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二十九章

二十九話 バラ その八

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「う……うぐっ……うううっ……」

 どうして、こんなことになっちゃうの? 涙が止まらない。楽しみだったから、幸せだったから余計に悲しい。
 どうして私はいつも、うまくいかないの……誰か教えてよ……そうしたら、なおすから。全部ダメなところ、なおすから……。
 三叉していたことが悪かったの? だけど、あれは私だけのせいじゃない。三人を振ったから、その罰が当たったの?
 なら、私は好きでもない人と一緒にいなきゃいけなかったの? 無理だよ、そんなこと。

 やっぱり、私がいい子じゃないからダメなの。それとも、モブだからうまくいかないの? 先輩とは絶対に結ばれないの?
 イヤだよ……イヤだよ……。

「ほのか」
「ほのほの」
「……明日香、るりか……」

 涙で視界は歪んでいたけど、明日香とるりかだってすぐに分かった。
 なによ、二人まで困った顔して。私ってそんなに迷惑なの? いい加減にしてよ、もう。
 どうしていいのか、分からなくなっちゃうじゃない。
 明日香とるりかは私の隣に座る。私は両膝を抱えたまま、顔を膝に押し付ける。誰の顔もみたくない。

「藤堂先輩と何かあったし?」
「ほのか、話しちゃいなよ。少しは楽になるよ」

 楽になる。それがまるで魔法の言葉のように私の中に響く。
 本当に情けない。そんな言葉をかけられるだけで、我慢していた想いがあふれてくる。

「……先輩と会えなかったの。先輩は今頃、御堂先輩と一緒に……ううっ……」
「そっか、御堂先輩とか」
「辛いよね。悲しいよね。よく頑張った。ほのほのは泣いていいよ」

 るりかが私を抱き寄せてくれた。るりかのぬくもりに甘えてしまう。ごめんね、るりか。
 青島祭の最中だけど、校舎裏まではその喧騒けんそうは届かない。私のすすり泣く声だけしかしない。
 私って本当に女々しい。校舎裏は先輩がよく来る場所……その場所に来て、私は期待している。先輩がここに来てくれることを。そして、私を慰めてくれることを……。

 本当に情けない。自分は何もせずに泣いて待っているだけ。張り裂けそうな悲しみをじっと耐えることしかできない。
 私って変わることができないのかな? いつまでたっても、泣き虫でいじけることしかできないのかな?
 みんなは変わっていっているのに……。

「ううっ……うっ……うっ……」

 頭に何か感じる。
 頭を少し上げると、明日香が私の頭を撫でてくれていた。明日香の笑顔が、るりかの慈しむ微笑みが私の悲しみを癒してくれる。
 私にもできるようなるのかな? 誰かを癒してあげられるような存在に。
 もし、なれるのなら、私は先輩を癒してあげたい。

「……ありがとね、明日香。るりか。私、二人に頼りっきりになってるね。せっかく恩返しが出来たと思ったのに、また甘えてる」
「しょうがないじゃん。ほのかだし」
「私達だって、ほのほのにいろいろと救われているんだよ。だから、気にするな。私達、友達でしょ?」

 友達か……。
 明日香とるりかに会うまで、友達なんてその場の暇つぶしの存在だって思ってた。
 だって、みんなに話をあわせなきゃいけなかったし、いじめやハブにされるのが怖かったから、いつも顔色をうかがっていた。

 中学の時にいじめられて、見返してやろうと頑張ったけど、それはただの処世術で流されて生きていただけ。
 でも、二人に出会えた事で、私の考え方は変わった。
 なんでも言いたいことを言い合えるような、特別な関係を築けるような人と出会いたい。そう思うようになった。

 明日香もるりかも周りにあわせていたけど、二人っきりの時は言いたいことをいい、バカ騒ぎしていた。
 明日香とるりかの仲は友達というより、親友。

 羨ましかった。私にも何でも言える自分の本性を隠さなくてもいい、そんな友達が欲しかった。
 それを叶えてくれたのが先輩だった。空気の読めない先輩に、私は気を遣うのをやめて、言いたいことを言えるようになった。先輩の前では自分らしくいられた。

 もちろん、明日香やるりか、ママとは素で付き合っていたけど、それぞれにパートナーがいたし、その仲に踏み込んでいくことはできなかった。
 だから、先輩に相棒と言ってもらえた時はうれしかった。私にもようやくできたんだって。
 でも、それは恋になってしまい、今も私を苦しめている。

 先輩と仲良くなりたい。明日香やるりかのようになりたい。
 ああっ……私は先輩が好き。好きな想いがどんどん湧き上がってくる。とめられないよ……。

「ねえ、ほのほの。藤堂先輩でなきゃダメなの? どうして、そこまで藤堂先輩の事が好きなの? 私、ほのほのが傷つくところ、もう見たくないよ」
「るりか!」
「だって!」

 二人が私の事で喧嘩している。ダメだよ、私なんかの事でモメたら。
 私が先輩でなきゃいけない理由。言葉にしてみる。

「ありがとう、明日香、るりか。ははっ、どうしてなんだろうね。でも、いつもそうなの」
「いつも?」

 私はうなずき、前を向く。

「いつも私が苦しんでいる時に私を支えてくれる人は先輩なの。もちろん、明日香やるりか、橘先輩、長尾先輩、浪花先輩、古見君達にも助けられてる。でもね、先輩だけなの。先輩に慰められるとうれしいの。先輩に励まされると、先輩の想いに応えたいって思うの。先輩に優しくされると、涙が出るくらい心がせつなくなるの。そのたびに先輩の事が好きなるの。無理だよ、この気持ちを抑えることなんて」

 同じ言葉でも、先輩とみんなとでは違う。先輩だけが私の心をいつも激しく突き動かす。だから、実力以上の力を出せる。
 先輩がいなかったら、押水先輩のハーレム騒動を食い止めることが出来なかった。
 押水先輩のハーレムに納得いかなくて止めようとしたんだけど、私では無理だった。
 所詮、物語の主人公にモブでは太刀打ちできないのだと、現実を見せつけられた気分だった。
 モブはモブらしく自分の立場をわきまえろと言われたような気がした。

 でも、先輩はどんな相手でも自分の意志をつらぬいた。生徒会長だろうが、風紀委員長だろうが断固立ち向かった。
 先輩がいてくれたから、私達は押水先輩からハーレム発言を引き出し、一矢報いることができた。

 獅子王さんの件だってそう。
 先輩が頑張ってくれたから、ファーストキスを奪われたことから立ち直れた。
 獅子王さんにファーストキスを奪われた日から、私は暴力におびえてしまい、逃げることしか考えられなくなった。危機回避をしているだけ……そんな都合のいい言葉を自分に言い聞かせた。

 でも、先輩は負けると分かっていても、獅子王さんに立ち向かった。
 試合には負けたけど、最後まで立派に戦う姿を私に見せてくれた。
 気持ちでは全く獅子王さんに負けていなかった。だから、私は立ち直れた。
 先輩の頑張る姿に、私は立ち向かう勇気をもらったんだ。

 同性愛のことで風紀委員に立ち向かう決意を、馬淵先輩達の復讐に向かい合う強い心を、新見先生の横暴に負けない力をくれたのは先輩……私の心にはいつも先輩がいる。
 私にとって先輩は特別。だから、先輩も私を特別だと思ってほしい。そうあってほしい。
 お互いを特別だと想いあえる、そんな最高のパートナーになりたい。

「るりか、明日香。どうしよう……私、先輩に会いたいよ。今すぐ会って話がしたいよ」
「……私には分からないわ。どうして、そこまで人を好きになれるの? 傷つくだけじゃない」

 ごめんね、るりか。心配ばかりかけて。でもね、これが私の本心なの。
 他から見ればイタイだけかもしれないけど、迷惑な女の子でも、それでも、私は自分の気持ちに正直でいたい。
 この気持ちに嘘だけはつきたくない。そんな恋を私はしている。

「それでいいし。その気持ちはきっと藤堂先輩に伝わるし。後で会いに行けばいいし」

 明日香は私の頭を撫でてくれる。やっぱり、恋愛は誰かに応援してもらいたいよね。
 獅子王さん達の恋もいつかきっと、応援してくれる人が現れるはず。もちろん、私も応援するからね。

 二人と話して、元気がわいてきた。また、頑張れる。ありがとうね、るりか、明日香。
 私は少しねたような声で抗議する。

「今会いたいの」

 きゅるるるるる。

「エヘヘッ。お腹すいた」

 現金だよね、私。涙が引いたかと思ったら、今度はお腹がすいた。
 何か食べて力をつけなきゃ! お腹いっぱいになったら、また先輩にアタックしなきゃね!

「ほのほの、あんたって……」
「流石はほのか。お約束を入れてくるし。腹ごしらえするし。ほのかのおごりで」
「エヘヘッ、全財産使い切っちゃった」
「あんたね!」
「流石はほのか。ナチュラルに人におごってもらおうとしているし。あーし、お金ないし」
「私も」

 うううっ、今日は屋台でお昼ご飯を食べるから、そう言ってママからお小遣いもらったからお弁当がないよ。
 どうしよう……お小遣いもないし……。
 ポケットに手を入れると、何か紙が私に手に触れた。そういえば……。

「明日香! るりか! これみて!」

 私はポケットに入ってあった券をみせる。たこ焼き5固無料券。沢山買いものしたからもらったんだっけ。
 もう食べ物を持てないと思ったから、交換せずにポケットに入れてたんだ。ラッキー!

「おおっ! さっそくいくし!」
「私と明日香が二個ずつで、ほのほのは一個ね」
「ええっ~! 普通、私が二個じゃない?」
「いろいろと便宜べんぎを図ってあげたでしょ」
「ちえっ」

 私達は笑い合いながら、運動場へ向かった。
 ちょっとしか食べられなかったけど、私はこのたこ焼きの味を忘れることはない。
 初めての青島祭で、最高の友達と食べたたこ焼きだから……保健室に全部食べ物を置いてきてしまったせいで、一個しかたこ焼きを食べることが出来なかったけど、それでも、満足。
 その後も明日香とるりかは私に付き合ってくれた。ありがとね、明日香、るりか。二人は私の大事な友達だよ。
 もし、二人が悩んでいたら、絶対に力になるからね。約束だよ。
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