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二十六章

二十六話 カミツレ -苦難の中の力- その十三

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 橘先輩と作戦を立てた後、一緒に嘆願書を職員室まで提出した。新見先生は不在だった。
 もう! いてほしくないときにはいて、いてほしいときにはいないんだから! 本当にイヤな先生だよね!
 渡し忘れがないよう、風紀委員の顧問の播磨先生に嘆願書を渡した。播磨先生ならこの嘆願書をもみ消すことなんてしないはず。

 橘先輩はまだお仕事が残っているとのことで、職員室で別れた。この時間だと、クラスの手伝いも馬淵先輩達の様子を見にいく時間もない。窓の外は真っ暗。
 今日はもう帰ろう。一応、先輩にお見舞いのメールを報告がてら送っておこう。
 靴箱に着いたとき、一人の女子生徒が目に映った。あの人は確か……。

「あ、あの……間違っていたらごめんなさい。今日の昼休み、私の教室に来て、賛同してくれた先輩ですよね?」
「あっ、私の事、覚えていてくれたの。うれしい」

 やっぱり……サッキーと黒井さんの後に賛同者として来てくれた女の子が目の前にいた。上履きの色からして二年生だと分かる。それに美人という特徴もあった。
 ふわゆるパーマにパッチリとした大きな二重の瞳、小鼻で肌がとても綺麗、笑顔が柔らかくて癒し系。どこぞのお嬢様って感じがしたんだよね。

 コージ君なんて、さりげなく賛同者の名前からこの人をチェックしていたし。本当、男の子って……。
 それにしても、下駄箱に何の用事なの? もしかして、彼氏を待っているとか。それだと問題だよね。
 こんなに可愛い女の子を遅くまで待たせるなんて。彼氏さん、早く来てあげてね。

「伊藤さん。少しお話、かまいませんか?」
「わ、私ですか?」

 もしかして、私の事を待っていたの? そういえば、この人、私に賛同してくれたけど、理由は何?
 こんな美人、一度会ったら忘れないし、接点なんてないよね?

「あ、あの……どこかでお会いしたことありました?」
「あっ、ごめんなさい。会ったことはないけど、伊藤さんの事は彼女からよく聞かされていましたからつい……私は八乙女やおとめ若菜です。ごめんなさい、御迷惑でしたか?」
「い、いえ! 八乙女先輩ですね。改めて、賛同していただき、ありがとうございます! 私でよければぜひ!」

 八乙女先輩の柔らかい笑みに私もつられて笑顔になる。八乙女先輩には人を落ち着かせるマイナスイオン的ものが出てそう……。
 八乙女先輩の後を私はついていく。下駄箱を出て、校舎を出て、校門を出て……どこか喫茶店でお茶するのかな?
 もう遅いからママに一応連絡しておこうかな? そう思っていたら……。

「もう遅い時間ですし、送っていきます」

 送る? 一緒に帰るってこと? それだと、どうして八乙女先輩は私の家を知っているの?
 少し不安になったとき、度肝を抜かれる事態が発生した。

 目の前に黒い車が……いや、それにしては車体がなが……長すぎっ! これって、もしかして、リムジン? リムジンキター!
 八メートル以上はありそうな全長に、漆黒のエキゾチックなボディは圧倒的な存在感をかもし出している。もう、次の展開が読めてしまったんですけど。
 前方にあるドアから、黒スーツ姿のサングラスの男性が出てきた。おひげの渋いダンディなおじさんが八乙女先輩に礼をしている。

「お嬢様、お迎えに参りました」

 リアル執事キター!
 この学園、どうなってるの? お金持ちの割合、多くない?

「どうぞ、乗ってください、伊藤さん」
「……健康のために歩きながら話しませんか? 今日は夜空がきれいですよ?」
「この寒さではお体に障りますし、遠慮せずにどうぞ」
「お乗りください」

 リムジンに乗るしか選択肢はなさそう……。
 まさか、決戦前にこんなサプライズがあるなんて思ってもみなかった。私は清水の舞台から飛び降りる気分でリムジンに乗り込んだ。

 足を踏み入れた瞬間、独特の匂いと空気が肌に触れた。中は思ったよりも幅が広い。
 L字ソファーやTVモニター、バーカウンター、極めつけは豪華なイルミネーション。
 住んでいる世界が違うと思い知らされる。

 ソファーに腰かけると……なにこれ。ゆっくりと沈んでいくようなソファーの感触に、委縮いしゅくしてしまう。
 本当に私、ここにいていいの?
 八乙女さんがリムジンに乗り込んで、リムジンが動き出す。
 うわっうわっ! 車を横向きで乗るなんて違和感ありまくり。慣れないせいか、乗り心地は微妙。落ち着かないよ~。

「伊藤さん、お菓子食べます?」

 八乙女先輩がクッキーとジュースを用意していたので、私は慌てて止める。これ以上、おもてなしを受けたら胃に穴が開いちゃう。

「い、いえ、結構です」
「お腹、すいてませんか?」
「いえ、全然!」

 クゥー。

 あああっ、穴があったら入りたい……こんなときでも、お約束のようにお腹が鳴ってしまう自分の体質が恨めしい。

「伊藤さん、実は私もお腹がすいているの。でも、お客様を差し置いて私だけお菓子を食べることはできません。私を助けると思って、一緒に食べてはもらえませんか?」
「……はい」

 気を遣われていることに申し訳なさがハンパない。私は恐る恐るクッキーをかじると、濃厚なバターの味とさくっとした食感が口の中に広がる。
 なにこれ、美味しい! 何個でも食べられちゃうよ……本当、申し訳ない……。

「美味しい?」
「美味しいです」
「よかったです。シンプルな味ですけど、子供のころから食べ慣れたものですから」
「あっ、分かります、それ。私も子供の頃から好きな駄菓子があるんですけど、やめられなくて。あっ、今カバンの中にあるんです。よかったら食べますか?」

 私はカバンの中から駄菓子を取り出す。駄菓子を持ち歩いているなんて子供っぽい、食いしん坊ってよく言われるけど、やめられないんだもん。
 いろとりどりの駄菓子に八乙女先輩は珍しいのか、目を輝かせている。

「食べていいんですか?」
「どーぞどーぞ」

 私達はしばらくの間、お菓子の事で花を咲かせていた。八乙女先輩は素直で優しい人。
 そんな人が私に何の用があるの? まさか、私と一緒にお菓子を食べたかったってわけじゃないよね?
 このままだと本当にお菓子を食べて終わっちゃいそうなので、私から本題に入ることにした。

「あの……八乙女先輩、そろそろ用件を伺いたいのですが」
「えっ? お話してしますよね?」
「……」

 確かに八乙女先輩は最初に、

「少しお話、かまいませんか?」

 と言ってたけど。
 私が聞きたいのは、八乙女先輩の目的なんだけど。このままだと本当にお話だけで終わってしまいそう。
 平和的に終わりそうだからいいんだけど、やっぱり、八乙女先輩の目的が気になる……。
 また、私の行動で何か迷惑をかけていたのなら、謝っておきたい。

「質問を変えます。私の事、誰から聞いたんですか?」
叶愛かれんからよ」
「叶愛?」

 どこかで聞いたことがあるような……でも、何か引っかかるんだけど……なんだっけ?
 叶愛……叶愛……叶愛。
 あっ! もしかして……。

「浪花先輩!」

 思いだした! 浪花先輩の名前が叶愛だっけ!
 でも、浪花先輩と八乙女先輩が知り合いだなんて知らなかった。お友達かな?

「そう、当たり。私、叶愛の恋人なの」
「……えっ……うええええええええええええええええええええええええええええええええっ! 信じられない! うそでしょ!」

 八乙女先輩が浪花先輩の恋人? 美人でお金持ちなら、男の子が放っておかないでしょ?
 そう思っていたら、八乙女先輩が頬を大きく膨らませ、私を睨んできた。

「それはどういう意味? 私では叶愛とつりあわないって言いたいの?」
「いえいえ! そんなことありません! お似合いです! でも、なんで浪花先輩なんですか? 男の子に興味がないんですか?」

 八乙女先輩には申し訳ないけど、睨まれても全然怖くない。私は日々、先輩や獅子王さんに睨まれている。それに比べたら八乙女先輩の怒った顔は可愛いって思えちゃう。
 不思議なのが、八乙女先輩みたいな女子力高い人が、男の子との恋愛に憧れないのかってこと。絶対に一度は王子様を夢見てそうなんだけど。

「興味はあるのですが、縁がなくて……」

 そんなはずは……。

 ぞくっ!

 私は急に寒気がした。この殺気は……もしかして、運転席の執事さんから? 執事さんからただならぬ迫力を感じる。 
 私は理解してしまった。この執事さんがきっと、八乙女先輩に近寄る男の子達をガードしているっぽい。でも、尚更なおさら納得いかない。
 あのセクハラ魔人の浪花先輩なんて、真っ先に排除されそうな気がするんだけど。

「八乙女先輩が私に話したいことって、浪花先輩の事じゃないですか?」
「……そう。私ね、叶愛に頼まれたの。あなたの力になってくれって。何度も何度もね、頼まれたの」
「そうですか……」

 浪花先輩らしい。私の事、ずっと気遣ってくれている。その気持ちが嬉しくて、胸の奥が熱くなる。

「だから、困ったことがあったら相談してほしいの。私も叶愛の為に何かしたいから」

 八乙女先輩は優しい笑顔で私を応援してくれる。私はそんな八乙女先輩を見て、気づいてしまった。
 八乙女先輩が言いたいことは、きっとそんなことじゃない。もっと、切実な想いだと感じる。だから、腹を割って話そう。

「……八乙女先輩。本当に言いたかったことはそんことですか?」
「えっ?」
「本当は私に恨み言を言いたいんじゃないですか?」

 優しい笑顔を保っていた八乙女先輩の表情が固まる。今日始めてみせる八乙女先輩の戸惑ったような表情。私は自分の考えがあたっていることを確信した。
 そうだよね、好きなんだもんね。仕方ないよ。私、八乙女先輩の事、傷つけてしまった。だから、受け止めなきゃ。

「どうして……そう思うの?」
「私だったら絶対に恨み言をぶつけたいと思いますから。浪花先輩の性格はよく知っています。きっと浪花先輩は好きになった人を全力で愛すると思うんです。あの人は分け隔てなく、愛せる人ですから。でも、愛される方は辛いですよね。好きな人が別の人を口説いていたら、嫉妬しちゃいますよね。私の事をもっと見てほしい、私だけを愛してほしいって思いますよね。ごめんなさい、八乙女先輩。二人の間に割り込んでしまって。ですが、私は浪花先輩の想いに応えるつもりはありません。好きな人がいるんです。その人だけしか見えない恋を私はしているんです」

 八乙女先輩は優しい性格だと思う。そんな八乙女先輩が私に一度だけ意地悪をした。
 浪花先輩の事を中途半端にしか教えてくれなかったことだ。
 きっと、無意識な意地悪だったと思う。無意識だったからこそ、本音が出たんだ。
 私の正直な気持ちに八乙女先輩は……。

「……そうなの、ひどい、ひどいの、叶愛は!」
「はい?」

 八乙女先輩は私の腕にしがみつき、浪花先輩をデスってきた。

「いっつもいっつも伊藤さんのことばかり話して、本当にひどい人なの! 一緒にご飯を食べている時も、膝枕してあげている時も、同じお風呂やベットに入っている時も私の事、あまり話してくれないの! ひどいですよね! 二人っきりになったら赤ちゃん言葉使って甘えてくるのに! 恋人がすぐそばにいるのに他の女の子の事話すなんてずるい!」
「え? そ、そうですね~」
「でしょ! 聞いてよ、伊藤さん~」

 浪花先輩の悪口がマシンガンのように八乙女先輩の口から出てくる。しかも、かなり赤裸々な話ばかり。こっちが赤面したくなっちゃう。
 一緒にご飯はわかるけど、お風呂や寝るって何?
 私の彼女アピールかと思ったんだけど、本当に八乙女先輩はただの愚痴ぐちを話してくれているみたい。
 はははっ、可愛い嫉妬。私の事、全然恨んでいないのね。

 私の事、眼中にないってわけでもなく、逆に二人の絆の強さみたいなものを見せつけられ、こっちが嫉妬しそうになる。
 私にはないものを、欲しているものを八乙女先輩はすべて持っている。
 私も、八乙女先輩と浪花先輩の絆がほしい。先輩と強い絆で結ばれたい。

 その想いがぽろっと口からこぼれ、最後はお互いの好きな人の悪口合戦になってしまった。
 お互い不満に思っていること、惚気のろけたい事をしゃべりたおした。
 こっちの方が私達らしい会話に思えた。

「お嬢様、目的地につきました」

 気が付くと、私の家の前だった。この執事さん、どうして私の家を知ってるの? 怖くて聞けなかった。
 私はリムジンから降りる。地面に立つと、体がふらっとした。あの奇妙なリムジンの乗り心地から解放され、足元が少しおぼつかない。

 八乙女先輩がリムジンから出てきた。どうしたの?
 もしかして、ヨネ○ケさんみたいに、突撃! 隣のご飯みたいなことしちゃうの? ウチのご飯、手抜き料理だよ、きっと。
 そう思っていたら、八乙女先輩が背筋を伸ばし、私を見つめてきた。

「伊藤さん、あなたにお願いします。どうか、叶愛の汚名をそそいでください。叶愛からはもし、自分の事で伊藤さんが学園での立場が悪くなりそうならとめてほしいと言われました。叶愛は伊藤さんに自分の事で傷ついてほしくないと思っているのでしょう。ですが、私は伊藤さんと同じ気持ちです。叶愛の停学と実行委員長の復帰を望んでいます。私では学園の過半数の賛同を得ることができませんでした。私に出来なかったことを伊藤さんは出来た。伊藤さんならこの決定をくつがえせると信じています」

 八乙女先輩は頭を下げて、私に想いをたくしている。本当なら、八乙女先輩本人が浪花先輩を助けたいと誰よりも思っているはず。
 けど、それができなくて、誰かに頼ることしかできなくて、きっと自分の無力さに腹が立っている。
 私は八乙女先輩の想いを受け取らなければならないと思った。そうしたいと強く思った。

「任せてください、八乙女先輩。この件に関しては必ず撤回させてみせますから。八乙女先輩の想い、明日ぶつけてきますから!」

 私の想いに八乙女先輩は笑顔で受け入れてくれた。とても強い人。
 私はまた負けられない理由を背負う。でも、プレッシャーはない。逆に力をもらったような気分。明日、決着をつけてみせる。
 空を見上げると、星がきらきらと輝いていた。その星空の下、私は改めてみんなの想いを強く感じ、負けられない気持ちでいっぱいになった。
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