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三十章

三十話 スイカズラ -献身的な愛- その一

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「……ちょっと! 待ちなさい!」

 ……ん、何よ。うるさいな……今日は休みなんだから、寝かせてよ。
 下の階からバタバタと物音がして騒がしい。今日は平日で剛もパパもいないのに、どうしてこんなにうるさいの?
 私はベットの中にもぐり、ぬくもりを満喫まんえつしていた。

 バン!

 うるさいな……誰か知らないけど、寝かせてよ……もしかしたら、先輩の夢を見ることができるかもしれないのに。

「伊藤、起きろ! 今すぐにだ!」
「……せん……ぱい?」

 うわ……夢が叶っちゃったよ。いや、夢なんだけど。
 先輩に会えるなんて、今日はラッキー……。

「頼む! 起きてくれ! 緊急なんだ!」
「ねえ、キミ! 年頃の女の子の部屋に勝手に入るなんて、正気なの? 警察を呼ぶわよ!」
「お願いします、お母さん! 今、伊藤を起こさなかったら、絶対に後悔するんです! 俺はもう、伊藤を傷つけたくないんだ!」
「お、お義母さんだなんてそんな……私、心の準備が」

 あれ? なんで夢にママが出てくるの? 空気読んでよ、もう。空気読めないのは先輩で十分なのに……。
 それにお義母さんって気が早いよ。

「伊藤! 起きてくれ! 伊藤!」

 い、痛い! どうして夢なのに痛みを感じるの! もっと優しくしてよ!
 あれ? 夢じゃない。先輩とママがはっきりと認識できる。
 えっ? うそ? 先輩が私の部屋にいる。私、パジャマ姿で今……。

「きゃああああああああああああああ! なんで先輩がいるんですか! 出ていってください!」

 うそ、やだ、見られた? 寝起きで髪はぼさぼさ、昨日は疲れたから、お風呂に入らずにすぐ寝たのに……臭うのに……なんで先輩がいるの!
 ちょっと待ってよ! パジャマだって今日に限ってだらしないし、可愛くない!
 一番ダメなところを先輩に見られちゃった! 最悪! 今日は絶対に仏滅!

「先輩、出ていって! 見ないで!」
「すまん、伊藤! 俺のことを恨んでくれていい! だから、すぐに出かける用意をしてくれ!」
「出ていって! 早く!」
「獅子王先輩が今日、アメリカへいってしまうんだ!」
「出て……えっ?」



 なんでなんでなんで! どうして、こんなことになってるの!
 私は先輩が乗ってきたバイクに乗り、空港に向かっていた。先輩にしがみつきながら、何が起こったのか必死に考えていた。

 どうして、獅子王さんが今日、アメリカにいっちゃうの? 留学はなくなったんじゃないの?

 信じられなかった。でも、先輩がこんな嘘をつくはずがない。
 それに、先輩の取り乱した姿を見れば、事の重大さが分かってしまう。
 それに、先輩は怪我をしている。なのに、無理してバイクを飛ばしてきたということは、獅子王さんはもう空港にいる。

 そうだ、古見君は? 古見君はどうしたの? 信号待ちの時に電話したけど、留守電になってつながらない。メッセージを残してはいるけど、未だに連絡はない。
 スマホをいじっていたら、昨日の黒井さんのメールに気付いた。
 そういえば、まだ見てなかったけど、どうしよう? 確認するべきかな?
 いや、また後で確認すればいい。今は獅子王さんの事が優先しなきゃ。

 お願い、間に合って。
 バイクは空港の駐輪場にたどり着く。でも、バランスが崩れて倒れそうになる。

「伊藤! 降りろ!」

 先輩がバランスを立て直してくれているうちに降りなきゃ。
 私は転びそうになりながらも、バイクを降りた。それを見届けて、先輩はそのままバイクと一緒に転倒してしまう。

「先輩!」
「っ……いけ、伊藤!」
「でも……」
「ニューヨーク行きだ! そこに獅子王先輩がいる。早くいけ!」

 先輩の事が気になったけど、私は先輩の怒鳴り声に背中を押され、空港の中に入った。
 中に入ったのはいいけど、空港なんて全然来たことないから分からないよ。とりあえず、受付で聞いてみよう。

 私は受付のお姉さんにニューヨークへ行く場合、どこにいけばいいのかを訊いてみた。
 最初、お姉さんは私がニューヨークにいくのかと勘違いしていて、親はどうしたのかと尋ねてきたけど、必死に会いたい人がいることを伝えると、場所を教えてくれた。
 頑張ってねと、何か勘違いされたかもしれないけど、今は気にしていられない。

 次の便まではまだ時間がある。でも、獅子王さんがこの便でニューヨークへ向かうのか、分からない。
 もしかしたら、もう行ってしまっている可能性だってある。
 私は間に合ったの? それとも、間に合わなかったの? 獅子王さん、まだいるよね?

 私は不安で押しつぶされそうになりながらも、ニューヨーク行きの場所へ向かう。
 速く進みたいのに、体がだるくてうまく走れない。
 青島祭が終わって疲れが押し寄せていることと、ここに来るまでに冷たい風にさらされていたので、体が思うように動いてくれない。
 急いで着てきた制服ではバイクであおられた風をしのぐには薄すぎた。体が寒くてつらい。

 くっ、もどかしい。はやくはやく……お願い、間に合って。
 受付のお姉さんが教えてくれた場所にたどり着くと、サラリーマンや家族連れ、いろんな人がたむろっている。

 どこ? どこにいるの獅子王さん。
 どうしよう、見つからない。時間だけが過ぎていく。
 もしかして、もう搭乗とうじょう手続きをしてゲートの向こうにいってしまったの? 最初から間に合っていなかったの?

 イヤだよ、こんなお別れなんて……。
 私、何一つ分かっていない。

 どうして、獅子王さんはニューヨークへいってしまうの?
 古見君とはどうなってしまったの?

 ねえ、教えてよ、獅子王さん!

 ううっ、また泣きたくなってきた。
 せっかく先輩がここまで連れてきてくれたのに。泣き叫ぶことしか能がないの、私は。そんなことをしても意味が……意味が……あるかもしれない。
 もう、やぶれかぶれ。やってやる。

「獅子王さん! 獅子王さん!」

 私はありったけの声を出して、獅子王さんを呼んだ。
 みんなが私を注目しているけど、恥ずかしがっている場合じゃない。何度も何度も呼びかける。

「獅子王さん! 獅子王さん! 獅子王さん!」

 お願い! 私の声が聞こえていたら返事をして! お願いだから!

「獅子王さん! 獅子王さん! 獅子王! 獅子王! しし……」
「うるせえぞ、ボケ!」
「アウチ!」

 痛い! ゲンコツで殴った!
 久々のゲンコツに涙が出るけど、間に合ったみたい。
 獅子王さんに会うことができた。だけど、ここにいるってことは本当にニューヨークにいってしまうの? 嘘だよね?
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