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十章

十話 真相 その五

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「何よ、それ。バカにしてるの? そんなわけないじゃない。あのときはまだ、あなたは奏水と真子の関係すら知らなかったでしょ?」

 そうだ。
 井波戸と初めて出会ったときは、白部が平村を掃除ロッカーに閉じ込めたのかすら分かっていなかった。
 それでも、俺は井波戸を疑っていた。なぜなら……。

「確かにな。だが、お前は自分の口で掃除ロッカーの件に関わっていることを話していたんだよ。だから、疑ったんだ」
「? 何か私、ドジった?」

 井波戸は怪訝そうな顔をしている。自分のミスに気づいていないのだろう。
 井波戸がおかしたミス。それは……。

「井波戸さん、俺は中庭でお前に聞いたよな? 白部さんが何をしたのかを。そしたら、白部さんが平村さんを掃除ロッカーに閉じ込めたって言ったのを覚えていないか? それがお前のミスだ」
「どういうこと?」
「そのことを知っているのは、当事者である平村さんと犯人である白部さん、風紀委員顧問の播磨はりま先生、掃除ロッカーの鍵を開けた業者の人間、後は風紀委員長である左近だけだ。第一発見者の俺すら知らない情報をお前は知っていた。それが疑うきっかけになったわけだ」
「そんなことで? 確かに私はその場にいなかったけど、掃除ロッカーの件は職員室で立ち聞きしたって言ったじゃない? 別に疑われるようなことはないと思うのだけど」

 普通ならな。
 掃除ロッカーに生徒が閉じ込められていたなんて、とんだ不祥事ふしょうじだ。すぐにでも情報は先生方に共有されるだろう。
 だからこそ、左近の罠がより効果的に発動したわけだ。
 俺は左近が仕掛けた罠について井波戸に話す。

「残念だったな、井波戸さん。掃除ロッカーの件は、左近が播磨先生に口止めしていたんだ。表向きの理由は平村さんが掃除ロッカーに閉じ込められたことが知れ渡ったら、更なるイジメが発生する恐れがあるということでな。もちろん、いつまでも隠し通せるわけがない。だから、期間限定でお願いしたんだ。期限は放課後の職員会議まで。そのときに生徒指導主事せいとしどうしゅじでもある播磨先生が全て話す事で同意を得た。つまり、知っているわけがないんだ。先生方は誰も事件の事を知るよしがなかった。もちろん、平村さんの担任である竹下先生には話を通してある。だが、播磨先生と竹下先生は朝方、平村さんの家族に会って、謝罪していたんだ。掃除ロッカーの件をな。もう、何が言いたいのか分かるよな?」

 井波戸は勘弁したかのように空を見上げ、ため息をついた。

「ええっ。中庭で藤堂先輩と出会う前に掃除ロッカーの件を知るには、実行犯、もしくは事件に関わっていないと知り得ないということね。納得したわ」

 これが左近の仕掛けた罠の全てだ。
 最初は白部に使うつもりだった。もし、白部が掃除ロッカーの件でとぼけたら、この罠を使って白部を追い詰めるつもりだった。
 だが、井波戸が掃除ロッカーの件を話したとき、一瞬、心臓が止まるかと思った。
 平村を掃除ロッカーに閉じ込めたのは白部だと思い込んでいたので、思わぬ人物の口から告げられたときは、必死で動揺している事を隠したものだ。

 井波戸が掃除ロッカーの件にどう関わっているのか?
 情報が少ない為、その場は知らないふりをしてやりすごしたんだ。
 慎重になりすぎて、井波戸には不審に思われてしまったが、なんとか真実を明らかに出来た。

 ちなみに、庄川もこの罠に引っかかったと思っていた。
 庄川と白部が不良に絡まれ、二人を助けた後、庄川は俺と一緒に行動していた。
 そのときに、庄川は平村が掃除ロッカーに閉じ込められたことを俺に話した。

 庄川はどうやって掃除ロッカーの件を知ったのか?
 放課後に職員会議で掃除ロッカーの件が議題に挙げられたのだが、それにしても情報が早すぎる。
 そのときはまだ、左近の罠の範疇はんちゅうのはずだ。

 まさか、庄川も掃除ロッカーの一件に関わっているのではと疑ったこともあった。
 青島西中に事件の検証をする為に向かおうとしたとき、庄川は現れ、俺達についてきた。ますます疑いが濃くなった。
 実は庄川と井波戸はグルで、二人が黒幕とさえ思った時期もあった。
 だから、男子も犯人の可能性があると視野に入れ、庄川をこっちの班に引き入れたのだ。
 庄川がうっかり口を滑らせて事件の突破口を探すために。
 井波戸よりも庄川の方が話をしやすいからな。

 庄川が黒幕でないと確信したのは、昨日のタイムアタック中、庄川が更衣室に向かっていた最中に平村と会話したときだ。
 平村が教えてくれたのだ。
 掃除ロッカーに平村が閉じ込められた次の日。庄川は平村に電話し、平村の安否を気遣っていた。

 庄川は不安だったのだろう。今まで、白部は平村をいじめていたが、風紀委員が介入してくることはなかった。
 それなのに、突然、前触れもなく風紀委員の俺達が白部に会いに来た。
 これは何かあると思い、庄川は平村から情報を得ようとした。そして、平村が掃除ロッカーに閉じ込められたことを庄川に話し、知ったわけだ。
 そのことを平村から確認し、俺は井波戸が黒幕だと絞り込んだわけだ。
 後は事件の幕引きだけだ。

「井波戸さん。事件は全て解明された。俺の今話した推理は二人にはまだ話していない。井波戸さんの口から二人に謝罪をしてくれないか。そうしてくれたら俺達風紀委員はもうこの件に関して介入することはしない」

 井波戸に二人を想う気持ちがあるのなら、罪悪感があるのなら、井波戸は頷いてくれるはずだ。
 俺の提案に、井波戸は……。

「嫌ね。真子に頭を下げるなんてありえないわ」

 井波戸は冗談じゃないと言いたげに拒否してきた。井波戸の表情には嫌悪しかなく、心底嫌そうに腕を組んでいる。
 ある程度予測していたとはいえ、それでもため息をつきたい気分だった。

「ちょいちょい、ちょっと待ち。えっ、なんで? 真子っちゃんって美花里と友達じゃないの? いくら白部の事があるからってちょっと酷くねえ?」

 庄川は井波戸の態度を責めるが、井波戸に睨まれ、黙ってしまう。井波戸の目は憎悪、嫌悪といったどす黒いものに満ちていたからだ。
 井波戸の口から本音が語られた。

「奏水はね、素敵な女の子なの。誰にも媚びず、自分を貫き通す女の子。男の子にも負けない強い女の子。そんな奏水にみんなが憧れたわ。私も奏水と友達ってだけで誇らしい気分になれた。でも、たった一つの欠点が奏水の魅力に影を落とした。真子という存在のせいでね。真子は奏水と幼なじみってだけで、彼女を独り占めしてきたわ。彼女のドジのせいで、奏水は散々苦労させられてきたの。それが我慢できなくて、私、奏水に忠告したことがあるの。真子を甘やかしてばかりだと本人の為にならないって。でも、奏水は苦笑して言うの。友達だから放っておけないって。奏水の苦労も優しさも知らない真子に殺意を覚えたわ。だから、私は奏水の目を覚まさせてあげたの。真子は奏水にとって害虫でしかないと。寄生虫といってもいい」

 井波戸の目にはある種の狂気が含まれていた。
 井波戸はせせら笑い、罪を自白する。

「そうよ。全ては私が仕組んだことなの。腕時計盗難事件もね」
「う、恨んでいるからって、そこまでやることないじゃん」

 庄川の弱々しい言葉に井波戸はキッと庄川を睨みつける。

「そこまでやる必要があったのよ。私だってきっかけさえなければ考えもつかなかった。でも、真子は度しがたい事を平気でするから頭にきたのよ。腕時計の事で喧嘩している相手に、腕時計なんてどうでもいいなんて平気で言えるあの無神経さが今まで我慢してきた怒りが爆発したわ。どうでもいい腕時計で真子を目茶苦茶にしてやろうと思ったのよ。結菜を煽って腕時計を学校に持ってくるように仕掛け、莉音と瑠々に計画を打ち明けたわ。莉音も真子の発言に頭にきてたし、瑠々は莉音がやると言ったら手伝う子だから、簡単に協力を得ることができたわ。結菜の腕時計を真子の鞄に入れて、後は濡れ衣を着せるだけ。そこまでは計画通りだったけど、奏水が腕時計に気づいて、真子をかばおうとした。私はそれが許せなくて、計画を変更し、奏水の鞄から真子の鞄に腕時計を入れ直した。そして、先生が真子の鞄から腕時計を発見させることに成功した。でも、ここでまた真子がとんでもないことをしてくれたの。分かる?」

 井波戸の問いに、俺は目をつぶり、考える。
 腕時計が発見されたとき、平村がしでかしたこと。それは……。

「……白部さんに罪を押しつけたことか」
「そうよ! 本当に度しがたい子だわ! 今まで助けてくれた恩人にとんでもない仇でかえしてきたのよ! 信じられないわよ、あの子は」

 自分のやったことを棚に上げ、井波戸はヒステリックに叫ぶ。その怒りに、庄川は何も言えないでいた。

「そ、それは親友に裏切られたショックからの行動で、別に真子さんは……」

 上春が平村をフォロ-する発言をするが、井波戸は真っ向から否定する。

「悪くないと言いたいの? ふざけないで! そのせいで奏水が罪を着せられたのよ! ああっ、本当に可哀想な奏水。私は奏水が犯人でないことは知っていたけど、あえて奏水を犯人に仕立て上げたわ。なぜかおわかり、上春さん?」

 上春は井波戸の狂気に飲まれ、黙ってしまう。井波戸が怖いと感じているのだろう。
 井波戸は楽しげに告白を続ける。

「真子を恨んでもらう為よ。信じていた親友に裏切られた奏水を、私は優しい言葉で慰めてあげたわ。そして、復讐するべきとささやいたの。奏水は最初、否定したわ。そんなこと絶対に出来ないって。でも、私は言ったの。本当にそれでいいのかって。酷い仕打ちを受けたのにやられっぱなしでいいのかって。誰のせいで苦しんでいるのかって。私の言葉は少しずつ奏水の心の隙間に入り込んでいった。奏水の心を憎しみで満たすため、何度も何度もつぶやいた。そのたびに奏水は抵抗したけど、それも徐々に弱くなっていって……ついに奏水は真子をいじめるようになったの。あの奏水が、誰の指図も受けない奏水が私の言うとおりに行動するようになったのよ! 言いようのない幸福感を感じたわ。にっくき真子がいじめられて、大好きな親友をようやく私一人が独占できた。生きていて最高の幸せを私は掴むことが出来た。私は初めて真子に出会えてよかったって思ったわ。とんだ恩返しをしてくれたのよ、彼女は」

 恍惚こうこつとした表情で語り続ける井波戸に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
 左近から井波戸についてどのような人物か調べてもらったことがある。
 井波戸について、周りの評価は真面目で少し融通が利かないが、それは相手の事を想っての事。正義感が強く、クラス委員長でF組の生徒や先生方からも信頼が厚い。白部と平村を常に気遣っていた女子。
 そんな彼女がなぜ、ここまで豹変ひょうへんしたのかが本人の口から語られていく。

「だから、そのお礼に私はもっともっ~と奏水に真子をいじめてもらうよう誘惑したわ。そして、真子が反抗しないよう、逃げないように仕掛けたの。私は真子を気遣うフリをして慰めた。真子の悲しみを受け止める、よき理解者として演技をしたの。そしたら、真子、すぐに私に感謝するようになったわ。私が二人の仲を引き裂いたとも知らずにね。真子が私に心を開いた後に告げたの、これはばつだって。親友をおとしいれた当然の報いだから、逃げちゃダメ、奏水が許してくれるまでずっと我慢しなければいけないって吹き込んだの。そしたら、真子、私の言うことを信じちゃったのよ! バカでしょ! それから真子は奏水にいじめられてもずっと我慢するようになった。救いようのないバカだわ。一番滑稽だったのが、罪を償うために奏水と同じ高校に進学したことね。別の学校にいけば、イジメにあわずにすむのに、自分からいじめて欲しいだなんて、真子のバカさ加減は天才的でしょ? まあ、私が真子に罪滅ぼしのため、奏水の志望校に進学しようって勧めたんですけどね」

 平村を誹謗中傷ひぼうちゅうしょうし続ける井波戸に、上春が我慢できずに口を挟んだ。

「そんなことありません! 真子さんは本気で自分のしでかしたことを反省したからこそ、許してもらうまで奏水さんと同じ学校に進学したんじゃないですか! それを笑うなんて酷いです!」

 上春の言葉に、井波戸はやれやれと言いたげにため息をつく。

「笑うわよ。真子はまるで成長してないわ。口は災いの元、覆水盆に返らず。その言葉を身にしみて体験したのに、未だに思った事を口にして失敗しているでしょ? 腹が立つのよ。少し考えて行動さえすれば、馬鹿を見ずに済むのに。何度も何度も注意してきたのに、真子は悪い癖を直そうともしない。それに余計なことばかりするから、自分で自分の首を絞めるのよ。知ってる? 掃除ロッカーの鍵のこと」
「?」

 いきなり違う話題になり、上春は戸惑っている。なぜ今、掃除ロッカーの話をするのか俺も理解できない。
 井波戸はいかに平村が救いようのないヤツか、俺達に言い聞かせるように説明してきた。
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