
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